第49話 宵闇の島
「さて、ここが今日の目的スポットですよー」
そう言って優奈が視聴者たちに見せたのは、常に薄暮の空の中、一段高い浮島の中心から無限に湧き出す水源により、空の高みから地上へと向けて幅十数メートルはありそうな滝が轟々と音を立てて流れ落ちていき、途中で弾ける水飛沫により宙に大きな虹の橋を常に架けてくれている幻想的な風景を、少し離れた場所から見通すことのできる浮島だった。
しかも、優奈が居る浮島には柔らかく短めな牧草っぽい草と白い鈴蘭のような花が無数に咲き乱れている場所である。さらに島の各所には黒い水晶のような輝きを持つ、透明感の高い大きな鉱石がいくつも地面から生えており、静謐さと清浄さだけでなく、厳かな雰囲気も観る者たちに与えてきていた。
「ここはお母さんの手帳のとは別で、私が偶然発見した場所なんですよ。見ての通り空が夜の蒼から夕暮れのオレンジにと綺麗なグラデーションになってて、そこにあの大滝とその飛沫が創り出す綺麗な虹の橋があるので絵的にも綺麗なんです。それに、ここに咲いてる花もちっちゃくて可愛らしいから勉強とかで疲れたりした時に来るとのんびりできて癒されるんですよねー」
<これはたしかに綺麗な光景>
<まず地上じゃ絶対にない浮島が遠目にあるってだけでも幻想的だしなぁ>
<宵闇の島、って感じでいいねぇ>
「あ、それいいですね。宵闇の島かぁ、今度からはここのこと、そう呼ぶようにしようかな」
優奈がそう言うと、
<"1000円" いいね>
<"3000円" 宵闇の島、ちぃ憶えた>
<"500円" 前の通称"秘密の花園"といい、そういう名前がスポットについていくと判りやすくていいね>
<"5000円" 命名、宵闇の島、今後はその名前で呼ぼう>
<今後はそこにだれもが気軽に行けると良いなぁ>
<おい、忘れがちだがここは深層4階だぞw>
<そうだった……残念>
などといったコメントが視聴者たちから送られてくる。
「そうですね。ホントはもっといろんな人が気軽に来れるようになればベストなんでしょうね。でも、そうなるとここが結構騒がしくなっちゃってのんびりできなくなるかも。うーん、悩ましいです」
<あぁ、それはジレンマだw>
<ゆーなちゃんがこれまで配信で教えてくれたスポット、最近はけっこう観に行ってる探索者も増えてるらしいからねー>
<わい、あの新宿ダンジョンの花園観に行ったぞ。映像でも良かったけど、実際に行ってみたらほんとに日差しがぽかぽかしてて最高のスポットだった。花々の香りもすごくてむっちゃ癒された>
<お、実際に行ったニキかアネが居る>
<お昼寝はしたの?⇒花園ニキ>
<さすがに無理w そこまでの豪気さはないwww 仲間たちとほんの少しの間だけお弁当を広げてのんびりしてきただけwww>
<それでものんびりできたんだ。いいなぁ、実力があったら行ってみたい>
<命の保障はできんし事前に一筆書いてくれるってんなら、報酬次第で連れてってもいいぞ:花園ニキ>
「あはは、なんだかそのうちダンジョン観光ツアーとか起きそうな勢いですね」
視聴者さんたちのコメントを見てて思わず優奈がそんなことを言うと、
<ダンジョン観光ツアー、その手があったか!>
<新しい起業の予感!>
<けど、ツアー参加者には事前に遺書を念のために書いてもらいます>
<まぁダンジョンだしなwww>
と、コメント欄が盛り上がり始めた。
そんな反応を見ていると、パッと何気なしに口にしたことではあったが、そういうことを本当にし始める人がでてきたりしそうな感じで面白いな、と思ってしまう。
「まぁ、実際にやるのは危険が伴いますから、参加する人も企画する人も安全マージンはかなりしっかり考えて企画してくださいね。ダンジョンだと人が多く集まるとそれだけモンスターに襲撃されやすくなっちゃいますし」
これは事実だ。ソロや3~4人の少人数でいるより8人や10人といった大所帯になった方が過激にモンスターに襲撃されやすくなってしまう傾向がどこのダンジョンでも存在する。
ダンジョンに潜る探索者たちが3~5人といった少人数のパーティーで組んでばかりいるのは、何も報酬の分配だとかっていう理由だけではないのだ。
<"1000円" ゆーなさん、そこの黒い水晶……ちょっと拡大してよく見せてもらえませんか?:流れのダンジョン研究者>
そんな中、スパチャで急にそんなことをゆーなに尋ねてきた視聴者が居た。
ん、なんだろ?と思いながらも、わざわざスパチャを投げかけてまで頼まれたこともあり、優奈は「あ、はい。これでいいですか?」と配信用ドローンを操作して近くに生えている黒い水晶を拡大してみせる。
<これ、やっぱり……:流れのダンジョン研究者>
<あ、俺ももしかしてとおもってたけど、これって魔水晶じゃね?>
<え、魔水晶? 魔石じゃなくて?>
