第40話 趣味じゃないし
「優奈、今日はこれからどうするー?」
押上ダンジョンから出て最寄りの探索者ギルド支部の受付に「ダンジョン内で浅草探索者高校の生徒が多数、魔力枯渇状態でへばってまーす」と通報だけ行った後、面倒事になる前にさっさと探索者ギルドから退散したところで、優奈は琴音からそう尋ねられた。
「んー、どうしようかなぁ。時間はあるけどいまから
「そうよねー。いまさら再度潜ったところで真奈美ちゃんに捕まりそうだしねぇ。んじゃ、せっかくスカイツリーに来てるんだし、ソラマチでショッピングでもする?」
「ショッピングかー。でも今日、お金あんまり持ってきてないよ?」
「そんなのウインドーショッピングでいいじゃない。
適当に見て回って、もし気に入るのがあったらできるかどうかわからないけど取り置きをお願いしてみるってのも有りでしょうし」
「んー……」
「それにあんた、最近色んな意味で注目浴びること多くなったんだし、そろそろ私服とかにもっとこだわってみてもいいんじゃないの?」
探索者モードの時は同じ衣装ばっかだし、あんたの私服ってほとんどカラーシャツとジーンズばっかでしょ、と琴音にジト目で言われ、優奈は思わず視線を逸らす。
「服がシンプルだったとしても、アクセサリーで着飾ったりオシャレに見せるっていう手もあるけど、あんたは普段付けてくるの、せいぜい髪の毛結ぶのにつけてくるシュシュくらいなもんだし……」
せっかく素材としては良いモノもってるのにもったいないわー、と言う琴音の言葉に優奈は口を尖らせて抗議する。
「だってあんまりちゃらちゃらした格好するの趣味じゃないし、別に見せたい相手がいるわけでもないからなぁ」
「でも優奈、あんた雑談配信とかもするようになってきてるでしょ。その時、いつも同じような服ばかりってのも何じゃない?」
「う゛っ」
琴音の厳しいツッコミに優奈は思わず反論できない。正直そこについては自分でも「花の16歳として、これはやっぱりダメかなー」と若干思ってたりはしたのだ。
「で、でもみんなそこまで私の私服とか気にしないと思うし……」
「んなわけないでしょ。視てる人って全員とは言わないけど、けっこうそういうの話題にする人らも居てるもんよ」
苦し紛れに言ったことも、琴音にバッサリと切り捨てられてしまう。
「よし、決めた。今日は優奈、あんたの服のコーディネートすることにしましょう!」
「えぇー、だって琴音ちゃんの服の趣味って……」
「あによ、あたしの服の趣味に何か文句でもあるの?」
のし、と擬音がしそうなほどに身を乗り出して琴音が優奈に上から圧をかけてくる。優奈より頭1個分ほど背が高い琴音に間近でそうされると、けっこう威圧感がすごかった。
「だって、琴音ちゃんの服の趣味って……フリルいっぱいのゴスロリとかピンクハウスとかそっち系でしょー。私はあんまりそういうゴテゴテしたのが趣味じゃなくて、自分が着る服はシンプルなヤツの方が好きだってのは琴音ちゃんだって知ってるでしょ」
優奈がそう言うと琴音が「うっ」と言葉に詰まる。
「それにソラマチだよ。原宿とか表参道のあたりだと琴音ちゃんの趣味な、そういうタイプの服を置いているお店もけっこうあると思うけど、ここにはそういう服を置いてるお店って無いと思うんだよねー。だからって、わざわざ山手線の反対側までいまから行くってのもなんだし」
優奈がそう言うと「むむむ……」と琴音が腕を組んで悩み始める。
「でも、今日は優奈のコーディネートをするって決めたし……けど、たしかにソラマチにはあたしの趣味にマッチするタイプの服屋はなさそうだしなぁ……」
琴音が真剣に悩みだし始めた。そんな琴音の姿に、しょうがないなぁ、と優奈が「それじゃ折衷案でアクセサリーを見て回るのはどう?」と声を掛けようとした時だった。
「では、私たちがゆーなちゃんのコーディネートをお手伝いするのはいかがでしょうか」
と、優奈たちの背後から女性の声が投げかけられてきたのは。
突然投げかけられてきたその声に、思わず優奈たちが振り返ると、そこには優奈たちより少し年上っぽい雰囲気を持つ黒髪と茶髪の二人の女性が優奈に向かってひらひらと手を振ってきていた。
「あ、こんにちは。お二人とこんなところで会うだなんて奇遇ですね」
その二人がだれなのか気づいた優奈が、そう挨拶すると琴音が少しだけ警戒している様子を緩和させる。
「……優奈、この人たちは優奈の知り合い?」
配信などで観て知ってはいても、琴音の方は直接会ったことがなかったのでその二人がだれなのかわからなかったのだろう。それに二人とも髪の色が配信の時とは違っているのだし。そのせいで見知らぬ他人から声をかけられたと思って警戒心を残している琴音の様子に、仕方ないよねぇと思い、黒髪の女性に視線で尋ねると、彼女がかまわない、との意思表示として頷きをみせてくれた。なので優奈は、彼女たちの正体が周囲に気づかれないようにしながらも琴音に二人がだれなのか伝えるため、彼女に少しかがませるとその耳に口を近づけさせて答えを告げる。
「琴音ちゃん、琴音ちゃん。ちょっと耳を貸して…………あのね、この二人はね…スカーレットのアカネさんとハルさんだよ」
「え゛っ」
優奈の言葉を理解すると同時に変な声を出した琴音が、屈みこんでいた状態からバッと立ち上がって姿勢を正し、
それでだいじょうぶだと判断したのだろう。茜と春香が優奈たちへの傍へと近寄ってきた。
「そっちの子は同じ制服だし、ゆーなちゃんの友達?
