第98話 契約魔術
「うーん、これはたしかに便利だし、だれもが欲しがるっていうのもわかるものよね」
竜胆さんが指先に作った魔術の炎を消しながら、そんな感想を述べる。
「けどさ、便利だとはいえ不用心じゃないかな。それ、かなり貴重なものなんでしょう?
いまのキミが狙われているのに持ち歩いてたりするっていうのは、危ないと思うよー」
そう言ってくれるが、ここで持ち出してみせたのは必要があってのことなのだ。
「心配してくださるのはありがたいんですが……まぁ、これがあるからさっきのスパイっていう人たちのことに気づけましたし。それに、これが使える状態であれば、この後の《契約》がさらにきっちりしたものになりますから」
「あー、さっきのあいつらのことを言われたら反論できないなぁ。あ、ちなみに一応確認させてもらうんだけど、その地図の情報、リアルタイムのやつだよね?」
「はい。いまのこの周囲の状況です。今度はちゃんと周囲にはだれもいないようですね」
「よし。じゃあ……高岩くん、念のために盗聴器の有無の確認もしてみてくれるかな?」
そう竜胆さんが声をかけると、高岩さんがトランシーバーのような機械を懐から取り出して部屋中を歩いて一周する。特に問題はなかったようで、元の位置まで戻ってくると「問題ないですね」と竜胆さんに答えた。
「あ、良かった。これで盗聴器とかまで仕掛けられてたら目も当てられなかったけど、さすがにあいつらもそこまでのことを仕込むところまではできなかったようね」
「この会議室ですることにしたのは、彼女たちを連れてきてからでしたからね。そのおかげで彼らも隣に潜んで聞き耳をたてることしかできそうになかったんだと思います」
「彼らもまさか、ダンジョンの外で彼女のスキルで把握されてバレるとか想像もしてなかったことでしょうしねー。それで、スキルを使って周囲の状況を把握していたのは、ゆーなちゃんの方はこうなることも想定してたからってことなのかな?」
その問いかけには首を横に振る。実のところは偶然だったからだ。
「いえ、ぶっちゃけて言いますとマップクリエイトで確認したのは偶然だったんです。これを起動させておいたのは、竜胆さんたちの人柄が信用できるかわからなかったので、場合によっては説明するために『契約』についてをこちらから持ち出すことになった場合に備えてで準備していただけでして……ついでにと周辺の状況についても確認してみたら、隣の部屋に人が居ることに気づいたっていうだけなんです……」
ポリポリと思わず頬を人差し指の指先で搔いてしまう。実際、偶然だったのだ。一応、ちゃんと魔術とかスキルが使える程度の濃度にはなってるかのチェックを兼ねて、念のために周辺状況を確認しておこうかな、という程度の気持ちでマップクリエイトのスキルを発動させてみたら「あっれー、なんか隣の部屋でこっちとの壁に張り付いてるっぽい人たちがいる?!」と偶然、気づくことができただけなのである。
「いやぁ、ホントはこれを起動させておいたのは、書類以上の強制力で守秘義務の契約をしてもらう場合に備えてだったんです。契約魔術を行うためには魔力が必要になるかもしれないからって理由で起動させておいただけなんですよ」
だから偶然なんです、と優奈は告白したのだが、竜胆さんや御月さん、高岩さんは眉を潜めてこちらを見つめてきていた。
「えっと……ゆーなちゃん?」
「はい、なんでしょうか御月さん」
「いま、ゆーなちゃんが言った契約魔術って何のことなのかな……不勉強で申し訳ないんだけれど、そんな魔術については知らないんだけど……」
あぁ、と優奈は納得する。そういえば魔法と同様にこの魔術はこちら側では知られていないんだったっけ。
「名前の通りのモノです。契約を魔術によって結ぶやつでして……そうですね、実行力がある指切りげんまん、って思ってもらえばわかりやすいでしょうか?」
「と、いうと……」
