地方ダンジョン巡行編 ~優奈による「秘密」の暴露を添えて~
第58話 笑っていない笑み
「みなさん、こんにちは!ゆーなのダンジョン観光ちゃんねるです。
まず最初に、昨日は予定配信の後に突然の無言ゲリラ配信しちゃってすみませんでしたー!!」
新藤副ギルド長とやりとりをした翌日の日曜日。昼過ぎになってから優奈は自宅からの配信を始めた。その第一声は、まずは視聴者の皆さんへの謝罪からだ。昨夜の橘を嵌めるための配信については、実は視聴者の人たちに対しても何も説明せずにしていたからだ。これは配信ドローンの基礎システムの関係上、配信ドローン自体には記録機能が無く、配信という形でしか外部録画できない仕様になっているせいというのが大きかった。まぁ、そうでなければ優奈が自分の記録代わりに配信をすること自体、始めていなかったことだろう。
けれど、橘の詐欺・横領行為の証拠として録画をする必要があったために、
その上で、半日以上時間が経ってからその謝罪&説明配信をすることにしたのにも理由はある。なにせ琴音ちゃんやスカーレットのメンバーと相談し、準備を整えた今日これからの計画とその対象者たちは、橘に対してのものではないからだ。
それはともかく、まずは今回の騒動についてはまったく無関係な、でもいろいろな意味で巻き込んでしまったであろう視聴者さんたちへの優奈からの謝罪と説明である。
「えー、昨日の深層お出かけじゃない方の配信の内容については、いまさら私の口から説明しなくても、すでにネット上でも話題になっちゃってるようですし、そもそも探索者ギルドからも昨夜から今朝にかけての間に新藤副ギルド長さんが公式会見で説明がされてますよね。そのおかげでニュースにもなってるので、知っている視聴者さんたちが多いと思われます」
そう。優奈が新藤副ギルド長と別れた後、その3時間後には日付も変わりそうな深夜帯であったにも関わらず新藤副ギルド長が緊急の会見を開き、今回の
探索者ギルドがダンジョン対策の関係上、24時間営業の眠らない組織であるからこそできた芸当ではあるのだろうが、迅速に動いた結果、少なくとも証拠抑えについては確保成功している模様である。そのため、会見が開かれて速報が流れた直後から今日のお昼までのニュース番組は、ネットでもTVでも、どこもかしこもがこの件をトップニュースとして扱っていたくらいだ。
おかげで今朝は、朝から何度も何度も優奈の家のチャイムをピンポンピンポンと鳴らされまくっていたようである。もっとも、昨日の件でここまでの事態となるとは思ってはいなくとも、マスコミがやってくるだろうこと自体は琴音や茜たちからも想定していたので、昨夜に帰宅してからすぐ、優奈は家の呼び出しチャイムの電源は切ってあったため、チャイムが押されまくっていたこと自体はチャイムが押された時の自動録画が溜まりに溜まっていたことでしか気づかなかったのだが。
「さて、実は昨日のアレに関してなんですが……」
そう切り出して、優奈は自分が探索者になったばかりの頃からずっと、あの橘に探索者ギルド側の担当として対応してもらい続けてきていたこと、その橘のことを親身になって対応してくれるお姉さんだと思っていたため自分でモンスター素材等の取引価格とかをずっと調べてこなかったこと、そのことを先日に今はオフで友達付き合いをしているスカーレットのメンバーたちにひょんなことから話題にしたことで自分が搾取されていたと知ったこと、という一連の経緯についてまずは説明する。
そして、優奈がそのような状況となっていたことを知ったスカーレットのメンバーたちからの奨めや協力もあり、昨日はいつもと同じように取引してみて、もしも証拠映像が撮れた場合は、アカネたちと一緒に探索者ギルドへと訴え出ようと思って、ああいったことをしたんだという話を視聴者たちへと行った。
「そして、あの時はパソコンとかコンピュータとかダンジョンギアに詳しい友人の協力で、コメントや配信中ランプが消灯したままになるように配信ドローンの状態をしてもらっていました。なので、あの配信中にコメントを投げかけたりしてくれてた人が居たとしても何も対応できなくてすみません。それに万が一にも彼女に、実行前にだれかが先に伝えたりされることになったら何の意味もなかったため、事前に視聴者の皆さんに説明したりすることもできなかったんです。ごめんなさいっ!」