はじめまして。ゆーなちゃんが紹介してくれた通り、スカーレットのアカネよ。よろしくね」
「初めまして。私は茜ちゃんと組んでいるスカーレットのハルと申します。仕事の帰りに
茜と春香は優奈たちの近くに寄ってきてから、周囲に聞えないよう小声で自己紹介をして琴音に手を差し出す。すると琴音が緊張した様子を見せて「こ、こちらこそよろしくお願いします」と、こういう時にはいつも冷静な彼女にしては珍しく、若干慌てた様子を見せながらアカネたちの手を握り返したのだった。
そのついでに茜と春香に対し、琴音は自分が優奈の中学時代からのクラスメイトであり、いまの学校の授業でもパートナー兼サポーターとして優奈と組んでいますと自己紹介を行った。
「ところで、お二人とも髪の色が配信とは……」
琴音がそう言って、ちょっと不思議そうに茜たちの髪を見つめる。
配信では彼女たちはそれぞれ赤髪と金髪のはずなのに、いまの彼女たちの髪色が黒色と茶色であることに疑問を憶えたのだろう。
「あぁ、これ。これはウィッグよ。さすがに配信と同じ髪色だと日本じゃすぐ注目を浴びちゃうし、春香だって金髪のままだとすぐに気付かれちゃうからね。あたしたち二人だけでプライベートで出かける時はたいていこのウィッグでごまかすことにしてるの」
「割と髪色が大きく違うってだけで気づかれないものなんですよ」
「よく似た顔の別人だとかと思われたりするみたいで、結構効果的なのよね」
「特に茜ちゃんの場合、あの髪色は国内じゃ珍しいので視聴者さんたちの印象に強く残るみたいなんです。なので違う色のウィッグをつけて髪型も少し変えてみるだけで全然気付かれなくなるんですよ」
そう言って茜と春香がいたずらっぽく、くすくすと笑いあう。
なお、髪の色や髪型だけでなく、二人の服装もそれぞれ配信の時のイメージとは変化をさせていた。
茜は、探索者時は動きやすさ優先なのか長袖シャツにショートパンツとスパッツという服装が基本である。けれど彼女の私服姿は、琴音と趣味が似ているのかフリルが結構付いたお嬢様系のおしとやかなタイプの服装である。
一方で春香の方はというと、探索者時はワイシャツにロングスカート、その上に鎧を身につけているせいでがっしりした印象であるというのに、彼女の私服姿は、上は品の有る白のブラウスに豊かな胸部装甲部をさらに強調するフロントソリッドベスト、さらにハイウエストの斜めの多段ミニスカートという格好をしているため、全体的には女性らしさを強調しながらすらりとした印象に纏めあげた品のある服装となっていた。
そのため、両者ともに服装の面からしてみても、探索者時のそれぞれの姿とは大きく印象が変化しており、同一人物だと看破できる者はよほど熱心なファンくらいのものだろう。
「さすがにりんねや千鶴とも一緒だと、あの子らは普段も探索者モードの時もあんまり見た目を変化させたりしないもんだから、あたしたちも
それに春香とあたしは仕事とプライベートは基本分けて過ごしたいタイプだから、あの子らと別行動の時はこういう自分の趣味に合わせた格好をしてたりするもんなのよ」
なんでも、茜と春香の探索者モードの姿や装備は実戦重視と見た目にも分かりやすいキャラ付けのためにやっているものであって、本来の彼女たちの衣装に関する趣味は今の姿の方であるとのことだった。
「りんねちゃんはむしろいつでもどこでも注目されたいっていうタイプですから、たいてい
「まぁ、りんねも千鶴も、
ま、そんなこんなだから、私らはこんな格好をしているのよ、と、そう言って茜が苦笑する。
「それにあたしたちの探索者としての活動拠点は
「はい。それで今日もこっちに来たのですが、偶然にもここでゆーなさんの姿を見つけまして。私たちもオフだし声をかけようかどうか迷っていたところ、なにやら面白そうなことが聞こえてきましたから」
「これは声をかけなきゃ面白くなさそうだ、と思ってね」
ふふっ、と上品にほほ笑む春香さんといたずらっぽく笑みをみせる茜ではあったが、そんな彼女たちから優奈へと向けられる視線にはどちらからも面白がっている気配がびんびんと伝わってくる。
あ、ダメだこれ、逃げられそうにないや。
優奈は、これはもう、彼女たちの着せ替え人形にこれからなることについてはあきらめるしかなさそうだなぁ、と思わず天を仰ぐことしかできなかった。
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