第92話 <中峰 太蔵> 会合の後


「クソがっ!クソがっ!!クソ野郎どもがっ!!!

 なにが『けっこうキミのことを買っている』だっ!ただの都合のいい手駒としてしか観てないってことはわかりきってんだよっ!!」


 原宿にある20階建てのレイダーズのクラン本部ビルの最上階、その一角にあるクランマスターの部屋へと戻ってきた直後、中峰は秘書にしばらく人を誰も近寄らせるな、と厳命した自室にて荒れ狂っていた。元は金をかけて取り揃えた調度品の数々が品よく配置されていた室内であったが、中峰がやり場のない怒りをさんざんとぶつけて回った結果、暴風でも室内で荒れ狂ったかのように見るも無残に破壊されたオブジェの群れにしかなっていない。


「くそっ、くそっ、くそっ……あいつらは、所詮、生まれついての勝ち組のやつらってのは、やっぱり俺たち下層の出の者や探索者なんかになってる者のことを同じ人間とは思ってないってのか……?」


 先ほどの後原たちとの会合のことを思い出すと、吐き気がしてきそうになる。たしかに中峰自身、レイダーズという組織として多くの下級・中級の探索者たちの収益を組織のみかじめ料として搾取し、それを元手にクランの規模を拡大、それによってまた影響力を拡大……という手腕を取って成り上がってきた。綺麗事ばかりではなく、必要とあらば汚い手や謀略だって何度も行い、脅迫や暴行、誘拐してからのなど、世間にバレれば非難を浴びること間違いなしなことだって、部下たちだけでなく自分自身でも何度もやってきた。いまさら自分が身綺麗な聖人サマのような人間だとは自称できるはずもないことはわかりきっている。だが、それでもだ。


「罪もないヤツを……自分たちが利用するために殺させた、だと」


 言葉にしてしまったことでおぞましさを強く認識してしまい、吐き気が抑えきれなくなる。思わず手で口元を抑えたが我慢しきれず、床にげぇげぇと胃から逆流してきたものを高級な床の絨毯の上に吐き出してしまう。失敗した、と思ったが、直後にあぁいや、どうせ先ほどの自身の八つ当たりで絨毯もボロボロになっていたんだから、気にすることはなかったか、と思い直した。


「くそっ、何で俺はあんな魑魅魍魎どもと手を組んじまったんだ……」


 今更ながらに後悔の念が沸き出てくる。だが、一方でそうしていなければレイダーズが今のような全国規模での活動実態への拡大をしていたのは不可能だったはずだ。もしも、レイダーズがいまのようになっていなければ……


「そうだ、間違えるな――俺は、俺たちは、兄貴がやり残したことを……世田谷の悲劇を繰り返させないために、全国各地に一定レベルの探索者たちを常に即時派遣できる、強襲部隊レイダーズの組織構築と運営をしてみせることこそが重要なんだ。そのためには、いざという時に戦えないレベルのやつらから搾取したり少数を食いものにするのはしょうがねぇんだ。――兄貴なら、兄貴が生きててくれれば、他にも道はあったのかも知れねぇが、俺ではあいつらと組むしか手がなかった、ただそれだけのことだ」


 それでも、自分を納得させられることができず、ドンッ!と、まだ形を保っていた執務机を叩き潰すことでしか気を紛らわせられない。


「鴻島 優奈……こいつさえ、要らないことをせずに居てくれたなら、上手く行っていたものを……」


 八つ当たりだということは自分でも理解している。だが、中峰としては迷惑の種にばかりなりやがって、という意識ばかりが先に立ってしまうのだ。こいつの対応をしていた橘という受付嬢も受付嬢だ。これほど注目を浴びてる相手に変わらず詐欺をし続けようとか、もう少し考える頭は無かったのか。あぁくそ、怒りで考えがまとまらない……


 中峰がイライラとした感情で思考がまとまらず、さらに暴れだしそうになった時、だれも来させるなという指示をだしていたにも関わらず、彼のいる執務室のドアがギィィ、と床に擦れる音を響かせながら押し開けられた。


「誰だっ、ここには今は誰も近寄るなとっ……!」

「おうおう、なんだこりゃ。派手に暴れ回ったもんだなぁ、おい」


 怒りをぶつける矛先として罵声を浴びせようとした中峰だったが、部屋へと押し入ってきた人物の姿を見て感情が少し収まる。


「っ……大槻か。……何の用だ、悪いがいまは落ち着いて話ができる気分じゃないぞ」


 すぅ、はぁ、と深呼吸をして感情を無理やり抑え込んだ中峰は、壊れた執務机の残骸に腰を乗せながら彼にそう問いかける。


「あん?俺はお前が多少暴れようが気にしねぇから、だいじょうぶだぞ。それよりおまえさんの秘書の水菜ちゃんとかがおまえの様子を心配してたんでな、ちょっくら様子を見に来たってだけだ」

「ちっ……あいつにも離れておくよう言ったはずだが」

「幼馴染なんだろ。あの子がおまえを心配しねぇわけねぇだろうが。

 たくっ、なにをそんなに苛立ってんだよ。ひとりで抱え込むのは、お前といい、亡くなった耕太のヤツといい、おまえら兄弟の悪い癖だぞ?なにか問題があるってんなら話してみろよ」


 大槻がそう言って中峰の正面にドガっと腰を下ろす。一本気な彼は兄貴とずっと行動を共にし、こうしていまでも自分のことをいなくなった実兄の代わりに兄貴分として面倒を見てくれようとするため、中峰としては頼れている半面、一方で筋の通らないことには激怒する気の短さも持っているため苦手としている部分もあった。


「何でもない」

「何でもないやつが、人払いしてこんな大暴れするかよ。あぁ、たっく、せっかくセットで買い揃えた高級家具の一式が台無しじゃねぇか……もったいねぇ。あとで水菜ちゃんが目を三角に吊り上げてお説教しにくるぞ、コレ」

「う、それは……やってしまったな、とは思ってる……」

「で、何があったんだよ。また政治家どもに無理難題でも言われたのか?」

「――何でそれを」


 思わず、大槻のことを睨みつける。まさか、聞かれていたのか?


