第28話 証拠ですか?
優奈が視聴者からのコメントで教えられた眼下の男性――A級探索者、伊集院 誠也という人物の評の多くは次の通りであった。
曰く、
――白と黒の双剣を巧みに操り、A級探索者として深層を主に活動の拠点にしている。
――これまで何度も色んな探索者の危機に偶然遭遇し、助けに入った。
――助けられた多くの女性探索者が伊集院のその顔の良さと強さに惚れていった。
――男の場合は助けられた感謝に金やアイテムなどをお礼として渡すことが通例になってる。女性の場合は、それ以外での”お礼”をしている場合もあるという噂もあるが……それで特にトラブルになったとか被害をという話はないため、これに関してはあくまで”噂”だということだった。
そんな彼が今回、優奈が2体の深層モンスターにここで襲撃されていることをあちら側が配信を開始した直後に視聴者から教えられ、偶然にも深層のすぐ入口の場所に彼らがいたことから、ここまで駆け戻ってきてくれたのだ、ということだそうである。
だが、そういった情報を得たからこそ、優奈は確信を持って目の前の相手に対しこう述べるのだ。
「あぁ、なるほど。常習犯の方だったんですね」
と。
<え、優奈ちゃん、それはどういうこと?>
<白の旅団も探索者の危機を頻繁に救うヒーローだって評してるやつだぜ>
<まぁ、救助で助けた女の子探索者のハートをいつも盗んでるってことでは、たしかにこいつは常習犯だろうけどさw>
<イケメンでA級探索者だから強さも金もあって、しかも人徳者だもんな……助けられた後、お持ち帰りされた女の子は多いだろうし、そういう意味でも常習犯ではありそう>
<イケメンヒーロー爆発しろw>
そんなコメントが優奈の配信のコメント欄でわんさかと出てくる。一方で無駄足だったとはいえ感謝の言葉ひとつなく、いきなり彼のことを犯罪者呼ばわりした優奈のことを罵倒し、恩知らず、常識がない、何様のつもり、といった怒りの声があちら側のコメント欄では噴出している様子であった。
けれど、そんな両方のコメント欄は、優奈が再度口を開いたことでピタッと止まってしまう。
「いえ、今回のこのモンスターたちの襲撃……これ、あの人の側による犯罪行為ですし、聞いてる通りなら常習犯ってことでしょうから犯罪者呼ばわりしたところで間違いなんて何もないはずなんですけど?」
優奈は、顎に指をあてながら自身の配信ドローンのカメラに向けてそう言って小首を傾げてみせる。完全に断言する口調でそう言い放った優奈の声や伊集院の視線には、彼のことを犯罪者呼ばわりすることになんら疑問に思う要素がどこにもない、と彼女が考えている様子が現れていた。
そのことが視聴者たちにも伝わったからだろう。一人の視聴者が優奈へと問いかける。
<ゆーなちゃん、それ、どういう……こと?>
その質問に対し、優奈は人差し指を伊集院に向けて指し示し、
「え、言葉のままですよ。この深層モンスターたちを使って私を襲撃させ、それを彼とその仲間さん……あぁ、ちょうどやってきましたね。彼らがやってきて危険から救う。で、そのお礼に男の人の場合はお金やアイテムを、女性の場合は……男の人と同じ対応の場合もあれば、その、惚れた腫れただとかでそういうこと、を恩返しとしてさせてたりするんですよね、たぶん?」
と、視聴者たちに向けてまずは確認する。
その上で、
「でもそれって、自作自演って時点で詐欺だと思いますし、そもそもモンスターを使って他の探索者に襲わせる行為って昔のゲームからくる用語でしたっけ、MPKって俗称で呼ばれてる探索者法違反の犯罪行為だったはずですよね。繰り返してるってのなら常習の犯罪してる人なんですから、常習犯って呼ぶので間違いないと思うんですが」
と、彼女が彼らのことを常習犯と呼ぶ理由についても説明をしてあげた。
<は?>
<え……ヤラセ、ってこと?>
<いや、いくらなんでもそれは……>
一方、その優奈の糾弾を聞き、この場へとやってきたら思いもしなかったであろう光景を目の当たりにして伊集院と同じように固まってしまっていた彼の仲間たち――戦士らしき男と後衛の魔術使いらしきローブに身を包んだ男――が激怒する。
「おい、嬢ちゃん!言いがかりはやめてもらおうか!!」
「そうです、俺たちは視聴者から貴女の救助の要請を受けて助けにきただけです。善意でやってきたというのに犯罪者呼ばわりとは失礼な人ですね!」
その二人の声にハッとしたようにそれまで身動き一つせず固まっていた伊集院もが抗議の声を挙げる。
「そ、そうだ!ボクたちはキミを善意で助けにきただけだ!!
