第90話 <中峰 太蔵> 秘密の会合1


 優奈とスカーレットの面々がコラボ配信とこれからの優奈のことについての打ち合わせをしていたり配信をしていたその頃、都内の赤坂にあるホテルの一室では5人の男たちが密かに寄り集まって秘密の会合を開いていた。


「それで、中峰くん。状況はどうなっているのかね?」


 最初に口火を切ったのは、上座に座る白髪交じりの髪を後ろに撫でつけて固定した初老のスーツ姿の男である。生地からして上物と一目でわかる、身体にピッタリと合って皺ひとつつくらないオーダーメイドのスーツに身を包み左襟には議員バッジが付けられていた。

 一方、そんな人物から問いかけられた金髪の鍛え上げられた身体を赤いシャツと黒の背広に収めた青年――中峰なかみね 太蔵たいぞうことレイダーズクラン長である彼は、まずは頭を深くその人物へと向けて下げてから、返事を行う。


「はっ――現状はあまり芳しくありません。

 お知りおきの通り、探索者ギルドに紛れ込ませていた手の者が下手を打ったせいで全国の探索者ギルド支部に急な監査が入りまして……。あの副ギルド長があのように急に、それも迅速に全国規模で動くだなどとは予想も出来ず、特に真っ先に抑えられてしまったのが各地の探索者ギルド支部の取引情報をサーバごとだったということで証拠隠滅も計れない状態となっておりまして……」


 平身低頭という姿をその場に居る他の4人に晒す形で、最もドアに近い下座に座っている中峰が答えると、上座から2番目の席についていたネズミのような顔つきの男が舌打ちまじりに中峰のことを罵倒しはじめる。その彼の左襟にも、議員バッジが輝いていた。


「ちっ。ナニをしてるんだね、キミたちは。

 せっかくキミたちが全国で活動できるように我々が協力してやってあげてきたというのに、末端の管理もできていないというのかね!」


 その罵りに頭を下げたまま、中峰が唇をぐっと噛みしめるようにして反論も怒りの声も抑え込む。


「まぁまぁ鷹条くん、あの件がここまで急激に表沙汰になるなど我々も想像もしていなかったのだからね。彼だけを責め立てることはないよ」


 だが、鷹条と呼ばれたネズミ顔の男の言葉を押しとどめたのは、最初に中峰に問いを投げかけた初老の男性であった。


「しかしですね後原先生、この件はですね――」

「落ち着きなさい。いまは状況確認の段階なんですよ?」


 後原と呼ばれた初老の男がそう言って鷹条のことをジロッと目を細くして見つめると、鷹条は言葉を途中で飲みこみ「そ、そうですね。もうしわけありません」と慌てて口をつぐんでしまう。


「それで、中峰くん。証拠の隠滅は不可能のようですが、これからの状況はどうするつもりなのですか?」


 後原が視線を中峰へと戻してそう問いかけると、中峰は唾をゴクリと飲みこんでから再度返事を行う。


「はっ。状況が状況ですので、取引をさせていた者たちの大半が捕まっていくことになるかとは思います。……ですが、すでにターゲットにしていた者の中にはダンジョンで亡くなっていた者も多いはずですし、今回の騒ぎの原因となった者のような、下層のモンスターをランク外で持ってきてそれがターゲットにもなっていたなどという者は、そもそもほとんどおりません。

 多少騒がれることにはなるかと思いますが、捕まることになった場合でも、手の者のほとんどは出来心だったとか査定したものの品質が悪すぎた時の物だとか言い訳することで疑いは持たれたとしても言い逃れられるとは思っています」


「ふむ、だが一部には今回のように上級品を巻き上げさせていた者たちもいるはずだろう。そういった者たちが捕まった場合はどうするつもりなのかね?」

「すでにそういった、一部の特殊事例に合致する者たち数名については、今回の騒ぎが起きた直後に逃がす手はずをするからダンジョンに来いと呼びだしてあります。そのままウチのクランの者たちに紛れ込ませてダンジョンから連れ出したあとは、雲隠れさせようかと思っていますが……」


 中峰がそう答えると、後原が眉を顰めた。


「手ぬるいなぁ。どうせダンジョンに呼び出すのであれば、そのままダンジョンに吸収させてしまえばいいだけじゃないか」

「なっ!?」


 ダンジョンに吸収させる、すなわち、殺せ、とあっさり言ってきたことに中峰が驚きの声を挙げて頭を上げる。


「なに、昔はよくあったことでしょ?

