第51話 激怒してるのも当たり前のことかな


「ええ、文句ならいーーっぱいあるわね!」

「文句ならばハッキリとあるぞ、愚か者が!」


 ドン、という音と共に、取引ブースの優奈が入ってきた側の扉と、その真逆の橘が入ってきた側の扉、その両方が同時に破壊され、それぞれの場所から第三者たちが優奈たちのいるブースの中へと乱入してきた。

 優奈の側からは怒りの色を隠さないスカーレットの面々が。そして橘の側からは筋骨隆々の50代前半の、顎髭がしっかと整えられ鍛え上げられた身体をビジネススーツに押し込み、白髪が混じったオールバックの髪型をした巨体の大男が姿を現して、両者ともに橘のことを睨みつける。


「えっ、はっ、な、なにっ!?」


 突然の暴力的な乱入者たちの登場に、橘が慌てて立ち上がりパニックを起こす。

 一方の優奈は落ち着いているかと思えば、実は優奈もスカーレットの面々以外の登場人物である、打ち合わせにないのに姿を現してきた見知らぬ大男の登場に若干のパニックを内心では起こしかけていた。


「まさかワシの足元で、こんな不正をしていたなどとはなぁ……よくもまぁ、ワシも馬鹿にされたもんだと怒りが抑えられそうにないぞ……」


 そう言うと同時に、大男が握り拳をブースの壁に勢いよく叩きつける。その一撃で殴られた壁の一部が弾け飛び、隣のブースがはっきりと見えるほどの大穴が開く。


「ひっ、ひぃぃぃ~~~~」


 突然振るわれた暴力に腰を抜かしたのか、橘が地面にへたり込む。さらにその両の足の間からは透明な液体が流れだしてきたが、さすがにそれが何か言及してあげるのは可哀そうだろうなぁ、と優奈は思う。橘だって妙齢の女性なのだから。

 とはいえ、目の前の男が乱入してくることなど茜たちとの打ち合わせにはなかった。

 そのため、え、なにこれ、みんなは知ってたの?と優奈が背後を振り返って指差してみるが、茜たちにも想定外のことだったのか、みんなぽかーんとした顔で立ち止まっていた。


「はっ、ゴブリンの魔石とオーガの魔石、ホブゴブリンの魔石がこれだけあってで1万4千だと……探索者ギルドの副ギルド長であるワシが知っておる相場の10分の1以下の値付けか……ほほぅ、いつからそこまで値崩れしておったというのかしっかりと教えて欲しいものじゃなぁ?」


 あぁん?と、橘の作った明細をつかみ取り、手でバシバシとそれを叩きながら探索者ギルドの副ギルド長と名乗った大男が橘のことをにらみつける。


「しかも、Bランク魔物の素材を探索者ランクのせいで買い取りできないから処分するだと。それも廃棄処分?

 どんなに安く見積もっても数百万はする素材だぞ。それをギルドに報告もせず勝手に??

 さて、いったいどこに、どういう風に廃棄処分するというのかね?」


「いえ、それは、あの、その……」


 橘がへどろもどろになって口ごもる。


「たしかに探索者法ではランク外の素材の買い取りはできんが、その場合には預かり証を発行し、該当探索者がランクアップした時に、その預かり証を換金できる仕組みとしておいたはずじゃがな。なにせその制定にワシ自身が関わって定めさせたはずじゃぞ。

 そうすることで探索者の奮起を諮り、偶然狩れたりした場合であってもその幸運を無駄にすることなく、むしろその預かり証の換金を目標としてその探索者が成長する意欲を刺激すると共に、その反面で実力が伴うまでは無理無茶をしても一円の金にならないということで若者の暴走を抑える。そういう意図で制定した仕組みだったはずなんじゃがなぁ…………それがいったい、いつの間にその制定に関わったワシも知らん制度改革が行われておったというのだ?

 きっちりと答えてほしいものじゃぞ、おい」


 どうやら目の前の男性は探索者法の制度制定いろいろにも関わってた偉い人のようだ。

 そりゃあ自分がいろいろ考えて制定したものを勝手に変えたようにされて悪用されたとかいうのであれば、激怒するのも当たり前のことだろうと優奈も思う。


「す、すすすすみません、新藤副ギルド長、で、出来心でぇ……」


 もはや殺気レベルの怒気を向けられ続けているからだろう。ずっと長いこと彼女に騙されてきていた優奈であっても、もうちょっと落ち着いて話をしてあげた方がいいんじゃないかなー、と思えるレベルで橘は恐怖にガタガタと全身を震わせ、涙と鼻水や他にもいろんなものを全身から垂れ流して言い訳をし始める。だが、目の前の新藤という副ギルド長はそんなことで容赦するつもりはないようだ。むしろ出来心だなんて橘が言っちゃったせいで余計に怒りをヒートアップさせている。


「あぁ?!

 テメェの出来心ってぇのは、テメェより年下の少女の稼ぎを何年にも渡って何度も搾取し続けることだってぇのか!

 とんだ出来心だなぁ、おい!!」


 そう叫んだ新藤副ギルド長が再度、拳を振るい、橘の頭のすぐ横の壁を殴りつけ破壊する。その一撃でもはや恐怖に耐えきれなくなったのだろう。あばばぼぼぼ、と口から泡を吹きだした橘が白目を向いて気を失ってしまう。

 その光景に優奈は、人間ってホントに泡を吹いたりして気絶するもんなんだー、と思わず関心してしまった。


「ちっ、気絶しちまいやがったか……おい、おまえら、こいつを捕えてギルドの拘束部屋に放り込め!

 コイツ一人だけでこんなことをずっとできてたとは思えねぇ、背後関係含めてしっかりと取り調べをするぞ!!」


 そう新藤副ギルド長が彼が入ってきたドアの向こう側へ大きな声で声を掛けると、「はっ!」という声が複数返され、探索者ギルド警備部の制服を着た警備員たちが部屋に雪崩れ込むように入ってくる。そしてそのまま気絶している橘に後ろ手で手錠をかけると、彼女の両脇を抱え上げて部屋の外へと連れ出していった。

 橘が完全に連れ出されていくまでそれを見送ったあと、新藤副ギルド長は姿勢を正して優奈たちへと向き直ると、


「さて……探索配信者名、ゆーなさん、でしたね。この度は当探索者ギルドが長年申し訳ないことをいたしておりました。

 この新藤しんどう 三蔵さんぞう、東京探索者本部副ギルド長として深くお詫びを申し上げさせていただきます」


 そう言って自分より遥かに年下の少女である優奈に対し、彼は腰を直角に折る最敬礼でもって謝罪をしてきたのだった。



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