第30話 じゃあこうしてみましょうか



「実はですねー、このグラットンたち、別にまだ死んだりしないんですよ?」


 そんな優奈の言葉に、伊集院たちが「へ?」と間抜けな声をあげた。

 どう見ても胴体を貫き通され、死ぬ寸前の蟲のようにピクピクとだけ6本ある腕を痙攣させているだけである。てっきりグラットンはすでにほっといても死ぬ状態なんだろうと伊集院たちは勝手に思い込んでいたのだ。

 そんな伊集院たちが戸惑っている間に、優奈は杭の上から立ち上がる。そしてトンっ、と杭の側面を蹴って後方へと大きく跳ぶと、コロッセウムの闘技場を囲む観客席へと宙を舞って移動してみせた。


「なーのーでー。はい、まずはこんな風にシールドで囲いをつくりましてー」


 そうして観客席へと着地した優奈が、ぱちん、と指を鳴らすと……伊集院と小デブの男、そしてグラットンたちを囲むように半透明のシールドが現れ、まるで結界のように彼らをその中へと一瞬にして閉じ込めてみせる。


「で、そこの人のスキルによる支配は呪詛のようなものみたいですから、ディカースで強制解呪させましてー」


 ぱん、と優奈が手を叩く。けれど一度では何も起きなかったため、「あれ。予想以上に強いんですね」と呟いた後で、もう一度優奈が再度ぱん、とより強く手を叩く。すると、その二度目の柏手の音と共に小デブの男とグラットンたちとの間に繋がっていた魔力の鎖がはじけ飛んで大気に溶けるように消えさった。その光景を見て、小デブの男が驚愕に目を大きく見開く。


「むぅ、かなりすごいですね、そこの人のスキル。

 10倍がけのディカースでも無理だったので20倍にすることで、やっと解呪することができました……もはや概念攻撃レベルじゃないですか、これ。まぁそれはともかく、そこの2体が支配から解けましたから、ここで彼らを拘束している土の属性魔術の杭と彼らへ私がかけたスタンを解除しちゃうとですねー」


 ぱちん、ぱちんと優奈が指を鳴らすと、先ほどまでグラットンたちを貫いていた土の杭が消滅し、グラットンたちが地面へと落ちていく。

 そんなグラットンたちは、当初はぴくぴくとわずかに痙攣していただけだったのだが、麻痺の効果が切れたからか徐々に大きくその身を動かし始めていった。


「さてさて、どうしますー?

 そいつらがピクピクと虫の息みたいになってたのは、スタンさせてたからなだけですよー。

 素直に罪を認めるのなら助けてあげてもいいですし、逆に本当に彼と関係していなかったというのなら、そいつらくらいあなた達で倒せるはずですよね。

 なにせ、わざわざ助けに入ろうとしにきてくれたんですもの。倒せないはずがないですよね?

 あ、でも……もし本当は彼の力に頼ってたヤラセだったっていうのなら、自分たちだけでソレ倒すの厳しそうですよね。なにせ相手はあのグラットンですもん」


 物理攻撃系二人と後衛一人では、よほどの実力差がなければ普通は深層モンスターの中でも近接型でも有力なモンスターであるグラットン2体を被害なしで倒すのは厳しいはずだ。

 見た感じ、3人の男たちの誰もがオーガ以上の筋力を持っているとは思えない。それはつまり、もしオーガを普段から踊り食いしているグラットンに彼らが捕まえられてしまったら……普通なら抵抗できないままグラットンの口に運ばれてもぐもぐされるのがオチとなることを意味している。

 まだ、魔術使いの男がよほどの術者であるのならば、遠距離攻撃で狩れるのかもしれないが、あの様子では無理だろう。完全に男たち全員の腰が引けている。まぁ、グラットンというモンスターは、通常なら至近距離で戦うのではなく、動きが深層モンスターにしては鈍い方なので近寄られる前に遠距離で狩るのが常道なのだ。

 なのに、どうみても近距離戦タイプの伊集院が真っ先に逃げ場のほとんどないこの場所へと助けにきた、などといってきている時点でそもそも不自然極まりなかった。襲われてる者がいるからといって近接職伊集院がグラットン相手だというのに一番乗りで向かってくるなど自殺志願のようなものでしかないのだから。

 だが、そんなことも彼らはきっと、自分たちの仲間が支配していたモンスターだからそんな有利不利など関係なく倒せるとでも考え、そんな不自然さに気づいてもいなかったのだろう。愚かなことに。


 そんな彼らの愚かさを証明するかのように、支配が解かれたグラットンたちが身近にいる、という今の状態になったことに気づいた伊集院たちが、そろって「ひぃっ?!」と悲鳴を上げて身体を震わせて後退していく。


 けれど、彼らのその悲鳴こそがきっかけとなったのか、だんだんと麻痺が解けてきたらしいグラットンの一体が、ぐにゃぐにゃと身体の状態を確認するように6本の腕を大きく動かしていたのをやめて、悲鳴を上げた伊集院たちの方に向かってゆっくりと動き出しはじめた。


 それが恐怖の限界となったのだろう。伊集院たち3人組の中の魔術使いらしい細身の男が小デブの男の方に顔を向けて叫び声をあげる。


「お、おいっ、拓馬、おまえなにぼさっと見てやがるんだよ!

 さっさとこいつらをいつもみたいにおとなしくさせろよっ!!」


 その言葉に伊集院がぐるっとその男に顔を向けて怒鳴り散らした。


「バカ野郎ッ!

