第4話 もう十分だよね
「あ……」
優奈が近寄り影が差したことで顔を上げた少女が、優奈に何か語ろうとしたが、もはや精も根も力尽きているのだろう。どうにか一音発するのが関の山のようで今にも意識を失いそうにしていた。
(わー、これは酷い。魔力だけじゃなくて生命力まで変換してそう。とりあえずまずは魔力回復が必要だねぇ)
そう考えた優奈は、「がんばりましたね」と青髪の少女に声をかけると少女に向けて手をかざし、「マナ・リカバリー」と唱える。そうすると優奈が魔法をかけたことにより、少女の身を薄い黒色の光が包み込み、周囲からダンジョンの魔力が流れ込んでいった。
「う……あ、れ……魔力が、回復してってる?」
すぐに若干顔色が良くなった青髪の少女が、すぐに自身の変化に気づいたのか、自分の両手を不思議そうに見て目をぱちくりとさせる。
そんな彼女の様子には目を向けず、優奈は次に意識を失っている大けがをしている茶髪の少女に視線を向けた。
(うーん、これはひどい。この人が治癒魔術かけてたから死ぬのは避けられたようだけど、全身ずったぼろだなぁ。内臓もかなりのダメージ受けてそう)
アサルト・ワイバーンの尾にでも弾き飛ばされたのか、それとも突進攻撃で弾き飛ばされたのかはわからないが、軽装だったので余計に重傷化してしまったのだろう。それに見た感じ他のメンバーと異なり見た目は優奈よりも幼そうな外見だ。背も小さくて身体も軽そうなので、勢いよくダンジョン壁に衝突し、そんなこんなで骨折などもしてしまっているのだろう。
「あの、魔力さえ回復すれば、貴女の治癒魔術でこの子を治すのはだいじょうぶそうですか?」
優奈が青髪の少女にそう尋ねると、彼女は泣きそうな顔になって首をフルフルと横に振る。
「私の腕じゃ、壁に吹き飛ばされて大怪我をしているいまのおりんちゃんが死なないようにするのが精いっぱいです。ポーションも使い切ってしまいましたし……あのっ、もしもポーションを持ってたら譲っていただけませんか」
いまにも泣き出しそうな声、というかもう涙を浮かべている顔で彼女はおりんと呼んだ倒れ込んでいる茶髪の少女のことを見下ろして弱音を吐き出した。そして微かな希望にすがりつくかのような声で優奈のことを見上げながら紡ぎ出されたそんな懇願を受け、優奈はおりんという小柄な探索者の少女の状態を観察してみる。
(んー、骨折とか内臓破裂くらいなら、
「ん、いいよ。
じゃあ、これ使ってください」
怪我の状態からここは
その優奈の了承の言葉に喜びの色を浮かべた青い髪の少女ではあったが、直後に優奈が携帯バッグから取り出したポーションの色を見て疑問の声を上げる。
「あの、ポーションって、え、ポーションって緑色ですよね!
これ、違う色なんですけど!?」
一般的な探索者が怪我などをした時に使うポーションとして探索者ギルドで販売されているモノは、たしかに彼女が言うように蛍光色の緑色のものである。それに対し、優奈が出したモノは見た目こそ同じだが、全く色の異なるポーションだったせいでなのだろう。ポーションでないモノを渡されたと思っているんだろうなー、と優奈は思いながらも、怒りの声を上げる少女の抗議を軽く受け流す。
「いいからいいから、だまされたとでも思ってまずは使ってあげて。そうじゃないとさっきから治癒魔術止まってたんだし、その子手遅れになっちゃうよ?」
「……っ…」
思っていたものと違う物を渡されたことで仲間に投与するのをためらう様子を見せていた少女ではあったが、現状では他に手がないというのも理解しているのだろう。
覚悟を決めた様子で意識の無い少女の口元近づけて投与する。
「んっ……かはっ……うぁ……ああああああっ!!!」
「おりんちゃんっ?!」
ポーションを投与した直後からの反応は劇的だった。びくんっ、と意識がないために身動き一つとらなかった少女の身体が大きく跳ねたかと思うと、その口から叫び声が沸き上がる。そしてその叫び声と同時に折れ曲がっていた手足が続けてのたうちまわったかと思うと、すぐに元の正しい形へと変化していった。
「う……あ…れ………ここ、は………」
さらに先ほどまで意識がまったくなく死線をさ迷っていたはずの瀕死の少女がパチッと目を覚ます。まだ意識が混濁しているのかぼんやりとした様子こそ見せてはいたものの、寝起き上半身をすぐに起き上がらせた。
「あっ……ああっ、おりんちゃん!だいじょうぶ!? 痛いところはないっ!?」
最初こそ叫び声をあげて身体を跳ね上げる仲間の姿に口元を手で覆って目を丸くしていた青髪の少女ではあったが、仲間の身体が元通りの姿になっただけでなく意識を取り戻して自ら起き上がったことに驚き、感極まったのか、おりんと呼んだその少女にガバッ!と抱きついてしっかと抱きしめる。そしてすぐに起き上がったばかりの少女の身体中をペタぺタと触って確かめていった。
「ひゃうっ!? え、な、なになになに?!
って、ちづりん、そんなとこ触っちゃダメっしょ!? ふにゃぅっ!?」
敏感なところでも触られたんだろうか。
いきなり抱き着かれてあわあわしていたおりんは、ちづりんと呼んだ仲間の少女に身体中をまさぐられたことに嬌声を上げ、顔を真っ赤に染め上げる。
「だっておりんちゃん、さっきまで死にかけの大怪我してたんだよ!?
