第61話 ワイバーンのお肉


<ふぇっ!?>

<えっ>

<ちょ、ゆーなちゃん、それって!?>


「あ、気づいた人もいますね。これは先ほどコメント欄で言及してた人がいた、ワイバーンのお肉です。ほら、昨日墜落死させて倒したのがいたじゃないですか。帰り道にちょっと寄って、まだ痛んでたりしてなかった胸肉とかもも肉とかの深い場所の部分のだけちょっと切り取って持って帰ってきたんですよねー」


 優奈がのんびりとそう言うが、配信を見ている視聴者たちは理解が追い付かないようだ。


<ほわっつ?:SAN蔵>

<え、痛んでないの?>

<ゆーなちゃんがダンジョン潜ってから半日以上経ってるよな……なんで消失してないんだ?>


「あ、お肉は傷んでませんよー。なるべく内側の一部分を採取してきましたし、ダンジョンで採取してからすぐに浄化クリーンを掛けておきましたし、持って帰ってくる間も冷凍してありましたので。なので雑菌による腐敗だとかは、ちゃんと防げてるんでだいじょうぶです」


 えっへん、と優奈が自信満々に視聴者たちに告げる。


「冷凍とかしてないと下層とかから運んでくる間にお肉が傷んじゃうのは、上層や中層の洞窟環境だと雑菌が一気に繁殖しちゃうからなんですよね。その辺りは普通のスーパーにあるお肉とかと同じです。

 なので、冷凍して持ち帰る、できれば持ち帰りの前に浄化クリーンをしっかりとかけておくと冷凍しなくてもある程度は傷んじゃうのをちゃんと防げるんですよ。

 それと、下層や深層のモンスターの可食部な素材が消えちゃう理由ですが……これ、先に説明した方が良いのかなぁ。まぁいいか。料理しながら説明しちゃいますね」


 そういって優奈は、手にしていた虹色の肉の塊をまな板の上に乗せ、踏み台に乗って腕の高さをあわせてから、水道の水で軽く水洗いした包丁で5mm厚の幅でスライスしていく。


「んっしょ、んっしょ……やっぱりこれだけ厚みがあると弾力も強いですよね―、ワイバーンのお肉。普通の包丁だとけっこう切りにくいです。

 あ、それでですね、下層や深層のモンスターのお肉とかが地上で消えていっちゃう理由なんですが、これ、実は探索者のほとんどの人が地上ではスキルや魔術が使えないのと同じ理由があったりするからなんですよ」


 視聴者たちに向けてそう語りかけながらも、目線は包丁とワイバーンのお肉に向いている。その手つきは料理慣れしている者のものであり、怪我の心配はなさそうだったが、腕力の問題で切り落とすことには苦労しているようだった。なお、いまは切った肉全体に対して筋切りをしている作業中だ。


「とりあえずステーキ用はこのぐらいと……残りはチャーシュー用にブロック状にしておこうかなー。あ、茹で卵はあるけどショウガと青ネギは……良かった、在庫あった。うん、じゃあ残りはワイバーンのチャーシューにしてみようっと」


 途中で冷蔵庫の食材を確認して、足りないものがないことに優奈はホッとする。

 だが、視聴者たちの方はそんなことよりも普通に地上で優奈が深層モンスターの肉を調理し続けられているという事実の方に驚いていた。


<えぇー、まじで調理してるよ>

<マジか。でもなんでワイバーンの肉が消えていかないんだ>

<なんか特殊な処理でもしてんの……?>

<さっき、ゆーなちゃんが探索者が地上ではスキルや魔術が使えない理由でもあるっていってたよな。なんだろうか>

<それが解ったら大発見なんですけど!?:流れのダンジョン研究者>


「大発見って……少し考えれば分かることだと思うんですが。

 とりあえず、まずはフライパンでショウガを炒めて……っと。

 あ、私の焼き豚の作り方は、先に軽く炒めて焼き色をつけてから煮込むタイプのやり方なんですよー。

 最初に手抜きで、この時チューブタイプの生ショウガを油を使って炒めてます。便利ですよね、チューブタイプの生ショウガとかニンニクとか。

 その後にお肉を入れて軽く全体を焼いてからお鍋で煮込んで味を染み込ませていくんです。

 えっと、それでですね。なんでワイバーンの肉が消えないかについてなんですが、答えから先に言いますと、その理由は『魔力』にあるんですよね」


 サラッとそう説明していく間にも、優奈は5cm幅に切り分けたお肉の方には塩コショウを振っておいたり、こぶし大の塊サイズに切り分けた方のワイバーンのお肉をショウガの香りがついた油で全面を軽く強火でサッと炒めていく作業を並行して手早く行っていく。


