　這う這うの体で闘技場の端へと逃れ「ひぃ、ひぃ」と声を漏らすだけになっている伊集院たちを一瞥した後、優奈は彼らよりは近くに居た小デブの男に声をかけて事情を尋ねてみる。その結果判明したのは、やはり優奈が睨んだ通り小デブの男はモンスターを３体までなら支配下に置くことのできる特殊なユニークスキル『ドミネート』というものを所持しているとのことだった。

　けれども、彼は優れたユニークスキルに目覚めることができた一方で、彼自身ではモンスターを倒せるだけの武力や魔術の才能が何一つ得られなかったというのだ。そのため、ギルドの探索者ランクがEより上には伸び上がらなかったのだという。

　そして、そうして詰まっていたうちに彼の幼馴染でもあった伊集院たちに彼が持つスキルのことを偶然知られてしまい、その際に伊集院たちの方はギルドの高位ランクを保持しているのだからということで伊集院たちが下層や深層のモンスターを狩ることを手伝うよう強制させられ始めたのだという。ただ、当初はその代わりに下層や深層モンスターの素材売却などの代金のほんの一部だけを恵んでもらえるという関係にもなっていたのだそうだ。

　ただ、そんな彼の扱いはだんだんとあまり良いモノだとは言えないものになっていったということも判明する。次第に攻撃力のない彼は、ダンジョンの中でも外でも伊集院たちの雑用係としてこき使われていくことになっていったということだった。けれど、伊集院とは幼馴染であり実家なども知られており脅されていたこと、純粋な戦闘力でいえば伊集院たちには敵わないことが明白すぎたこと、彼だけでは探索者として生活していくだけの稼ぎを得ることができなかったことなどから、彼は伊集院たちから離れることも手を切ることもできなかったらしい。

　さらには小デブの男、拓馬が言う通りであるのだとすれば、やはり彼には支配下に置いたモンスターの動きをある程度までならば遠隔ででも制限したり操作したりすることができるとのことだった。そのため、そのことを知った伊集院により、今回の優奈のように伊集院が目を付けた相手に対して支配したモンスターをけしかけさせておきながら、彼が危機を救いに入るというマッチポンプ行為にも無理やり協力させられてしまい、一度手伝わされてからはおまえも共犯だとして、彼らにさらに脅され続ける日々を過ごしてきたのだということだった。そうして一度やらされてからは、伊集院たちが狙った相手に対するマッチポンプをする際や、彼らの討伐探索の際においてもケガひとつさせることなく倒せるように影から支援し、黒子役として彼らに名声を与えるように利用され続けてきていたのだという。

　ただ、優奈にとって安心できたことは、あくまでも彼のスキルというのはダンジョンのモンスターに対してだけでしか対象にすることができず、人に対してはそもそも発動させること自体ができないモノだということであった。これが人に対しても発動できるものであったりしたのならば、彼はいろんな意味でヤバすぎる存在として扱われていたことだろうし、もっといろいろな被害者が増えていたことだろう。もっとも、人には効果がないスキルであったが故に、彼は伊集院たちにやり返すことが何もできなかったということなので、拓馬にとっては不幸だったのかもしれないが。

　そして今回、優奈のことを伊集院たちが狙った理由についても尋ねてみると、優奈がスカーレットの面々を助ける際に見えたバフ・デバフの能力や、優奈の外見に伊集院が興味を示したことがきっかけだったとのことだ。

　どうやらこれまでと同じ手口で彼女のことをマッチポンプで助け、その後ダンジョンを出た後に言葉巧みにホテルに連れ込んで強引にでも彼女を自分のモノにし、恩と性で優奈のことを自分のモノとしてしまおうと伊集院が企んでいたということまで拓馬が告白してくれた。

　どうも優奈がパーティーやクランに入らない宣言をしていることについては伊集院たちも知ってはいたそうだが、伊集院はそれなら自分の顔やこれまで抱いてきた女の数などで変に自信を持っており、男女の関係にしてしまって自分に惚れこませさえすれば、優奈とは彼氏彼女の関係だと主張することで自分と組むのもおかしくない話だと周りを認めさせられるだろう――――などという、あまりにも発想が愚かすぎて頭が痛くなってくる、そんな馬鹿な考えをあの男は真剣に持っていたらしい。

「はぁ……聞くに堪えないほどにバカバカしい話でした……なんですかそれ、ほんとうにそれ、正気で言ってたんですか、というか狂ってたりしません、あの人？

　え、以前からずっと？　えぇぇ……」

　それが小デブの男から彼と今回の事柄についての彼らの企みの全貌を聞いた後に、優奈が心の底から思わず吐き出してしまった感想である。

　さらに小デブの男から伊集院たちの犯罪についての証言を引き出すと、いやぁもう出るわ出るわ。

　小デブの男にしてみても伊集院たちに対して鬱憤が溜まっていたのか、それとも観念したのかわからないが伊集院の悪事を片っ端から、優奈が聞いていないことまで含めてぺらぺらと吐き出していく。

