第39話 がんばってください

 優奈にバフをかけてもらった生徒たちが一斉に初級の属性魔術を発動させ、ゴーレムたちへと攻撃を仕掛けていく。

 先日の配信での優奈と同じように、彼ら彼女らの周囲に大量の魔術陣が浮かびあがり、そこから火や水、風や土や光や氷など、様々な属性魔術が連射され、絢爛豪華な魔術による爆撃が、的となったゴーレムたちへと次から次に着弾していく。

 さすがに初級の魔術だけであり、琴音が警戒を発したことで事前に防がれた中級魔術の多重発動などは行われていない。そのため過剰に合成された威力による爆風や、着弾の反発で発生する爆圧などで生徒たちが自爆するなどというような事故だけは起こらずに済んでいたが、普段は出すことができないであろう連射性や見た目の派手さ、それを自身が出せているということに興奮しているのだろう。優奈のバフを受けた彼らは、興奮を隠せずに大きな喜びの声を挙げていた。

 そして、そんな普段は見かけないであろう絢爛豪華な魔術が乱舞している光景に、魔術オタク魂が刺激されているのだろう。真奈美先生も「おおー!」と歓喜の声を上げながら、いそいそとビデオカメラを片手にデータを撮り始めていく。


 けれど、そんな楽し気な彼ら彼女らの姿は、すぐに終わりを見せた。


 最初は数名の生徒たち。そしてはすぐに優奈にバフをかけてもらい調子に乗って魔術を発動させた者たち全員へと波及していき始める。

 最初に一人が「い゛ぎっ」という苦痛の呻き声を上げて倒れた。かと思うと、それに続くように調子に乗って魔術を連発していた他の生徒たちもが次々に意識を失って倒れだしたり、吐き気を抑えるように手で口を抑え込みながら地面にへたり込み始めていったのだ。


「えっ、どうしたんですか皆さんっ?」


 そんな生徒たちの様子に、それまで興味津々な様子で多種多様な属性魔術の乱舞を観察し、データを笑顔で取っていた真奈美先生が驚きの声を上げる。

 彼女以外にも、少し離れた場所から初級の属性魔術を乱舞させている彼らのことを羨ましそうに見ていた他の生徒たちも異変に気付いたのか「お、おい。だいじょうぶか?」と慌てて急に倒れだした彼らの下へと近寄っていった。


「あーぁ。やっぱりこうなっちゃったかぁ」

「ま、あたりまえのことよねぇ」


 そんな中、予想通りの惨状が引き起こされたことに対して冷静にそんな光景を見ているのは「はぁー……」と深いため息を吐き出す惨 状 の 元 凶優奈と、そんな倒れたり蹲ったりしている彼らの様子を「あはっ」と冷笑している扇動者琴音の二人だけである。


「ちょ、ちょっと、みんなどうしたのー!?」


 データを取っていたのを停めて、慌てた様子で手近な倒れた生徒を抱きかかえた真奈美先生だったが、倒れた生徒の様子を診察し始める。すると、彼女はその原因が何であるのかということにすぐに気がついた。


「あ、あら。

 こ、これってもしかして、みんな魔力欠乏状態に陥っちゃってるのかしらー?」


 顔色を青くして意識を無くしたり、酷い頭痛にうなされて立っていることもできなくなっている数名の生徒の姿から、すぐにそのことに真奈美先生が気づく。そう、調子に乗っていた生徒たちが倒れたり蹲っているのは単純な理由で、単に魔力の使い過ぎによる魔力欠乏症に陥っているからなのだ。


 すぐにそのこと魔力欠乏症に思い至ったというのは、さすが探索者高校の魔術実技担当を担っている教員であり魔術オタクな彼女らしいというべきなのだろう。

 そんな倒れた生徒の状態にアタリをつけた真奈美先生に対し、優奈と琴音は「そうですよー」と答えると、なぜ急にそうなったのかという理由についても説明してあげる。


「そりゃあ初級の属性魔術とはいってもねー」

「1秒間に少なくても3~4発、多ければ10発以上をバカスカと連射してるんだから……」


「「普通なら数秒から十数秒で魔力が枯渇して当たり前ですよねー」」


と。


「優奈が配信であんだけバカスカ撃っても平気なの、あんたの持ってる『魔力庫』っていうスキルのおかげだものねぇ」


「あれがあるから、魔力の回復限界以上になった分はどんどん貯めこんでいけるからねー。もし、あのスキルがなかったら私だってみんなと同じ状態になってるかもしれないよねぇ……たぶん」


