第1章 世間が注目し始めた

第9話 なんか見られてる……?

 昨夜は配信の帰り道に寄り道したため、若干予定よりダンジョン探索を終えて帰るのが遅くなってしまった。そのため優奈は家に帰ってから夕食を食べるとすぐにベッドにダイブしてしまった。


 朝になって目が覚め、シャワーを浴びて朝食を取り、いつものように制服に着替えて通っている浅草の探索者育成高校へと向かって家を出る。いつもと変わらない日常のはずだった。だが、登校途中の電車に乗ったあたりから、なんだか妙に人からちらちらと見られているような視線を感じてしまい落ち着かない。今日の授業の復習のためノートを開いていたが全然集中することができなかった。


(朝シャンしたから寝ぐせがついてることは無いと思うし……カバンでスカートがめくれてるとかも無いよね……なんでこんなにチラチラ見られてるんだろう?)


 変なとこ別に無いよね?と電車のドアのガラスに反射して映る自分の姿をチェックしてみるものの、特に普段と変わったところは見受けられなかった。気にし過ぎかなぁ、とも思い、ひとまず視線については気にしないでおくことにする。


 けれど駅で下車し、浅草寺の雷門の前を通過して学校へと近づくにつれ、周囲からの注目される度合いがさらになんだか増えていっている気がする。それも見知らぬ他人からばかりでなく、同じ学校の制服を着ている者からの視線もちらほらとある気がしてならない。

 それでもだれも話しかけてきたりすることもなかったので落ち着かないながらも意識して視線を無視し、教室の前まで登校した優奈ではあった。そうして自分のクラスに入るためにドアに手をかけかけたところで、クラスの中で唯一気が合い交流しているクラスメイトの赤川 琴音あかがわ ことねから声をかけられる。

 探索者は夢もあるが文字通りの命の危険が伴う仕事であるため、進路として選ぶ人間は圧倒的に男性が多く女子生徒が少ない。その数少ない女子の中でも探索者ではなく探索者のサポートを目指しているという琴音以外の女子とは優奈はいまいち馬が合わなかった。琴音以外の女子はアイドル配信者を目指している者たちばかりで、男子に媚びようとしたり女子の間での上下関係を作ろうと陰に日向に行動したり発言したりするせいで優奈としては好きになれなかったのだ。琴音以外とはなんとなく仲良くしていないが、けっしてぼっちとか言うな。


「おはよー、優奈。

 あんたならいつかやっちゃうだろうなーとは思ってたけど、とうとうやっちゃったねー」


「おへ?」


 おはよー、と返事をしようとした寸前、琴音からあいさつに続けて言われたことの意味がわからず、おもわず間抜けな声がでてしまった。


「なにポカーンとしてんのよ、あんた。いまあんたのことがネット上でバズってることくらい、さすがのあんたでも気づいてるんでしょ?」


「へ?」


「え、なにその間抜けな反応……まさかあんた、もしかして全然気づいてなかったりするわけ?」


 本気で言われていることがわからず目をぱちくりさせる優奈の様子に「あちゃー、そういえばこの子、あんまりネットとかチェックしないタイプだったわ」と琴音が頭を抱えている。


「優奈、あんたちょっとこっち来なさい」


 そう言った琴音に引っ張られ、混乱したまま優奈は近くにあった女子トイレへと連れ込まれる。


「ほらこれ、ちょっと見てみなさい」


「えぇっ、なにこれ!?」


 琴音が見せつけてきた彼女のスマホには、Tmitterの検索機能により抽出された優奈のことを話題にしたいろんなアカウントによるツミートで溢れていた。スライドされるごとに出てくるツミートの中には、過去の配信動画からスクショしたものらしき探索者姿の優奈の画像だけではなく、登校中の優奈の後ろ姿や遠くから盗撮されたっぽい写真まで載せられてつぶやいているツミートまで見受けられる。


