第5話 <久遠 茜視点>

<久遠 茜視点>


 その日の探索配信はいつもと同じようなものになるはずだった。


 アカネこと久遠 茜は、探索高校時代からの仲間と組んでダンジョン探索配信者として在学中から売り出し、高校卒業後は運よく大手の探索配信者事務所に所属することができたことで、新進気鋭の美少女配信者パーティーとして人気を確保することができていた。

 かといって、全然戦えないお飾りのアイドル探索配信者パーティーではない。

 茜やその仲間たちで作り上げた探索配信者パーティー<スカーレット>は、茜やその仲間たちが努力して得てきた優れた実力と、運良くメンバーそれぞれが入手できた戦闘スキルのバランスの良さによって役割分担も上手く配することができていた。

 パーティーのアタッカーとしては、『アカネ』こと自分が。モンスターの攻撃を防ぎ、攻撃を防ぐタンク役は『ハル』こと望月 春香が。探索時にはスカウト役、戦闘時は遊撃として全体をサポートするのは『おりん』こと獅童 りんねが。そして最後にヒーラー兼魔術攻撃役として『ちづりん』こと淵東 千鶴と役割分担が上手く形作られている。さらにはその実力により探索者ギルドからのランク認定ではアカネとハルがBランク、おりんとちづりんがCランクという高ランクパーティーとして成立させることもできている。

  さらにはパーティーメンバーそれぞれが持つ各自のキャラ性も合わさり、探索配信者パーティー「スカーレット」は、本格的に活動開始してからまだ1年という短い活動時間でありながらも、チャンネル登録者数10万人を超える新進気鋭の人気配信者集団にまで伸し上がることができていたのだ。


 けれどその一方で、パーティーリーダーである茜自身の方針もあり、探索配信者パーティーとしては無茶な探索や戦闘でハラハラドキドキさせるよりも安心安全をモットーに安全マージンを大きく取った運営を心掛けている。安易に危険な行為で視聴者数を稼ごうとするよりも視聴者との交流を重視し、キャラ性の異なるタイプの仲間同士による掛け合いや簡単な初心者向けダンジョン探索講座などを活動の中心にしてライト層な視聴者からの人気を地道に、けれどもしっかりと着実に集めてきたのだ。

 それでも、その一方でいざ戦闘となればパーティーの役割分担を明確にしながら堅実に戦い、さらには各自が持つスキルによる派手さと玄人好みをさせる連携などでダンジョン配信に慣れた視聴者たちに対しても退屈をさせないように心がけてきたのだ。


(だっていうのに、なんでこんなことにっ……)


 絶望に顔が歪んでしまいそうになる。


 最初はちょっとした違和感だった。

 普段、探索配信している時と同じように下層序盤域である6階層で探索を開始したが、やけにモンスターとの遭遇率が低かった。

 それでも全然遭遇しないというわけでもないのでそのまま進み「今日はなんだかのんびりできそうだねー」だなんて、りんねが軽口を言いながらも進んでいた時だ。アカネが今日は視聴者たちとの交流を多くしながら配信した方がいいかしら?と思いながら8階層にあるこの広場まで来た時にあいつが突然、上空からの急降下でアカネたちを襲撃してきたのは。


 最初の上空からの強襲による不意打ちには、りんねがとっさに気づいて警告を発してくれたからこそ初撃での壊滅こそ免れることができた。けれどもやっかいなことにその初撃で、パーティーのタンク役である春香が大ダメージを受けてしまった。

 さらにその直後、体勢を崩した春香を援護しようとしたりんねが再度のモンスターの突撃を避けきれずに弾き飛ばされて、十何mもの距離を勢いよく吹き飛ばされた。そのままりんねは広場の壁に激突して、瀕死の重体へと一気に追いやられてしまった。かろうじてまだ息があったからこそ、すかさず千鶴がありったけのポーションを注ぎ込み、さらに治癒魔術をかけることで延命することができているものの、そんな状態となってしまったために逃げることもできなくなってしまっていた。


