第16話 バフやデバフは得意なんです

<は?>

<ダンジョン上層とか中層とかのモンスター相手に使う……初級の風魔術?>

<えぇ……いや、そんなのじゃ下層モンスターをバラバラ死体になんてできないっしょ>

<良くて表面をちょっと削れる程度では?>

<というか、たしかに初級のウインドカッターで切ったような切り口だけど、あれって射程10メートルくらいでしょ>

<あの時に会話してた場所からここまでは、優に1km以上あったはずだよな?>


どゆこと?と質問の声が上がる。


「ん、答えがあがったように、使ったのはウインドカッターの魔術です。皆さんも知っての通り、初級の風魔術ですね。

 というか私、属性魔術は全種類扱えますけど、使えるのはどの属性魔術も初級に分類されてるのだけなんですよ。だからDランクなんですよねー」


<Why?>

<やっぱウインドカッターなんだ。でもそれだと無理では?>


 まぁ視聴者さんたちの困惑もわかる。スキルからも初級と呼ばれているだけあって、初級の属性魔術というのは本来、威力が低く射程も短い初歩的と思われているものでしかないのだ。普通に発動させれば術者から数m~十数mがせいぜいの射程であり、威力もちょっとした武器で攻撃した程度のものばかりである。

 大規模だったりkm単位の超長距離射程だったり、魔力への抵抗力が上層や中層のモンスターから大きく変わる下層から先のモンスターに対しても、その表皮で簡単に弾かれたりせずにちゃんと通用させられる中級や上級に分類されている魔術よりは遥かに弱いのが初級の魔術というのが常識なのである。例えば中級や上級の魔術を軍隊が使う狙撃銃やミサイルだと例えるとすれば、初級の魔術というのはモデルガンとかせいぜい弓矢みたいなものでしかない。

 優奈の攻撃魔術に関する適正はその低いものまでが限度だろうとはダンジョン関連の知り合いからも過去に断言されてしまっている。あくまで優奈の特性は支援系統だけにしか向いてはいないらしい。けれど、だからこそ抜け道となる術がまだあったというわけだが。


 とはいえ、まずは困惑している視聴者さんたちに対し、優奈は彼らにもわかりやすいよう、優奈がいったい何をしているのかについての説明と実演をしてみせるべきだろう。


「まぁ、疑問には思いますよね。

 実際、私も純粋にウインドカッターだと威力はこんな感じでしかありません」


 視聴者たちに向けてそう話かけてから、優奈は通路の近くにあった木に向けて自身の素の状態でのウインドカッターを発動させてみる。すると優奈の魔力によりウインドカッターの魔術陣が彼女の前方に発生した。そして彼女から5mほど離れた場所にあった一抱えは有りそうな太さの樹へと風の刃が飛んでいく。その風刃がぶつかった木の幹には、幹の3分の1ほどの大きさの切れ込みが刻み込まれはしたがさすがに切断にまでは至っていない。


<うん、ウインドカッターっていったらそんなもんだよな>

<たしかに威力は普通のD級レベルのウインドカッター>

<探索者ギルドの試験ではあれだとCには上げてくれないんだよなー>


「はい、そうなんです。探索者試験ではあのくらいの威力だと威力が足りないっていわれてC級試験には合格できないんですよね。最低でもあの太さの木くらいなら2本以上を切断の上、3本目に同じくらいの切り込みを入れられないとC級の合格基準には達せられないと思います。まぁ、素の属性攻撃魔術についてだけ言えば、私の場合は他のも似たり寄ったりな感じです。なので、私はD級のダンジョン探索者だってことなんですよ」


 優奈がそういうと、納得という声が上がる。ただ一方で、


<じゃあどうやってこのギガント=オーガを倒したの?>


という質問がやはりコメント欄へと上がってきた。


「答えはみなさん、たぶん知ってるはずなんですけどねぇ……これが答えです」


 一瞬、優奈の身体が銀色に光った後に優奈が再度、ぱちん、と指パッチンをする。そして再度、優奈が先ほどと同じようにウインドカッターの魔術陣が空中に浮かび上がらせて風刃を発動させた。

 だが今回発生した風の刃は先ほどのものとは異なり、進路上にあった樹々を大量に薙ぎ払いながら遥か遠くにまで飛んでいく。


<え、あれ?>

<どゆこと??>

<同じウインドカッターのはずだよな?>

<威力が完全に桁違いじゃん>

<あ、まさか……:ちづりん@スカーレット>


「あ、ちづりんさん。ちづりんさんは体験した本人だからか、やっぱりわかりますよね」


<ちづちゃん、どういうこと?>

<あ、そういえば>

<もしかして……>

<バフ、ですか?:ちづりん@スカーレット>


「はい、ちづりんさん、正解です。

 最初のウインドカッターと後のウインドカッターは、風属性魔術ウインドカッターとしては同じ魔術なんですよ。

 ただ、後の方のウインドカッターについては、それを発動させる前に私自身に大幅な魔力や魔力制御についてのバフをかけ、威力を向上させられるようにしていました。よく言われていることですが、どんな魔術も使う人の魔力や魔力制御の能力が高いと威力や射程が上がると言われていますよね。

