第29話 醜い男たち

「よくもまぁ、そんな下劣な使い方しかできなかったものだなぁとは思いますけど」


 あまりにも優れた力のもったいない使わせ方ですよね、と優奈は呆れと軽蔑の混じった目で彼らのことを見下ろす。


「もっとも、普通はダンジョンのモンスターがだれかに支配されて襲ってきている、だなんてことは、モンスターに襲われてても気づきもしないし思いもしないんでしょうから、普通なら騙されてしまうんでしょうけどねぇ……」


 まぁ、私にはいろいろバレバレでしたから無駄でしたけど、と優奈が冷たい声でグラットンを刺した杭の上から、眼下にいる三人を冷ややかな視線を向けながら告げる。

 そんな優奈の弾劾と彼女が示した証拠となる存在を目の当たりにしたことで、視聴者たちが、優奈と伊集院、両方のコメント欄で何やら大騒ぎしているようではある。

 けれど優奈は油断してそれらのコメントを見たりするようなことはなく、その視線はずっと、彼女の追求を受けている三人がどのような仕草を見せるかだけに注目し続けていた。


 しばらくして、あえぐように息をしていた伊集院が、絞り出すかのような声を挙げた。


「し、知らない!

 お、おれたちはそんな奴のことなんて知らねぇ!!」


 その伊集院の言葉にハッとしたように残りの2名も慌てた様子で声を張り上げる。


「そ、そうだ。俺たちはそんなヤツのことなんて知らん!

 あ、あんたを襲わせたっていうのならそいつが勝手にやったことだろ!」

「か、彼が襲撃させたのだとしても、わ、わたしたちには関係ありませんねっ」


「言いがかりだ」と異口同音に口にする3人組のことを、優奈はさらに冷たさを増した目で見つめる。


「へぇ、そんなことを言うんだ。じゃあ、私がこの階層に来た時にボス部屋前のセーフゾーンで貴方たちが彼とこのモンスター2体と一緒にしばらくのんびりしてたってことについてはどう説明されるんですか?

 私のマップクリエイトのことは視聴者たちの方も知ってますよね。あれで貴方たちが彼と一緒に居たこと、丸見えだったんですけど??

 たしか深層入口にあなたたちが居たんですよね?

 私がこの階層に来た後しばらくの間、動きがまったくなくて、少し進み始めてからあの人やこのモンスターたちと別れて深層方向へ進んでった黄色の光点の数が、あなたたちの人数とぴったり同じ3つだったんですけどー?

 偶然、深層入口で配信してたそうですが、そんなあなた達の配信でだれかとすれ違いしたとかいうのが映ったりしたんですか??」


 そう優奈が問うと、伊集院たちが一様に「うぐっ」と声を詰まらせてしまう。

 その伊集院たちの姿を見て、ついさっきまで彼のことを信じ、優奈のことを疑問視していた向こう側のコメント欄でさえも<え……嘘……>とか、<この反応、まさか本当に……>と彼らに疑いの目を向けるコメントが湧きだし始めた。


 そうして、その頃になってやっと目を回していた様子から立ち直ったらしい優奈がここまで引き寄せた男――ずんぐりむっくりとした小デブの男――が「うぅ……」と呻き声を上げながら身体を地面から起こし、周囲をきょろきょろと見まわす。

 そんな彼に対して優奈が視線をちらりと向けると、彼は「ひっ」と息を飲んで腕だけで後ずさった。


 そんな男に優奈はわざと優しい声音で話かけてあげた上で、目の前の3人組の言い分を彼に伝えてあげることにした。


「ねぇ、あなた。あなたは彼らに言われてこのモンスターたちを私にけしかけてきたんですよね。

 ――もっとも、彼らはあなたのことなんて知らない、無関係だ、モンスターを襲撃させてきたのは全部あなただけの責任だ、なーんて言ってますけど」


 その優奈の優しい声音とは裏腹の「あなた、見捨てられたよ」という言葉に、まだ目を回していた状態から立ち直ったばかりだった小デブの男が目を大きく見開いて驚愕した様子を優奈に見せた。

 そして、決定的な証言を彼が口にする。


「そ、そんな!

 ボクは誠也の命令で、これまでずっとやりたくもないのにこんなことをやらされ続けてきたっていうのに!?」


 そう反射的に叫んだ小デブの男の言葉に、伊集院たちが顔を一気に青ざめさせる。

 優奈からの声掛けに、状況がよくわかっていないまま、小デブの男は思わず反射的に口にしてしまったのだろう。そう叫んだ後に優奈と伊集院仲間の配信ドローンの姿を見て「あ、やばい!」とでも思ったのだろう。小デブの男が慌てて自分の口に両手を当てて黙り込もうとする。だが、愚かな反応をしたのは彼だけではなかった。


「バカがッ」


 次いで小デブの男の証言を聞いた伊集院もが、思わずそれが真実であることを認めるセリフを口にしてしまったのだ。彼もすぐにハッと失言したことに気づいたようだが、もはや後の祭りである。


<え、じゃあホントにヤラセだったのか……?>

<おい、じゃあいままでの伊集院のって……>

<言われてみれば、いつも都合よく窮地に陥ったタイミングでばっかり助けに入ってたよな…‥>

<なぁ、助けた後に助けた女の子のことを抱いてるってので有名なんだろ、あいつ……>


 一気に優奈の配信のコメント欄が伊集院への不信と疑念の声で満ち溢れていく。

 それらの声はすぐに伊集院たちへの怒声と罵声の嵐となって収集が付かない様を見せ始めた。

 けれど、そんな優奈の側のコメント欄はまだマシな方だ。伊集院の側のコメント欄では彼に貢ぎ、そのために身も心も捧げてきた女性たちが多数いた様子なだけに阿鼻叫喚と怨嗟、そして騙してきたのかという憎悪の声で満ち溢れる状態となっていたのだから。


「い、いや、これは、その、ちがって……そ、そうだ、全部あの男と目の前の女が言ってるだけのデタラメだ!おれはキミたちを騙してなんかいないっ」


 伊集院が、慌ててそう叫ぶ。


「だ、だいたいおかしいだろ!

 深層モンスター2体を相手にたった一人でそれを倒してるだとかありえないっ!!

 あ、あいつらの方が実は組んでておれたちをハメようとしてるんだっ!!!」


 優奈に向けて手にした剣の片方でもってビシッと指し示し、そんな苦しい言い訳まで伊集院がしてくる始末であった。


 これには思わず優奈も呆れ果て、彼に向けていた冷たい視線を消してため息が自然と吐き出すはめになる。


「はぁ~~~……ふぅん、そんなことを言うんですか。

 じゃあこうしてみましょう。

 ……実はですねー、このグラットンたち、別にまだ死んだりしないんですよ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る