第10話 えぇぇ……なんでこんなに……
「うー、やらないわけには行かないよねぇ……はぁ、仕方ないかぁ」
あれから琴音に言われるがまま教室には入らず学校を早退し(先生は琴音が上手く言いくるめてくれるとのことだった)さらに準備万端に琴音が準備していたマスクで顔を隠した上にヘアゴムで髪形を変えるという程度の簡単な変装をして優奈は帰宅する。その後、自室に戻った優奈は、これから生配信をするための準備を若干めんどくさく感じながらもしていた。
とはいえ、琴音が言っていたように状況は時間とともにやばくなっていきそうな気配がしている。
さっき見たTmitterには学校の特定だけではなく、もうすでに優奈の氏名や学年、組や出席番号といった個人情報まで出回り始めていた。どうにもここまで情報が誤りなく出回ってるのをみると、クラスメイトの中にもこの”祭り”に参加してる者がいるんじゃないかという気配すらある状況だ。
もしあの時、あのまま教室の扉を開けて中に入っていたり、琴音に言われるがままに教室に向かわず早退していなかったら、あまり親しくもないクラスメイトたちに囲まれ騒がれたりしていることになっていたかもしれない。
琴音以外とはあんまり喋ったこともないし興味も関心も特に持ってない者たちからそうやって騒がれたとしても、それは単に優奈のストレスが貯まることにしか繋がらなかったことだろう。しかも下手な受け答えをすると、それがいまネットに優奈の個人情報が流されてるように、勝手に流されていくことに繋がっていったのかもしれない。
それにクラスメイトの中には何人か探索配信者をやっていた生徒がいたはずだ。
なんでも視聴者稼ぎが伸び悩んでいるからって理由で、以前、冗談だろうとはおもうが「迷惑系と呼ばれるようなこともやってみるしかねぇかな」とか言っていた男子生徒もいたので、そういう連中に絡まれるとうざったいことこの上ない。優奈としては実際にそういう他人に迷惑をかける行為を私利私欲のためにするやつらは論外だが、そうではなくフリだとしてもそういう悪ぶった態度や行動・発言をして馬鹿みたいに騒ぐ連中は大っ嫌いなのだ。馬鹿なことだとちゃんと理解してるのに意図してするヤツは、理解せずにする馬鹿より酷い馬鹿であるとすら考えている。
そういう雑念を考えたりしながらも手を動かしているうちに配信をする準備ができあがる。まぁ、準備と言っても人に見られたくないものが部屋にあるわけでもないので、個人情報を特定されそうなモノを隠すために布地などで本棚の本のタイトルを見えないように目隠ししたり、制服や私服をタンスの引き出しの中に隠したりできてるか確認したり、両親との思い出の写真が入った写真立てを倒して見えないようするなど、特徴らしい特徴が見当たりにくい部屋となるように片づけたりしただけでしかないのだが。
(最後にもう一度指差し確認っと……うん、だいじょうぶだよね。うぅ、自宅配信なんて初めてするからちょっと緊張しちゃうなぁ。いつもダンジョンでやってることを自室でやるってだけのことなのに)
配信タイトルを入力した後、すぅ、はぁ、と少し深呼吸をしてから、意を決して配信用ドローンの電源を入れる。電源が入ったことで配信用ドローンが宙に浮かび上がっていった。
そのまま続けて今度はドローンの配信開始ボタンを押す。
ピピッ、という電子音がして配信開始の音が優奈の部屋に響き渡った。
「ええっと……配信はちゃんと始まったかな……?」
優奈がそうつぶやくと、ピコッ、という音がして閲覧者の数が0人から1人に増えた。
<あれ、こんな時間から配信ってめずらしいね:SAN蔵>
即座に優奈の配信にやってきたのはSAN蔵という常連の視聴者だった。
そのことに優奈は少しばかりホッとする。
(そうだよね、騒ぎになってるとはいえ、琴音ちゃんが言うほど私の配信がそこまで……)
と、優奈が思った次の瞬間からだった。ピピピコッ、と閲覧参加者数増加の音が連続してし始めたかと思うと、急速に閲覧者の数が増えていく。
「へ?」
最初は1から20になったかと思ったら、次の瞬間には115、その次の瞬間には785、さらには1000をあっさりと超え、2432、3758……と見る見るうちに優奈が自身の配信では見たこともない数字へと加速度的に増えていく。
そのせいで配信ドローンの視聴者数増加を告げる音がまるでアラーム音のようにピピピピピピピピピピピピピピッと絶えることなく鳴り続けた。あまりのうるささに思わず通知音を急いで切ってしまったほどだ。
<お、ほんとに配信されてる>
<うおっ、やっぱりすげぇ美少女>
<スカーレットを助けた女神が配信開始したと聞いてやってきますた>
<配信開始の連絡来たので飛んできました>
<うげっ、なんだ急に……げ、いままでここで見たことないくらい人がいっぱい居る?!:大ムーン>
<みた感じ女神ちゃんの部屋からの配信?>
<部屋の内装可愛い。そして私服姿?の女神ちゃんも可愛い>
<女神ちゃん、やほー>
<美少女の配信助かる……ハァハァ>
<↑通報しますた>
続けて大量のコメントが溢れるように表示されはじめる。あまりの多さに優奈の目がすべてのコメントを拾えないほどだ。一つのコメントを読んでいる間にすぐに次のコメントで流されていってしまう。