「何らかの条件を定め、その条件を遵守し破らないことを魔術を用いて契約を互いに交わすというものです。普通の約束や契約は破った場合は賠償金など金銭的だったり社会的なペナルティとかはあっても、物理的だったり魔術的だったりな形でのペナルティが起きたりはしませんよね。契約魔術の場合はその逆で、破ってもお金だとかのペナルティは発生させられませんが、代わりに設定しておいたペナルティを魔術効果として発生させられるようになるんです」
「試してみますか?」と優奈が試しに尋ねてみると、興味を強く持ったらしい竜胆さんが「よし!やってみたい!!」とノリノリで応じてくれた。
「ちょっとリーダー!安全性を確認できないのに、そんなことをいきなりするんですか?!」
高岩さんが慌てて制止しようとするが、竜胆さんが「いいじゃない、いいじゃない。面白そうじゃん」と言って、その制止を無視してしまう。
「じゃあ、ゆーなちゃん。いったいどういうふうにするの?」
「んー、とりあえず体験ってことですから、簡単なものにしておきましょう。そうですね、ここに1000円札が1枚あります。この1000円札を竜胆さんは契約から1分の間、触らない。もしもその間に触ると……ペナルティとしては30秒の間、視覚が使えなくなる、というのはどうでしょう?」
優奈がそう提案してみると、竜胆さんが「ん、それでいいよ」とあっさりと応じる。むしろワクワクとした様子でいるので、早速優奈は彼女と自分との間で契約魔術を発動させてみることにした。
「
優奈がそう厳かな口調で魔力を込めた呪言を述べ終えると同時に、優奈の足元を中心にして、円状の黒い光を放つ魔術陣が発生する。そして優奈がその魔術陣の中で手を竜胆さんの方へと差し出すと、面白そうにその魔術陣をみていた竜胆さんが「あ、その手を握ればいいのね」とやり方についてを見越してくれ、トンっと魔術陣の中へと足を踏みいれてから優奈の差し出した手を握りしめた。
そうして『契約』が成立したことにより、黒い魔術陣が地面から天井に向けて薄くなっていくグラデーションがかかった光を放つ。そうして放たれた黒い光は、途中からシャボン玉のような形状になりながら宙を舞い、竜胆の身体へと吸い込まれるように溶けていった。
「はい、これで契約完了です。じゃあ、これで試しに竜胆さんがこの1000円札に触れてみると……」
と、優奈が手にした1000円札を差し出す。すると、それをなんの躊躇もためらいもなく、竜胆さんが触りにいった。
「こう…………わぁっ!?
ほんとに急に、いきなり何にも見えなくなっちゃった!!」
1000円札に竜胆さんの指先が触れた途端、彼女が全身を大きく震わせ、大きな叫び声を挙げたのだった。とはいえ、ビックリしたのは一瞬だけであったようで、すぐに彼女が落ち着きを取り戻す。
「おぉー、すごい。特に何の感触も前兆もなかったのに、突然、目が見えなくなって真っ暗になったねー。どういう仕組みなんだろ、これ…………って、あ、元に戻った」
30秒という短時間だけの効果にしていたためか、竜胆さんへの契約違反によるペナルティはすぐに解除される。そのため、今度はいきなり視界が戻ったことに竜胆さんが目をぱちくりとさせた。
「契約魔術で契約を交わした場合、契約違反をするといまみたいな感じで指定しておいたペナルティを違反者に対して発動させられるんです。もっとも、契約の条項が複雑になったりペナルティを厳しくすればするほど、掛ける際に必要とする魔力の消費がどんどん大きくなっちゃいますし、そもそも相手側がきちんと受け入れる意思を示さなければ、そもそも契約を結ぶっていうのがまずできない性質の魔術でもあるので、使い勝手は無茶苦茶悪いんですけどね」
そう優奈が苦笑しながら説明するのだが、竜胆さんや高岩さん、御月さんだけでなく茜さんたちまでもが「それでも、いろいろ使い道が考えられるわね」と各自、思考の渦に入っていった。
「それで、優奈ちゃんとしてはやろうとしていることの守秘義務を、私たちに絶対に遵守させるためにその契約魔術を掛けたいと思っていると……ひとつ確認するけど、その際の条件は何?」
竜胆さんが先ほどまでとは違い、笑顔を消して無表情になった顔で優奈にそう尋ねてくる。
