第15話 優奈による下層観光スポット配信(移動開始)

ふんふふふーん、ふんふふふーん


 優奈が暇つぶしに時折り歌う鼻歌だけが新宿ダンジョンの下層に響いていく。

 時折りその鼻歌に合わせ、優奈が指をぱちん、ぱちん、と鳴らす音が加わることもあるが、静かでのどかな時間が続いているだけの配信だった。

 もっとも、優奈が正規ルートと呼ばれるダンジョン下層終端部ボス前と上層階へと続く道から横道へと入って行った時には、少しコメント欄が騒がしくなったりもしたものだが、モンスターとの遭遇も戦闘もまったく起きない時間が20分以上も続けば騒いでいた視聴者たちも自然と静かになるというものであった。


<なぁ、なんでこんなに遭遇しないもんなんだ?>


 そうして、そんな長閑な配信内容であることが気になったのだろう。視聴者の一人がそんなコメントを投稿する。


<モンスターとの遭遇が少ないのは、まぁ運がいいのかもしれないが……新宿ダンジョンなら、ダンジョンに潜ってる探索者はけっこう居るはずだろ?>

<下層終端部だから、そこまで行ってる探索者は少ないぞ。だいたいは下層序盤か中盤だ>

<だとしても全然会わないよな>

<人が居ないなら討伐されてないモンスターがその分、多く沸いたままだから遭遇率が上がってるはずだろ>


 そういったコメントを見て、優奈は(あぁ、これは答えた方が良いかな)と判断し、視聴者たちの疑問に答えることにする。


「さっきからモンスターに会ってないわけではないですよ。他の探索者の人たちとは意図して遭遇しないようにはしてますけど」


<え、どういうこと?>


 優奈が歩きながら言った答えに視聴者が疑問の声を上げる。

 なので、優奈はちょっと面倒くさかったが、使っていたスキルの一つを視聴者にもわかりやすいように可視化してみせた。


「ええっと、こういうことです――”マップクリエイト”」


 優奈がそう言って魔力を注ぎ込み、魔術を発動させる。そうすると、優奈の目の前に現在彼女がいる位置を中心とした、いま滞在している階層の地図が空中に浮かび上がる。


<ふぁっ!?>

<え、なにこれ!?>

<まさか今いる階層の地図?!>


「はい、その通りです。

 支援魔術の一つに地図作成マップクリエイトって魔術があるんですよ。自身を中心に周囲の環境情報を集めて可視化させる魔術ですね。ただ、私の場合はスキルで同じものを持っているので、わざわざ魔術として発動させなくても今いる場所の周囲のことについてはスキルで把握することができるんですよね」


 「そして所持しているスキルと魔術の方を組み合わせると、さらにこんな風になります」と、優奈は魔力をスキルと地図作成の魔術マップクリエイト、両方に注ぎ込んで連動させると、先ほど浮かび上がった地図の上に黄色と赤の光点が浮かび上がる。


「この光っているのが見えてる状態が、実際の私のスキル版のマップクリエイトの状態ですね。いまは皆さんにも分かりやすいよう、魔術とスキルを連動させていますけど、普段はスキルだけでやってます。そしてスキルの場合は魔術の方と違って他人には見えない状態なんですよね」


と、優奈は説明を続ける。そしてさらに


「ちなみに、黄色いのがたぶん他の探索者の方です。赤はモンスターですね」


とより詳しく説明すると、視聴者たちが興奮しはじめる。


<なにこれ便利>

<そりゃモンスターも他の探索者も遭遇するの避けれる>

<たしかにこれなら安全かも>

<俺、探索者。これなら不意打ち喰らわずに済むってだけでもむっちゃ重宝するぞ>


といったコメントがあふれ出す。やはり他の探索者から見ても、このスキルは垂涎の的のようであった。

 けれど、そんな優奈の説明だけで納得する人たちばかりが優奈の配信を見に来ているわけではない。これだけ視聴者が居ればそんな者が紛れ込んでいるのも当たり前のことであった。


<嘘乙。だったら何でさっきモンスターと遭遇してたって言ってたんだよ。遭遇してなかったじゃん>


というコメントが流れてきたのだ。そのコメントに、優奈は、はぁ、と思わずため息を吐き出してしまう。


「嘘じゃないですよ。ここまでで5回ほど、モンスターとはそのままだと遭遇しそうになりましたよ。モンスターの進路とこっちの進路が重なってたんですよね」


<じゃあ、なんでモンスターも探索者も出てきてねぇんだよ>


「そりゃあ私の配信はのんびりまったりがテーマの配信なのに、モンスターの死骸とかのグロいのとか流すのはどうかと思ったからです。それにわざわざモンスターを近寄らせて危ない目に合う必要なんてないんですから、先に遠距離で始末しておいただけですよ」


 例えばこんなふうに、と言って、進行方向の先にあった赤い点を視聴者たちに向けて指し示してから、ぱちん、と優奈が指を鳴らす。その次の瞬間、優奈が先ほど指し示していた赤い光点がマップ上から消滅した。


<は?>

<え、なにやったの?>


「距離と方向が分かってますので、遠距離で魔術を行使してモンスターを始末しただけですよー。さっきまではその後、地属性の魔術や風属性の魔術が配信に映らないように先に消しておいたんですけど、今回はそのままにしてあります。

 このままだと配信にモンスターの死体が映っちゃうと思いますが、証拠として映しちゃってもかまいませんか?」


「グロいの見る趣味は無いし、配信に流すのどうかなぁ、と思ったから流してなかったんですが……」と優奈は視聴者のことを気にして言うのだったが、視聴者たちからは<むしろ、そのままで!>という要望ばかりが届いてくる。


 はぁ、気乗りしないなぁ、と思いながらも、視聴者が望んでいるのだから、と優奈はそのまま赤い光点が消えた場所の傍まで歩いていく。すると、赤い光点が消えた場所の傍まで来たところで遠距離魔術で倒したモンスターの姿が見えてきた。


「あー、ギガント=オーガだったかー。うっわ、人型だからそのままだとやっぱりグロい……みなさん、ホントにこんなの見たかったんですかぁ……?」


後悔してません?と尋ねる優奈ではあったが、それよりもその死体が実際にあったということに視聴者たちはパニくっていた。


<マジでモンスターが死んでる!>

<うっそだろ、ギガント=オーガじゃん!!>

<Cランクパーティーが苦戦する相手だろ、これ!>

<ギガント=オーガが切り刻まれてバッラバラの解体ブロック肉状態で死んでるとか、たしかにグロい>

<ギガント=オーガ。身長4~5mな筋骨隆々な巨体モンスターで怪力と、人と同じように様々な武器を振るってくるCランクモンスター。徒党を組んでいた時はBランク扱いとなる>

<あの強靭な身体から振るわれる暴力で何人のタンクが死にかけたものか……>

<こいつをあれだけ離れた遠距離でやったの?!>

<魔術っていっても、射程はせいぜい数十mのはずだろ? いったいどうやってこんな遠距離でやったっていうんだよ>

<じょ、上級魔術とかなら、ワンチャン……?>

<いやでも、上級魔術が使えるならDランクのはずはねぇだろ?>


いったいどういうこと?とコメント欄に質問が山ほど届く。たしかに上級魔術が使えるのなら、それだけで探索者ギルドのランクはB以上には上げてもらえるはずだ。つまり、優奈Dランクがそんなものを使えるわけがないのである。

なので優奈は視聴者からのその質問に答える。


「使ったのは初級の風属性魔術ですよ」


と。

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