第6話 <久遠 茜視点 2>
(これなら、勝てなくても救助が来るまでの時間稼ぎは十分できる! それどころか、運が良ければ撃退することだってできるかもっ……)
唯一の懸念は瀕死になったりんねの状態だったが、それも少し精神的な余裕を持て始めたところで急にアサルト・ワイバーンが黒い光に包まれ、その直後から急に動きが鈍化した時に視線を向けたところで、一体全体どうやったのかはわからないがりんねが元気そうに立ち上がっていたことで気にせずに済んでいた。
しかも、その黒い光にアサルト・ワイバーンが包まれた直後から、先ほどまでよりもさらにこちらの攻撃が柔らかい肉に包丁を入れるかのように通るようになる。さらには戦線離脱していたりんねと千鶴が参戦してきたことで状況がさらに改善された。
「これでっ、トドメよっ!」
圧倒的に優勢になったその後しばらくして、アサルト・ワイバーンの片翼と尻尾を切断することに成功した。そうなると後はだんだんと茜たちが優勢になっていく。そうして地道に相手を削っていったことでアサルト・ワイバーンに隙ができたのを見て茜が跳躍し、その首を断ち切ることに成功した。
数秒の間をおいて切り飛ばされた首が長い距離を飛んでゴトン、という重い音を立てて地面に落ちて転がっていく。次いで、アサルト・ワイバーンの身体も地面へと倒れこむと、わずかにではあるがその重みでダンジョン下層序盤域の地面を揺らした。
「…………勝てた、の?」
ゆっくりと残心を行いながら、剣を鞘に納めながら目の前のモンスターに視線を追いやった茜は、自分でもその結果が信じられない、と思いながらもほんの少し前まで絶望の主だった相手の死を確認し、思わず声が漏れ出る。
「勝てた、んですよね」
「夢じゃない、よね」
「生きてる、んだよね……あたしたち。死に際に見てる自分に都合のいい夢とかじゃないよね」
仲間たちも半信半疑なんだろう。下層中域がやっとのはず、かなりの無理をしてもせいぜいが下層終盤域にたどり着くのがやっとになるはずの自分たちが深層のモンスターに勝てたのだ。その実感が、目の前のモンスターの死骸を目の当たりにしていても湧いてこないのだろう。
恐る恐るといったようにアサルト・ワイバーンの死骸に近づいたりんねが、つんつんと手に持った短刀でその遺骸に触れて、それでも反応がないことを確認する。
「あ……は、あはははは!やった、やったよ!!
あたしたち、勝ったんだ!生き延びたんだ!!」
思わずといった様子でそう叫んで飛び跳ねるりんねの姿。それを見聞きしてやっと、自分にも生き延びたんだ、やったんだ、という実感が沸いてきた。
それは他の仲間たちだけではなく、私たちが窮地になってもずっと見守ってきてくれていた視聴者たちも同じだったようだ。
<うぉぉぉぉぉぉぉぉ!>
<すげぇ! スカーレットが深層からきたイレギュラーに勝って生き延びた!!>
<マジで!マジだよな!! やったーーーーー!>
<うっそだろ、これデマじゃないよな!>
<スカーレットがイレギュラーから生き延びたって聞いてやってきますた!>
<速報:スカーレット、下層に現れたイレギュラーを討伐する!>
<すげぇすげぇすげぇ!Bランクが深層モンスターを倒しただって!?>
<"50000円"スカーレットならやってくれると信じてた!>
<マジだーーーーーーーーーーーーー!>
探索配信者用ドローンから、視聴者たちの歓喜と祝福のコメントがどんどんと溢れるように表示されていく。中にはスパチャと呼ばれる高額のお金を投げ銭してくれる視聴者までいた。あまりのコメントの多さに全部を読み切れないほどの歓喜の声があふれてくる。
「良かった……良かった……生き延びれたんだ、私たちっ」
思わずそう叫んで、近くに居た春香を抱きしめてしまう。
「うん、やりましたね、私たちっ……」
春香も感極まった様子の涙声でそう言って茜のことを抱きしめ返してくれた。
<キマシタワーーーー!!!>
とかいう視聴者のコメントが見えたが、そんなのいまはどうでもいいくらいに嬉しさでいっぱいだった。
けれど、そうしていて少し落ち着いたところでハッと気がつく。
「そうだ、あの子は?
