第56話 いまのところ企業秘密ということで
「さて、今回のギルド側による不手際に関する謝罪と、ゆーなちゃんのBランクへの昇格についての件は以上となるわけじゃが、他にも用事があるはずではないかの?」
場が落ち着いたところを見計らってか、そう言って新藤副ギルド長が少し目を細める。
一瞬、なんのことだかわからず「あれ、何かあったっけ?」とド忘れしていたため、きょとんとした優奈ではあったが、茜が優奈の耳元に顔を近づけて教えてくれる。
「優奈ちゃん、優奈ちゃん。ほら、あの黒い水晶のことじゃないの?」
小声でそう指摘してくれたおかげで、「あぁ、そういえば!」と気がついた優奈は、
「ちょっと待ってくださいねー」
と新藤と茜に断りを入れた後、部屋の角に行ってしゃがみこみ、新藤や茜に対して背を向けたまま足元をなにやらごそごそといじりだす。
「?」「??」
部屋の片隅でしゃがみこみ何やらごそごそとしているが、茜たちの方からは優奈の背中だけしか見えないせいで何をしているのかよくわからない。なので、二人はそんな優奈の姿と突然の行動に思わず頭にハテナマークを浮かべて「何をしてるんだろう?」と疑問に思ってしまう。
「ええっと…………ーちゃん、さっきの……を…………ん、ありがとうー。
よいしょっと」
なにやらボソボソと独り言を言っていたかと思うと、急に優奈が掛け声をあげて立ち上がる。そしてくるっと茜たちの方を振り返った時、優奈の腕の中には――
「ほわっつ?」
「は、え、どこから?」
振り返った優奈の腕の中には、彼女の腰から首くらいまでの大きさの、彼女がしっかりと抱きかかえてないと落としてしまいそうなほどに大きな黒い水晶の塊が抱きしめられていた。
どこをどう見ても優奈の上半身と同じくらいの体積がありそうな、黒い水晶の塊である。突然のことに「「え、いったいどこから出てきたの?」」と茜と新藤には理解が及ばない。どう考えても優奈の小さな身体のどこかにこっそりと隠しておけるような大きさの代物ではないのだ。
そのため、理解が及ばなかった新藤副ギルド長は間抜けな声で英単語を口にし、茜は茜で目を白黒させて混乱の渦へと飛び込まさせられてしまう。
「あー、どこに隠しておいたかとかは、いまのところ企業秘密ということでお願いします。これ、配信の時のあそこにあったヤツではあるんですが、変に壊しちゃったりして残したら、その方が景観が微妙になってしまいそうだったから、塊ごと地面から掘ってもってきちゃいました。あと、これだけあればダンジョン研究者だっていう視聴者さんの研究もはかどるんじゃないかなぁ、と思いましたし。
それで、ここから先のダンジョン研究者さんとの応対とか価格交渉とかっていうのは、探索者ギルドというか新藤副ギルド長さんにお任せするってことでいいんでしょうか?」
と、優奈が尋ねると、あまりのショックに銀河を背負って目が点状態となってしまい、呆然としていた新藤副ギルド長がハッと意識を取り戻す。
「あ、あぁ。責任をもって預かり、先方との対応は任せてもらおうと思う。思うんじゃが……あー……いや、しかしこれは……」
少しずつ衝撃から回復し始めたのかいろいろと思案しながらの様子となる新藤副ギルド長は、口ごもった後に一旦両方の目を閉じ、片目だけ瞼を上げてチラッと黒い水晶の存在を確認する。その後、また目を閉じてから今度は逆の目だけで再度確認し、それでも黒い水晶の存在や大きさが変わらないことであきらめたのか、ソファの背もたれに深くもたれかかって天井を見上げてしまった。
「やっべぇじゃろ、これ。……これ、先方だけで買い取る資金を出しきれるもんなんじゃろうか……?」
そう言って、はぁぁぁ、と一気に疲労したかのような息を新藤副ギルド長が吐き出す。
どうやら想定外だったらしい。でも、ちょっとだけ割って景観を中途半端に悪くしたり、あそこまで何度も取りに行くっていうのは優奈としてもしたくなかったのだ。学校の中間考査前なんだし。
「あー、でも受け渡しを仲介する求めは正式なルートで来てたからのう。
しかたがない、とりあえずウチで預かって、向こうに引き取りを頼むとするか。ちなみにゆーなちゃん、これ、先方が買いきれないって場合は、向こうの必要分だけ買い取ってもらった後に、残りをオークションにかけさせてもらったりする方法で捌かせてもらったりしてもかまわんかね?」
そんな新藤副ギルド長からの提案に、優奈は首を傾げてしまう。
「え、その場合、普通にギルドで買い取りとか私が残った分を持ち帰りだとかでなく……オークションっていうのにかける、ですか?」
