第32話 その汚い口で……

 


 伊集院による至近距離からの奇襲の一撃。だがそれも優奈には届かない。

 優奈はそうくるだろう危険性をもちろん考慮していたので、あっさりと一歩引くことでその奇襲を避けてみせた。


「くそったれがぁぁぁ!

 せっかくここまで伸し上がってきたっていうのに身の破滅だ身の破滅だぁ!!

 たかがバフ使いのテメェなんぞ、騙して引き込んだらもっと上にあがれるなんて思っちまったばっかりに、クソみてぇな結果にしちまいやがってーーーー!!」


 優奈を切り裂こうと振り上げてきた一撃を起点に身体を跳びあがらせた伊集院が、顔を憎悪に歪め、そう叫びながら白と黒の双剣を優奈に向けて何度も振り回してくる。だがそれらの攻撃を優奈は冷静に右、左、後ろとステップを踏みながら衣服や髪一筋ほどもかすらせずに回避してみせた。


「ちくしょうちくしょうちくしょう!なんで当たらねぇんだよ!!

 おい、クソが!大吾、雄二!!テメェラも手伝え!!!

 こうなっちまったらもうムショ行きは確定なんだ!

 だったらせめてこのクソ女をボコして自由を奪ってから犯しまくって、コイツ自身の配信で一生モンのトラウマになるその姿を全国配信してやるんだからよ!!」


 もはや狂ったとしか思えないことを口走り、目を血走らせて顔を醜く歪めさせながら伊集院が、配信でその姿が流れていることもお構いなしにそう仲間たちに向けて叫び声をあげる。


「へぇ……この人はそんなことを言ってますが、あなたたちはそれを手伝うんですか?」


 そんな伊集院の、剣筋が乱れに乱れさらには大振りなだけの大雑把な攻撃を、途中から自分の身の回りに張り巡らせたシールドで弾き返しながら余裕の表情を浮かべた優奈が、戦士風の男と魔術使いの男に対して先ほどまでより一段階冷たくした声で尋ねてみせる。

 だが、そう優奈に問いかけられた二人の男はというと、顔を地面に向けたまま伊集院の手伝いをしようと動き出す様子は見せなかった。そしてそんな彼らが最終的に絞り出すようにして出した言葉は……


「いや俺たちは……」

「……これ以上罪を重ねる気はねぇよ」


と、伊集院クズからの要請を拒否するものだった。


「テメェラ!?」


 その彼らの言葉に伊集院が驚きの顔で優奈への攻撃の手を停め、彼らの方へと振りかえる。

 一方で優奈はというと、大人しく罪を認める様子を見せた彼らの様子にうんうんと頷いてみせた。そして、


「ん、じゃあ後はこの人を倒せば地上に戻れますね。これだけ攻撃を受けていれば正当防衛だって十分成立すると思いますし」


と言うと伊集院への反撃することを決めた。


「はっ、あいつらの手を借りなくてもD級のテメェひとりくらいおれの手で……」


 伊集院クズがそう言ってさらに優奈のシールドに向けて何度も何度も攻撃を仕掛けてくるが、実力が伴っているかはわからずとも仮にもA級探索者のはずの人間の攻撃を何度も受けているというのに優奈のシールドは割れるどころかヒビの一つすらも入らせなかった。


「なんで、ヒビ一つ、入ら、ねぇんだよ……」


 何度も何度も優奈のシールドへと全力で双剣を叩きつけることに疲れが出始めたのか、一分ほどもすれば伊集院の息がゼェハァと途切れ始めてくる。

 そんな伊集院に対し、優奈は一度だけ返事をしてあげた。


「ざーこ」


 その優奈の一言に、顔をさらに真っ赤にさせて伊集院が優奈のシールドにそれまで以上の勢いで攻撃をしかける。


「だれが、だれがだれが!?

 俺は拓馬のおかげでA級になれたわけでも有名になれたわけでもねぇ!

 おれは、おれはおれ自身の力でっ……」


 そうしてさらに激しくむやみやたらと、もはやただ振り回すだけになった攻撃を伊集院が繰り返すがそんな動きが長続きするわけもない。どんなに攻撃してもびくともしないシールドを相手に怒りと焦りとで剣筋が乱れに乱れた攻撃を連打し続けた結果、疲労だけが急速に溜まり、その動きが大きく鈍ってきたのを見てとったところで、優奈はおもむろに伊集院に向けてシールド越しに掌を向けた。


「スタンっ」


 優奈が至近距離から麻痺の魔弾をクズに向けて撃ち込む。伊集院クズもとっさに双剣で防ごうとしたようだったが、何度も何度も両腕で感情のままに剣を力任せにして振り回していたせいで疲れ切っていたため、その動作は間に合わない。

 優奈の掌から撃ちだされた魔弾が伊集院の身体にしっかりと命中し、それにより「あがががっ」と声にならない声を漏らして彼が身体を硬直させる。それを確認したところで優奈は彼に向けてにっこりと微笑みかけながら、その身体を金色に一瞬だけ光らせた。