 そうして、最初の襲撃を免れた後になって、いったいなにが襲ってきたのか、と確認し、さらには視聴者からも情報を得たことでアカネたちは絶望の淵に陥れられた。


 なぜなら襲撃してきた相手は――下層序盤域にはいないはずの、はるかに先である深層中盤域に生息しているはずの突撃飛龍アサルト・ワイバーンだったからだ。

 自分たちBランクの探索適正域は下層序盤~中盤域である。アサルト・ワイバーンが生息するような深層中域など国内でも一握りの上位陣であるAランクの探索者が徒党を組んでやっと立ち向かうレベルの魔境なのだ。

 その魔境に住むモンスターの中でも、飛竜の一種であるアサルト・ワイバーンというモンスターは突進による高速攻撃による強大な破壊力と、飛竜とはいえ竜の名の付くモンスターなだけに身を包む堅固な鱗による防御力の高さを誇っており、その防御力を貫くことができないがために何人もの上位探索者がこれまで何度も殺されてきたのだ。

 相手も自身に対し私たちが遥かに弱く敵になりえないことに気がついているのだろう。りんねが倒れた後は上空からの突進攻撃は行われず、猫が弱った獲物を嬲って殺すように腕での振り下ろし攻撃や噛みつき、尻尾による弾き飛ばし攻撃ばかりといった舐めた攻撃ばかりを仕掛けてきている。

 私たちはその悪意のおかげでどうにかまだ生き残れているが……


 <逃げて逃げて逃げて!>

 <あぁぁぁぁ、なんでこんなところに深層中域のモンスターが居るんだよ!?>

 <推しが死ぬとこなんて見たくない>

 <救助はまだ来ないのかよ!?>

 <通報はしたけど、着くのはどんなに急いでも1時間はかかるって……>

 <1時間って、無理だろ!? ほんの10分でここまでもう全員がボロボロになってるんだぞ>


 わずかな望みをかけてチラリと確認した視聴者たちのコメントを見て、絶望に身が倒れ込みそうになってしまう。

 先ほど奥の手であるアカネのスキル、剣状の武具に魔力で作った炎を纏わせることで威力を高める『紅炎刃』を自爆覚悟で全力で振るって攻撃をした。けれども、それでもアサルト・ワイバーンの鱗をほんの少し焦がすことができた程度でしかなかった。

 むしろそんなアサルト・ワイバーンに対し、爆発が鱗表面で起きたことで跳ね返ってきた衝撃によってアカネの防具だって見るも無残なことになってしまったのだ。

 結果としてはマイナスでしかない。


 しかも、もう1時間は戦っているんじゃないかと思っていたのにまだ10分間しか経ってなかった上、その10分間の間に何度もヘイトを稼いだ上で防御に専念してくれていた春香は防ぎきれなかった攻撃を何度も受けて傷を負い、戦闘が始まる前までは綺麗な白いドレス型の鎧下も、その至る所が彼女自身の血で赤黒くまだらに染められてしまっている。あの分ではもう数撃も耐えることはできなさそうだ。


 まぁ、だからこそ先ほどからアカネが必死に避け、弾き、逸らしながらも仲間を助けるために耐えてきていたのだが、それでもあと何十分もこの状態を続けることなんて不可能だ。


(だけど、やってみせるしかないっ……あきらめたら、死ぬっ!)