 逃げられないと踏んだその者たちが、ダンジョンへと一か八かで逃げ込んでモンスターに襲われて行方不明になった。そういう筋書きで処理させればいいだけのことですよっ」


 顔を上げた中峰に対し、鷹条が神経質そうに右手の人差し指で左手の親指の付け根を掻きまくりながらそう告げてくる。


「だいたいねぇ、キミ。肝心のヘマをした橘とかいう探索者ギルドの受付嬢、それだってまだ生きたままなんだろう?

 あの者の始末をつけるのはいったいどうなっているのかね!」


 鷹条のその糾弾に、中峰が顔を歪ませる。


「申し訳ありません。そこが問題でありまして……なにぶん、すでに探索者ギルドだけではなく、警察や公安、内調といった国の機関も入って24時間体制で尋問をされている様子だとのことで、ウチだけでは接触することすらできない状態になっています」


 中峰のその言葉に、鷹条がハァ、とさらにため息を吐きだす。


「……とりあえず、最悪の状況を考えて、すでにレイダーズキミたちの側の窓口を男については、こちらでその者の自宅で首を吊らせた上で遺書を用意しておくよう、手配しておきましたよ。だから、キミたちとの関係を捕まった受付嬢が吐いたとしても、そこで途切れるようにはなっていますから安心しなさい」


「我々が指示する前に、中峰くんの方で気を回して処理しておいてほしかったものですがねぇ」と、なんでもないことのように鷹条が告げてくるが、その言葉の意味を理解することに、中峰は数秒かかってしまう。


「おや、彼のとこの側の窓口は、すでに自殺してしまったんですか?

 もったいない」

「いえいえ。窓口男が、したんですよ」


 にぃ、っと鷹条が笑ってそう言うと、「ははは、そう言うことですか。自殺することになった者は可哀そうですねぇ」と後原が苦笑する。

 なにを言ってるんだこいつらは。人を簡単に殺させておいて、まるで家に沸いた虫でも処理したかのような口調で語るだなんて、と中峰は戦慄に襲われてしまう。

 だが、彼らの話はよく聞くともっと酷いものであるということを、続けて語られた内容で中峰は否が応でも気づかされてしまった。


「それでは、ノウハウを知っている者はちゃんと生かしてあるということでいいのだね?」


 嫌悪感に顔を引きつらせる中峰のことを無視して、後原が鷹条に確認を取る。


「はい。すでに元窓口の者には自殺した者に成り代わるよう背乗りさせてありますので、その点に関しましてはだいじょうぶです。無能な者が有能な者に、有能な者が無能な者と立場を交換したわけですから、ほとぼりが冷めたところで生かしておいた方には今回の件の反省をさせた上で、また働いてもらえばいいことでしょう」

「そうかそうか。

 中峰くんもその者に対しては、まぁ、きちんと叱った上で挽回のチャンスをあげたまえ。失敗は成功の素だからね。一度手痛い失敗をした者は、二度と同じような失敗を繰り返しはしないようになることだろう。それでも再度同じような失敗を学習せずにするようなら、その時は廃棄すればいいだけだからねぇ。それで、こちらが肝心な話となるのだが……キミたちから我々への誠意、これについては今後も変わらずに出してくれると考えていいのかね?」


 中峰に対しては優し気にそう言葉を紡いでいた後原ではあったが、誠意についてを問いかける時には目がまったく笑っていない状態で問いかけてきた。蛇に睨まれた蛙の気分になりながら、慌てて中峰は後原へと返事をする。


