第14話 優奈による下層観光スポット配信(開始)

 あれから1時間半ほどが経過した。なお、念のためにと家がある墨田区から離れた新宿のダンジョンまで移動するのにかかった時間がそのうちの1時間だ。


「それじゃ、配信を再開しますねー」


 ポチッと配信開始ボタンを押した後に優奈がそう声をかけると、配信が再開されるのを待機していた視聴者たちがどんどんとやってきたため、閲覧者の数がすさまじい数になっていく。これまでの優奈の配信は6名程度が常だったというのに、初めて30秒も経たないうちに軽くその千倍を越え、さらにはあっという間に3万という大台を超えた。


(うへー、世の中って暇な人が多いんだなぁ……)


 学校があったことからもわかるように、今日は平日である。しかも先ほどの配信やその後のダンジョンへの移動などで時間を食ったとはいえ、いまはまだお昼時を少し超えたばかりの時間帯だ。決して休日だとか、探索配信を見始める人々が多くなる仕事終わりの夕方以降だなんて時刻じゃないというのにこれだけの数の人が優奈の配信をわざわざ見に来るだなんて。こんな軽く万越えの視聴者を相手にすることになるというのは、優奈も予想していなかった。


「ええっと、皆さんまだこんな時間なのに視聴に来てくださるのはありがたい……んですよね。えっと、ありがとうございます?

 でも、みなさん、お仕事とかだいじょうぶなんですか??」


 思わず、首をこてっ、と傾げながら視聴者たちに尋ねてしまう。


<ぐはっ>

<だ、だいじょうぶなんやで>

<仕事……忘れた概念ですね……>

<いきなりの辛辣なあいさつに胸が痛い>

<わい、自宅警備員。なので問題ないんやで。ないんやで……>


 なんだか、一部の視聴者たちに大ダメージを与えてしまったっぽい。ごめんなさい、と心の中で謝ってしまう。


<それよりも、マジでダンジョンにソロで潜ってんのか?!>


「あ、はい。すでにダンジョンの中に居ますよ。ちなみにこれが私の基本的なダンジョンに潜っている時の服装です」


 配信用ドローンを少し遠ざけて自分の全身がちゃんと配信に映るようにする。

 上から順に白のマリンキャップタイプの帽子。同じく白のキャミソールのようなデザインが2重になって胸元の赤いリボンがワンポイントになっている白のトップス。左腕には銀色のリングを嵌めており、下半身はというと薄めの黒タイツの上に黒のショートパンツと光沢のある黒いブーツだ。さらには右太ももに黒い革ベルトを巻きつけて装着してあるミニポシェットという姿でドヤ顔をしている優奈の全身が視聴者たちの下へ映し出される。


<おぉ、可愛い>

<スカーレットの配信に映ったの見た時も思ったけど、全体的にシンプルだけど、要所要所に細かな装飾があるのがいいね>

<とはいえ、これ……>

<どっちかというと都会のタウンファッションぽいけど、ダンジョン装備っぽくなさすぎでは?>


 まぁ、そう言われるのは仕方ないのかもしれない。普通の下層に潜るような探索者だと、ダンジョン産の金属をつかった鎧やモンスターが落とす革素材を使った革鎧やらを装備してるのが一般的なのだから。そのため、女性探索者でもけっこうごっつごつのいかつい姿になっているのが普通だ。けれど、優奈の探索者装備姿はむしろその真逆の、ふわっとした都会の繁華街にでも出没していそうな服装なのである。


(まぁ、実際はそこらの装備より良いモノではあるんだけどねー)


 とはいえ、そのことをわざわざ言及する必要はないだろう。それにこれから優奈が視聴者たちに見せる予定のダンジョン探索スタイルにしてみれば、実際のところ身につけているものがダンジョン外の普段着であったとしても同じなのだ。今回、普段の探索時用の装備にしているのも、優奈にしてみても万が一の状況が何か起きてしまった場合のための用心と、そもそもこれがいつも配信時にしている服装だからという理由からでしかない。


「まぁ、服装とかについては気にしないでください。私の場合はこういう格好でしている、とだけ認識してもらえればそれでいいかな、と。そんなことよりもみなさんは、ここがどこだかわかりますか?」


