第62話 魔力
<え……裏技?>
<どういうことだ?>
優奈がカメラに向かって軽く頭を下げながら、自分はダンジョン外では他の人らと同じように魔術は使えないのが常だとそう否定したことで、視聴者たちの興奮はピタッと収まり、代わりに戸惑う様子で優奈に質問を投げかけてくる。
「さっきちょこっと言いましたが、ワイバーンとかそういう下層や深層のモンスターの肉が蒸発したように消えてなくなる理由は、魔力にあるって説明しましたよね。
それと同じで、Sランクの人たち以外がダンジョンの外では著しく能力がダンジョン内と比べて弱くなったり、スキルや魔術が使えなくなるっていう理由も、これまた魔力が原因だそうなんです」
そう言って優奈はピッと右の人差し指を一本立ち上げる。
「これは私も教えてもらってのことの受け売りではあるんですが……モンスターたちってダンジョンブレイクの時以外はダンジョンから外に出てこようとしないですよね。それどころか無理やり連れだしてもすぐに勝手に死んじゃったりします。
これらはなぜかというと、先ほどのスキルや魔術、モンスターの肉などについても共通していることなんですが……魔力やマナ、オドなど、世界中で別々の言葉で呼んでたりはしますが、便宜上、私たちが呼んでいる魔力というダンジョン由来の力、これがこの世界では本来希薄か、ほとんど存在していないからなんだそうです」
そう言いながら優奈は、キッチンにあったホワイトボードに、真ん中で縦線を引いてその左右にダンジョン内・ダンジョン外と書いて区分けする。そしてダンジョン内と書いたエリアには、
[ダンジョン内]
・魔力が存在する
・モンスターが居てうろついている
・魔力を消費して魔術やスキルが使える
と箇条書きで書き並べた。そして続けてダンジョン外と書いたエリアに、
[ダンジョン外]
・魔力が存在していない
・モンスターは(ダンジョンブレイク以外では)うろつけない
・魔術やスキルが(基本)使えない
と書き並べた。
「ダンジョン外で魔術やスキルに関して、基本、と付け加えたのは、Sランクの人たちの存在があるからです。あと、いま私がいる部屋のようにちょっとした裏技があれば使えるようにはなりますので、基本、と付け加えさせていただきました」
<ちょっとこれはダンジョン学として傾聴にあたる話かも…?:流れのダンジョン研究者>
「ダンジョンの中と外、その違いを生んでいるのは魔力の有無なんです。
モンスターは奥に行くほどダンジョンの魔力で身体を構成して生まれてきている存在であることが多いので、ダンジョンから出ると身体を構成している魔力が空間に拡散していってしまい、それで勝手に死んじゃったりするんだそうです。
下層から先のワイバーンだとかコカトリスだとかのモンスターのお肉が蒸発するように消えていってしまうのも同じ理由からですね。彼らの肉はタンパク質とかの物質的なもの以上にそういう魔力由来のモノでできてる部分があるからなんです。
そんなモンスターたちですが私に教えてくれた人によると、ダンジョンブレイクが起きる際には、ダンジョン自体が魔力過剰状態になっていてその過剰な魔力をダンジョンの外部へと吐き出してきているため、ダンジョン周辺の魔力濃度が一時的に上昇し、だから普段は中から外へとでてこれないはずのモンスターたちがダンジョンの外であるこちら側の世界に出てきて活動できるようになっているんだろうということでした」
火加減をちょこちょこ見ながら、優奈は視聴者たちにもわかりやすいようにと、ホワイトボードにダンジョンをイメージした穴の絵や、そこから魔力が外に放出される絵とモンスター、「魔力」と書いた雲マークなどを描いて説明をしていく。
「その一方でダンジョン外に吐き出された魔力は、こちら側の世界の魔力濃度が極端に低いため、エントロピーの法則に従ってダンジョンから吐き出されてきた魔力もやがて希薄化していってしまうんだそうです。
