第37話 どうしよう、これ

「先生、バフありの魔術訓練ですか?

 でも試験とかってバフなしでないとダメなんですよね??」


 真奈美先生の提案を聞いた一人の男子生徒が挙手をして質問を発する。その生徒も他の生徒もチラッと優奈に視線を送ってくることに若干の居心地の悪さを優奈は感じてしまった。


「はい、そうですよー。

 実践では皆さんの素の実力が何より重要なのですが、パーティーを組んで探索などをすると支援魔術でバフを受ける場合もありますよねー。そういった能力上昇時の状態での威力向上度合いなどについて、把握しておくというのも大事だと思いましてー。

 もちろん、あくまでそういう状態になった時の威力を体験しておくことが目的というだけですので、試験などではちゃんと各自の素の状態で受けてもらわないとダメなんですけどねー」


 そう言ってにこにこと微笑む真奈美先生ではあったが、彼女の目が優奈のことを見つめ続けているので、本当の目的は優奈にあるのだろうということが丸わかりである。


「はいっ、先生。そのバフをかけてもらうというのは誰からでもいいんですかっ!」


 ちらちらと優奈に視線を送りながらそう質問してきた男子生徒に、真奈美先生が「ん~、どうしましょうー」とわざとらしさ満点で悩む素振りをみせる。


「お、おれたちのペアはどっちも攻撃用の属性魔術しか使えないっス」


 ここが押し目だと判断したっぽい男子生徒の一人がそう言いだすと、「あ、ウチんとこもです!」「こっちもそうね!」と次から次へと生徒たちが言い出し始める。

 そんな彼ら彼女らの視線がどこを向きながら口にしてるかは言うまでもないことだろう。


「こ、琴音ちゃん、どうしよう、これ」

「…………」


 思わず傍に居る琴音の服のすそを小さく引っ張りながらそう優奈が小声で相談してみるも、琴音はなにやら考えこんで返事をしてくれない。そうこうしているうちに真奈美先生が結論をだしてきた。


「そうですねー。もちろん、ペアの方のどちらかが支援魔術を使えるならそのペア同士でやってもらいますが、両方とも支援魔術を使えないなら他の人にかけてもらう必要がありますよねー」


 その言葉に多くの生徒が「わぁっ!」と歓喜の声を挙げる。その一方でペアが支援魔術を使えるらしい者たちは「ちっ」と舌打ちしたりしながら、そんな彼ら彼女らのことを苦々しそうな顔で見つめていた。けれどそんな舌打ちしたりしている者たちのことを尻目に、歓声を挙げた者たちが続々と優奈と琴音を取り囲むと、口々に優奈に「自分にバフをかけてくれ」と一斉に要求し始める。


「じゃあ、鴻島さん!俺たちにバフかけてよ!!」

「いや、俺たちにかけてくれよ!俺たち二人とも支援魔術使えなくてさ」

「ねぇ、こいつらなんかよりわたしたちにかけてよ。女同士なんだからさ」


 純粋に興味関心から要望してきていそうな者から、何かしらの思惑を抱えながら声をかけてきていそうな者まで多種多様だ。けれど、そんな彼らが「支援魔術をかけてくれ」と声をかけるのは、他にも支援魔術を使える者がいるというのに優奈に対してだけなのである。そんな彼らの欲が丸見えの要望をされることに優奈は思わず眉をひそめてしまった。

 そしてそんな彼ら彼女らの身勝手さに、どうやら琴音も怒りを感じてくれているらしい。詰め寄ってくる彼らの前に立って優奈をその背に庇い、真奈美先生に抗議の声を挙げてくれた。


「先生、優奈ひとりにこれだけの相手に支援をかけさせるつもりなんですか?

 だとしたら、それは生徒一人に負担をかけさせすぎだと思うんですけど」


「ちっ、なんだよ赤月。おまえには頼んでねぇんだから引っ込んでろよ」


「あら?

 あたしは優奈のペアであり彼女のサポーターよ。それを除いたとしても優奈の親友だもの。親友ひとりに負担をかけさせるような授業を先生がするつもりだっていうのなら、抗議の一つや二つはさせてもらって当たり前のことでしょ」


そう言って琴音が文句を言ってきた生徒のことを鼻で笑ってみせる。


「ところであんたは誰だったかしら?

 ごめんねー、なんかずうずうしく優奈にバフをお願いしにきてたけど、あたしは優奈といっつも一緒にいる割にあんたと優奈が友達どころか知り合いだとかいうこと、聞いたことも見たこともないんですけどー?

 ていうか、優奈からあんたらの名前や話すら聞いたことがないんだけど、誰だったっけー??」


 さらにはそう言ったり「あら、もしかして知り合いですらないのにずうずうしく、してもらって当たり前、ってな感じで声をかけてきたのかしらー?」などと言って琴音が彼らのことを煽りまくる。そんな琴音の姿には、優奈に対する彼らへの身勝手さを馬鹿にすることと同時に、彼ら彼女らからのヘイトを明確に琴音が自身に向けさせようとしているのだと見受けられた。


「ちょ、琴音ちゃん。私だったらこのくらいの人数ならバフかけてもだいじょうぶだから……」


 そんな悪役になってまで優奈のことを庇おうとする琴音のことを心配し、思わずそう彼女に声をかける。面倒だけどちゃちゃっとやれば済むことだし……と思った優奈ではあったのだが、そんな優奈の言葉に対して琴音からは怒りの気配が優奈に対してまでも向けられてきた。


「――優奈、あんたは黙ってなさい。

 あんたはお人好しな面もあるし、実際だいじょうぶだろうからそういうことを言うんでしょうけどね……こういうのはきっちり最初のうちに処理しとかないと、後々要求をエスカレートさせられてく前例になりかねないのよ。だからいま、抗議するのは必要なことなんだから」


 それにあたしには考えもあるから、と琴音が優奈だけに聞こえる小声で伝えてくる。そのため、優奈はハラハラしながらも琴音の背後から彼女に任せて経緯を見守ることにした。


「――それで、真奈美先生。再度質問させてもらうけど、優奈一人にこんな大人数へとさせるつもりなんですか?」



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