「あんた、昨日襲われてた探索者たちを支援だけしてさっさと帰ってったでしょ。あれがきっかけでネットではあんたの特定祭りが起きてる真っ最中なのよ」


「えぇ~……あ。もしかしてもうだいじょうぶだと思って帰っちゃったけど、まさかあの人らアレでも負けちゃったりしたの?それで助からなかったのに私が途中で帰っちゃってたからってので炎上しちゃってるとか??」


 もしそうだとしたらやばいなぁ……いくら探索者の生死は自業自得だとはいえ、関わっちゃっただけに非難されてしまいそう。そんな心配をした優奈ではあったが、琴音がそれについてはだいじょうぶだと答える。


「そうじゃないわよ。私も朝になってあんたの状況を知ったからチェックしてみたけど、むしろあの人らはあんたが去った後に圧勝して生き延びてたわ。けど、だからこそお祭り騒ぎになっちゃったんだけどね」


「あぁ、よかった。じゃあ、あの人らが死んじゃったからってので炎上したとかじゃないんだ。……あれ?でもそれならなんで私のことがこんな状態になってるわけ??」


「あのね……だからさっきも言ったけど、あんたが助けた人らが圧勝したからこそ問題なのよ。先にひとつ確認するけど、あんた、あの人らがだれか知ってて支援に入った?」


「え、知らないよ。単に帰り道で見かけたけど、見捨てるのはなんだったから支援してあげたってだけなんだし」


 その優奈の言葉に琴音がハァ、と大きなため息を吐き出す。


「あのねぇ……あんたが支援して窮地を救ってあげたあの人らは、大手探索配信事務所所属の、いま絶賛人気上昇中だったアイドル探索配信者パーティーだったわけなのよ。で、おまけに配信中だったからバッチリあんたがその配信に映ってたりするわけ」


「えぇー……あ、じゃあ配信の邪魔しちゃったからとかで怒られてるとか?」


「いいえ、むしろモンスターとの戦闘で窮地に陥ってたところを救ったわけだからあちらさんからは大感謝されてるわよ。ただね、あんたあのモンスターがどんなのだったかちゃんと判ってる?」


「んー、たしか深層に居る子だよね」


「深層モンスを”子”って、あんたねぇ……じゃああの時の場所はどこ?」


「下層でしょ。だから変なとこに居るなぁ、って思ったし、だから危なそうになってるのかなー、って思ったから支援してあげたんだけど」


「そう、深層モンスが下層に居たわけよ。そういうのをイレギュラーって呼ぶのはさすがのあんたでも知ってるわよね?」


「む。授業でもやったし、探索者試験の筆記でもでたからイレギュラーのことは知ってるよ。でも、たかが深層の子だし、しかもアサルト・ワイバーンあの子は状態異常とか概念攻撃とかしてこない素のパワータイプじゃん。だから下層モンスターがちょっとタフで早くて力が強くなっただけのモンスターでしかないんだし、それもたった1頭だけだから、ちゃんと役割分担できててパーティーを組んで迎え撃てる探索者なら、ちょっとバフしてあげればだいじょうぶなはずでしょ?

 そりゃ、下層と深層の違いがあるからちょっとは大変になるかもしれないけどさー」


「んなわけあるか」


 ぽかりっ、と軽く頭を叩かれてしまう。


「普通は下層と深層っていう"場"が変われば、必要となる戦力レベルは大きく変わるの。だから通常なら下層をうろついてるような探索者たちが深層モンスターと出会ったら良くて即死、悪けりゃ弄ばれて生き地獄になった果ての死亡よ、死亡。

 ふつうは幼稚園児が大人と殴り合って勝てるわけがないでしょ。そのくらい絶望的な戦力差があるものなのよ。でも、それなのにその無茶をあんたが支援したことでやりとげて、昨日のあの人たちの戦闘は逆転劇に終わったってことで祭りになってるのよ」


「ふーん……深層程度なのになぁ……」


「あんたねぇ……まぁ、あんたの感覚がおかしいのは、あんたのからだってあたしは知ってるから、まぁそのことは横に置いといてあげるわよ。ただね、世間はそのことを知らないしだれも理解してないわけ。