<実際に測定してみないとわかりませんが、サンプルを見慣れている私の感じからすると魔水晶にそっくりだと思います:流れのダンジョン研究者>
<魔水晶ってなに? 初めて聞いた>
<魔水晶はモンスターから取れる魔石や、様々なダンジョン武具の素材にもなっている魔鉱石の上位素材です。深層で稀に採掘できることがありますが、回収されてくるのはだいたいは掌サイズですね>
<上位素材ってことはやっぱ魔水晶ってすごいの?>
<魔石は原発や石油に代わるクリーンエネルギーとして魔石発電所などで使われていることは皆さん知ってますよね。魔水晶は同質量の魔石よりも内包している保持魔力濃度が100~1000倍は高くエネルギーへの変換効率も良いので大変重視されているエネルギー素材の一つなんです:流れのダンジョン研究者>
<ちょっと待って、それってことは……>
<これほどの大きさの魔水晶が発掘・回収された、という記録はこれまでにほとんどありません。あくまでもしも、魔水晶だったとしたら……という前提になりますが:流れのダンジョン研究者>
<えええええ、もし魔水晶だったとしたらいったいどんだけの価値になるんだよ!?>というコメントが大量にあふれかえる。ちなみに、パッと周囲を見回しただけでも掌大サイズどころか立った状態の優奈の腰くらいまである大きさの黒い水晶がその辺に雨後の筍のごとくに地面から生えている。
<"10000円" ゆーなさん、ほんの少しだけでも構いません。その黒い水晶のサンプルを確保してお持ち帰りいただけないでしょうか?:流れのダンジョン研究者>
そうスパチャで頼んでくる流れのダンジョン研究者、という視聴者からの頼みに、優奈は「むむむむむ……」と悩んでしまう。優奈としてはここはお気に入りの景観スポットなのだ。そこにはあの黒い水晶が醸し出してくれている幻想さもセットで入っているのである。
「むむむぅ……私としてはこういうスポットの風景は荒らしたりせずにそのままで残しておきたいんですけど……」
そう苦悩する優奈であったが、直後にピコン、と現れたスパチャを見てあきらめる。
<"1000円" あきらめなさい。どうせあんたがしなくてもそこの場所が知られた以上、そのうち誰かがそこに採掘しにいくわよ:琴ねぇ>
「うっ、それもそうかぁ……失敗しちゃったかなぁ。次からはお気に入りスポットの紹介するにしてもそういうことも考えてやらないとダメかー。……うー、わかりました」
はぁ、と優奈はしょんぼりしながらも「流れのダンジョン研究者さん、了解ですー」とそう配信用ドローンに向けて話しかける。
<"10000円" すみません、私のせいで……サンプルは持って帰るのが可能な分だけで結構ですので、どうかよろしくお願いします:流れのダンジョン研究者>
「はい、了解です。まぁ、これたしかに魔水晶なんですけどねー。じゃあ適当に持って帰れる分だけ持って帰ります。提出は探索者ギルドに出しておきますのであとで受け渡しのためのDMを私の方に送っておくのと、探索者ギルドにも連絡しておいてください。
あ、でもこれかなりの高額素材になりますよね。売買になっちゃうと探索者法の取引規定のことがあるからどうしたもんだろ……」
<うっ、そうでした。ゆーなさんは探索者としてはDランクなんでしたっけ……わかりました、その件については私の方から探索者ギルドに対応できないかどうかなどについて相談を持ち掛けておきます。ひとまず、今後の国のエネルギー政策のためにも貴重なサンプルとなると思いますのでご協力をお願いします:流れのダンジョン研究者>
「わかりました。じゃあその件に関してはお願いします。
あ。あと、それならちょっとこちらからもお願いしたいことがありまして……DMで少しこの後やりとりをお願いできますでしょうか?」
<はい、私で力になれることであればよろこんで。DM、送付させていただきました。お返事お待ちしております:流れのダンジョン研究者>
この間、優奈と流れのダンジョン研究者さんとの対話の邪魔にならないようにだろうか、空気を読んでくれた視聴者さんたちは黙って静かに成行を見守ってくれていた。
そんな視聴者さんたちにも優奈は感謝の言葉を述べ、この日の配信をここで終了することにした。
ちょっとした意外なハプニングなどはあったが、さて、この後こそが今日の本番だ。
ここからは優奈と琴音、そして茜たちとでこの後のためにここ数日打ち合わせをして組んできた謀をしなければならない。そのために、近くに生えていた魔水晶を一つそのまま持ち帰り用に確保しておいた後、まずは謀のための下ごしらえとして優奈はマップクリエイトを使って近くに居るモンスターの居場所を探し始めた。
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