「ふぇっ!?」
驚いて思わず優奈が間抜けな声を上げるとそれにも、
<可愛い>
<お、びっくりしてる?>
<少数視聴配信者が突然のバズりで得た大量視聴者に驚く嬌声……そこからしか得られない栄養の提供、ありがとうございますw>
<↑わかりみがすぎる>
<この変態どもめw>
といった反応が次から次へと送られ、優奈の配信のコメント欄は初っ端からかなりカオスな状態になっていった。
想定は一応していたもののあまりに実感がついてこない状況に、思わず優奈はしばらくぽかんとした顔で呆然自失しかけていたが、ふと目に入ったコメントを見てハッと意識を取り戻すことができた。
<あれ? ねぇ、今は学校じゃないの??>
そのコメントを見て、優奈は自分がなんのためにいま配信をしているのかを思い出す。そのため、こほん、と軽く咳をしてからカメラに向けての姿勢を正し直した。
「ええっと、いま私が学校じゃないの、という質問があったのですが……そのことについてなどを含めて、ちょっと皆さんとお話をしたりお願いをしたり、あと説明とかそういういろいろなことをお伝えさせていただきたいと思い、今日はちょっと学校を休んで今この配信をさせていただいています」
なので、どうか私からの話を聞いていただけると幸いです。と、優奈は配信用ドローンのカメラをまっすぐ見つめて言うと、椅子代わりである自室のベッドに腰かけたまま視聴者たちへとむけて頭を下げた。
<はーい>
<りょ>
<学校はちゃんと行かないとだめだよー……といっても、いまの状況じゃ仕方ないか>
<了解ー>
<俺たちに話? なんだろ>
<あぁ、なるほど。ゆーなちゃん、がんばって:糸姫>
「みなさん、ありがとうございます。糸姫さん、がんばります」
常連の言葉に勇気をもらい、むんっ、と胸の前でこぶしを握って気合を入れる。そうしてから優奈は目を閉じて胸に片手をあてて深呼吸をした。すぅ、はぁと大きく息をして呼吸を整え、優奈は自分の配信に来てくれた見知らぬ一見の視聴者たちにまずは自己紹介から伝え始めることにする。
「ええっと、まずは私の自己紹介からはじめさせていただきます。
私の探索配信者名はチャンネル名にもあるように、ゆーな、と言います。みなさん、よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと軽くお辞儀をすると、コメント欄では数多くの人からのゆーなへのあいさつが帰ってきた。それをちらりと見てから、優奈は彼らへの語りを続けていく。
「私のこの配信は、その、基本的にダンジョンの中のいろんな観光名所的スポットを紹介したり、自分のために記録するためっていうのが主な目的の、のんびりまったりとした内容のダンジョン配信チャンネルとなっています。そのため、戦闘とか探索っていったような他の人の配信と比べると、きっとかなり異色だし、つまらないチャンネルになっているかもしれません。ですが、そのことについてはご了承ください」
今度の優奈のダンジョン配信チャンネルについての説明には、<了承><了解>といった反応だけでなく、<なんだそりゃ>や<え、なんでそんなのしてんの>といった疑問などのコメントも返ってくる。けれどこれに関しては優奈も、優奈にこの配信をさせた琴音も想定の内であった。
「ええっと、たぶん疑問や質問などもあるかもしれませんが、そういった質問等は最後まで話を聞いてから時間があれば対応したいと思います。普段は常連さんが6名さんほど来てくれるだけの状態なのに、なんだかものすごい数の人たちが来てくださっているので、いまは私もちょっとあっぷあっぷな状態なので……」
すみません、と優奈が頭を下げると、
<いいんやで>
<普段と大違いすぎるとそりゃキャパオーバーになる>
<まずはお話を聞かせて>
という優しいコメントが流れてきた。
「ありがとうございます。それで……え?!」
視聴者からの優しい返しにホッとした優奈だったが、そのホッとした直後に、
<そやな、普段が1桁なのに今は閲覧者数1万超えてるもんな。そりゃ、落ち着いてやるの無理だろうね>
と投稿されたコメントが目に入ったせいでびっくりした声を上げてしまい、精神がピシリと固まってしまった。
ギギギギギ……と油が切れたロボットのような動作で現在の配信の閲覧者数へと視線を向けると、本当に「閲覧者:10367人」と表示されている。なんだったら現在進行形でさらに増加中だ。
「えぇぇ……なんでこんなに……」
<あ、もしかして気づいてなかった?>
<1万人突破おめでとう!>
<まぁ、Tmitterでいま話題だからな>
<なんだったらTmitterのトレンド3位にも来てる>
<この分だとこれからも人が増えそう>
思わず宇宙猫状態になってる優奈に視聴者たちから、さらなる視聴者数増加の可能性まで示唆されてしまう。
(――よし、とりあえず視聴者数のことは、もう頭から除外しとこう)
優奈はひとまず視聴者数については現実逃避して頭からぶん投げることを決めた。
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