第36話 もっと集中しなきゃダメかぁ


「はぁ~い。みなさんが知っての通り、魔術には初級・中級・上級の区分があることは知ってますねー」


 優奈とその同級生たちが今いるのは、通っている高校から最も最寄りのダンジョンである押上ダンジョン、その上層1階層にある広間だった。

 押上ダンジョンは東京スカイツリーの直下、東京ソラマチの傍に現れたダンジョンであり、その交通の便の良さや国の重要施設のすぐ側に現れたということで当初から大規模な探索者ギルド支部が設置されており、そのために中に入ってモンスターを狩る探索者が多いこともあって、安全確保が進んでいるダンジョンである。結果、押上ダンジョンの上層はモンスターもほとんど出ることが無く探索者クランの試験や浅草探索者高校の実技訓練の場としても活用されていた。


 なぜこのような場所で探索者クランの試験や、探索者高校の実技科目である魔術や戦闘の実技訓練を行おうとするのかというと、ダンジョン外では探索者としての能力やスキル、魔術がほぼ全員使えなくなってしまいあまり大した実践訓練が行えないせいだ。ダンジョン外でできるのはせいぜい武器の振り回し方や防御の訓練程度になってしまう。なお、稀にダンジョン外で使えるのは、もれなくS級の人たちである。優奈たちの年齢だと関西で活動している桜花連盟の会長くらいのものだろう。

 それに対してダンジョンであれば入ってすぐの場所である上層の1階層であったとしても、だれもが実戦と同じように身体能力が向上した状態で戦闘訓練や魔術訓練が行えるし、怪我をしても治癒の魔術が使えるものさえ居ればすぐに回復させられるという利点もある。

 そのため、優奈たちが通う浅草探索者高校だけでなく、他のところにある探索者高校でも実技授業に関しては最寄りのダンジョンを活用して行っているのだ。




「これら魔術の区分というのは、ランクアップの際などで得られるスキルによって区分けされていますねー。スキルで初級しか持っていない者は、スキルを憶えられるアイテムであるスキルオーブ、もしくはランクアップによって、より上位である中級や上級の魔術スキルに目覚めなければいくら練習したりしても中級や上級の魔術を発動させることはできませんー」


 これもまたよく知られている事実である。さらにいうと魔術には属性という区分けがあり、それについてもスキルで得られていなければ使えないが、そもそも初級・中級・上級という区分に分かれている魔術スキルを得られなければ魔術が発動できないのだ。例えば、火の初級の属性魔術を使うには「火属性魔術・初級」がスキルとして必要になる。その場合でも中級の属性魔術を使おうとすれば発動はしてくれない。

 優奈の場合は「全属性魔術・初級」が所持しているスキルであるため、どの属性魔術でも初級であれば使うことは可能ではあるが、その代わり中級以上に区分されている魔術は使えない、ということになる。


「とはいえ、これまでのダンジョン研究により、初級や中級であってもより上位の魔術へとスキルアップを目指すためには、訓練をしていくことが無駄にはならないということが判明してますー。訓練をしない人よりしてきた人の方が上位のスキルや所持していなかった属性にランクアップの際に目覚めやすい傾向にあるんですよねー。

 それに、魔術を訓練し続けた場合の方が威力が強くなったり精度が良くなったり、発動が早くなる傾向にあるということも統計として判明してますー」


 これもまた事実である。特に後の説明部分ついては、優奈の場合、そこをバフで強化しているということもあって間違いない。


「なので、皆さん。今日も全力で魔術の練習をしましょうねー」


 そう言って優奈たちの魔術訓練を担当してくれている真奈美先生――竹ノ塚 真奈美たけのづか まなみ、28歳独身。美人というより可愛いという印象の人だが、人並外れた魔術への傾倒により異性からは一歩どころでなく引かれてしまい「いい人ではあるよね」と言外に恋愛対象からは外されてしまう残念系美女――が、「それじゃ、的を準備しますねー」と言って、訓練用のゴーレムを地面から作り出す。

 そうして作り出された土のゴーレムは、いつもの訓練と同じように壁際へと等間隔に並んで整列した。


「それじゃあ各自、順番にまずは5分間、得意な魔術であの子たちを攻撃してみてくださいねー。

 壊れちゃった場合は再度用意しますので、その時は手を挙げて声をかけてくださーい」


 真奈美先生の言葉をきっかけに、この授業を受けている生徒たちがペアを組み、それぞれの得意な属性魔術を発動させてゴーレムに向けての攻撃を仕掛けていく。

 少数のまだ魔術を使えない生徒は端の方のゴーレムのところに集まり、他の魔術を使える生徒たちの様子を見て、見様見真似だけで魔術の練習をするか、もしくは優奈の傍にいる琴音のように魔術を使える生徒のサポート役として命中精度や威力測定などの補助業務を行っていた。

 もっとも、魔術を使える生徒のサポート役をしている生徒というのは琴音以外にはほとんどいないため、ペアを組んでいる魔術を発動させられる生徒同士で命中精度や威力測定をしているというのが大半の状態ではあるのだが。


「……意外といつもと変わらない授業になったわね」

「そうだねー。てっきり初っ端から暴走されるかもと思ってたけど……真奈美先生、普段と変わらなかったね」

「さすがに授業は授業として切り替えてんのかな、真奈美ちゃん。

 あ、優奈。さっきのウォーターバレット、発動は早くなってるけど精度が前回の時より下がってるわよ。今回は的の中央に収束してなくて周辺に散らばっちゃってる」

「うっ、もっと集中しなきゃダメかぁ。りょーかい」


 優奈は琴音と小声で会話しながらも水の属性魔術をゴーレムに向けてぶつけていたが、そのせいでなのか前回の授業の時よりも狙いが雑になってしまっていたようだ。気を入れなおして訓練を続ける。

 そうしてその後も真奈美先生から課される「今度は威力に意識して魔術を発動させてくださいー」だとか「次は速射性を意識してみましょうー」といった課題を心掛けながら魔術の訓練に励んでいく。そうしているうちに授業時間の前半が何事もなく無事に終了した。


「はーい、それでは次に移りますねー。皆さん、まずは一度集まってくださいー」


 パンパンと手を叩き、全員を呼び集める真奈美先生のところへと他の生徒たちと同様に優奈と琴音も歩み寄った。そうしてこれまでの授業がいつもと同じだったことで優奈たちが油断していたところに、真奈美先生が爆弾発言を投下してきた。


「今日はー、これからちょっといつもと趣向を変えましてー、支援魔術ありの魔術訓練というものをしてみたいと思いまーす」


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