第38話 ホントにそれで良いの?

「優奈一人にこんな大人数へとさせるつもりなんですか?」


 琴音がそう怒りを含ませた声で真奈美先生に尋ねると、彼女は「いえいえー、さすがにそんなつもりはなかったですよー」とあっさりとそんなことはないと否定してみせる。だが彼女はそれに続けて、


「でもー、優奈さんが支援魔術に優れていてすごいということは、私も優奈さんの配信を最近見て知りましたからねー。

 特に土曜日の配信で優奈さんが深層のモンスター相手にするために見せてくれたバフはすごかったと感心しましたよー。なのできっと皆さんもそんな優奈さんのバフに興味がすごくあって集まっちゃったんでしょうねぇ」


と、にこにこと笑みを浮かべながらもそんな風に告げてきたのだった。

 その真奈美先生の言葉に対し、琴音が目を細めながら周囲の生徒たちをゆっくりと見まわして周囲を囲んでいる彼らへと質問を投げかける。


「へぇ……じゃあ、いま優奈に声をかけてきたあんたら、もしかしてみんなあの時の優奈のバフを自分たちにもかけてみて欲しい、って思ってるってことでいいのかしら?」


 そう言ってもう一度右から左に、左から右にと冷えた視線を琴音がゆっくりと彼ら彼女らに向けながら質問していくと、優奈たちを囲んでいる中の一人がその視線の圧に抗うように「お、おう。そりゃあ、あれだけすごいのをかけてもらえるんならやって欲しいと思うぜ……」と小声ではあったがそう答えを返したのだった。


 その答えに対し、琴音はわずかに口元を歪めながら、少し離れた場所からこちらを見ている真奈美先生に再度質問を投げかける。


「ふぅん……。じゃあ真奈美先生ー、ちょっと一つ確認なんですけど……こっちに居るメンバーの中には中級魔術とかも使える人らいますよね?

 もしも優奈がバフをしたことで威力が彼らの想定以上に出たりが起きてケガとかトラブルが発生しちゃった場合、バフをかける優奈ではなく、ちゃーんとくれるんですよね?」


 「そこを認めないなら優奈のパートナーとして絶対にさせませんよ」と琴音が強調しながら言うと、真奈美先生も「あぁ、たしかにそれは決めておかないといけませんよねー」と同意を示した。


「んー……そうですねー。たしかに威力向上しすぎちゃって想定以上の威力になっちゃったりしたら事故とか怪我が起きちゃう可能性があるでしょうしー……わかりましたー、もし何かトラブルがあった場合は責任はちゃんと私が取りますよー」


 その後、さらに「ふむー……」と数秒考える様子を見せた真奈美先生が、優奈たちを取り囲む生徒たちにも声をかける。


「そういう懸念があるということなのでー、優奈さんに支援をかけてもらう人は、みなさん使っていいのは初級魔術だけに限定させてもらいますからねー」


 そう真奈美先生が言うと、優奈と琴音を取り囲んでる幾人かの者たちから「えぇー」という不満の声が少しばかり挙がる。だが、それも続けて真奈美先生から「じゃあ不満や同意できない人は、他のバフをかけてもらえる人にかけてもらってくださいー」と言われると、しぶしぶといった感じではあったがその条件を受け入れていった。


「えぇー、琴音ちゃん……?」


 そんなことをしたらどうなるかの予想がついている優奈が、琴音に心配の声をかけた。けれどそんな優奈に対し、琴音はにっこりと満面の笑みを浮かべて「やっちまいなさい」と親指を地面に向けながら断言してくるのだった。


(あ、これいま琴音ちゃんマジギレしてるわ……)


 押し殺してはいるものの、爆発するより内に貯めこんで静かに処していくタイプである琴音が、そんな目だけが笑っていない微笑みを浮かべて怒りを顕わにしているのだ。その事実に、彼女の怒りの矛先が自分でないということに対して感謝した優奈は、「くわばらくわばら」と心の中で自分たちを取り囲んでいる周囲の生徒たちへの憐みの合掌を行っておいてあげたのだった。


「はぁ……、じゃあ仕方ないなぁ…………どうなっても知ーらない」


 ぼそっと小さい声でそう呟いた後、優奈は周囲の生徒たち全員を対象にして彼女の支援魔法をかけていく。


「――『多重輪唱』、『循環詠唱』発動」


 優奈がそう支援魔法の発動キーとなる魔法名を口にすると、ポゥ、ポゥ……ポゥ、ポゥ……と右端に居る生徒から順に、先日の優奈自身にかけた時のと同じ銀色の光がバフが掛かった証明として、彼らのその身体の表面に現れていく。


「ほほー、それが先日の優奈さんが使った支援魔術なんですねー。

 初めて聞くモノですねぇ……名称からすると同じ魔術を連続して発動させられる『輪唱』の魔術の上位版とかそういうものなんでしょうかー?」


 そんな生徒たちへのバフがかかっていく様子に、ワクワクとした様子の真奈美先生が、喜々とした声をあげて注目している。真奈美先生自身もやっぱり興味はあったのだろう。魔術オタクなんだし。

 そう考えているうちに、優奈からバフをかけてもらった生徒たちが「よっし、じゃあさっそくやってみようぜ!」と言うと、それぞれの班のゴーレムの下へと玩具を前にした子どものように走って離れていく。


 無邪気にはしゃぐそんな彼らがこの後に陥る惨状が予想できている優奈は、琴音のことを見上げて「本当に良かったのかなぁ……」と声をかける。けれど琴音はそんな優奈の言葉に返事をすることはなく、ニヤニヤと笑みを浮かべて、いますぐにも魔術を発動させようとしている生徒たち愚か者たちのことを眺めているだけであった。




 そしてこの直後、優奈のバフを受けた彼ら彼女らにとっては、その後ずっと忘れることができない悪夢を、その身で体験することになるのだった。


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