　それによるとマッチポンプで助けた女の子のうち、その多くは伊集院が何回か抱いて飽きると、他の２名の男たちの言葉にもあったように彼らに回させて身も心もズタボロにして壊してからこっぴどく捨てたり、もしくは逆に愛の言葉を囁き続けながら風俗へと斡旋させてその金を巻き上げることなどを頻繁にしていたとのことだった。

　また、男性で伊集院たちとトラブルを起こした相手に対してはダンジョン内でモンスターをけしかけさせてわざと大怪我を負わせてから伊集院たちが助けることで救助代として彼らの装備や貯金を巻き上げていたというのだ。

　さすがに小デブの男自身が強く反対したり、そこまですることについては他の２名も伊集院を止めていたため、伊集院が指示して男性探索者たちにモンスターをけしかけさせることになった場合でも、相手を殺したり探索者として再起不能となるほどの大怪我を負わさせたりするところまでは発展させないようにしてきたとのことだったが――

「うっわぁ、なんですかそれ。ゲスいにもほどがありませんか？

　アレってもしかして、人間のクズのトップランカーだったりするんですか？？」

　拓馬からの罪の告白を聞いた後に真っ先に抱いた、優奈の率直な感想がそれである。

　それは優奈の配信を見ていた視聴者たちも同意のようで散々に伊集院のことを罵倒するコメントで溢れかえっていった。さらにはそのコメントを書き込んでいる人々の中に、実際にモンスターに襲われて窮地に陥っていたところを伊集院たちに助けられたが怪我の治療費や装備の喪失などから探索者を続けられず辞めることになった視聴者も居たとのことで「それはまさか、俺のことなのか！」と拓馬の告白に対し憤りを隠せないコメントを出している者も複数見受けられた。

　けれど、そのような罵倒や怒りのコメント《だけ》で済んでいるのは、あくまで優奈の側の配信コメント欄でだけのことだ。

　伊集院たちの側の配信ドローンのコメント欄の様子をちらっと見ると、優奈の配信側以上の罵倒と軽蔑、呪詛のコメントの嵐でまさに今、絶賛炎上中のようである。それどころかあちら側のコメント欄には実際に被害にあった女性たちの嘆きと憎悪と呪詛のコメントで満ち溢れており、＜絶対、殺してやる！＞という伊集院たちへの殺害予告まで多数飛び出している始末だった。

　それらの怒りと憎悪、嫌悪と恨みに満ちたコメントに晒された男たちはガタガタと震えきっており、特にその矛先が向けられている主犯である伊集院（クズ）など、もはやこの場に現れた時の爽やかなイケメン風味はどこにも存在せず、髪は振り乱されており顔色は真っ青なせいで、いまにも気を失って倒れてしまいそうな状態となっている。

「はぁ、とりあえずこのままここに居てもなんですし、さっさと地上へと戻ろうと思います。そこのあなたとそっちの三人、すでに配信で全国に流れちゃってますので逃げ場はもうどこにもありませんよ。あきらめて地上まで一緒についてきてください。

　その上で警察にあなた方がやってきたことをもう一度ちゃんと自分たちで自白するというのなら、少なくとも地上までの身の安全は私が保障してあげますから」

　それとも、二度と地上に出られないまま、このダンジョンの中に引きこもり続けますか。その場合、噂で聞く探索者ギルドの懲罰部隊かあなた達がこれまで騙してきた人たちがお出迎えに来ることになるだけだと思いますけど？と優奈が尋ねると、拓馬や戦士風の男と魔術使い風の男は観念したのか、顔をうつ向かせながらものろのろと立ち上がって優奈に従う素振りを見せてきた。

　けれど、伊集院という男だけは「ひぃぃ」とうずくまって地面に顔を伏せたまま頭を抱え込み、その場から立ち上がろうとは一向にしない。

　仕方なく優奈が観客席から闘技場へと飛び降り、伊集院の前まで歩み寄る。

　そして、

「はぁ、もう観念してくださいよ、まったく」

と腰に手をあて上半身を前に倒し、伊集院（クズ）へと声をかけたその時のことだった。

　それまで地面に蹲り身体をガタガタと震わせていたはずの伊集院が、突如「があぁ！」と叫びながら、黒い片手剣を優奈の足元から彼女の胴へと向けて振り上げてきたのだ。