「一度納品させた物を買いきれねぇから返すわ、とか、社会人としてできるわけがないじゃろ。かといって、この大きさだと変に分割して小分けにしたのを売りに出すよりも、オークションにかけてほしいところに落札させる方が売却代金的にも素材の希少価値的にも問題が少ない形になると思うんじゃよ」
そう言って新藤副ギルド長がため息を吐き出す。
「んー、そのオークション、っていうのがよくわかりませんが、その方がいいというのでしたら……はい、全部お任せします」
「……うむ。ではとりあえずまずはあちら側に打診してみるわい。あと、これほどのモノだと、先方が丸ごと買い取りの場合でも、先方が必要分だけ予算内で買い取って残りはオークションへ回す形式にする場合であっても、金額がデカいことになりそうじゃなぁ……優奈ちゃん、ちと確認するんじゃが、いまのお主の保護者は誰になっておるんじゃ?」
「あー……高額になるから、やっぱり保護者の承諾が必要になっちゃいますか?」
「うむ。魔水晶であればどのみち天井知らずじゃろうし、単に黒い水晶だったとしてもこの大きさとダンジョンの深層産という付加価値を考えれば……どう安く見積もっても8桁はいくじゃろうな。それゆえに、ゆーなちゃんが未成年である以上は保護者のサインを出してもらう必要があるじゃろうて」
「んー、私の今の保護者は、おじいちゃんとおばあちゃんだけど……二人はこっちじゃなくて大阪に住んでるんですよね。承諾書もらうとしても郵送とかで時間がかかっちゃうと思うんですが、それはだいじょうぶなんでしょうか?」
「ふむ、まぁ形式的なものでもあるからの。
それに取引するにしろ、オークションにかけるにしろ時間がかかることになるじゃろうて。だから承諾書をもらうのが1か月や2か月だとか、あまりにも長くなりすぎたりせんかったらだいじょうぶじゃろうな。
まぁ、優奈ちゃんの配信からして、金を稼いだりするためだけで下層や深層で無茶な狩りをするとは思っておらんし、Bランク認定もしたんじゃ。あぁ、そうじゃの……承諾書についても一度出してもらって確認できたら、それで今後のギルドへの高額素材の取引についてもオーケーとしておこうかの」
本来はA級やS級の若年探索者向けの承諾省略制度じゃが、特例重ねでワシのお墨付き、という形にすれば多少こっちで衝突することにもなるじゃろうが、どうせ押し通せるじゃろ、と新藤副ギルド長が話しているうちに一人で勝手に納得してしまう。
いいのかなー、とも思うが、めんどくさい手続きが減るというのなら、まぁいっか。と優奈は納得することにした。
「じゃあ、あとはよろしくお願いしますね」
「うむ、これがこの水晶の預かり証と保護者の一筆を書いてもらう書類となる。提出の際はこの黄色い専用封筒に入れて都内のどこの探索者ギルドの窓口からであっても、ワシ宛てだと言って出してもらえさえすれば後は迅速にワシのところまで確実に届くようになっておる。保護者さんの自筆のサインと印鑑についてだけは、忘れずに記入していただきたい」
そう言って新藤副ギルド長がクリアファイルに入れて手渡してきた黄色い封筒と書類一式を、優奈は預かり、無くさないようにしなきゃ、と意識する。そんな優奈に対し、新藤副ギルド長が優奈が気づいていなかった爆弾をさらに投げ込んできた。
「あ、そうじゃ。高額な収入となる故に、優奈ちゃんは来年は確定申告が必要になってしまうことじゃろうな。まぁ、そこらへんについては書類の指定の欄に優奈ちゃんのマイナンバーカードの番号の記入と表面をコピーしたものを貼ってくれれば探索者ギルドの方で事務処理されるからの。そのことも忘れずにいてほしいぞ」
へ? と、優奈は思ってもいなかったことを新藤副ギルド長の指摘を受けて気づかさせられる。けれどそんな優奈の戸惑いに気づかなかったのか、新藤副ギルド長がさらに言葉をどんどん立て板に水のように優奈に語り掛けてきた。
「探索者といっても労働者なんじゃからの。これまで未成年で収入は扶養家族扱いの範囲内になっておったのじゃとしても、一定以上の収入があったり高額収入が入ったともなれば、普通のアルバイトに税金がかかるようになるのと同じで報告する必要ができるということは、授業でも習っておるじゃろ?もっとも、今回の件でのこれまでの横領被害に合っていた分の補償額や賠償金については、その辺りの税金分も加えて支払うつもりじゃから、そこは心配せんでよい。ただし、この推定魔水晶については、新たなこれからの取引という形になってしまうが故に、話が別ということになるんじゃよ。