そう言って優奈が謝罪すると、ゆーなの配信の視聴者たちからは、
<ええんやで>
<むしろ探索者ギルドで悪事してたやつが滅んだ。GJ>
<そういうことならあの時に説明しなくて正解やろ>
<ゆーなちゃんこそ被害者だったんだからだいじょうぶかー>
といった類の、暖かい言葉が数多くの視聴者たちから投げかけられてきた。
「みなさん、ありがとうございます。
それに探索者ギルドの会見を視聴された方は知っておられると思いますが、新藤副ギルド長さんが今回の件では全面的に私への謝罪をしてくださり、さらには今後の対応、これまでの件についての賠償などについてもお約束してくれました。
それは私に対してだけではなく、他に同様の被害に遭っている探索者の方々全員に対しても行うとのことです。なので、この件に関してのこれから先のことに関しては、新藤副ギルド長さんのことを私は信頼してお任せしようとおもっています」
優奈がそう言うと、<まぁしょうがないよね>だとか<全員にするのは当たり前>といったコメントや、<昨夜のあの副ギルド長の暴れっぷりはすごかった> <新藤副ギルド長なら、ギルド内の不正に大ナタ振るってくれそう>という、新藤への高い期待と信用を語るコメントがしばらくの間、流れていく。
「あ、それと。新藤副ギルド長といえば、今回の事件とはまた別ということではあるそうなんですが……」
そう切り出して優奈は、昨夜、自分が新藤副ギルド長による特例認定で探索者ギルドのランクをDランクからBランクへと引き上げられた、ということを視聴者たちに報告する。
すると、新藤も言っていたようにこの制度があるということは世間一般には全く知られていなかったということと、新藤からは昨夜の会見の際に探索者ギルドの汚職問題とはまったく関係がないことだったからか世間に報告がされていなかったからだろう、視聴者たちが驚きのコメントを挙げる。その後、しばらくは優奈への大量のおめでとうコメント(万円越えスパチャも多数)と、そんな制度があったんだという驚きと確認のコメントで優奈の配信の画面は溢れかえった。
「え、えっと。みなさん自分のことのように祝ってくださり、本当にありがとうございます。スパチャも本当にありがとうございます。あ、でも……昨日も言いましたけど、お金は大事なんですよ……?
無理はしないでくださいね」
<"1000円" えーんやで>
<"50000円" これはご祝儀。お祝いってのはケチったらあかんもんやさかい:糸姫>
<Aランクは無理だったん?>
<"5000円" ゆーなちゃん、お祝いで記念にうまいもん食べるといい:けつある>
<"50000円" 気にしない気にしない。昨日のいろんな情報料も込みと思えば安いもの:大ムーン>
<"10000円" Bランクおめ!>
<これで遠征できるようになるねー!>
優奈がスパチャされるのを止めようと声をかけると逆効果でむしろ投げ銭が加熱してしまう。なので優奈は質問などに答えることでいったん話題を変える方向に舵を切ることにした。
「あ、はい。たぶん今回の件で調べられた方や知っていた方は把握してると思うんですが、今回、私が受けることができた、探索者ギルドのギルド長や副ギルド長による引き上げという制度はBランクまでが上限だということなんだそうです。
ただ、その代わりBランクからはさきほどコメントされた方もいますが、今後は東京以外の他の地域へのダンジョン遠征が申請無しでも行えるようになるということなので……これまで私が潜っていたのは東京か、極まれに関東のダンジョンに行っていったのがほとんどだったんですが、これからは日本全国いろんなところのダンジョンにも足を延ばしてみたいと思っています!」
そう優奈が宣言すると、コメント欄に爆発したかのような勢いで喜びのコメントが打ち込まれていく。どうやら地方在住でありながらも優奈の配信を見てくれていた視聴者というのは、優奈自身が思っていたよりも遥かに多かったようだ。
