第50話 橘さん
あれから2時間半ほどが経過し、ダンジョンの外に優奈が出た時には外はもう真っ暗闇な夜の時間になっていた。これは少し急がないとあの人の勤務時間が終わってしまう。そう判断した優奈は、いくつものモンスターの素材を入れた袋を手に、足早に押上ダンジョンの受付窓口へと足を進める。そこには優奈がいつも小遣い稼ぎをする時に対応してくれている素材換金窓口嬢の橘さんの姿があった。さらに運がいいことに、いまは他に素材換金窓口を利用している人は居ないようだ。
「あ、橘さん。すみません、まだダンジョンモンスターの素材換金の受付はだいじょうぶですか?」
「はぁ?
ちっ、あぁ、あんたか。……そうね。まだ20時前だから対応してるわよ。
はぁ、あともう少しで今日の業務も終了だったってのに……」
素材換金窓口嬢である橘さんは、20代半ばのお姉さんだ。いつも少しキツめの言葉遣いと目つきの鋭さ、横柄な態度をとるところがあるので人気はないらしいが、優奈が探索者になった当初から面倒をみてくれ、当初はダンジョンの探索者ランク制度についてやパーティー斡旋などもしてくれてたのだ。
しかも彼女が優奈に斡旋したパーティーの件で優奈が酷い目に合うと、わざわざ謝罪して優奈の愚痴にもしっかりと付き合って聞いてくれてたし、素材の換金についても一人で狩りをしていた優奈のことを気にかけていろいろ便宜を図ってくれてた人なのだ。
――まぁ、実のところは、彼女の言うことを信じていたため、相場のこととかをちゃんと自分で調べず理解してなかった優奈のことを騙してずっと搾取してきていた相手なんだということが琴音たちから教えられたのだけど。
「まぁ仕方ないか。じゃあいつも通りそっちの小部屋に来なさいな。素材の買い取りの時は他の探索者から見えないようにするのが決まりだからね」
そう言って橘が優奈に対し、少し離れた場所にある3番と書かれたブースを指し示す。探索者ギルドではだれがどんな素材を持ってきたかなどが第三者に知られないようにするためと、取引価格に不満を持った探索者が暴れても受付嬢が危険に晒されないよう、防音の効いた個室で分厚い透明な衝立越しに探索者と担当者の間で取引が成されるのが探索者ギルドによる規則であった。
「確認するけど、その配信ドローン、録画になってたりしないわよね」
「はい、配信モードを示すランプがちゃんと消灯してますよね」
「ん、確認したわ。ま、これも決まりだからね。
さて……今日のあんたが持ってきた素材は……上層のゴブリンの魔石にオーガの魔石が7つ、それに中層のこれはホブゴブリンかしら、色がちょっと濃いわね、それが10個。ふぅん、ソロなのにけっこう狩ったものね。
まぁ、あたしもあんたの最近の騒ぎのことは小耳に挟んで知ってるから、あんたならこのくらいやるだけの実力がホントはあったってことはわかったから、あんたがこんだけ狩ってきても不思議には思わないけどさ」
それにしてもよくもまぁこんなに一人で狩ってきたものねー、と橘さんが優奈に呆れる。
「あ、それと……実はこれも今日の探索で狩ったんですけど、やっぱり買取ってもらうのってダメなんです……よね?」
そう言って優奈が別にしておいた素材袋から双頭の狼のモンスターの頭部をこそっと袋のまま机の上に載せて橘さんに見えるようにする。
「ん?……ちっ。ちょっと優奈ちゃん、これってオルトロスじゃないの?」
袋の中身を確認した橘さんが舌打ちした後、優奈のことを睨みつけてくる。
「はい、そのー私の実力を知ってもらえてるんなら、ランク外ですけど換金できないかなー、なんて思って……」
優奈がぽりぽりと頬を掻きながらそう言うと、橘さんが片手を顔に当てて天井を見上げ、はぁ~~~~、と大きなため息を吐き出した。
「あのねぇ、できるわけないでしょ。いくらあんたが規格外なんだってことが配信でいろんな人に知られてたとしても、あんたはDランクのままなんでしょーが。
前にも教えたことがあったわよね。探索者法で換金を受付できるのは保持ランク+1までの素材だけだって。で、オルトロスのランクはいくつよ?」
「えっと……Bランク、ですよね」
優奈がちょっと身体を丸めながら両の人差し指を身体の前でつんつんと突き合わさせ、そぉっと下から伺うように彼女のことを見上げる視線を向けてそう答えると、橘はバンッ、と勢いよく平手で机を叩いた。
「そうよ、オルトロスはBランク。
優奈ちゃん、あんたがいくら凄くても探索者ランクがDである限りはBランクの素材の換金なんて受けられないわよ。なに、ちょっと有名になってちやほやされるようになったからって自分は特別だとか思いこんじゃったわけ?」
「えっと、そんなことは……」
「はっ、そうでしょうが!
たくっ、ちょーっと才能があって若くて可愛い顔してるからっていろんな人にチヤホヤされて?それで頭に乗ってあたしに不正をしろと??は、探索者ギルドを舐めてんの???」
「す、すみません、そんなつもりは……」
「はぁ、まあいいわ。たくっ、じゃあこれは前と同じようにこっちで内緒で廃棄処分しといてあげるわよ。でも、次が在ったらダメだからねぇ……そうね、今日の買い取り額の1割をあたしに寄越しなさい。それで今回だけは内緒で処理しといてあげるから」
そう言って橘が優奈のことを見下すように嘲笑ってくる。
「ええっ……そんなぁ……」
それに対し、優奈がそう言って肩を落とし、しょぼーんとした態度を取ると調子に乗ったのか、橘がさらに強気な口調で優奈を責め立てる。
「なに、こっちだって内緒で処分したりと危険な橋を渡らされるのよ。手数料よ手数料。それにさっきも言ったけどこういうことで痛い目みないとあんた学習しないみたいじゃない」
「うぅ、すみません……」
「は、もう。なによ私がバカなあんたを虐めてるみたいじゃない。はぁ、こっちもさっさと帰りたいんだし、それじゃさっさと清算するわよ。
そうね、ゴブリンの魔石が7つで700円、オーガの魔石が7つで3500円、中層のホブゴブリンの魔石は10個で1万円、全部で締めて1万4千200円ね。で、そこから1割だけど……ま、ちょっと反省してるみたいだし、キリが良いようにあたしの手数料は1200円で良いわ。だからあんたの手取りは1万3千円ね」
そう言って橘が衝立の向こう側にあるレジから1万3千円をトレイに載せて差し出してくる。
「えぇ、ホントにそんなに……」
「何よ、文句でもあるの?
それならあんたがあたしに不正を持ち掛けた、ということであんたの探索者資格にペナルティを課してあげてもいいんだけどぉ?」
そう言って橘が優奈に対し、ハッと鼻で笑ってくる。だが、彼女が調子に乗っていられたのはそこまでだった。
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