まぁ、いまの時代は収入の受取銀行口座とマイナンバーカードとを連携させておくことで確定申告をするのもしやすくなっておるから、昔の紙での申請の時代に比べればよほど手続きがマシになっておるぞ。それに、もしも探索者関連の取引での税務関係でわからんことがあればギルドの税務窓口へと行けば教えてくれるから利用するのもオススメじゃな。そのための相談受付の窓口も、探索者ギルドではちゃーんと用意してあるからの。
もっとも、優奈ちゃんの場合、この取引についてや探索者ギルドを通した取引を別にしたとしても、今日の配信だけでもかなり高額のスパチャが入っておったようじゃったしな。これからは配信などでの収入も大きくなりそうなもんじゃ。なので、早めにちゃんとした探索者関連を主に活動しておる税理事務所と契約しておいた方がいいかもしれんぞ。
もし、どこの税理士事務所と契約するのが良いのかわからんというのであれば……そうじゃな、そこのお嬢ちゃんが所属しておる事務所経由で紹介してもらうのも良いじゃろうし、ワシに相談してくれれば信用できる良いヤツを紹介してやるからの。その辺のことに関しても心配はせんでいいぞい」
新藤副ギルド長が立て板に水で流れるように説明してくれるが、優奈にとっては思いもよらなかったことなだけに目を白黒させてしまう。
え、あ、税金?! 確定申告って何?!
そっか、収入が大きくなると扶養控除の対象外になるかもだから自分で税金関係の手続きもしなきゃならないんだ。――え、どうしたらいいんだろう?!
そんな税金関係の指摘は予想外であっただけに、最後の最後で優奈はパニックになりかけてしまった。
思いもよらなかった問題に直面して混乱し、ぷしゅー、と頭から煙が出そうになった優奈は、「ご、後日、相談させてもらうかもしれませんー」と言って思考停止してしまったのだった。そんな優奈の様子を見て、茜と新藤副ギルド長が小さく噛み殺すようにしてではあったが、笑い声をあげてしまう。
その後、優奈は今回の深層お散歩配信の件などでもまた騒がれることになるじゃろうなと、新藤副ギルド長から再度、懸念を告げられることになった。
「こないだの伊集院たちの件の時点で、二流の週刊雑誌の記者などがもともと興味を示しておったようじゃ。
優奈ちゃんがその前の配信で警察対応などをすると言及しておったが、伊集院どもの件と今回の深層ソロ探索での配信、ギルド職員の横領行為の被害、これらを同一人物が短期間に全て関わっておるということで下世話な連中が取材対象として狙ってくることじゃろう。さらにB級に特例で上げるということで場合によっては大手のマスコミからも特集が組まれることになるやもしれんじゃろう。
まぁ、優奈ちゃんの意に沿わぬ特集記事を掲載するとかなれば、ワシの方から、ワシによる特例であるという関係性をもって、出版社等にはある程度は圧力をかけてやれるが……優奈ちゃんの方は、そのような者たちへの対処の仕方についてはちゃんと考えておったのかの?」
その問いかけに対し優奈は、思考停止状態からやっと戻ってきて、茜と顔を見合わせて確認してから頷きを返した。
「はい、それについては今回の配信をする前から考えている案がありまして……」
優奈は、そう言って自分に対するメディア関係者等から起こされるであろう行動に対抗するための策について、新藤副ギルド長に相談する。
最初、優奈の語る策に対し真剣な顔で耳を傾けていた新藤副ギルド長は、話を聞くにつれてニヤリと笑みを浮かべるようになり、最後には腹を抱えて大笑いする。
「くはははは、まさかそんなことをする気でいるとはのぅ。いや、その手で返す気でいるとは思ってはおらなんだわい。いまの子らは面白いことを考えるもんじゃの!
よし、承知した。警察にはワシの方から根回ししておくから、存分にやってみせるがええ。なぁに、警察も正当な職務のうちじゃろうからの、嫌とは言うまい。それに彼らも伊集院の件でいろいろなとこへ捜査に乗り出せておる真っ最中じゃからな。優奈ちゃんのその案に協力することでお主への借りを少しは返せるともなれば喜んで動いてくれることじゃろうて」
そう言って警察への根回しに動いてみせると新藤副ギルド長が確約してくれる。そのことに優奈は感謝を述べた上で、話の区切りとしても良かったことから、茜と一緒にその場から退室することにしたのであった。
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