第17話 隠れた花園
「っと、ここを抜ければ……はい、到着しました」
しばらく続いていた視聴者の混乱した様子のコメントをスルーしながら進んでいた優奈は、やっと今回の配信の目的地へとたどり着いた。
樹木の多い森林タイプであるこの階層の中でも、特に太い大樹の幹や根が網目のように絡み合って自然と柵のようになっていた場所を潜り抜けたり乗り超えたりしなければたどり着けないその場所は、そんな数多くの大樹に囲われた中のぽっかりと空いたちょっとした公園くらいの広さであった。その広場となっている場所全体には、菫色や紅色、薄い黄色や白色など多種多様な色合いをした小さな花々が咲き乱れており、ここがモンスターが彷徨う危険なダンジョンの中だとはまったく思えない美しい景色だ。しかもこの花園の空間だけが森の中でぽっかりと開けている場所であるため、空からの穏やかな陽気が柔らかくぽかぽかと降りそそいできている。そのため、周囲の大木の葉が生み出している濃厚で暗い影との明暗の強さにより、まるでそこだけが他の場所から切りだされた別世界であるかのような印象を、この花園の姿を目にした者たち全てに与えてきていた。
このような場所がこれまでまったく日の目を見てこなかったのは、ここに来るためには優奈が通ってきたようにダンジョンの通路を形作っている大木の幹や網目のような根が作る柵を意図して潜り抜けてこなければならなかったからだろう。
だが、普通の探索者であれば不意打ちや襲撃をいつ受けるかわからないそんな危険な場所をわざわざ通りにはいかない。しかもここは深層へと続く下層終端部のボスが居る階層なのだ。大半の探索者は素直にダンジョン下層終端部のボスが居る場所を目指して突き進んでいくものである。その結果、その主道となる通路から遠く離れた端の方にあるこの辺り近辺まで足を延ばしてくる探索者など、それだけで珍しい者たちとなっていたことだろう。
さらに言えば、この花園の有る場所はダンジョンの通路側からは太い大樹の根っこや茂みによって通路側からはまったく見つけられない状態にされている。そのため、よっぽどの方向音痴が迷った末にたどり着くか、意図して階層内全部を探索しようとかいう変わり者たちでなければ、まず気づくこと自体が起こり得ない場所であった。
だからこそ、誰にも踏み荒らされることなく、この美しい花園がこれまでずっとひっそりと在り続けてこられたのだろう。そして、だからこそそんな隠れ家的な良さもあって優奈のお気に入りの場所の一つになっているのだ。
「うん、やっぱり綺麗ですよねー。
ここはどの時期に来ても、こんな感じでいろんな花が咲いてて綺麗で、しかもおちついてのんびりできる場所なので、私の特にお気に入りスポットとしてる場所の一つなんです!」
相変わらずの美しい場所の風景を見ることができて、優奈の口元が自然とほころんでいく。そう、ダンジョンの中であるからか、この花園は春夏秋冬どの時期に来ても常に美しく可愛らしい花々が咲き乱れて、到来した者の目を楽しませてくれる憩いの場所になってくれているのだ。
まるで童話の本の中から飛び出してきたかのようなその美しい光景は、配信を見ている視聴者たちにも好評のようだった。さっきまで優奈のことや探索者ギルドのランク認定のことについて議論していたコメントの様子が一気におさまり、配信用ドローンのカメラが静かに映すその秘密の花園めいた光景について、ただただ称賛するコメントだけがコメント欄に溢れかえっていく。
<あぁ、これはすごいな。たしかにこんな場所ならお気に入りになるのもわかる>
<いいなぁ、わたしも行けるなら訪れてみたい>
<モンスターさえいなけりゃ絶対一度は行ってみたくなる良い場所だな>
<いまってこういう光景、よっぽどの観光地にでも行かないとどこにもないもんなぁ>
<あー、こういうところにデートで行ってみたい>
<お弁当持ってきてピクニックとかできたら、時間忘れていつまでものんびりできそう>
「あ、いいですねー。今度来るときはお弁当持ってこようっと」
優奈が流れるコメントの一つにそう反応すると、次から次へと視聴者たちからお弁当のオススメの具材や料理についての意見が投稿されてくる。王道は卵焼きや唐揚げ、ハンバーグといったものやサンドイッチのようだが、たまにアスパラガスのベーコン巻といった変わり種もオススメにあったりするのが面白い。他にも、ゆーなちゃんに作ってほしい、というコメントなどもあったが、そういったコメントに対しては、優奈は「あはははー」と笑ってごまかしておいた。料理は得意な方だが、見知らぬだれかへと作ってあげる気はさすがにおきない。
けれど、そんな話題で視聴者たちにも分け与えられていたのんびりとした雰囲気は、この花園に降りそそいでくるぽかぽかした陽気にあてられた優奈が、とんでもない発言をしたことでピシリという音を立ててひび割れたかのように崩れ去ってしまった。
「それにここ、ダンジョンの中だからかいつも天気も同じなんですよー。そしてここは日差しがすっごくぽかぽかしてるので気持ちがよくって、私の絶好のお昼寝スポットでもあるんです」
ふわぁ、と大きなあくびをしながら、優奈がそんなことを言い出した。
<え?>
<ちょっと待って、ゆーなちゃん>
<そこ……さすがにセーフゾーンじゃないですよね???>
<セーフゾーンって1階層に1つだけっしょ? たしか新宿ダンジョン下層終端部のセーフゾーンって……>
<ゆーなちゃんがこの配信開始したボス前だったはずだよね!?>
けれどそんな慌てた様子の彼らのコメントを、いつもと違ってあまりに人が多い配信のせいで気疲れを若干起こしてしまっていたことで精神的疲労がたまっていた上に、この場のぽかぽか陽気に当てられたせいで眠くなってきていた優奈がきちんと観ることはなかった。
「じゃ、ちょっとお昼寝しまーす……せーふぞーんじゃないですけど、周囲にシールドかけておきますから、だいじょうぶですよぉ……おやすみなさーい……」
一方的にそう視聴者に宣言した優奈は、その言葉の通り花畑の周囲全体に壁を立てるかのようにシールドを張ってから、その場のぽかぽかとした陽気を全力で満喫するためにごろんと横になってお昼寝を決行し始めた。
モンスターが彷徨い歩くダンジョンの中の、セーフゾーンでもない場所で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます