第94話 <ファレン 2>



「うっそでしょ!

 何よあれ。アレが事実だっていうのなら、どうみても下層から先の場所で起きてるってことでしょ!!

 なに、ジャパンにはホントにニンジャが居たってことなの?!」


 ダンジョンとしての岩窟ではない環境があった。どうみても地上の生き物ではないモンスターが居た。それをプライマリースクールの児童にしか見えない少女がデコピン一発で撃退したというのがどうしてもファレンには信じられない。


「――あ、もしかしてジャパンで新しいSランク探索者が出たとかそういうこと。

 それでそのSランクがこの子で、グレアム、あなたが知ってあたしに教えにきたとかそういうことなのかしら」


 下層のモンスターを一撃で倒せるというのならAランクという可能性もあるが、多少、人数が少ないとはいえSランク探索者であるファレンからしてみれば有象無象であるそんな相手のことをわざわざグレアムが教えにくるとは思えない。それなら新しいライバルになりえるかもしれない相手として現れたSランクだというのならまだ納得もできる。


「それが聞いて驚け。この子な、この動画の時点ではまだ日本の探索者ギルドじゃDランクだったそうなんだぜ」


 その言葉にファレンは思わず、優雅さもなにもかもを吹っ飛ばしてテーブルをバンと叩き、グレアムに対して食って掛かる。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ?!

 どういうことよ!こんな非常識なくらいの強さを持ってて下位探索者Dランクですって?!

 ありえないでしょう!ジャパンの探索者ギルドじゃランク認定基準が仕事してないっていうの?!」

「どうどう、落ち着け落ち着け。

 この子がDランクだったってのが疑問なのは俺も同じだよ。まぁ、今じゃいちおうBランクまでは上げられたらしいけどな」

「はぁ?!

 なに言ってんのよ。Bでもまだ低すぎでしょう!

 ……グレアム、たしかあなた、さっきこの子がまだハイスクールだって言ってたわよね。だったらさっさとスカウト送り込んで合衆国ウチにこの子を連れてきなさいよ。一撃で下層あたりのモンスターを撃破できるってのなら、たぶん戦闘系スキル持ちなんでしょ。W.D.Cで今のうちからしっかりと鍛えてあげれば、AどころかSにも引き上げてあげられるかもしれないわよ」


「仮にそこまで強くなれなくても、この美貌であるのならば広告塔とかででも活躍させてあげられるだろうし」とファレンは頭の中でパパっと計算する。だが、そんなファレンに対し、グレアムがさらに驚きの情報を付け加えてきた。


「やっぱりそう思うよな。けどな、ファレン。実はまだもっと驚く情報があるんだぜ?」


 もったいぶったようにニヤニヤと笑いながらそう言ってくるグレアムに、ファレンは思わず「はぁ?」と睨みつける。驚かせることがあるならさっさと言え、と。


「あのな、この子……本人の言葉通りなら、こう見えて戦闘系じゃなく支援系バッファーらしいんだよ」


「―――ハ?」


「ほら、さっきの動画をもう一度よく見てみろ。……ここだ、ここ。この6本腕のグリズリーのところに向かっていってる最中に、一瞬だけこの子の体が金色に光っただろ。どうやらこの瞬間にこの子は自分にバフをかけて攻撃力を高め、それであのグリズリーをぶち倒す威力を自分にバフったらしいんだ」

「……噓でしょ。それ、いったいどれだけの倍率のバフをかけたら、そんなことができるようになるっていうのよ」


 自分も魔術使いとして、W.D.Cの一軍パーティーでバフを使ったりすることもあるからこそ、グレアムの言っていることが信じられない。少なくともファレンであれば戦闘系スキル持ちでも無いものにバフだけで同じことをさせることは不可能な芸当のはずだ。


「さてな。2倍や3倍程度でできるとは思えねぇ。ていうかその程度でできるっていうのなら、素の状態での攻撃力も無茶苦茶すごくなきゃ無理なはずだろうしな。

 それこそ、うちのアレスみたいな戦闘系ユニークスキルに恵まれてないと無理だろうな」

「……実はそういうネタだったとかいうことはないの?」

「それだったとしても欲しくなる人材ではあるけどな。ただ、実はこの子が注目されるきっかけになった配信動画もあるんだよ。ジャパンのアイドル探索配信者のパーティーでスカーレットとかいうグループの動画なんだがな。こっちもちょっとよく見てほしいんだわ」


 そう言ってグレアムが別の探索配信動画を見せてくる。さっきの少女のものとは違い、カラフルな髪色をした、いかにも探索者という装備に身を包んだ4人の少女がダンジョンを探索している動画だ。それをある程度のところまでグレアムがスキップさせてファレンに見せつけてきたのは、その少女が大きなワイバーンに突如襲撃を受け、壊滅的な被害を受ける映像だった。


「うわぁ……圧倒的に戦力が足りてないわね。この子たち、死ぬんじゃないの?

 というか、最初に吹き飛ばされたちっちゃい子、アレはどうみてももう無理でしょうね……」


 下手すると即死すらしていそうだ。仲間である少女のひとりが懸命に回復魔術をかけているところからして、まだ息があるのかもしれないが、その代わりに他の二人のサポートをその少女ができていないため、ただでさえ戦力に差があるというのにこの判断では助かる可能性のある他の二人も助からず、全滅するしかないだろう。

 このパーティー、パニックに陥ったのだとしても対応がダメすぎるわね。非情な判断が必要な時に仲間とはいえ切り捨てるべきものを切り捨てることができなくては、最終的に全員がダンジョンに屍を晒すことになってしまうだけだろう。そう思って観続けていたファレンだったが、またも先ほどのあの少女に驚かされることになる。


「え、嘘。……どういうこと?」


 先ほどの少女がのんびりとした口調で戦闘に割って入った途端、それまでのモンスターによる一方的な蹂躙劇の状態が、まるで嘘であったかのように天秤が逆に傾きだす。ボロボロだったはずの最初から映っていた少女たちによる反撃が巻き起こっていったのだ。

 何よりもファレンを驚かせたのは、あの少女が深層以降に現れるであろうモンスターに対して麻痺スタンを与えることに成功したことから始まった。そのこと自体にすら「ありえない」とも思ったのだが、さらにはその次にはボロボロだった少女たちの肉体だけでなく、無機物である装備まで元通りに復元させてしまったことなど、もはや何をしたのかすら理解が及ばない。


(再生……いや、違う。あれだと生体は治せても装備などの無機物まで元通りになってる理屈がつかないわ。かといって時間干渉系スキルによる逆戻しとかいう感じでもないわよね。その手のタイプのであれば傷や装備は治せても傷ついたり壊れた順番に戻っていくはずだもの。生体と無機物が同時に治る、なんていう映像のようにならないはずよ。――いったいこの子は何をしたっていうのよ?)


 しかも、その装備が復元した途端に、さきほどまで一方的に蹂躙されていた少女たちが、暴虐の相手とまとも以上に戦えるようになりだしたのだ。その際に赤髪の少女が見せたそれまでとは次元が異なる速さと跳躍力などからして、たしかになんらかの肉体強化バフをあの少女が掛けてあげた結果なのだろうとは予測がつく。

 だが、幼げなあの美少女と同じようにバフについての専門家であり、その上で自信を持って自他ともに世界一を認めているファレンであるからこそ、あの幼げな美少女が画面で縦横無尽に動く赤髪の少女たちへと掛けたものがバフであったとするのであれば、それが異常すぎる威力のモノだということに気がついてしまう。


「なによ、これ。

 いったいこの子、どんなバフをかけてあげたらこんな動きを何の抵抗も代償もなく、他人に掛けてあげられるっていうのよ」


 2倍や3倍、どうにか無理して魔力を無理やり注ぎ込んでファレンでも限界である4倍のバフをかけてあげたところで、ここまで極端な戦力向上になどなったりするはずがない。だが、世界一の魔術のスペシャリストとして認められているファリンですら、無理して他人に掛けてあげられるのはその程度までの倍率のバフだ。しかも無理して世界には公開していない未記録の4倍バフを魔力ごり押しで掛けてあげたところで、その効果は極短時間しか効果が保てないし、そもそも掛けられた相手がさらに他の人から補助や安定化のための強化などをしてもらっていなければ、強化された相手は一歩歩いただけで負荷に耐え切れずに筋や神経がズタボロになって壊れてしまう可能性だってある。