いくらポーションだとかいうのを投与したからって、ホントにもうだいじょうぶなのっ!?」
「ふぇ、あたしが死にかけて……?
……ああああぁ!そうだ、あのイレギュラー! ねぇ、あれからどうなったの!?」
「ん、アサルト・ワイバーンなら、いまあそこであなたたちの仲間がまだ戦ってますよ」
意識がはっきりしてきたようで、気を失う直前の記憶に対する障害もなさそうだ。おりんという少女の発言からそう見てとった優奈がそう声をかけると、それまで優奈のことに気づいてもいなかった様子の彼女がこちらを見て「ほへ?」と間の抜けた声をこぼした。
「わぁ、むっちゃ可愛い子じゃん、好みぃ……って、何あれ!?
アカネちゃんやハルちゃんが見たこともないような動きしてるんだけど!?」
一瞬、なにやら妙なことを口にされたような気もする。
けれど、おりんという少女は直後に優奈が指ししめした方に視線を向けると、そこで繰り広げられている戦いの様子の方が衝撃的だったのか意識が完全にそっち移ったようだった。なので優奈は気にしないことにする。ついでにちづりんという少女の方もワイバーンと戦っている仲間の方に視線を向け、そこでやっと彼女の仲間たちが行っている戦闘の姿を初めて認識したのか、ぽかーんとした様子を見せていた。
「あっ……ホントだ。
わぁ、アカネちゃんってば、壁を垂直に走ってるぅ……」
「ハルちゃんなんか、あのむっちゃ重いはずの大楯でシールドバッシュしてあのイレギュラーの顔面吹っ飛ばしてるよぉ……」
呆然としている二人に、座ってていいのかなー、と思った優奈が声をかける。
「ちづりんさん、でしたっけ。魔力ももう回復してると思いますし、そっちの方ももう大丈夫だと思いますよ。それであなたたちにもバフ掛けてあげますから、さすがにここでボーっと眺めてるより、そろそろあの二人の助けに入った方が良いんじゃないですか?」
優奈がそう言うと、二人ともハッとしたように慌てて立ち上がった。
「あ、ホントだ。魔力がまるでダンジョンに入る前の時みたいに十分に感じ取れる……」
「あの二人があんな動きできるようになってるの、あなたのおかげなの!?
ねぇ、あたしもあんな風に動けるようになるの!?」
「まぁ、同じくらいのバフはかけときますよー。ちづりんさんは遠距離の後衛っぽいようなので魔術威力上昇のバフを、あなたの場合は見た感じ速度や手数重視みたいですから速度上昇と万が一の怪我をしないためのシールドを、向こうの二人と同じようにかけときますね」
そう言って優奈は二人にもどんどんバフをかけてあげる。
「わぁ、すごい!なんか身体が軽い!!」
「魔術の威力上昇……初めて聞くバフですね……」
「あとは見た感じ攻撃がまだぎりぎり通じるかどうかみたいなので、あのワイバーンの方にも弱体化かけときますね」
「ふぇっ!?」
「いやいやいや、ちょっと待って!? 下層からのモンスターにはデバフはほとんど効かないはずだよ!?」
「だいじょうぶですよ。ほら、こんな風に」
そう言って優奈がぱちんっ、っと指を弾くと、アサルト・ワイバーンの頭上に魔法陣が浮かび上がってその巨体の全身が黒く光る。その直後からアサルト・ワイバーンの動きが目に見えて格段に鈍くなり、さらには前線で戦う二人がアサルト・ワイバーンの巨体に負わせる手傷がさらに大きく深いものになったのが見て取れた。
「とりあえず、鈍重化と防御力の低下のデバフを付与しときました。これで十分に攻撃が通じるようになったと思いますから、辻支援としてはまぁこんなもんでもうだいじょうぶですかね」
(いまのデバフ、10倍にしといたから、さっきまででもあの二人で善戦できてたんだし、これにこの二人が参戦したらもう負けることはないよねー)
そんなことをのんびり考えている優奈の横では、大きく目を見開いた二人の少女が大きな驚きの声をあげていた。
「うぇぇぇぇ! ホントにデバフかけれてるぅ!?」
「うっそぉ!?!?!?」
「あのー、驚くより先にちゃっちゃと参戦しにいった方がいいんじゃないですか?
向こうの二人もさっきのデバフでこっちを見て気づいたようですから、このまま眺めてるだけだとお二人、後であちらの二人に怒られちゃいません?」
「あ、やばっ。と、とりあえずあたし急いで行ってくる!」
「あ、おりんちゃん待ってっ。わたしも行くからっ」
優奈の指摘を受けて慌てて駆け出していくおりんに続けて、ちづりんという少女もアサルト・ワイバーンとの戦いに参戦するために駆けだしていった。
二人が戦線に参加すると、そこから後の戦闘はもはや一方的な狩りの様相になっていった。
アサルト・ワイバーンの鈍くなった突進攻撃は
さらにはアサルト・ワイバーンが逆襲として無理な体勢で爪や尻尾での不意打ちの攻撃をしかけてきたとしても、優奈が彼女たちに張ったシールドがそれを通させない。
そんな様子を離れた場所から確認し終えた優奈は、これなら辻支援はもう十分だよね、と判断して決着を見届けることなく、そのままその場から黙って寄り道したことで若干遅くなってしまった帰宅の途についたのだった。
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