そんな地方在住と思われる者たちから<これで俺も生ゆーなちゃんと会える!>だとか<優奈ちゃんと会ってみたい>という系から、<〇〇県在住です!ウチんとこのダンジョンにもぜひ遊びに来てね!>など各地の地元のダンジョンの下層の環境や風景についての簡単な説明と共に、一度優奈にも潜ってみてほしいというお誘いのコメントなど、興味を惹かれる様々なコメントが優奈へと送り届けられてきた。
さらには各地のダンジョンのお誘いについては、地方ダンジョンについてだけではなく、各地の地元の観光名所などの情報などについても付け加えてくる視聴者も多い。そのため、優奈もダンジョンについてだけでなく地方観光という面でもいろいろと興味を引かれるものが数多あって、あまりの数に目移りするにも困ってしまう状態となってしまったのだった。
「やっぱりこうしてダンジョンのこととかをいろいろ聞くと、ダンジョンにも地方色や地域によって独特っぽいめずらしいダンジョンがあったりするものなんですね。
これは是非、みなさんがオススメしてくれているいろんなダンジョンにもチャレンジしにいってみたいと思います!」
優奈のその言葉にさらに追加でコメント欄では各地のダンジョンの情報がもたらされる。とはいえ、今日の配信の本題はそれではない。なので優奈は話題を切り替えることにした。
「さてさて、それでは皆さんからの情報をもっと見ていたい、聞いていたいという気持ちはしょーーーーじき強いんですが!強いんですが!!
……今日の配信の本題は、実は別のものなので話を移りたいと思います」
優奈がそう言って取り出したパネルには、「テーマ:お掃除&お料理」と書かれていた。
「はい、ということで今日は『お掃除』と『料理』をテーマにした配信回となりまーす」
優奈がそう宣言すると視聴者たちからは、
<考査前なのに掃除とかお料理ってw>
<ゆーなちゃん、考査前なのに深層お散歩したりとフリーダムすぎる>
<でも、わかる。テスト前って急に部屋を掃除したりしたくなることあるよね>
<あれってなんでだろうなー>
<でも、ゆーなちゃんの居る部屋、見た感じ別に掃除とか必要なさそうでは?>
といった反応が返ってきた。
「あ、お掃除っていっても、家の中を掃除するわけじゃないですよ」
ちょうどいいコメントが届いたので、優奈はそう言ってにっこりと配信カメラに向かってほほ笑みながら返事をする。
「家の中はきちんと普段から掃除してますよー。だからいま居る場所はリビングなんですが、ここだってちゃんと普段から整理整頓、掃除はしてあるんです。なのでテスト前だからって家の中を無理に掃除したりしようとかはならないんですよ。……でも、実はですねぇ」
そう言いながら優奈は、すぐ傍に置いてあったPCのモニターの電源をぽちっと押してモニターを点ける。すると電源の入ったモニターには、その画面の領域を9つに分割してそれぞれの場所に街中の風景を上から別の視点や場所で撮った別々の映像が一マスごとに映っているのだった。
「掃除しなきゃいけない
そう言いながら優奈がPCマウスを使って9つに分割されて映されている別々の画面を操作してみせると、そのほぼすべての画面の中には、駐車している車の中や曲がり角の道の壁際、電柱や建物の影となる場所で、カメラをやマイクを構えて隠れ潜みながら周囲を伺っている様子の複数名の人々の姿が映り込んできていたのだった。
<え、これって……>
戸惑う視聴者のコメントに優奈がにっこりと微笑みかける。
「この画面に映ってる場所っていうのは、いまの私の家の近所の風景なんですよ。家の近所のところをドローンのカメラが撮影してまわってるだけのはずなんですけどねー……なんとも不思議なことに、なぜか、私の家の近所でこんなにもたくさんの不審者さんたちが居てるようなんですよねー」
そう視聴者たちに告げる優奈の顔には、笑っていない笑みが浮かびあがっていた。
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