第99話 竜胆からの要求
『契約』を交わした後に、優奈たちが配信で発信しようとしている事柄について説明したところ、御月さんと竜胆さんは二人とも机に肘をついて頭を抱えこんだ。
「はぁ……なるほど、そんな効能がもしも本当にあるのだとすれば、たしかに騒ぎになることが予想されますね……」
「ぜーーーったいに奪い合いの大騒動になるわね。断言しても良いわ。……そんなのじゃ、たしかに管理が必要になるわよねぇ……」
特に竜胆さんなんかはそう呟いた後、机に上半身を突っ伏して「うっわー、だるー」と文句まで口にしていた。
「念のために確認させていただくのですが……それ、情報公開しないでおく、っていうわけにはいかないんですよね?」
御月さんからの確認に、優奈より先に茜さんが頷く。
「無理じゃないですかね。仮にわたしたちが使っておきながら情報公開しないでおいた場合、それが後になってバレた時にはわたしたちや優奈ちゃんが他の探索者たちからどう見られることになるか……お二方なら予想はつきますよね?」
「ふぅ…………そうですね。きっと僻みや妬みによる酷いバッシングが起きることになることでしょうね……。それを考えれば、たしかに自分たちから情報公開する方がスカーレットの皆さんについて言えば安全策になりますね……」
「白の旅団のみなさんに情報公開を先にさせていただいたのは、最初にも言ったように配信での発表後に起きるであろう混乱や特定クランなどによる独占を阻止することへの協力をお願いしたいからです。これは白の旅団さんのこれまでの活動意義にも合致していると思われますし、そちらとしても十分に利益があることではないでしょうか?」
「管理運営という点では、むしろ探索者ギルドに任せるべき話だとは思いますが……探索者ギルド側の現状を考えると、今は動きづらいことでしょうし、当面の対応をウチで受け持つ、というのは、たしかにベストな話でしょうね」
「あくまで規則正しく使ってもらうのを奨めるっていうのと、公正公平にだれが相手でも対応すること、代わりに利用中の警備をウチが受け持ってあげることってところね……人手がこりゃあかなり必要になるわね……」
「人員の手配が必要ねぇ」と竜胆さんが呟く。だからこそお願いするしかないのだ。
「――しょうがない。知らなかったらともかく、知っちゃった以上は事前に協力する方が絶対にいいわね」
身体を起こし、今度は椅子の背もたれに身体を預けながら天井を見上げた竜胆さんが、はぁ、と大きく吐息を吐き出した後にそう呟く。
「わかったわ。その一件、たしかに白の旅団の方で配信での公開後の、探索者たちへの対応を任せてもらうことを請け負うわ。ただ、その代わりとして条件を一つだけこちらからださせてもらってもいいかしら?」
姿勢を正した竜胆さんが、優奈たちに向けて真剣な眼差しでそう要望があることを伝えてくる。
「はい、どんな条件でしょうか?」
ごくり、と唾を飲みこんで確認する。これだけの協力要請に対する条件なのだ。いったいどんなことを求められるのだろうか――そう思って気合を入れて覚悟した優奈たちに、竜胆が要求してきたことは、ある意味当然で、同時に優奈たちにとっては意外なことであった。
「その温泉にそっちのみんなが入る時に、あたしも一緒に入らせて♪」
竜胆さんがすっごい笑顔と共に要求してきたのは、そんな事柄であった。
「「「――は?」」」
「え、ええと、いま、なんて?」
「え、聞えなかった?
ゆーなちゃんたちが温泉に入る時に、一緒にあたしも入らせてってお願いしたんだけど?」
あっけらかんと言ってくる竜胆さんに、おもわずこちら側の三人で顔を見合わせてしまう。まさかそんな要求がくるとは思わなかったのだ。
「えぇと……こっちとしては別にかまいませんが、配信ですよ?