 さっきのは、そういった部分を私が自分自身でかけたバフで強化させてからウインドカッターの魔術を発動させたので、こんな威力と飛距離に上がったんですよ。あと、他にもスキルで魔力庫っていう魔力を身体の外のどこか別の場所にため込んでおけるっていうスキルも持っていますので、バフをかけるために一度に大量の魔力を使っても平気ですし」


 まぁ、魔力については貯めこんでる以上には使えはしないはずですし、バフしてるっていうのについても、答えがわかると単純なことですよねー、と優奈は笑って語るが、視聴者たちの方は説明されても理解ができないためコメント欄が止まってしまう。けれど、優奈はそんな視聴者たちの様子には気づかず、そのまま説明を続けながら歩くのを再開し始めた。


「で、あのギガント=オーガについてですが、マップクリエイトで居る距離と方向はわかっていましたので、あとはこの階層くらいの相手なら倒せるだろうってくらいにバフで威力を増加させ、距離も同じく伸ばし、おまけで念のために同様の方法で強化しておいたデバフをギガント=オーガ相手に掛けてから、バフ込み版のウインドカッターを遠隔発動させることによって倒したっていうだけのことなんです」


 バフやデバフは得意なんですよねー。だからこうすれば楽ちんで安全に処理できるんですよ、と胸を張って語る優奈ではあったが、視聴者たちからのコメントはまだ復活する様子はみせなかった。

 そのため、そのころになってやっと視聴者たちからの反応がないことに気づいた優奈は、あれー、なんだか反応が全然ないなー、と思いながらも、そのまま話をしながら近くなってきている目的地に向けて歩いていく。


「知っての通り、探索者ギルドのランク認定試験とか探索者高校の授業や考査では、たとえ自分自身のものであってもバフとかかけて受けるのは禁止なんです。なんでも、素の状態を評価する、ということでそうなってるって聞きました。

 まぁ、バフがかかっていても、それを自分でかけたものなのか、それとも他人にかけてもらったのかなんていうことは第三者からは判断しづらいものですからね。

 それに他人にバフを掛けてもらってランクを無理やり上げたとしても、いざダンジョンの中で本来の身の丈に合わないとこまでその人が進んでからそのバッファーとはぐれたりしたら、そこでバフの効果が切れた場合、いたずらに死者を増やすことになってしまいます。だからそういうことを防ぐためにも探索者のランクがこういう方針となっているっていうのは納得できることでした」


 ランクシステムを制定するための議論が行われた当初は、倒したモンスターの素材や到達階層を基準にしようということもあったそうだ。けれど、それでは確実にその人が倒したのかどうかが分からない場合はどうするのかだとか、金でランクが買えてしまうのではないか、という懸念の声が強かったらしい。あと、ランクを上げるために無茶無謀な挑戦を自信過剰になりがちな若者たちがやってしまい、若者の死者をふやしてしまうんじゃないか、ということでそっちの案は採用されなかったそうだ。


「探索者ギルドだって国営ですからね。国民をなるべく死なせない、無謀な挑戦をさせないことを前提として基準を決めるのを進めていった結果そうなっていったんだと思います。なので、そのことに関して自体は、私はギルドや学校の方針というのも間違っていないと理解はできるんですよねー」


 あと単純にどれだけの威力の攻撃がだせるか、ということについて、その方が数値化したり検証しやすかったからではあるんだろう。お役所としては客観的な基準となるものを作れることの方が重要視されやすいとのことだし。

 それに、この手の若者の暴走や無茶な挑戦を減らすための取り組みというのは、探索者ギルドにおいては他にもいろいろ行われている。例えばモンスターの素材の買い取りだって本人の意志だけで買い取りにだせるのは、保持ランクの一つ上のランクのものまでしかダメと決まっている。また、その場合でも高額な素材の場合は未成年であれば保護者の許可が必要になるという決まりだってあった。

 そのため、自然と探索者の多くが自分たちの活動エリアを国の想定している範囲のランクエリアに収めていくし、未成年の探索者は無理してまでダンジョンの深い方へ深い方へと行こうとする者が少なくなっている。

 もちろん、中には優奈のように自分の目的のために探索者ギルドが想定して定めているランクエリア外で活動したりする者も居たりはするが、そういうのは全体からみれば極少数の者たちだけだ。それにそういう無茶をする人の大半は実力が伴っていなければ、すぐにダンジョン内で行方不明になるか立ち去らざるを得ない身体になってしまう。まぁ、そこについては本人の選択の結果なのだから、自己責任となるので国が責任を負うことはないものだ。


 ただ、そんな風に国や探索者ギルドがそういうふうに規則を定めたことの意義や目的に理解を示すことができる優奈であっても、「自分で掛けるバフくらいは試験でも認めて欲しいとも思っちゃいますけどねー」とは、思わず少し愚痴ってしまうところではある。まぁ、不正防止の観点が優先される以上、無理なんだろうと思うけど。


<……そうだよな、自分で自分にかけるバフについては認めて欲しいよねぇ>

<あぁ、ゆーなちゃんも純粋な威力だけだと初級レベルなんだ。だからDランクなのか、納得した>

<こんなん、ランク認定システム側のバグやんけ>

<注、ふつうはバフかけたからってここまで威力が上がったりしません:通りすがりのバッファー>

<ありえんありえんありえん>

<バフ禁止にしとかないとちゃんと測定できないもんなぁ>

<なんなんだよ、こいつ……>



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