その結果、魔力で成り立つモンスターたちの肉体が希薄化した世界に耐え切れなくなり弱体化していくため、通常の銃などの科学兵器での攻撃が効くようになりだしたり、生命維持に耐えられる肉体要素が空間に溶け出ていってしまって無くなることで、徐々に突然死していきだすんだろう、という予測とのことでした」
そうこう言ってるうちに火にかけた鍋が沸騰し、コトコトと言い出してきたので、優奈は火加減をほんの少し弱くする。
「実際、過去に何度か起きたダンジョンブレイクの事例を調べてみると、早期にS級探索者により制圧・殲滅できた場合を除いては、ある程度時間が経過したところで急に流出したモンスターたちが死んでいったり、弱体化して自衛隊や探索者たちでも倒せるようになっていってました。だから、たぶんこれは事実なんだろうとは思っています。とはいえ、きちんと実際に検証されているわけではありませんから、あくまで仮説といえば仮説の段階でもあるとは言えますが……」
鍋の火加減を弱火にし、ガラス蓋で蓋をしてそのままコトコトとワイバーンの肉を煮込んでいく。その間も優奈の口は視聴者たちに向けて説明を続けていた。
一方で視聴者たちは優奈の語る内容を聞き逃すまいとしているのか、配信にコメントが現れることもなく、だれもが静かに彼女の話に耳を傾けている。
「で、これが探索者がダンジョンの外でスキルや魔術が使えなくなるし、肉体能力がダンジョンの中より外の方が極端に落ちてしまうのもこの理由からなんですよ。
ダンジョンに満ちている魔力を基に成長した部分とか魔力に適応・呼応して強化・活性化されている部分が、魔力の無いダンジョン外でだと非活性化したり発動させるのに必要な魔力が足りなくなるので、S級以外の人たちはこちら側の世界の普通の人とあまり大きく変わらなくなってしまうのだろう……ということでした。あ、そうこう話をしているうちに下茹でが終わりましたねー」
ちょうど優奈の説明が終わったところで、煮込みが終了した。なので、鍋の中から下茹でが終わったワイバーンの肉をお皿に移し替える。
そしてワイバーンの肉から流れ出た余分な脂が浮いたお湯を一度流しに捨てて、鍋を軽く食器用洗剤とスポンジで洗い落としてから、その上で綺麗にした鍋の中に先ほど作っておいた調味液と下茹でが終わったワイバーンの肉と切ったネギを入れ、再度、今度は弱火で煮込み始める。
「あ、ダンジョンの中で調理する分には、ダンジョンの魔力が周囲の空間中にいくらでも有るから魔力が空間内に溶け出す心配はないですし、料理するのだっていちいち水を運んできたりするよりも、属性魔術で水を出したり火の属性魔術で作った火で焼いたりしてますよね。だからこそダンジョンでの調理では起きていないことなんですが……その一方で、ふだんダンジョン外で料理してる人は、普通の空間で料理しようとしますし、使う水とかも普通に水道水とかでやりますよね。だから、それによって素材の中に含まれてる魔力が空間や使う水の中に急速に溶けていっちゃてるんですよ。だから傍目には食材にしたものが蒸発したように消えてなくなっちゃってるように見えるっていうのは、実はそのせいでっていうことなだけだったりするんです」
そこまで言ったところで優奈は鍋の状態を見ているのをいったん止め、鍋は火にかけたまま部屋の片隅にある、料理をする前に稼働してるのを確認していた黒い立方体の機械のところへと歩み寄っていく。
「なので、逆に言えばダンジョン外であっても、魔力さえダンジョン内と同じように空間に満たしておけば、それにより魔術やスキルだって使えるし素材の魔力も空間中に溶けて消えたりしなくなるんですよねー」
その環境を作ってくれてるのがこの
「この
そして、この
そのおかげでワイバーンのお肉を茹でるのに使った水を魔術で生み出せたり、煮込んだり、この後に焼くためのお肉を寝かせておいたりしていても、素材から魔力が勝手に空中に溶けていったりしないので消えてなくなったりしていないんですよねー。これ、魔力を噴霧してくれる機械なので、私は噴魔機って呼んでまーす」
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