しかもキミが襲撃された時、ボクたちは深層入口に居たんだ、どうやってモンスターをキミに襲撃させたというんだ!?
し、しかもそのモンスターは深層のモンスターなんだぞ!下層のモンスターですらないんだ!」
若干焦った様子をみせながらもそう優奈に向けて叫び、糾弾の声を挙げる彼らの様子を見てか、伊集院の側の配信コメント欄からも
<そうよそうよ、何バカなことを言ってるのよ>
<そんなこと誠也様がやるはずないでしょ、馬鹿じゃないの?>
<下層をソロで潜るような子だから頭おかしいんでしょ>
と、優奈のことを非難する声が大量に沸き立つ。
そして、決定的な一言が伊集院と彼の視聴者たちから優奈に向けて吐き出された。
「そんなに言うのなら証拠を見せてみろ!」
<そんなことを言うのなら証拠見せてみなさいよ!>
その言葉に、優奈がふぅ、と小さくため息を吐き出す。
「証拠ですか?
あぁ、じゃあここに呼びだしますね」
優奈はそういうと、ぱちん、ぱちん、ぱちん、と指を何度も鳴らしていく。
その動作は優奈が魔術を発動させるときの仕草であると、これまでの配信で知っている者たちが気づくものの、周囲に何の現象も起きないため困惑の声を挙げる。
それは伊集院たちも同じようで最初、優奈が指を鳴らした時にバッと身構えた彼らであったが、なにも起きないことに警戒を緩めたのか上げていた腕を降ろし、優奈のその行為に一体何が……?と不審の念を抱き始めた。
けれど、視聴者や彼らの困惑の様子を気にせず優奈が何度も何度も一定のリズムで指を鳴らし続ける。
「なにをして……」
不審がった伊集院がそう問いかけようとした時のことだった。
優奈と彼らが居るコロッセオの外からポン、ポン、ポン、と何かが軽く破裂するような音に混じってだれかが絶叫する声が聞こえてきたのは。
最初は微かに聞こえる程度の叫び声と破裂音だったのだが、優奈が指を鳴らすたびにその声と破裂音が徐々に近づき大きくなっていく。
そして最後に優奈が大きくパチン!と指を鳴らした時、コロッセオのすぐ外側でそれまでよりそれまでよりも遥かに大きく連続した破裂音が発生し、コロッセオの壁を飛び越えて一人の男が悲鳴と共に上空より降ってきた。
「ひぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~!!!!!!!!」
情けない叫び声と共に空から降ってきたその男が地面に衝突する寸前で優奈が再度指を鳴らす。すると地面とその男との間でポンッと空気が破裂し、その破裂時の衝撃で降ってきた男が水平に吹き飛ばされて地面をゴロゴロと転がっていった。
「な、ぁ……?」
「へ、えっ……」
「ひぃ……」
突然、上空から姿を現し、目を回している様子のその男の姿を見て、伊集院たちが間抜けな声を挙げてからそれぞれの目を大きく見開かせた。まぁもっとも、気が弱いのか魔術使い風の男だけは悲鳴を飲み込むかのような声ではあったのだが。
そんな伊集院たちに向かって優奈が告げる。
「はい、お望みの証拠です。この人がこのグラットンたちを使って私を襲撃させた使役者で、あなたたちとこの人はお仲間ですよね。
全部、最初からわかってるんですよ。それとも――これでもまだ、醜く言い逃れをするつもりでいるんですか?」
そもそも優奈にとっては、この階層にきた当初から疑問があったのだ。
この階層に来て最初にマップクリエイトで階層の状況を把握した時に、ダンジョンのボス前広場――このダンジョンも新宿ダンジョンと同じく、そこがセーフゾーンである――の地点に他人を示す黄色の光点が4つとモンスターを示す赤い光点が2つ有ったことに気づいたのだ。
