第93話 <ファレン 1>




「おい、ファレン。ちょっとこいつを見てみろよ」


 合衆国テキサス州にあるS級探索者クラン「W.D.C」――正式名称をWonderful素晴らしき Dungeonダンジョン ConquestTeams制覇隊という――のクランホームにダンジョンから帰還し、ロングヘアのプラチナブランドに白のサマードレスというお嬢様ファッションに身を包み久々の休暇をまったりと過ごしていたファレンの下に、同じくW.D.C所属のアタッカーであるグレアムがリンゴマークが背面に彫り込まれたタブレットを手に持ってやってきた。


「なぁによ、グレアム。あたしは久々の地上での休暇を満喫してる最中なんだけどー」


 わざわざ英国から取り寄せた紅茶に有名店のミートパイを配達してもらい、優雅な気持ちになってテキサスの大地を吹く穏やかな風を浴びながら、クランホームにある広大な庭園の一角に建てられた東屋ガゼボの下でせっかくの休息を満喫していたというのに、そんな場の空気をぶち壊すジーンズと筋肉質な身体にピッチピチに張り付けたTシャツ――それもジャパニーズ・アニメの露出度高目な服装の女の子キャラがプリントされたモノ――という格好のグレアムがやってきて、ガサツな声をかけられてしまい、せっかくの優雅な気分が台無しな気分となってしまったファレンは、行儀悪くテーブルに肩肘をつきながらジト目で彼に返事をする。

 いかにも気分が台無しー、とグレアムに対して見せつけるかのように、パーマがかかってくるくると細かな巻き毛が鬣のようになっている毛先を指でいじりながら彼女が返答を待っていると、そんな彼女の向かい側に座ったグレアムがこれが答えとばかりに手にしていたタブレットを差し出してきた。

 そんなグレアムに対して、彼が席につくとすかさずそばに控えていたファレンの執事が紅茶を入れたカップを彼に提供して後ろに下がる。


「おっ、サンキュー。

 いやな、ファレン。すっげぇネタが出てきたんでおまえに知らせてやろうと思ってきたんだよ」

「はぁ。まさかまた貴方によるジャパンの推しアニメーションとかじゃないわよね。

 そりゃあ、前回グレアムが紹介してくれた『てんめい』っていう作品は名作だったけど」


 作品の正式名称が『転生した女神さまは魔王くんを射止めたい』というジャパニーズ・アニメ――現代を舞台に異世界から転生した女神レンナちゃんが、同じく現代に転生したけれど前世の記憶は欠片ほどしか持っていない魔王ルカを、幼馴染としての立場で一緒に過ごして真人間として更生させていこうとする中で幼少期に惚れてしまい、そのまま影で駆けずり回りながら恋愛フラグを建立していたというのに、高校生の時になって元の世界からルカを魔王として目覚めさせるためにルカの元部下で前世の彼の妹でもあるルミナが転校生としてやってきたことで、ルカのハートを射止めるためにルミナと対立しあったり時には協力しあったりしながら様々なハプニングを力づくで解決していくという、現代を舞台にしたラブコメファンタジーアニメ、ファンの間での略称は「てんめい」という――のことを思い浮かべながら、ファレンがグレアムのことを睨みつけた。


 グレアムにおすすめされて観始めたところ、そのまま徹夜でアニメ第1シーズンを一気見してしまい、「てんめい」に対してはあまりにもハマってしまった結果、W.D.Cのクランホームの一室に布教用のグッズ部屋まで彼と一緒に作ってしまった過去があるファレンだが、あれは素晴らしい作品であったと思うその一方で、だからといっていまの優雅な気分に浸っていた時間をそういうもので潰しに来られたんじゃたまったものではない。何せ1週間ほどの深淵上層への探索から戻ってきての休暇を楽しみだしたばかりなのだ。


「ん?

 あぁ、てんめいみたいな推し作品はまだまだいっぱいあるけどな。今回はそういうのじゃないぜ。ほら、いいからまずはこれを見てくれよ」


 そういってグレアムがタブレットの画面をタッチする。するとそこには長い黒髪をした幼い容姿の美少女が、綺麗な花畑の中でスヤスヤと眠っている姿が映っている動画である。


「え、なに?