「おまえが荒れるのって、大半が政治家どもに会いに行った後だろうが。そうでなきゃ、クランの探索者が死んだ時だろ。

 それでも、ここまで酷く荒れまくったのは、初めてだがな……クランの探索者が死んだってことなら、俺のとこにも連絡が来ているはずだが、そういうのは聞いてねぇ。だったら、答えは政治家どもかと思ったってだけだ」


「俺ぁ、オマエや耕太のヤツと違って頭が良くねぇけどな、そのくらいはわかるぜ」と大槻が中峰にニッと笑ってみせる。


「耕太のヤツは、俺たちを生き延びさせるためにダンジョンの死神に対し、自分の身を囮にして死んじまいやがった。だからこそ、生き延びさせてもらった俺や他のパーティーメンバーの連中は、アイツの弟であるおまえを支えて助けていくって決めてんだ。おまえが――耕太の遺志を継いで、『世田谷の悲劇を繰り返さない』という、レイダーズの根っこを忘れないでいてくれる限りな。だから、おまえが政治家の連中といろいろ画策して、その結果、世間からいろんな誹謗中傷をレイダーズっていうクランが受けていようと、それらの裏でおまえが各地でのダンジョンブレイク対策のためにレイダーズ所属C級探索者たちの装備の充実や規格化、組織化に日々努力しているってことに繋がってるっていう事実も知ってるからな。だからこそ、俺たちレイダーズで幹部に収まってる連中ってのは、おまえのことを見捨てるようなことは絶対にねぇ。まぁ、あんまり良くねぇ連中との付き合いはやめとけって忠告はしたくなるけどなぁ……」


 それでも、それがその時その時における最善手だとおまえが思ったからやってきてたんだろ、よくわかんねぇけどさ、と大槻が中峰に語る。


「何をそんなに悩んでんのか知らねぇけどな、一人で抱え込まねぇで必要だったらいつでも相談しろよ。力で対応できることなら、いつでも俺ぁ、お前の味方になってやるんだからな」


 単細胞なだけに裏表がない大槻の言葉に、中峰は思わず自分で抱え込まされていることを相談したくなる。 だが、

 問題が発覚したとき、ここまで育ててきたレイダーズというクランを、傍で支えてくれている自身の幼馴染や亡き兄の仲間たちを巻き込まず大槻に任せたいと思ってしまっているからだ。

 だからこそ、中峰は当たり障りのない嘘の理由を暴れていた理由として述べた上で、一欠けらの真実として、ゆーなという少女の持つ噴魔機をどうにかして奪取するよう要望された、ということを大槻に告げる。


「うーむ、アレか……そりゃあ、たしかに無理難題を求められたわけだわな。おまえが暴れるのもわかるってもんだ」


 大槻は予想通りあっさりと納得し、「ぐぬぬぬ……」と頭を悩ませ始める。


「売ってくれ!はい!!……で済まねぇだろうしなぁ……あの嬢ちゃん、頑固そうだったしなぁ……」

「大槻もやはりそう思うのか……」

「おう。ウチに勧誘した時も、俺の威圧を真正面から受けても全然ビビらねぇもんだったからなぁ……ありゃあ、よっぽどのタマだぞ。甘くみねぇ方が良い」

「そうか……なら、やはり搦め手で行くしかないか……」

「……何をする気でいるのか知らんが、変なことはしねぇ方が良いと思うぞ。

 最終的にぶつかり合いになるなら、俺ぁ、おまえさんの拳として、あの嬢ちゃんだろうと他の連中だろうとの前に立ってやるつもりだが、あの嬢ちゃんは只者じゃねぇと思ったからな。できりゃあ身内にしてぇって久々に思ったほどの相手だってことは忠告しとくぜ」


 大槻が告げた言葉に、中峰はゴクリとつばを飲み込む。だが、止まるわけにはいかないのだ。「あぁ、その言葉は胸に刻んでおく」とだけ告げ、無事だった部屋の片隅にあるワインセラーからワインを一本取り出すと蓋を開け、同じく取り出したワイングラスに注いでから大槻に引き渡す。


「大槻――俺たちのをもう一度、ここで宣言させてくれ」

「あん?……おう、いいぜ」

「いくぞ……「「ダンジョン・ブレイクで泣くものを、もう出させない」」……俺たちレイダーズ設立のきっかけになった誓いであり、兄貴の遺志だ。この先、俺がどんなに外道に落ちたとしても、これだけは間違えない。もしも俺がそれすら忘れ道を誤ったと思った時は……大槻、おまえが俺を叩き潰してくれ」

「はっ、そうならねぇよう、しっかりしとけよ」


そう言葉を交わした後、互いのグラスを同時に空にする。中峰の覚悟は、この時に決まった。


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