 そうなると当然ながら勝てるはずのない連中が勝てたのはなんでだ、っていう流れからあんたの支援のおかげだろうってことになるわけだけど、じゃあ一体何が行われたんだ、ってそこで多くの人が興味関心を持つことになるわ。

 で、そんな興味関心が沸いてる最中に、昨日あんたが助けたアイドルパーティーの人らが、助けに入ってくれたあんたにお礼を言いたいから情報を求む!なんて言っちゃったわけなのよ。そうなると餌を投げかけられた暇してるだけのネット民たちがどういう行動に出るかわかる?――勢いと調子に乗って行動を起こしだし、あんたの特定祭りが絶賛開催されちゃうことに繋がったってわけよ」


「状況、理解した?」と琴音が懇切丁寧に説明してくれるが、優奈としては正直大げさな反応だなぁ、という感想でしかなかった。


「えぇー……辻支援ってちゃんと言ったんだから、別にお礼なんてどうでもよかったのになぁ」


「あきらめなさい。ていうか命を救われたらふつうはお礼くらいするし言おうとするもんよ。むしろあんたもあんたで放置してさっさと帰ってんじゃないわよ。

 ……まぁ、済んじゃったことについてはもういいわ。それよりどうすんの、あんた。調べてみたところ、どうやら学校ここまで特定されてるみたいだし、これ、できるだけ早く対応しないとそのうちあんたの氏名や学年とかだけじゃなく、下手するとあんたの家の住所や携帯の番号、メルアドとかまで特定流出されかねない勢いにまでなってきてる状況よ?」


 ネット民ってのは暇人はとことん暇してる癖に変にスキルあったりするし、ノリと勢いだけで普段ならモラルや常識でしないようなこともしちゃうものよ、と琴音が忠告してくる。


「あと、ここまで来ると早々に方針を自分の口から告知しとかないと、パーティーやらなんやらのめんどくさい勧誘やら何やらが四六時中やってくることになるわよ。

 あんたはそういうの、これまでにいろいろとあって嫌になったから授業でもソロで潜るか、どうしても仕方なしにだれかと組まなきゃいけない時だけ私とツーマンセルでやってるってことは理解してるし、ある程度あんたの実力のことも知ってるあたしだからあんたがソロでやってってることを受け入れてるけど……そういうあんたの事情や実力を知らない連中は、きっとこれからしつこく色んな場所で絡んでくることになるわよ?」


「うぅ、なにそれ、やだなぁ……琴音ぇ、どうにかできないもんなの?」


 優奈がすがるようにそう琴音に尋ねてみるが、彼女からはきっぱりとお断りされてしまう。


「あたしじゃ無理よ。ここまで世間があんたに興味を持ってしまってる状態ではね。

 けど、ここからいまさらあんたへの世間の興味を無くすことはできないでしょうけど、いつかこうなることくらいは予想してたから、策の一つくらいなら与えてあげられるわ。ちょっと耳を貸しなさい」


 その後、しばらく琴音が優奈にぼそぼそと耳打ちをしてくれる。その間、優奈の口からは時折、「えぇー」「んー、まぁそんなのはいつもやってることだからだいじょうぶだけど……」「うぅー……わかったよぅ」と言った言葉が漏れだしていくのだった。

 そうして一通りの策を優奈に伝え終えると、琴音は最後に、


「いい、重要なのはハッキリと自分の意思を伝えること!

 そして世間の興味を良い意味であんたがコントロールしてみせることなんだからね!!」


と強く言及してみせた。


「じゃあ、今日はあんたはこのままさっさと早退しちゃいなさい!んでなるべく早く実行すること!!

 ここからは時間との勝負よ。時間が経つほどあんたの情報が好き勝手にだれかに流されたりデマや大げさな尾ひれはひれがつくと覚悟しときなさい!!」


と優奈に発破をかけてその背を押してくれたのだった。


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