 そう言って優奈が視聴者に問いかけをする。その優奈の言葉に釣られ、視聴者たちの興味が優奈の服装から優奈が今いる場所へと移り変わった。


<外、ではあるよな>

<空が有るからな。とはいえあとは草木や岩しかないぞ>

<いや、ちょっと待て。なんかここ、見覚えがある>

<外だとは言っても、東京の街中……ではないよな。車とか信号の音とか、人の声がぜんぜん聞こえてこないし>

<けど、ダンジョンだとしたら、どこのダンジョンでも上層や中層はどの階層も洞窟型だろ。ってことは……やっぱこの子ってば下層に居るっていうのか?>

<マジで?>

<でも、下層の序盤にこんなとこあったっけ。植相がちょっと違う気がするし>

<下層の序盤階層は平原のパターンが多いからな。森林タイプは都内のダンジョンの下層序盤にはなかったかと>

<……待った、マジか? いや、でもソロでそこへの到達はありえんだろ……?>

<知見ニキ、どこかわかったのか?>


「あ、どこかわかった方が居るんですね。

 じゃあ、答えあわせです。じゃじゃーん、これを見ていただければ、皆さん判りますか?」


と、優奈は配信用ドローンのカメラの向きをドローンの背中側となっていた場所に移動させを配信画面の中に映らせる。


<はぁ!?>

<ちょ、待て待て!?>

<おいおいおい、それってまさか……>


 配信の画面には大きな岩場に開いた横穴と、その横穴に入ってすぐの場所を塞ぐように鎮座している細かな紋様が全面に描かれた大扉が存在していた。


「はい、皆さん、きっとこれならもう答えが解かりますよね。ここはこのダンジョンのでーす」


<<<<はぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!?>>>>


 あっけらかんと答えを告げた優奈とは対照的に、びっくりした様子の視聴者たちのコメントが大量に流れだす。

 うん、びっくりしたようだけど視聴者さんたちにもここがどこか理解してもらえたようで何よりです。


<いや、いやいやいや、ありえねぇだろ!?

 なんでこの子ってばソロで下層終端のボス前までたどりつけてんだよ?!>

<ていうかちょっと待って、あの扉見るに、ここって新宿ダンジョンじゃねぇの?!>

<さっきの自宅配信からまだ1時間半しか経ってないぞ?

 どこに住んでんのか知らねぇが、物理的に不可能なはずでは?!>

<いままでの新宿ダンジョンの下層RTAが4時間だったはずだぞ、有り得ねぇ!>

<やっぱフェイクじゃないのかよ、これ?>


「むぅ、フェイク動画じゃないですよー。んー、じゃあ証拠に、この扉の前に『ゆーな、到達しました』って書いたこの札を立てときますね。

 ちなみに、ここは指摘してくれた方も居たように新宿ダンジョンですよ。なので、新宿ダンジョンのここまでだれかが来て、これを配信で流すか持ち帰ってくれるかすれば、これがフェイクじゃないって証明にもなりますよね?」


そう言って、ゆーなが札を掛けた棒状のモノを扉の前の地面に差し込む。


<え、ゆーなちゃん、それってもしかして……>


「あ、これですか?

 この階層に出てくる樹木型モンスターのトレントの枝です。ダンジョンに置いたモンスターのドロップアイテムは、半日もしたらダンジョンに吸収されて消えちゃいますけどー……まぁ、新宿ダンジョンならその前にだれか回収には来れますよね。たいしたものではありませんが、もしだれかにわざわざ来てもらうことになるんだとしたら、せめてもの手間賃代わりになるかなーと思いまして、配信前にちょっと用意しておきました」


<えぇぇぇ……>


「ま、それはともかく。それじゃあ、私のオススメスポット目指して、探索配信を始めていきますねー」


 なにか続けて書き込まれているコメントのことは見ずに、優奈はそう言うと下層終端部のボス前扉からダンジョン探索の正規ルートと呼ばれている通路を地上側に向けて、逆行する形で目的地へと歩き出した。



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  近況ノートに優奈の探索者モード姿のイメージを描いたものを載せてみました。

  https://kakuyomu.jp/users/mihuehinoto/news/16818093086411128862


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