第18話 「えいっ♪」
「ふぁ……ん、ここどこだったっけ……」
大きなあくびをしながら優奈が目を覚まし、目元を指でごしごしと軽くこすりながら身体を起こした。寝起きの寝ぼけた頭で自分が起きた場所が自室でないことに「あれぇ……」としばらく考えていた優奈だったが、ハッと気がつく。
「あ、やば。そうだ、いまは配信中だったんだ……」
そう思い出した優奈が恐る恐ると視線を向けると、宙に浮いた配信ドローンの姿が視界に入ってきた。
<はぁ、やっと起きましたか:くろえー>
<ゆーなちゃん、おはよー。阿鼻叫喚の渦だったよー:大ムーン>
<初見さんにこれはきつい:SAN蔵>
<やっと起きたーーー!>
<マジでダンジョンで爆睡されるとは思わなかったぞ!>
<それよりゆーなちゃん、後ろ後ろ!後ろ、やべぇから!!>
<はやく起きて逃げろ!>
「あ、常連さんたちおはようございます……後ろ?」
後半のコメントに疑問を抱き、優奈が上半身を軽くねじって背後に視線を向けると……そこには6本腕をした3mくらいの大きさの巨大なクマにより、優奈が花畑の周囲に張ったシールドを何度も何度もその太い腕で一心不乱に殴りつけているという光景があった。
「あー、寝てた間に近づいてきちゃったのかぁ……あ、これたぶん寝ぼけながら
たぶん、うるささに寝ぼけて途中でかけてしまったのだろう。ぱちん、と指を鳴らして優奈が周囲の空間にかけてある音を遮断する魔術を解除する。すると、途端に目の前の6本腕のクマのモンスターが優奈のことを威嚇してきている大きな唸り声が響き渡ってきた。
「うわ、うっさ……」
あまりの大音量におもわず両手で耳をふさいでしまう。そんな優奈の姿を見てさらに興奮でもしたのか、6本腕のクマが目の前のシールドを殴りつける速度が上がっていった。
<かれこれ30分はシールド殴ってたよー、あいつ:大ムーン>
<いつシールドが割れて襲われるか、ハラハラしてた!>
<あのモンスター、一度獲物を定めるとどこまでも付きまとってくるトラッキング=シックスベアだよ!>
<シールドが保ってるうちにさっさとそこから離れた方が良い!>
<常連メンバーはこんなの慣れてるけど、これが初視聴の人らは心配するものです。ごめんなさいしといたほうがいいかもですよ:くろえー>
視聴者たちのコメントと常連からの助言を見て、優奈は本当に心配をかけちゃったんだなぁと思い「心配かけちゃったようですみませんでした」と心配してくれていたであろう視聴者さんたちに向け、素直にぺこりと頭を下げる。
それにそもそも、なんだか眠くなってきてしまったからだとはいっても、よくよく考えればたしかに初視聴の人たちの前でお昼寝なんてするものじゃないだろうな。常連さんたちでもない多くの人たちに寝顔を見られていたっていうことなのだと気づくと、ちょっと恥ずかしい。
優奈が視聴者たちとそんなやりとりをしている間も、相変わらずクマのモンスターは一向に諦める様子をみせず一心不乱に優奈が張り巡らせたシールドへとそのぶっとい腕を勢いよく叩きつけてきている。それでもシールドにはまったく変化は起きないのだから、無駄な努力ご愁傷様です、とあのモンスターに言ってあげたくなるくらいだ。
「……さっさとあきらめてくれてたら良かったのになぁ。……はぁ、しょうがないかぁ」
優奈はそう言うと立ち上がり、ぱんぱんと服を掌で軽く叩いて服についた土や汚れを叩き落とす。その後、そのままシールド越しにクマ型モンスターの目の前まで歩み寄っていった。その間に優奈の身体が一瞬だけ金色に光ったことにはほとんどの視聴者たちは気づかない。
「グガァァァァア!」
眼前まで自ら近寄ってきた
それにより眼前のクマ型モンスターが体勢を崩し、大きな隙が生まれたところで、優奈はトンッと跳びあがるとその無防備となったモンスターの頭の前に、軽く親指と人差し指で輪を作っておいた右手を近づけた。
「えいっ♪」
軽い掛け声と共に優奈がデコピンを放ち、モンスターのその凶悪な顔へとぶつける。その直後、ボッ、という空気が爆ぜる音がすると同時に、モンスターの頭部が弾け飛んで消滅してしまう。
「はい、お終い」
着地した優奈は、そういうとくるっとモンスターに背を向けて歩きだす。それから2~3秒ほどしてから頭部が消滅したモンスターの身体が倒れていき、ズズンッ……という重低音と振動を地面に響かせた。
「あ、ちなみに今のは腕力と肉体の強化バフを自分にかけてやってます。
素で怪力だとかそういうのじゃないので、間違っても勘違いしないでくださいね」
そう優奈は視聴者に微笑みながら語りかけるが、視聴者からの反応は何も起きてこない。
んー、と顎に人差し指を当てて少し考えこんだ優奈ではあったが、
(まぁこれでソロでも下層探索するのがだいじょうぶ、ということを証明すること、そしてこの花園みたいなダンジョン内の綺麗な場所や不可思議な光景のスポットを紹介するのが自分の配信のテーマだということについて、視聴者さんたちに伝えるという今回の配信の目的は……たぶん、きっとこれで全部達成することができたよね)
と一方的に判断する。
「ええと、まぁこういうことなのでソロで私がダンジョンに潜ってることについては心配いりませんし嘘じゃないですよー、ということです。
そして、最初にもいいましたが、こういう感じでここの花畑のように、ダンジョンの中の綺麗な場所や風景を見て回ることを目的としたのんびりまったりとした配信をしているのが、私の配信内容となっています。
なので他の人とかパーティーの方々の探索とは、たぶんそもそも探索者として毛色が大きく変わってると思いますし、先にも言ったように過去にめんどくさいこととか嫌な目にあったりしてたことがあるので、基本的には私は他の人とパーティーを組んだりパーティーに入ったりする気はありません。なのでパーティーとかへのお誘いとかは、どうぞご遠慮ください」
と、一息にそう言って、大きく胸の前でバツを両手で形作ってみせた。
その後に視聴者さんたちへと向けて頭を下げて礼をすると、
「こんなのんびりまったりとした配信をしてるだけの私ですが、それでも良いな、と思われたのでしたら、これからもどうぞよろしくお願いします」
と語りかけてみる。
ただ、視聴者たちに優奈のことがどう思われてるのかがどうにもわからない。なぜなら視聴者たちからのコメントがさっきからずっと止まったままで反応がないのだから。
だいじょうぶかなぁ……とは思ったものの、でもこれ以上はできないよね、とも考えた優奈は、そのまま配信の終了を口にすることにした。
「それじゃここから後は地上に帰るだけの配信になります。なので、これで今日の配信は終了しますね。みなさん、ご視聴ありがとうございました」
<おつかれー:SAN蔵>
<ノシ:糸姫>
常連さんだけが送ってくれたコメント欄を観て苦笑し、彼らに向けて軽く片手を振りながら、優奈は反対側の手でポチッと配信終了のボタンを押す。
眠くなったからといって、初視聴な多数の人たちの前でお昼寝しちゃうという失敗こそやってしまったものの、無事にやりきってみせたはずだよね、と優奈は思い、
(これでもう私のことについての今回の騒動は落ち着いてくれるといいなぁ)
と願いながら、地上へと戻るために少し軽い足取りで歩きだしはじめた。
そ ん な こ と に な る わ け が な い の に 。
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