第91話 <中峰 太蔵> 秘密の会合2
そうして後原と中峰の話が一区切りついたところで、それまで黙って彼らの話を聞いていた残りの二人が口を開きだした。
「後原先生、その時は我々外務省にも一口かませてはいただけないでしょうか?」
最初にそう後原に対して願い出てきたのは、外務省アジア大洋州局長を務めている鰐淵 正司だ。縦縞の生地で作られたスーツを身に纏い、表情をあまり変えないこの男が、常には無く少しばかり興奮した様子を見せながら後原にそう懇願する。
「鰐淵くんも興味があるというのかね?」
「はい。先生の御友人は、恐らく先生とつながりの深い中国の方なのでしょうが、アレについてはシベリア国も強い興味を示しておりまして。それだけでなく私の管轄外ではありますが中東や欧州、米国なども興味をもっておるようですので、我々としても様々な交渉で活用することができそうでありまして……」
「ほぉう。だが、仮に鰐淵くんにもかませてあげたとして、それだけでは我々には旨味が無いと思うのだがねぇ……」
「いえいえ。無論、現場としての実務交渉などでは我々外務省の手柄となるよう活用させていただきますが、表に出す外交交渉では与党ではなく立国民衆党の先生方に出てきていただいて、先生方の御人徳と尽力のおかげで相手国との取引が成立した、与党ではダメだった、とさせていただきます」
ゴマを擦るように手を動かしながら鰐淵がそう言うと、「ふむ……」と後原が考え込む。そして後原がチラリと鷹条に目を向けると、意を汲んだ鷹条が嫌らしい笑みを浮かべながら鰐淵へと答える。
「まぁ、それについては考えておくことにしましょう。各国からどういう取引を鰐淵くんが引き出せるかで考えてもいいかもしれません。交渉の内容や結果次第では、我々が政権を取れた時には鰐淵くんを事務次官に推薦するというのもありでしょうし、選挙で我が党から立候補できるよう協力するなり考えてもいいでしょうし」
その鷹条の言葉に鰐淵が目を輝かせる。
「ほ、ほんとうですか!?」
「ええ、まぁ全ては事が成ってからですけれどね。そういう未来を描くためにも、中峰くんがまずは頑張ってくれないと話になりませんが」
鷹条がそう告げると、鰐淵がキッと目つきを鋭くして中峰のことを睨みつけてくる。
「絶対に成功させてみたまえよ!事は我が国の外交の重大事ともなるのだからね!!
中国とは揉めている南方海域での漁業権問題や資源問題で折らせることができるやもしれんし、シベリア国とであれば貿易関連や人員交流の交渉で詰まっているのが解決できるやもしれんのだ!」
身勝手な物言いだ。実際の狙いはそんなものではなく、上に昇進できる目がない今の立場から、議員への転身を図るという鰐淵自身の欲望こそが本来の目的であるのだろうに。
「後原先生、わたくしからも実は先生のご協力を得たいことがありまして……」
恐る恐るといった感じで後原に対してそう声をかけていったのは、この場にいる最後の一人である経済産業省で局長を務めているメガネをかけた痩せ型体型の中年男性である田原坂 竜佑だ。
「田原坂くんか。いったいなんだというのかね?」
あまり興味がなさそうな感じで、後原が田原坂へと応じる。
「今回の中峰たちレイダーズがやったヘマのせいもあって、経産省からの負け組で追い出された高山という探索者ギルドのギルド長を天下りでしていたものが、どうもポストを空けざるを得ないみたいなのですよ。しかも、どうもそこにあの探索庁の女狐の部下が後釜として送り込まれることになりそうでして……」
「ふむ……」
「このままではせっかくレイダーズと組んでつくってきた探索者ギルドの地方支部の職員をレイダーズと
さらに言うと、今回の騒動で問題となっている上位ランク素材の押収物をレイダーズと組んでロンダリングしてきた手法についても、下手に他所の省庁からメスや人員が入ってくると今後は行いづらくなることでしょうし……どうにか先生方のお力やお知恵で邪魔をしていただくことはできないものでしょうか?」
田原坂のその要望に、後原が考え込み始める。
「ふぅむ……いまの探索者ギルドに
「あの負け犬でしたら、あいつ自身がセクハラやパワハラ、少額の横領などをしていたとのことで騒ぎになっており、虎ノ門にある
「なるほど……であれば話は早いな。その者の扱いは、どうせ急病となっているのだろう?
ならば、そのまま急病により治療の甲斐なく病死してしまった上で、その者の遺言として彼が信用していた経産省時代の後輩なりに探索者ギルドの後を任せたい、という内容の置手紙を遺させておけば良い。
セクハラやパワハラなどで叩かれているのであれば、そんな小者に遺言を残させたところで妨害してポストを奪い返すことについては難しいことでしょうが、故人の想いがどうこうと言って介入し、時間稼ぎをする余地くらいは生まれるはずです。その時間稼ぎをしている間にすべての支部は無理であったとしても、地方にある探索者ギルド支部のいくつかくらいは中身を完全に掌握してみせなさい。そうすれば少なくともそれらの支部を使って素材ロンダリングさせるための余地は残すことができるでしょう?