 そう決意して剣を振るい、尻尾による攻撃を飛び跳ねて避けたまでは良かったが、長く全力で続けた疲労が思っていたよりも全身を蝕んでしまっていたのか、着地時に体勢を崩してしまう。

 一瞬のことではあったがそこを見計らっていたかのように、イレギュラーが振り上げた前脚が振り下ろされてくる。


「…………!」


 時間がゆっくりとスローモーションのようになり灰色のようになった世界の中、振り下ろされてくるアサルト・ワイバーンの前脚が徐々に近づき、少し離れた場所に居た春香が何かを叫んだ声が聞こえている気もするが、間延びした時間の中ではよくわからない。

 伸びきって灰色になった時間の中、眼前へとゆったりと迫る巨大なモンスターの掌とその鋭利な鈎爪に「あぁ、痛そうだな、嫌だなぁ」と思った次の瞬間のことだった。目の前に半透明のシールドが突然現れる。そしてそのシールドにアサルト・ワイバーンの前脚が衝突し、大きく壁にぶつかったその手が背後へと弾き返されたのは。


 瞬間、世界に色が戻り、その世界の変化と自分が助かったらしきことに驚きが隠せなかった中、続けてさらに驚く言葉が少し離れた場所から聞こえてきた。


「あのー、なんだか大変そうですから辻支援させていただきますねー」


 助けが来てくれたの!

 鈴を転がすような澄んだ響きの、焦りや緊張が全然無さそうななんだかのんびりした声と言葉に思わず時間がまだまだかかるというはずの救助が来てくれたのか、と期待してその声の方へと顔を向ける。するとそこには、腰まである長いストレートの黒髪の上に白いマリンキャップを被り、パッと見でも良い生地が使われているのがわかるキャミソールのような白い服を着た小学生くらいの背丈をした美少女の姿が目に入ってきた。


 剣呑な殺し合いをしている場に現れた者にしては、探索者としてはあまりに場違いな姿だ。むしろ芸能界のJrアイドルが写真撮影でダンジョンに潜りに来てたと言われた方が納得してしまいそうな感じの美少女である。アカネはあまりの場違いさにおもわず状況も忘れ、少しの間だけではあったが、ぽかんとなるほど思考が停止してしまった。


 けれど、そんな美少女の声に反応したのは自分だけではなかった。

 新たな闖入者が先ほどの自分への一撃を防いだ主であると本能的に理解したのだろうか。『グルァ』と怒りを含ませた声をあげたアサルト・ワイバーンが上空へと飛びあがり、直後、超高速の塊となって突然現れた謎の美少女へと突撃攻撃を仕掛けようとする。


 危ない!と茜が警告の声をあげるより先に謎の少女とアサルト・ワイバーンが衝突するかに思われた。


 けれども、実際には衝突する直前に謎の少女が横に向かってひょいっと飛びのきアサルト・ワイバーンの突撃を避けてみせた。さらにアサルト・ワイバーンとのすれ違いの際に何かをタイミングよくぶつけたことでか、アサルト・ワイバーンはそのまま墜落しダンジョンの壁へと衝突する。


 <おおおっ!>

 <助けがきたのか!?>

 <すげぇ、あの突進攻撃を避けたっ>

 

 助けがきてくれたのか、と茜は一瞬安堵しかけた。


 <え、あれ? 助けが間に合ったとおもったけど、もしかしてあの女の子一人だけ?>

 <おいおいおい、まさかそんなはず……え、でもホントに他のヤツ居そうにないぞ>


 それは視聴者たちも同様ではあったが、よく見ると新たにこの場に居るのは眼前の少女だけであって他には誰の姿もない。茜が周囲を探ってみても、他にだれかが潜んでいるような気配も見つからなかった。


 <嘘だろ、それじゃ単に被害者が増えることになるだけじゃん……>


 一瞬、希望に湧いた様子だった視聴者たちもそのことに気づいたのだろう。癖でつい目をやったコメント欄にも茜と同じ認識が表示されている。

 これがもし、彼女がSランク探索者やAランク探索者であれば助かる可能性が出てきたのかもしれないが、探索配信者として自分より上位の国内探索者のことをアカネは顔も名前も把握している。その中にはどう思い出そうとしても自分より年下としか思えないあんな美少女の情報はなかったはずだ。

 であるのならば、彼女がもしも自分と同じBランクであったとしても……たった一人が助けに入ってきてくれたところで無駄に死者を増やすことにしかならない。


――だから、茜は決断する。

 