 なにを言ってやがるっ!!」


 だが、怒鳴られた魔術使いの方にとっては、罪がバレることよりも深層のモンスターに今まさに自分が襲われそうだという恐怖の方が耐えられなかったらしい。怒鳴ってきた伊集院に対して大声を出して言い返す。


「う、うるさいっ!

 どうせいつも助けた女の子たちを喰って良い思いしてたのは誠也、てめぇだけじゃねぇか!!

 たまに俺たちにも女を回してくれてたのだって、おまえがそいつに飽きたから捨てるために壊させるためって時ばっかだっただろ!

 こうなった以上、おまえに義理立てして死んでたまるかよ!!」

「な、テメェ!」

「お、おい、言い争ってる場合じゃねぇよ!

 ふたりともちゃんと前向けよ前!!」


 あまりにも醜い彼らのその罵りあいの姿と内容に、優奈はあきれ果ててしまう。


「くそっ、くそっ、来るな、こっちに来るなよぉ」


 終いには、ひぃぃ、と情けない声まであげて腰まで抜かしてへたり込んでしまうそんな彼ら三人の姿に、え、この人たちって仮にもA級探索者なんだよね?と優奈は思わず呟いてしまったほどだ。


 どうやら彼らが醜態を晒しながら、グラットンと戦うどころか逃げまどい罵りあっている発言内容からすると、これまでずっと深層モンスターなどの強敵相手には、あの小デブの男、拓馬とやらにモンスターを支配させて動きを停めてから、残りの3名がタコ殴りにしたり一方的に攻撃したりして倒してきたらしかったことが読み取れる。

 さすがに下層程度のモンスターなら彼ら一人ずつでも倒せるだけの実力はあるらしかったからこそのA級なのだろうが……そんな人らがA級って……と優奈は手を額に当てて思わず遠い目をしてしまいたくなる。

 一方でそんな彼らに罵られながらも助け?を求められていた拓馬という小デブの男の方は、どうにかしてグラットンたちを再び彼の支配下に入れようとしてなのか、スキルを使用している様子を見せていたが、どうやらまったくうまくいっていない様子である。


 何度も何度も繰り返しグラットンに向けて左右の手を向け、「このっ、このぉ、従えっ!」とスキルを発動させている様子を見せてはいるのだが、失敗ばかりでもしているのか何一つ効果が表れる様子が見えてこない。


 そうこうしているうちに、とうとう一体のグラットンがへたり込みながら後ずさっていた伊集院たちの目前までたどり着いた。そして六本ある腕のうち一本を大きく振り上げ、伊集院のことを掴み上げようとする動作をみせてくる。

 それに対し、伊集院はこの状況に至っても手にした武器で抵抗しようとする動きを見せない。それどころか、鼻水をたらした情けない顔を恐怖に染め上げると「ひぃ!」と叫び、子どものように身体を丸めてその場で身体を丸くしてしまったのだ。


 あ、コレだめだ。このままだったらアレ、死んじゃうだろうなぁ……と判断した優奈は、仕方なく、そこでぱちん、と指を鳴らしてこの茶番を終わらせることにする。

 その優奈の指を弾く音と同時に、伊集院へとまっすぐ振り降ろされようとしていたグラットンの腕のすぐ直前にシールドが現れる。そのシールドに阻まれたことにより、グラットンの腕が振り下ろされてクズのミンチが出来上がることは無事に阻止されることとなった。


「へっ?」


 伊集院の仲間が間抜けな声を上げたが気にせず、続けて優奈が再度指を鳴らす。すると、2体のグラットンを囲むように複数枚のシールドが一気に現れる。

 更に続けて優奈がパンッ、と両手を叩き合わせると、2体のモンスターそれぞれの真下の地面から大きな土の槍が勢いよく現れ、グラットンたちを真下から貫いて、再度空中へとその胴体を突き破りながら持ち上げていった。


 胴体を太い土槍に貫かれながら持ち上げられたことで、貫かれた口からグラットンが悲鳴を上げて暴れるが、それでも身動きが取れず抜け出せていないことを確認したところで、優奈はその場にある全てのシールドを解除して観客席から立ち上がった。


「支援魔法『多重輪唱』、『循環詠唱』発動」


 そう優奈が唱えると、彼女の身体が銀色に二度強く光る。その二度の光を自分でも確認した優奈は、グラットンたちの方へと右の掌を突き出し火の初級属性魔術ファイアランスを発動させた。

 すると優奈の周囲に無数の同じ炎槍を生み出す魔術陣が浮かび上がり、そこから無数の火の槍が生成され……一気にそれら全てが勢いよく撃ちだされていく。

 まるで無数のガトリング砲で一斉射撃しているかのような勢いで、しばらくの間、2体のグラットンめがけて火の槍が無数に撃ちだされ続けていった。


「「「うわぁぁぁぁぁぁ!」」」


 グラットンに火の槍が直撃しているので伊集院たちには直撃の被害はない。

 だがそれでも、数多の火の槍が自分たちの方へと飛んでくるその光景そのものの恐ろしさと、グラットンに火の槍がぶつかった時に発生する音と爆発による熱と衝撃に恐怖してか、伊集院たちは叫び声を上げてその場から闘技場の外周部へと向かって逃げまどっていた。一方、そんな彼らから少し離れた場所では小デブの男、拓馬がそんな光景を前に、口を半開きにして地面にへたりこんでしまう。


 1分ほども数多の火の槍の連続斉射を撃ち続けた後に優奈が全てを解除すると、土槍に貫かれていたはずの2体のグラットンは、もはやほんのわずかな肉の欠片だけしかその場に残してはいなかった。



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