 グレアム、あなた二次元嗜好だと思ってたけど、まさかのリアルロリコンだったりでもしたの??」


 見た感じプライマリースクール小学校の高学年かジュニアハイスクール中学校の1年生くらいだろうか。そんな年頃の少女の寝顔をいくら美少女のものだからといって動画配信しているのを観せてくるだとか、グレアムに対してファレンとしてはドン引きである。これはクラン会議でクランリーダーであるアレスに注意喚起してもらう必要があるかしら、とまで思ってしまった。


「違う違う。俺の最推しはてんめいのルミナだ。現実世界の女児に浮気とかはしねぇよ。それに画面に映ってるその子は、それでも一応ジャパンのハイスクールの2年生、つまりファレンの一つ下だぜ」

「え……これでハイスクール?

 それはいくらなんでもさすがに嘘でしょ。よくジャパニーズの見た目が実年齢より若く見えるっていったって、さすがに幼さすぎじゃない。

 あたしの10歳の従妹の方が絶対、年上に見えるわよ」


 騙そうとでもしてるの?と、ちょっとジト目でそう疑いの声を挙げると、グレアムが苦笑する。


「あー、うん。まぁその辺については俺の方が不利だから、ちょっと横に置いといてだな……ファレンによく見てもらいたいのは、この子はいま完全に無防備な感じでぐっすり寝てるだろ。そんなこの少女ガールが寝ている場所についてってことなんだわ」

「ん?

 えーと、見た感じどこかの花畑よね。……綺麗な場所ねー、ジャパンにはこんな場所があるんだ。どこの観光地?キョート辺りかしら??」

「そうだよな。どっか地上の観光地って思うよな、普通。だが、驚け。ここはな……」


 そうグレアムが言いかけたところで、それまでスヤスヤと眠っていた黒髪の少女が、ふわぁ、とあくびをしながら目を覚ます。


「おっ、ここからは答えを言うより観続けてもらう方が面白いだろうな。ファレン、ひとまず画面を見ててくれよ。答えはすぐに判るからさ」


 グレアムがニヤニヤといたずらっぽい笑みを見せながらそう言ってファレンに続きを見るように促す。そんな彼の態度を不審に思いながらも、ファレンはその言葉に従って動画の続きを観続けていくと――


「は?」


 日本語で少女が話しをしているため何を言っているかは声ではわかりづらいが、画面の下に出てくるAIによる自動翻訳された字幕でこれがダンジョン配信であることが理解できた。さらには続けて画面に出てきた6本腕のグリズリーなどを見てしまえば疑う余地もない。だが、あまりの動画の中の異常さに信じられないファレンは思わず口から間抜けな疑問の声を出してしまった。


「え、ちょ、えぇぇぇ?!」


 そのまま驚きのままに録画配信らしきその動画を見ていくと、少女がデコピン一発で先ほどのダンジョンモンスターの頭をぶっ飛ばしてあっさりと撃退する姿までもが映像としてでてくる。

 あまりのトンデモなさに画面を一時停止させたファレンは、考えをまとめるべく目を閉じて額に片手を当てて深く深呼吸をする。


「――グレアム、なにこれ。新しいジャパニーズ・アニメションの実写版プロモーションか何かなの?」


 いま見たことがさすがに本物だとは信じられず、これを持ってきた彼に真相を尋ねてみる。とはいえ、内心ではすでに分かっている。「ジャパニーズアニメションの実写化は改悪ばかりだ!」と叫び嫌悪してすらいるグレアムがそんなものを持ってくるだとかは思えない。

 だが、そうでもなければ理解がしづらすぎる。あんなものが現実にあり得るだとか信じられるはずがない。合成動画かなにかだと言われた方がよっぽど納得できる代物だ。けれど、グレアムがそんなものをわざわざ持ってくるはずがない。万が一、そんなものをわざわざ持ってきてファレンの貴重な休暇を邪魔したとかであれば、制裁してやる。


「ハッピーなお知らせだ。ジャパニーズアニメーションの実写版プロモーションとかじゃねぇぜ。これはリアルにこの世界――と言ってもジャパンのダンジョン内で起こされた事実だったりするんだぜ」


 グレアムがファレンの反応に「ヨシッ!」と満面の笑みを浮かべてから、楽し気にそう告げてくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る