「たぶん、って、あんたは。……まぁ、限界知らずのあんただものねぇ。

 いまのあんたの保有魔力の限界がどうなってるかなんて、けっこう付き合いが長いサポート役のあたしですら、もはや把握できない状態なんだろうし」


「初めてのランクアップで得たのが全属性魔術のスキルと魔力庫のスキルだったからねー。

 その後は毎日、ずーっといつの間にか勝手に貯めこまれていってるみたいだし、いろいろあったからなぁ……魔力の残量が数字とかで外部に表示してくれたりするわけでもないから、感覚でしか減ったかどうかですら判断できないし」


「そんなあんたのスキル魔力庫みたいなのを持ってない探索者があれだけバカスカ短時間で属性魔術を撃ってんだから、ああなるのは当然のことよね。

 あいつらも普段はどうせ1回の探索で多くて30~40発、少なければ10数回以下しか属性魔術を撃ってないでしょうに、今回は1秒で2~4発の多重同時発動させられてるわけでしょ。

 けど、あんたのあの循環詠唱バフのせいで自動ループで魔力が枯渇するか術者が意識失うまでの間、ずっと勝手に発動させた魔術が繰り返し続けさせられることになってるんだもの。そりゃあ、多少魔力量に自信があったところですぐに魔力が枯渇するってものよ」


「あ、でも魔力をほぼ枯渇させてから回復すれば、器である肉体の保有魔力の上限がほんのちょっとだけ微増することがあるらしいよ。だから、魔力の容量を増やしたいってことだけを目的にするのなら、アレって悪い手でもないんじゃないかな?」


 そう優奈が言うと、そんな優奈に琴音がドン引きした顔を見せてくる。


「なによ、そのマゾ訓練は……。

 たしか、魔力枯渇って風邪とかインフルエンザで高熱になった時に感じる、あの頭が内部から外へと叩かれてるかのようなガンガンする頭痛と、食中毒になった時のような吐き気と胃痛、貧血や重い生理の時みたいなひっどい眩暈ってのが、最も楽な状態の場合でも重なって起きるっていうもんなんでしょ、たしか」


「そんな感じらしいねー。なったこと無いからわかんないけど」


「そんだけ酷い苦痛を浴びて、ほんのちょっとしか魔力が増えたりするかどうかあやふやなのに、それでも覚悟して訓練するっていうのなら、それをやれる人ってただのマゾか修行僧とかか、よっぽどの強くなりたいっていう目的がある人くらいしかいないんじゃない?」


「琴音ちゃん、表現の仕方が悪いよー」


「うっさいわね、事実を言ってるだけよ事実を」


 そう優奈たちが雑談しながら説明しているのを、真奈美先生は当初、あっけにとられた様子で聞いていたようだった。けれども腑に落ちたのか、すぐに「あぁー、なるほどですねぇ……」と、その話の内容から優奈にバフをかけてもらって調子に乗っていた生徒たちが倒れだした現状とが当てはまることに納得した様子を見せる。むしろ、優奈が言った「魔力量が微量とはいえ増える」という点に興味を示し、

「むむむ、それは初耳です。そういうことがあるというのであれば、これは今後の授業で魔力枯渇させることを授業内容に入れてあげることこそが教師としての愛でしょうかー?」

などと他の無事な生徒がドン引きしていることを口に出して検討していたりする。

 真奈美先生、それ単にそのやり方で本当に魔力量が増えるのか、生徒で実験してデータを取りたいっていうだけじゃないの?と優奈と琴音は同時に思ってしまったが、肯定されたらさすがに嫌だったので、静かにお口にチャックすることにした。

 とはいえ、そんな真奈美先生も、バタバタと倒れ伏していっている大量の生徒たちに視線を向けて、これからやらなきゃいけないことの面倒くささに気がついたのか、頭を抱え込む様子を見せる。そんな真奈美先生に琴音ちゃんが声を掛けた。


「とりあえず、この状況だとこれ以上の訓練は続けられそうにないですよね?