一瞬、セーフゾーンが何らかの理由で無効化され、セーフゾーンでモンスターにだれかが襲撃されてたりするのかも?と思った優奈ではあったが、その後、優奈が駆けだしてもその光点のどれにもまったく動きが発生しない。
つまりその時点でそのモンスターたちと彼らの間には戦闘など起きていないことが優奈には判明していた。
けれど、優奈が移動を開始し始めてからすぐに、黄色の光点の1つと2つの赤い光点を残したまま、残りの黄色の光点の3つだけがボス部屋に入ってその先へと進んでいく様子が見受けられたのだ。
この時点で何かある、と見てとっていた優奈だったが、残った黄色と赤の光点たちに注意を向け続けていると、優奈が遺跡群を駆け抜けてコロッセウムへの入口へとたどり着く頃になって黄色の光点だけが脇道へと逸れるように移動し、残りの赤い光点だけがコロッセウムの方へと移動し始めたのだ。
なので、モンスターが来ると判っていた優奈は、戦いやすそうなコロッセウムの中央にある闘技場にたどり着いたところで立ち止まって何が来るのかと待ち受けてみた。するとそこに襲撃してきたのが――その赤い光点の正体だった2体のグラットンだったのだ。そのグラットンたちについて、優奈が注意深く彼らの纏う魔力を観察してみると、うっすらとしたひも状の魔力のパスがコロッセウムの外、彼らが来た方向に伸びていっている。なので、優奈はそれらの情報により、この2体のグラットンが何らかの方法で使役されて優奈のことを襲撃しにきたのだろうと判断した。
実際、優奈が2体のグラットンと戦ってみても、連携こそ機械のように見事なものを見せては来ていたが、グラットンが狩りをする時に常道のはずの纏った焔による遠距離攻撃は行われず、また、グラットンたちから殺意らしきものがあまり感じられずそのせいで逆に戸惑ってしまったくらいだ。
どういう手法で使役しているのかについては、実際にこの場へと脇道に隠れていた黄色の光点――優奈が遠距離発動で風の属性魔術を使って何度も弾き飛ばしながらここまで無理やり連れてきた男――のことを直接視るまでは、見当くらいしかつかなかったが、これだけ近くで見ればほぼ予測が当たっていたことが確認できる。
おそらくは男のユニークスキルか何かなのだろう。2体のグラットンと男の左右それぞれの手との間に魔力によるパスが鎖のように伸びて繋がっていた。恐らくはその繋がった魔力のパスによる効果であの男が2体のグラットンたちを支配してるのか操作してるかののどちらかなのだろう。
「皆さんにもわかりやすいように魔力を可視化させてあげますね。
――はい、見ての通り、この2体のモンスターとそこの彼の両の手との間には明確に魔力のパスがつながっています。きっと何らかのスキルで彼がモンスターを操り、この場に私が来たところで襲撃をかけさせたんでしょうね」
優奈がぱちん、と指を鳴らして周囲の魔力が見えやすいようにして状況を可視化させる。
そうすると2体のグラットンと新たに表れた男の左右の掌との間には赤い鎖状の魔力のパスが明確につながっているのが誰の目にも明らかになった。
「テイム……いえ、この場合は
深層モンスターを、それも同時に複数に対してまで使えるっていうのはかなりのモノだと思います。ですが、そうして支配させたモンスターを他の探索者に向けて襲撃させ、相手を危機に陥らせてからそのモンスターを伊集院さん、でしたっけ。貴方たちがタイミングよく駆けつけて倒し、襲われていた人を救助して恩にきせる、といった筋書きなんですよね。よくもまぁ、そんな下劣な使い方しかできなかったものだなぁとは思いますけど」
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