勝てたのはあの子が支援してくれたからなんだから、まずはお礼を言わなきゃいけなかったのに!」
そのことに気がついて慌てて周囲を見渡す。その私の言葉に「あっ」という声をあげて仲間たちも慌てた様子で周りを見回すが、どこにもあの少女の姿が見当たらない。
「ええっ、なんで?! 戦いに巻き込まれてどっかに倒れてるとかって様子は無いよね?!」
「この広場、どこにも隠れる場所なんてないよ!?」
「どこかに吹き飛ばされてた、っていうこともなかったよね!」
「な、なんでぇ~~~?!」
思わず周囲を駆け巡るように探してみてもあの少女の姿が見当たらない。
まさかワイバーンの死骸の下敷きに!?と春香のスキルで死骸を軽くして持ち上げてその下を探してみても、やっぱり見当たらない。
<そういえば、あの子たしか最初に辻支援って言ってたような……>
<え、まさか辻支援だからって支援だけしてホントに去ってったってパターン?>
<いやいやいや、無いだろそれは普通>
<でも、最後に彼女が映った後って、すでにあのイレギュラーにかなり優位に立ち始めてたし……>
<どっちにしろ、途中からはあの子、全然姿が映らなくなってたような……>
沸き上がるコメント欄の情報に、「まさかぁ……」と私も思うものの、状況としてはそれしか無さそうな気もする。
「えぇぇ……」と、りんねたちも驚きの声をあげていた。
「ねぇ、みんな……どう考えてもこのイレギュラーに勝てたのってあの子が支援してくれたおかげよね?」
「むしろあの子の支援が無ければ、私たちは勝てたどころか全滅してたと思います……私たちの本来の実力で深層のモンスターに勝てるはずなんてありえません」
「りんねちゃんなんて確実に死んでたと思います。というか、あの謎のポーションが無ければ助かる目途がありませんでした」
「えっ、なにそれ!? 謎のポーションってなに!?」
「ええっと、普通のポーションって緑色ですよね」
「うん、ていうか緑以外のポーションなんて知らないよ?」
「あの子がくれたポーションは、緑色じゃなくて黄色だったんです。しかもその時のりんねちゃんってどう見ても全身複雑骨折で内臓もたぶん破裂してたんじゃないかってくらいの状態でした。どうにか私の治癒魔術で延命させてた状態でしかなくて……」
「い”っ?!」
「それが、あのポーションを投与した途端、あっという間に怪我をする前の状態に戻って、その後すぐにりんねちゃんが意識を取り戻しまして……」
「ちょっ、りんね、いま体調は!?」
「え、えええ……えっと、ぜんぜん痛くもなんともないよ!それどころか、むしろいつもより体調が良いくらいだし!!」
「そ、そうだよね……見た感じいつもより元気だし、さっきの戦闘中もいつもよりかなり速く動き回ってたし」
「そうそれ!
支援バフって初めて受けたけど、むっちゃすごくなかった!?
あんな動き普段じゃ絶対無理だし!」
その言葉に全員が大きく頷く。
「その……わたしもあの子から魔力の強化支援っていうのを受けたからだと思うんですが、属性魔術の威力がとんでもないことになっていました……」
「そういえば千鶴の魔術もすごい威力だったよね。あれは新しい魔術だったの?」
「いえ、いつも使ってる属性魔術です。でも、威力や規模が普段より遥かにすごく大きくなってて、でも制御が普段よりしやすかったくらいなんです」
しかも、全然魔力が尽きる感じがなかったですし。と千鶴が付け加える。
「「「‥‥‥‥‥‥‥」」」
思わず全員が黙り込んでしまう。
こんな威力のバフがあるとか聞いたこともない。
しばらく沈黙が場を支配していたが、それをコホン、と茜が咳をして打ち破る。そして茜は仲間たちに確認をした。
「ねぇ、少し確認したいんだけどさ……これだけの恩を与えられておいて、私はあの子に感謝の一つも言えてなかった気がするんだけど……りんねや千鶴はお礼を伝えてた?」
「「あっ」」
茜の言葉にりんねと千鶴が顔を見合わせる。
「あぁー……慌ててたからしてなかった気がするよぉ……」
「お礼も言えてないのはいけませんよね……どうしましょう」
「どうにかして会ってお礼を言いたいよね……」
顔を見合わせる茜たちに春香が提案を投げかけた。
「お礼だけじゃなく、このアサルト・ワイバーンの素材は彼女に引き渡すべきだと思います」
その言葉に、全員がアサルト・ワイバーンの死体に目を向けてから同時に頷く。
「あたしも何なのかわからないけど、助けてもらう際に使ってもらったっていうポーション代をちゃんと払わないといけないと思うし……そうだ!」
そういうと、ポンっ、と手を叩いたりんねが配信用ドローンの方を向いて視聴者に向けて語りかけた。
「ねぇ、視聴者のみんな!みんなの中であの子のことを知ってる人がいたら教えて欲しいの!! 私たち、ちゃんとあの子にお礼を伝えたいんだ!」
それは、獅童 りんねとその仲間たちにとっては感謝と善意からの思いつきで言った”お願い”でしかなかった。
けれど、彼女たちは気づいてなかった。
人気配信者である自分たちの発言の影響力の大きさについて。そして、そんな彼女たちがイレギュラーに遭遇して全滅しかけていたという大トラブルにより、ただでさえ絶賛注目中であった上に、そんな絶望的な状態だったのをあっという間に立て直させ、さらには圧倒的に格上のはずのイレギュラーとの戦いに彼女たちを勝利させた謎の美少女のことがすでにネット上では大盛り上がりとなっていたことに。
さらにはこのスカーレットのお願いを聞いた視聴者たちがこの「お願い」をされたことで大義名分を得たことによって暴走し始め、恩人の個人情報ダダ漏れの特定騒ぎが起きてしまうという危険性を。
そして何より、このことで起こった騒動により
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