 なのに、赤髪の少女や金髪の少女は、それから後もずっと長い時間、激しい戦闘を続けていき、それどころか途中からは最初に戦線離脱となり瀕死に陥っていたはずの小柄な茶髪の少女までもが復活して戦闘に参加しだしたのだ。

 その茶髪の少女も、その後に遠くから魔術攻撃で参加してきた青髪の少女も、映像の最初の頃とはまったくもって別人かと言いたくなる動きや威力でワイバーンを攻めたて、そこからは一方的な少女たちによるモンスターへの蹂躙劇に戦闘の内容を変化させていくのである。


「は、はは……なによ、これ。こんなのが現実だっていうの……?

 噓でしょ、もしこれが本当にあったことだとかいうのなら、あたしなんかよりよっぽど遥かに優れた支援バフ能力持ちじゃない……」


 先ほどはウチに呼び込んで育成してあげれば、などと言ったが、そんなのはファレンの傲慢だ。これが現実に起きた映像であり、CGや合成などではなく、本当にバフやデバフといった能力だけでこれを成し遂げさせられるほどの支援スキルを彼女が持っているのだというのであれば……W.D.Cに来た時点で一軍入り間違い無しである。

 もちろん支援魔術だけでなく攻撃魔術や探索魔術など、魔術全般であればなんでも上級まで使いこなすことのできるファレンが、たったそれだけのことで一軍の座から引きずりおろされはしないだろうが、それでも意識せざるを得ないほどのライバルになるのは確実だ。


「ハハハ、やっぱファレンもそう驚くよなぁ!」


 グレアムがしてやったり!という顔で笑ってくるが、そんなことは気にならない。それよりも動画の続きが気になって仕方がなく観続けていると、最初はモンスターに蹂躙されるばかりだったはずの少女たちが、攻撃が通じ仲間が戦線に戻ってくるにつれ彼女たち本来の連携力との相乗効果もあってか、どんどんと逆に彼女たちの方がモンスターを一方的に蹂躙する展開へと変わっていく。やがて最後にはモンスターの片翼と尻尾を切断することに成功した上、隙を見て赤髪の少女がモンスターの首を斬り飛ばして勝利する大逆転劇となったのだ。


AwesomeすごいAwesomeすごいAwesomeすごいわ

 あの戦力差の状態から、あの壊滅的状態からこの子たちを逆転させてしまうだなんて!!

 こんなすごい一発逆転なんて、NBAでマグレディがやってみせた逆転劇くらいでしかみたことないわよ!

 あぁ、でもどうしてなのかしら?あの子は途中から映像にはでてこなかったわよね。いったいどうしてなの?!」


 タブレットの画面から顔を上げてファレンがグレアムにそう尋ねると、にやにやとそんなファレンの反応を見ていた彼がその理由を解説してくれる。


「――まさかそんな。これだけのことをしておいて、それがただの気まぐれみたいなモノだったなんていうの?

 それもこれだけの支援をしておいて報酬は要らない?

 なによこの子、実は天使とかだったりでもするわけ??」

「そう疑っちまうのもわかるがな、ファレン。だけど、彼女はリアルの人間だぜ。

 しかも、この程度はまだまだ序の口なんだよ」


 そう言ってグレアムがファレンにさらに彼女の他の動画も見せてくる。

 ダンジョンの構造すら無視したRTA多階層突破や深層モンスターやそれを操るなどというユニークスキル持ちとその仲間への報復劇、さまざまな下層の美麗スポットを紹介するだけでなく、果てには深層を気軽に一人で探索する配信やファレンですら考えてみたことがなかったモンスターへバフをかけることによる攻撃手法の紹介――そして驚くほどの魔水晶がある採掘場所をあっさりと美麗スポットだとか言って紹介してくるお気楽さ。

 ファレンはグレアムが彼女ゆーなに関してでオススメしてくる彼女の配信動画を見るたびにどんどんどんどん興奮していってしまう。気づけばもう周囲は真っ暗闇な夜となっていたが、そんなに時間が経っていたことにもファレンはまったく気づいていなかった。


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