 そして、


「これは、あなたに騙された男性冒険者たちの分と思いなさいっ」


と、強化した右脚でのローキックを思いっきり振り抜く。その一撃は身動き取れないままの伊集院の左脚の膝に命中し、ゴギャッ!という音と共にその骨を粉砕してのける。


「ぎぃあぁぁぁぁ!?」


 膝骨が粉砕骨折させられた痛みに伊集院が悲鳴を上げる。片足が壊れたことで倒れそうになった伊集院だったが、そんな彼の胸部に優奈はポンと優しく左の掌を当てて倒れるのを防いだ。


「ひ…ぎ…?」


 そんな優奈の行動に痛みに悶えて涙目になりながら、伊集院がわけがわからないといった顔で視線を向けてくる。そんな彼に優奈はにっこりと微笑んでから、とん、と軽く彼の身体を押し返す。そしてその勢いで伊集院の身体が立ち上がったような形になったところで、


「これは、あなたの被害にあった女性たちの分っ」


と、多少手加減はしているものの、真正面から彼の両脚の間を思い切り下から上へと蹴り上げる。


「ぉ……ごぉ……ぉ……」


 その一撃のもたらしたあまりの激痛に、伊集院は悲鳴すら上げられず声にならない苦悶の呻きを口から漏らし、白目を剥いた。その一撃を見た他の3人(+α男性視聴者たち)がヒュン!と思わず各自の股間を押さえて恐怖する。


 そして、泡を吹きそうになりながら白目を剥いて再び前のめりに倒れていく伊集院に対し、優奈は最後に、


「その汚い口で……もう二度と話しかけないでくださいっ!」


と叫びながら、彼に抱いた怒りと軽蔑をそのまま全て物理的な暴力として叩きつけた。


 優奈が跳びあがりながら振るったその全力のジャンピングアッパーカットは、伊集院ゲス野郎の顎めがけて吸い込まれるように伸び上がり、ぐしゃ、という大きな音を立てて彼の顎骨を砕き割る。さらにそのまま跳びあがる勢いのままに優奈が拳を振り抜いたため、その際の威力で伊集院の身体が3メートルほどの高さまで跳び上がっていった。

 そのまま放物線を描いて大きく宙を舞った伊集院クズは、頭から地面に衝突すると、ゴロゴロ、と地面の上を二度、三度と転がってから動きを停める。そして意識を失ってピクピクと痙攣を起こすだけの状態となり、二度と優奈の前に立ち上がってくることはなかった。








 その後、優奈は他の3人にボロボロになった伊集院クズの身体を拘束させた上でその身を彼らに運ばせ、下層終端部ボス部屋へと入っていった。

 ここのボスは大きな虎型のモンスターではあったのだが、それについても優奈は部屋に入ってから数秒でその身動きをシールドによって囲んで封じてしまい、あとは怒りの残滓のまま、一方的に撃破してみせる。

 そんな優奈との実力の差を見せつけられたことにより「「「あそこで伊集院コイツの言葉に乗らなくてよかった……」」」と内心で安堵していた3人の男たちではあったのだが、優奈はそんな彼らに一瞥もくれず、彼らを引きつれてボス部屋の先にあったポータルを利用して地上へとさっさと戻る。


 そうして優奈たちが地上へと戻ってきた頃には、すでに配信を見た視聴者たちや、りんねと千鶴たちからの通報によって探索者ギルドの警備部と近場の警察署からきていた警官たちがダンジョンのゲート前に集まっていた。そのため優奈は、男たちの身柄を警察とギルドに引き渡すところまでを配信に映し、彼らが全員緊急逮捕されたのを優奈の配信の視聴者たちも確認できたことを確かめてから、今回の配信を終了させたのだった。







――なお、優奈自身もこの後に簡単な聴取を警察からされはしたのだが、配信の映像に映っていた様子からも正当防衛であると認められたことや、配信によりしっかりと一連のことが全て記録されていたためそれを証拠として提出できたことなどが幸いし、ほんのわずかな時間で彼女は警察から解放された。

 まぁもっとも、最後の伊集院に対する攻撃についてのみ、(伊集院が取り調べ前に警察病院に緊急搬送必須な状態となってしまっていたため)正当防衛だとしても、ちょーーーっとばっかりやりすぎかも、と警察からは言われてしまったが、それについてもお小言だけで済ませるとのことであった。


 そして荒川ダンジョン最寄りの警察署から、警察側の好意によって署の裏口から隠れるようにして出ることができた優奈は、彼女が聴取を受けていた間もずっと警察署の前で待っていてくれていたりんねや千鶴とこっそり連絡を取って警察署から離れた場所で合流し、そのまま彼女たちとダンジョンに潜る前にした約束通りカラオケへと直行した。

 そしてりんねや千鶴とだけでなく、優奈の配信やネットニュース速報などで知って心配して連絡してきた茜や春香も呼んでそのまま朝までカラオケ大会へと雪崩れ込み、スカーレットの面々と遊び倒したことによって今回の事件で感じさせられたストレスを思いっきり解消したのであった。


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