「だめっ、私たちのことは見捨てていいから早く逃げなさいっ!」


 本当はほんのわずかでも助けが欲しい。助けて欲しい。

 でも、彼女ひとりが加わった程度でこの窮地から助かるとは思えない。だから、自分たちを犠牲にすることになったとしても、彼女を逃がす決断を。

 

 「なんでアイツが下層にいるのかわからないけど、あれは深層にいるはずのモンスターがここに現れたイレギュラーよ!あなた一人くらいが支援に入ってくれた程度で倒せるわけがない!!」


 いまなら重傷を負っている私たちが逃げることはもはや不可能だ。だが、それでもまだ五体満足な彼女ひとりだけなら逃がす時間を稼ぐくらいはできるはずだ。


「私たちはもうこの負傷では逃げきれないけど、それでもあなたが全力で走って逃げる時間を稼ぐくらいはできるはずよ。だからいますぐ地上に向けて逃げなさい!

 すでに救援要請は出てるはずだから、私たちが時間を稼げば、運が良ければあいつに追いつかれる前に救助隊に保護してもらえるかもしれないからっ!!」


 いまから彼女が中層や上層へ向けて走って逃げたなら、こちらへ向けて急いできてくれているはずの救助隊と途中で会える時間や可能性は、ここに彼女を留まらせておくよりかは早く、大きくなるはずだ。

 それにそうして早く救助隊と彼女が会うことができれば、救助隊もこの広いダンジョンの中で迷うことなく私たちを助けに来てもらえるかもしれないという打算もある。そのことは仲間である春香も同じ意見なのか、ふらつきながらも近づいてくると彼女も目の前の少女に向けて逃げることを促そうとした。


 けれど、そんな茜たちの言葉を聞いた眼前の少女がしたのは、彼女たちの助言に従ってその場から立ち去ることではなかった。それどころか、そこからは驚きの連続をもたらすことばかりであった。


「いえいえ、そんな姿で強がられて、このまま何もせず立ち去るなんてできませんよ。とりあえず、支援拒否ってわけじゃないようですし意図した配信イベントの邪魔をしているようでもない様子ですので、あなた達がアレに勝てるくらいのバフを掛けさせていただきますねー」


 そう言って彼女がかけてきた持続回復魔術リジェネは驚くことにまるで高度な治癒魔術のような肉体の高速再生をもたらしただけではなかった。

 なぜ持続回復魔術リジェネでそうなるのか想像もつかないが、破損した装備までもがイレギュラーとの戦闘前の状態へと、まるで時間でも撒き戻ったのかと思うくらいに元通りになっていく。普通、持続回復魔術リジェネってゆっくりと時間をかけて身体の自然治癒を高めるだけだよね?! なのになんで無機物である鎧や盾、衣服の状態まで元通りになるわけ?!


 さらに、彼女が茜たちにかけた強化バフの効果もすさまじい。


 先ほどまではかすり傷一つつけられなかったアサルト・ワイバーンに対し、その鱗を切り裂いて手傷を負わせることができるほどに攻撃の威力が上昇していた。脚力も大幅に上昇しており、当初は目測を誤って通り過ぎてしまいそうになるくらい強化された。それだけではなく、脚力が上昇したことにより移動や跳躍、回避についても大幅に強化されてトンデモない動きができるようになっていた。

 それは茜だけのことではなかった。春香も同様で、何度もあのイレギュラーであるモンスターの巨体から繰り出される突進を防ぎきり、その上シールドバッシュでその顔面を弾き飛ばすほどの活躍をしてみせている。

 しかも、謎の美少女がかけてくれたシールドは、どうしても避けきれなかったアサルト・ワイバーンの攻撃に対してもびくともせず、普通なら1発や2発で割れて消えるものだというのにそんな気配を微塵もみせずにアカネたちのことを守護し続けてくれていた。

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