 まぁ、魔力枯渇してるってだけでしょうから、休ませておけばそのうち回復すると思いますよ」


とはいえ、これだけ人数が多いと後始末がいろいろ大変ですよねー、と琴音が言うと真奈美先生も、


「そうですねー。こんな状況じゃこれ以上続けるわけにもいかなさそうですねぇ。残念ですが。

 それに大半の子は赤月さんが言うように、そのうち回復するとは思いますが……魔力枯渇の影響で体調不良が酷い状態が長く続く生徒については、地上に運んでから救急車の手配が必要かもしれませんしー」


と琴音の意見に同意してみせる。

 けれど、そんな真奈美先生の言葉に琴音はにんまりと笑顔を見せ、

「それじゃ今日の授業はここまでということなんでしたら、後のことは真奈美ちゃん先生にお任せしますねー」

と言い放ち、

「じゃ、優奈。今日の授業はこれで終わりらしいから、さっさと帰るわよー」

と帰り支度をし始める。


「「え?」」


 そんな琴音の言葉と行動に、優奈と真奈美先生がそろって疑問の声をあげる。優奈としては自業自得だとはいえ、倒れた生徒たちを他の無事な生徒たちや真奈美先生と一緒に介抱してあげなきゃいけないもんだと思っていたからだ。


 けれど、琴音は帰り支度をする手を緩めることなく、

「ほら、さっき先生に確認しておいたでしょ。

 『何かトラブルがあった場合は責任はちゃんと真奈美先生が取ってくれんですよね』って」

とだけ言って、手早く帰り支度を整えてしまう。


「あー、たしかに言った覚えはありますがー……」


 ヒクッと真奈美先生が頬を引き釣らせた。

 だが、優奈と琴音に対し、そう約束したのは彼女自身だったからなのだろう。顔の前で両手の人差し指をくるくると回しながらも強く琴音や優奈が帰ることを制止しようとはしてこなかった。

 一方で、そんな真奈美先生の姿に琴音はにやにやとした笑顔を見せる。


「な、の、で。

 あとの責任だとか始末書や反省文だとかは真奈美先生がやってくださいね。

 授業が終わりってことですし、あたしらはこれで上がらせてもらいますんで」

と臆面もなく言ってのけた。


「えぇー……はぁ、まぁしょうがないですねー。約束は約束ですしー。

 でも、できればせめて他のみんなと一緒に倒れてる子たちを近くへと集めてくれるとかくらいはしてくれると、せんせーとしては嬉しいんですがー」


「だいじょうぶですよ、魔力枯渇してるだけだからそのうち回復しますって」


「そんなー」


「それじゃ、 がんばってくださいねー」


 琴音はそう言うと、いいのかなぁ、と困惑している優奈の腕を強引に引っ張ってその場からさっさと立ち去ろうとする。

 そんな彼女たちの背中に「うわーん、酷いですー」という真奈美先生からのわざとらしい声が投げかけられてきたが「無視よ無視」と琴音が優奈に声を掛けてその場から連れ出していく。


 ただ、それでもさすがに放置しすぎるというのも何ではあるという優奈の言を気にしたのだろう。琴音はダンジョンの外に出てからすぐに、ダンジョンの入口傍にある探索者ギルドの受付に寄って、ダンジョン内でそんな状態が起きている、ということだけは報告しておいたのだった(なお、その際に優奈が一緒にいると面倒くさいことになるかも、ということで受付で説明をするのは琴音だけで行われた)。








――なお後日、優奈と琴音は真奈美先生と学校で会った際に、

「うぅー、あれから校長先生から大目玉食らった上に始末書いっぱい書かされちゃいましたよぉー」

と、その後についての報告を受けることになるのであった。


 そしてさらに続けて彼女から、

「でもけっこう同時多重着弾による合成威力による破壊力や影響範囲についての上昇効果が確認できたりしたんですよ。そのデータがこれまたすごく興味深かったんですよねぇ。――なので今度、生徒を倒れさせない方法を思いつけたらまたお願いさせてもらえると先生としては嬉しいですー」

などという、彼女自身の興味関心からのおねだりをされてしまう。


……あんな大惨事となったというのに、そのこと自体についてはまったく気にした様子がない、さすが生粋の魔術オタクと言われる真奈美先生らしさではある。


 だが、さすがにそんな要求をされることになって呆れ果ててしまった優奈と琴音は、思わず声を揃えて、


「「真奈美ちゃん先生、全然懲りてないでしょ!?」」


と、二人揃って叫び、説教することになってしまうのであった。

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