ということは、配信を見てる人全員に竜胆さんの入浴シーンが見られちゃうことになるんですが、そこは構わないんでしょうか……?」
「あぁ、そんなことなら別に良いわよ。裸だったらともかく、水着で入るんでしょ。
水着姿だなんて、そんなの海水浴に行ったら普通に見られることになるわけなんだし、あたしは自分のスタイルに自信はあるほうだしねー」
「ま、まぁ、竜胆さんがそれでいいのなら、こちらとしてはかまいませんが……」
「それに、さっきの話を聞くところによると、実際に入る時はゆーなちゃんのシールドで安全確保が完璧になるんでしょ。
だったら、そっちに便乗させてもらった方が気楽にその温泉に入れることになるでしょうし、なによりあたしの立場だとその時に一緒に入ったりしないと、下手すると一生その温泉に入れなくなっちゃうかもしれないからねー」
上の立場になっちゃうと、そういうのを使うのにも立場を悪用しているとか言われないために気を使ったりしなくちゃいけなくなるから、意外とめんどくさいのよねー、と竜胆さんがむくれる。
「それに、あたしが一緒に入って効能を確認・保証すれば、ウチが介入することについても正当性をだしやすくなることでしょうし。
あ、御月くんはどうする?どうせだから御月くんも一緒に入る??」
なんでもないことのように、竜胆さんがあっけらかんと、すぐ傍で黙って話を聞いていた御月さんにそんな話を振る。おもわずグワッと優奈たちは目を見開いて御月さんのことを三者三様に見つめてしまった。
一方で、「この人は、また……」という顔でそれまで隣の人物のことを目を細めて話を聞いている姿勢を崩していなかった御月さんが、話を振られた瞬間にスンッ、という感じで顔から表情を消して断りの言葉を口にする。
「――大変魅力的な提案ですが、まだ殺されたくないので遠慮しておきます」
感情を全力で押し殺した様子の御月さんは、そう言ってから「はぁぁぁぁ~~~~~~~~」とドデカいため息を吐きだして竜胆さんを睨みつける。
「リーダーやゆーなさん、スカーレットのみなさんという……水着姿でとはいえそんな魅力的な女性ばかりのところに私だけが一緒に入ってみたりしたところを想像してみてください。
――絶対に私に視聴者のいろんな人たちから来るヘイトが集中することになるじゃないですか。仮にそういうヘイトが来なかったとしても、どうせその場合はネットでエロメガネとかあだ名をつけられて呼ばれることに絶対になるだけでしょう。嫌ですよ、そんなの」
御月さんが常識の有る人で良かった。思わずホッと胸を撫でおろす。さすがに男性と混浴とかは優奈にはハードルが高すぎる。ちらりと見てみると、優奈と同じように茜さんや春香さんもホッと胸を撫でおろしている様子が目に入ってきた。茜さんたちも同じ思いであったようで、三人が三人とも互いに目が合い、お互いが胸を撫でおろして安心していることに気がついたことで、思わずこちら側の全員で同時に苦笑を漏らしてしまう。
「ほら、あちらのみなさんも私が断ってホッとしてるじゃないですか。身持ちがリーダーとは違うんですよ、リーダーとは」
「――――ハッハッハッ、それはどういう意味かな、御月くーん?」
「恥じらいというものをちゃんと持たれているということですね」
「よっし、後で地下訓練場で特訓ね!」と竜胆さんと御月さんがじゃれあう。これはこれで何を見せられているんだろう、私たちは。と、優奈たちは思ってしまった。
そんなこんなで話がズレたりすることは少々あったものの、優奈からの説明を聞いた竜胆さんと御月さんが協力を了承してくれたことで今回の要件についての話は進んでいった。部屋の外で待機してもらっていた高岩さんにもまた部屋に入ってもらい、竜胆さんと御月さんが「特A級案件」とだけ彼に説明して合意したことを告げると、高岩さんは特に何も言わずに「わかりました」と受け入れてくれる。
そこからは実務的な話となり、白の旅団は優奈の配信当日は熱海ダンジョン入口周辺に人員を集結させ待機させておくこと、配信で流すまでは入口で待機しておき、配信後に現場の混乱を抑制するために行動を開始すること、その現場指揮は御月さんが担い、竜胆さんだけが優奈たちと行動を共にすることなどが互いの間で取り決められていく。
「それじゃ、竜胆さんの配信への参加は温泉入浴直前からということで良いんですね?」
「うん。それまでは覆面カメラマンとして参加しておくことにするねー」
「どうして途中まではそんな形で参加されるんですか?」
「だって、ゆーなちゃんとスカーレットのみんなのコラボ配信なんでしょ?
だったら、そっちで進めた方が良いと思うし」
「――と、言ってますが、料理配信でもあるんですよね。実際はリーダーが料理は苦手としているからなんですよ」
「こらっ、高岩くん。そういうことはバラさないっ!」
まったくもう、と竜胆さんがぷりぷりと怒る一面もあったが、そんな様子で和気あいあいと進んでいくくらいに会談の場の空気はリラックスしたものになっていた。
「さて、これで今回の話し合いは終了ですが……この話とは別で、優奈さんには確認させていただきたいことと報告させていただくことがありまして」
話し合いが一段落して終わりとなりかけた時に、御月さんが優奈に対し、そう話を振ってくる。
「はい、なんでしょうか?」
「まず、確認と報告をさせていただきたいことの一つなんですが、先週、東京ダンジョンで少年二人と少女一人の初心者パーティーを、モンスターハウス化した場所から救出活動を為されたのは優奈さんで間違いないでしょうか?」
あぁ、そのことか。と優奈は思う。たしかに紘一くんたちを救助して、その後やってきた白の旅団の人たちに押しつけたことがあったなぁ、と思い出したからだ。
「あ、はい。私です。なにか問題でもあったんでしょうか?」
次の更新予定
ぶっ壊れ性能の辻支援さんは、現代ダンジョンでのんびり観光していたい。 亜麻ハル @mihuehinoto
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