「内容としましては、私たちが説明するコラボで発表しようとしていることについて、これから一週間の間、だれにも教えないこと・伝えない、ということになります。破った場合の罰則は、破ろうとした瞬間から一週間の間、言葉を一切発せられなくなる、というものあたりを考えてました。ただし、逆にこの契約を竜胆さんたちが守ってくれれば、契約魔術は達成報酬を竜胆さんたちに与えることになります」
「え、遵守した場合、報酬があるの?」
「もちろんですよ。さっき、この契約魔術は契約違反をするとペナルティがあると言いましたし、契約の条項を複雑にすればするほど魔力が必要になるって説明しましたよね。そのペナルティや条項設定のために契約主側は魔術を相手にかける際に大量の魔力を注ぎ込む必要があるんですが、その魔力の一部が、契約中、もしくは契約内容達成時には契約受諾者へのいろいろな
ほら、ケルト神話でよくでてくる
優奈がそう説明すると、竜胆さんが顎に手を当てて「なるほどねぇ……」と考え込む。
「その契約によるペナルティや報酬の効果は地上でもあったりするの?」
「いったん契約を結びさえすれば、地上でも契約条件の発動効果を判断させることはたぶん可能なはずですね。S級の人だと確実にだいじょうぶだと思います。それ以外の人でも、契約時に篭める魔力量を多くして遵守内容についてはさっき言ったような人に伝えないとかいうくらいの単純なものにしておけば、一週間くらいまでならどうにかできると思います。ただ、その場合、契約順守時の報酬としての強化効果に関しては、効果が発動するのをダンジョン内だけでとかに設定しておかないと、たぶんすぐに効果が切れてしまうことになると思いますけど……」
「実のところ、そこはやってみないと、ちょっと何とも言えないんですよねぇ」と優奈は困ったように言う。実際問題、これまで必要が無かったため試してみたことがないため、優奈としてもぶっつけ本番だったりするのだ。そのことを話すと、竜胆さんと御月さんが呆れたような顔をして優奈のことを見返してきた。
「なんとも曖昧な話ですね……でもまぁ、わかりました。それなら、私が優奈さんとの契約魔術を交わしましょう。竜胆さんや高岩さんがどうするかは各自に任せますが、もし二人が受けない場合は、私だけで優奈さんと契約を交わした後に発表しようとしていることがどんなことなのかを聞きとり、その上でその内容とやらが白の旅団というクランとして、サポートするに値するものであるかどうかを判断してみるというのはいかがでしょうか?」
そう御月さんが告げると、竜胆さんと高岩さんが互いに目配せをしあってから、高岩さんだけが「はぁ」と大きなため息を吐きだした。
「では、私は念のために契約を交わすのはやめておきます。その代わりそのことについての話をされている間は、聞こえないように部屋の外に出ておくことにしましょう」
「じゃ、あたしは御月と一緒に契約を交わすってことで。こんな面白そうなこと、体験してみないわけにはいかないしね!」
「なんだ、リーダーは受けるんですか。てっきり任せてくれるものかとばかり思いましたが」
「御月くんのことは信頼してるし、任せてもいいんだけどねー。でも、こんなの体験できるだなんて面白そうじゃない」
にっ、と竜胆さんが白い歯を見せて笑う。
「それに、あたしたち二人で内容を聞いて判断した方が、理由を後で他の人らに説明できなかったとしても押し通しやすくなるでしょ。
――じゃあ、高岩くんは出てった出てった。廊下での見張り役、よろしくね~」
クランリーダーとしての判断でもあるということを告げた後、さっそくとばかりに竜胆さんが高岩さんを追い出しにかかる。その竜胆さんの声に背を押されるようにして、立ち上がった高岩さんが部屋の外へと出ていき、彼を表す光点が廊下で少し離れた場所まで移動したことを確認した後、念のために他に周囲に人がいないことを改めて確認した後に優奈は竜胆さんと御月さんに一週間の口止めを条件にした契約魔術をそれぞれと交わした。
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