「ワイバーンのお肉の白い部分って、脂じゃなくて白身肉なんですよ。赤身肉と白身肉の部分がひとつのお肉の中に混ざってるんです。面白いですよねー、っと。さてさて、そうこうしているうちに全体の面が焼けたので、一度フライパンから焼いたお肉を取り出します。軽く冷ましているうちに次に煮込むための調味液を用意しますね」


 そう語りながら優奈は、トングを使って焼いていた肉をペーパータオルを敷いたお皿の上に取り出す。そしてその肉を冷ましているうちに醤油、紹興酒、料理酒、砂糖を計量カップや大さじで計りながら小さなボウルの中に入れて調合していった。


「ちなみに料理って、よく愛情アレンジだとかオリジナルの味付けとかする人がいますけど、実際のところは料理って化学みたいなものだと私は思うんですよね。

 なので、新しい味を実験するために試しで作ってみるのだとかは有りだと思うんですが、基本的には長い年月の中で割り出されてきた調味料の調合比とかは、あまりいじったり付け加えたりせずに使ったほうが良いと思ってます。

 ちなみに私がいま作ってるこれはよくある焼き豚用の付けダレのレシピを利用していますねー」


 そうして調味液をある程度混ぜ合わせたところで、少しだけスプーンですくって小皿に移し味見をする。


「ん、味はこんなものかな。

 さて、調味液ができたら、この後はワイバーンの肉を一度下ゆでして余分な脂を落として、それからネギやゆで卵と一緒に鍋に入れて調味液で煮たてていきます。

 この時注意しないといけないのは、調味液が沸騰しかけるまでは中火で、沸騰しかける泡が浮いてきたらその後は調味液が沸騰しないよう、弱火でことこととじっくり煮込むという点ですね」


 そういいながら優奈は少し深めの空っぽの鍋の中に、先ほど表面を焼いて焼き色をつけたワイバーンの肉を入れる。


「そして、これが下層や深層のモンスターの肉を調理する時のポイントなんですが、モンスターの肉を煮込み料理とかにする場合は、水属性の魔術で作った魔力を含む水で煮込んでいくのが美味しく食べるためのテクニックになりまーす」


 そう言いながらぱちん、と優奈が指を鳴らす。すると優奈の指の合図に応じて虚空から水が現れ、鍋の中を満たしていく。


「ちょっと多かったかもしれませんが、まぁ下茹でですからいいですよねー。じゃあ強火で煮込んで、っと」


 そのまま、何事もないかのように優奈はIHコンロのスイッチを入れて鍋を温め始めていくのだが、視聴者たちは今みた光景を前に、そんな風に落ち着いてはいられなかった。


<ええええええ!?>

<ゆーなちゃん、ダンジョン外でもやっぱ魔術使えるの!?>

<それなら、ゆーなちゃんってBランクじゃなくてSランクってことじゃないのか?!>

<ちょ、探索者ギルド、息してる!?>

<昨日Bランクに挙げたばっかの新藤副ギルド長がスゥーっと魂飛ばしてそうだw>

<とんでもねぇぞ!日本に新しいSランク誕生の瞬間だ!!>


 優奈がダンジョン外で水の属性魔術をあっさりと使ったことに、視聴者たちが大興奮する。新たなSランクの発見だ!と興奮する視聴者たちではあったが、そんな彼らに対し、そういったコメントで沸いていることに気づいた優奈が冷や水を浴びせかけた。


「あ、勘違いさせたみたいですね。すみません。

 これ、いま私はちょっとした裏技をつかって魔術が使えるようにしているだけで、普段はダンジョン外で魔術とか使えたりしませんよ」

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