私たちの後援をしてくださってる方々のところへのキックバック付きの選定については……まぁ他で置き換えられるように考えるとしましょう。どうせ探索者ギルドには、今回の探索者ギルド側の不祥事による返金や賠償などで当面は出費が嵩み、設備更新やらで回せる資金の余裕がなくなることでしょうからね。まったく、面倒なことです」
そう言って後原がジッと中峰のことを見つめてくる。
「まぁ、なに。中峰くんが頑張って貴重な品を入手してくれさえすれば、多少の損など国外の友人たちから巻き上げることができることでしょうからね。そういう点でも、中峰くんには期待していますよ。それにキミたちレイダーズには、我が国において各地方のダンジョンにクランメンバー末端の者たちを縛りつけさせておいて間引き行為をしてもらう、我ら地方を地盤としている政治家たちにとっても重要な役割を担ってもらっているんです。そこのトップに若くして成り上がっている中峰くんには、私としてはこう見えてかなりの期待をしているんです。そのためにキミから上がってくる要望には応えられるよう、我々、野党の政治家も常日頃から協力させてもらっているんですからね……。中峰くんはまだ若いから、使えない者を始末することに慣れてはいないようですが、こんなことで躓いたりはせずにもっと大局を見て判断し受け入れていってください。
私はけっこうキミのことを買っているのだから成長してくれることを期待していますよ」
そう言って後原が中峰に向けてにっこりと微笑むが、中峰の背筋には今日一番の怖気と嫌悪感が走りだした。腕力や暴力という意味では、年老いて鍛えてもいない後原よりも探索者として前線に出ることも多い中峰の方がよほど強いことだろう。だが、後原はそういうものとはまったく異なる強さと恐怖を持っているのだ。
そんな彼に対して嫌悪する表情を見せないためにも、とっさに中峰は勢いよく頭を下げて後原から顔を隠した。
「それにしても、今回の一件の発端になったという少女ですが、資料を見た限りだとなんとも面白い少女のようですねぇ」
空気を変えるように後原が、軽い口調でそう話を変えてくる。
「おや、後原先生はまだまだお盛んですか?」
「鷹条くん、キミ、なにを言ってるんですか。さすがにあんな子どもにはソッチの興味はわきませんよ。ですが、彼女の経歴はなかなかに面白いものがあるんです。なにせ、あの世田谷ダンジョンのダンジョンブレイク時にあの場所にいた関係者なのですからね」
世田谷ダンジョンのダンジョンブレイク、という言葉に、中峰の身体が思わずピクリ、と反応を示してしまう。彼にとって、そして彼らレイダーズにとっては、それは他人事ではないのだ。
「と、申しますと……?」
「あの事件の時にいた生存者の一人が、この少女だそうなんですよ。ご両親はあの時の騒動で亡くなったそうですが、彼女の方は生き残って、しかもいまはダンジョンに立ち向かっている探索者となっているそうなんです。
ダンジョンブレイクに巻き込まれた者は、生き残っても普通はその時の恐怖から二度とダンジョンには関わろうとしない、トラウマとなってダンジョンそのものを拒否した生活を送るというのが通常の反応だというのにね。……それを自身が巻き込まれただけでなく大切なご両親を亡くしたというのにも関わらず、彼女は母親の手帳に記された場所を巡るためにいろんなダンジョンに潜っていっているというじゃないですか。なんとも涙ぐましくて心の強い素晴らしい子です。私は、そういうダンジョンに負けない心の強さを持つ若者の事は、損得を抜きにして見れば、いつも純粋に応援したくなってしまうものなんですよね」
くっくっくっ、と楽し気に後原が笑う。一方で優奈という少女があの事件の関係者であることを始めて知った中峰は、そんな相手に謀略を図ろうとする目の前の魑魅魍魎たちへの嫌悪感を抑え込むことで必死であり、強く握りしめすぎた彼の手からは血がじんわりと滲みだしていた。
「興味を持って彼女の記録を漁らせてみたところ、さすがに両親の死の現場となった世田谷ダンジョンにはまだ潜りには行けてないようですけどね。それを差し引いてもなかなかに興味深い少女じゃないですか。彼女が貴重な品を持っていたりさえしなければ、こんなふうに頑張る若者には直接会って後援してあげたくなるくらいなんですが……その辺りは残念な巡りあわせですねぇ」
後原の声からは、本当に残念だと思っている様子が感じ取れる。そんな感情を彼が顕わにして見せてきたのは鷹条や中峰、田原坂、鰐淵にとって初めてであっただけに、少々あっけに取られてしまうのであった。
「あぁ、本当に残念です。有能で、強い魂を持つ子というのは大好きなんですけどねぇ……」
そう独り言のように呟き、舌なめずりをする後原は、どこか遠いところを見つめているのだった。
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