「はっ、そこについてはもちろん変わらぬ形で対応させていただきます。むしろ、今回の件で我々が窮地に追いやられる可能性についても考えまして、内閣与党と対峙していただく立国民衆党党首である後原先生と、その重鎮である鷹条先生にはいつもより多額の誠意を送らせていただきたいと思っております」


 中峰がそう言うと、鷹条は卑しさを隠さない笑みを浮かべ、後原も口元だけでなく目つきも和らげた。


「なるほどなるほど。中峰くんはわかっていますね。では、そちらの件については問題ないということで、今後の対応を期待していますよ。ただ、そうですね。キミたちの誠意を、この件でキミたちが多少とはいえ注目されるかもしれない中で唐突に増やしてもらうなんていうことは、変な勘繰りを我々も受けることになるかもしれません。だから誠意については気持ちだけ受け取っておいてこれまでと同じ分でかまいませんよ」


 後原のその発言は意外であったのか、鷹条が「えっ」と戸惑う表情をし、同様に驚いた中峰もおもわず疑問の声を挙げてしまう。むしろ金以外にも更なる要求をされるとすら覚悟をしていたのだ。

 だが、この政治の中枢に野党党首として長年君臨している政治屋が、もちろんそんな甘い人間なはずもない。追加で後原が要求を重ねてくる。


「ただ、そうですね。その代わりといってはなんですが、少し中峰くんたちには骨を折って頑張っていただきたいことがありまして」


 にこにこと微笑みながら後原がそう言ってきたことで、中峰はむしろ金を要求されることよりもやっかいなことを要求されるだろうということに気がつき、顔を強張らせてしまう。警戒心を高めながら後原に問いかけた。


「私に、ですか……微力な我々が後原先生のお力に早々なれるとは思いませんが、ひとまず聞かせていただきたいと思います」

「なに、それほど難しいことではないはずですよ。

 今回の件の騒ぎで有名になった少女、その子がどうも身の丈にあってないとても重要な品を持っているそうだと聞きましてねぇ。それを隣国の友人たちがどうも欲しているそうなのです。

 あぁ、勘違いしないでくださいね。私の方でも軽く調べさせてみたところ、どうにも大変貴重な物であるとのことでしたから、さすがに他国の友人たちに引き渡すというのはどうか、と思っています。とはいえ、友人たちには選挙などの際に協力や支援をしてもらっている関係上、彼らからのを拒むのも難しくてですね。中峰くんがあの女の子からもらい、私のところへと持ってきてくれさえすれば、次の選挙でも協力や支援をしてもらうのと引き換えにその友人たちには見返りとしてその機械を調べる機会を少し与える程度で満足してもらおうと思っていまして……」


 後原が微笑みながらそう言うが、中峰としては苦々しく思う。グダグダ言ってるが要は「手段は問わないから、その小娘から奪って持ってこい」ということだ。しかもわざと明確にはだれから何を奪ってこいとは言ってきていない。何かトラブルがあって後原に迷惑がかかる状態になったとしても、例えば仮に中峰がこの会話を録音していたところで中峰が勝手に勘違いをした、間違って判断したことだ、とでも言い逃れようとするつもりなのだろう。

 かといって、一方ですでに代わりに中峰からの誠意献金はこれまで通りでいいとして断りにくい状況へと持ち込まれているのだ。それどころかここで中峰が断ってしまったら、後原からは切り捨てられてしまいかねない。それは物理的な意味でも切り捨てられることに繋がってしまうことだろう。それ故に、中峰には後原からの要求を受け入れる以外の選択肢が残されていなかった。


「わ、わかりました……誠心誠意、努力させていただきます」


 ギリッ、と歯を食いしばってから、中峰が返事をする。面倒なことになったが、まぁ女子高生から物を巻き上げるだけのことだ。金や暴力、身内や友人連中への脅しなど手段はいくらでもあるはずだ、と自分を納得させる。




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