第26話 襲撃


 荒川ダンジョン下層終端部にある、まるで古代のローマの都市が戦争に負けて崩壊したかのような瓦礫の山とボロボロになった石壁で構築されている遺跡エリアの中を、優奈はこれまでの階層と同じように風を切って勢いよく駆け抜けていく。


 3mほどの高さに屹立した石壁と瓦礫の山により迷路状になっている階層ではあったが、そんな中でも優奈が迷う素振りなく勢いよく駆け抜けていく姿を見て、これまでの荒川ダンジョンの最速記録をぶっちぎりで更新する歴史的瞬間を目の当たりにしかけている優奈の配信の視聴者たちは興奮した様子で配信のコメント欄を大盛り上がりさせていた。


 だが、そんな視聴者たちの期待を突然裏切るかのように、ゴール前最後のポイントであるコロッセウム内部の闘技場となっている広場へとたどり着いたところで、急に優奈がその足を停めて動かなくなってしまった。


<え、ゆーなちゃんどうしたの?>

<ゴールまであとわずかだぜ>

<どしたの? なんかあった??>


 突然、優奈が動きを停めて、そのままジッとしていることに疑問を抱いた視聴者たちが疑問を抱いて優奈へとコメントを送ってくる。

 けれど、そんな視聴者たちの声に優奈は反応を見せず、コロッセウムの中央でただジッと何かをうかがうように周囲を警戒し続けていた。


「――上っ!」


 突然、ふっと彼女に被さるように大きな影が差した瞬間、上空から勢いよく振ってきたナニカの姿を確認することなく、優奈はそう大きな声を出して背後へと飛びのいてみせる。

 そして大きく飛びのいた優奈の足が地面に触れるかどうかというそのわずかな間に、上空から姿を現したナニカがついさっきまで優奈が居た場所へと衝突した。

 もしも、優奈が即座に飛びのかず、悠長に上を見上げていたりしたならば、今頃堕ちてきた大質量のソレにより優奈はぺしゃんこに押しつぶされていたかもしれない。

 それほどの勢いと重量感のある物体だということが地面に衝突した時の音と振動の発生で伝えられてくる。けれど、その堕ちてきた物体がなんなのかについては、衝突の際に舞い上がった粉塵により隠されていたため判別できない。


<え、なに?!>

<空から何か降ってきた?>


 もうもうと舞い上がる粉塵が薄まり、堕ちてきたナニカの影が見えそうになったかと思った次の瞬間のことだった。突然、その粉塵できた視界の壁を黒と紫の焔に包まれた巨大な腕がボッという粉塵の壁を勢いよく突き抜ける音をたてて優奈に向かって突き進んでくる。


 それを優奈はバク転の要領で後方へと大きく跳びあがって避けると、そのままコロッセウムの観客席へと降り立った。

 そうして、優奈と視聴者たちが注目する中、舞い上がった粉塵が落ち着いてその中から姿を現してきたのは……全身に黒と紫の焔を纏った頭の無い蜘蛛、といった姿のモンスターの姿であった。ただ、蜘蛛と似て非なるのは、その6本の脚が全て4本指の人間のような腕となっており、胴体と思われる中央部には無数の乱杭歯だけが蠢く巨大な口だけが付いている異形であるということだろう。


 その醜悪なモンスターの姿を確認し、優奈はハァ、と大きくため息を吐いた。一方でパニック状態に陥ったのは優奈の配信を見ていた視聴者たちである。


<おいおいおい、なんでコイツがここにいるんだよ!>

<こいつはグラットン、深層のモンスターのはずだろ>

<またイレギュラーが現れたっていうのか!?>


 そう、グラットンと呼称されているこのモンスターは、通常なら深層に居るはずのモンスターである。

 その長い腕で獲物と看做した相手をつかみ取ると中央の大きな口に放り込み、その乱杭歯を回転させながら咀嚼していくことで獲物をミキサーのように細かな肉片にして食らいつくすモンスターである。そのため、大食いグラットンと名付けられたのだ。

 その膂力はすさまじいものがあり、過去にオーガを捕まえて暴れるオーガを抑え込み、生きたまま咀嚼していっていたこともある。

 さらにやっかいなのがモンスターの全身を覆っている黒と紫の焔だ。身体から飛ばしてくることもあるあの黒と紫の焔には強い呪詛が込められており、接触した相手の体力と魔力を大きく削ってくるのである。

 探索者ギルドによる危険度ランクはAであり、それはあのアサルト・ワイバーンと同等の危険度を誇るモンスターであることを示していた。

 そんなモンスターであるグラットンは、優奈のことを美味しそうな獲物だと見定めてしまったのだろう。身体を大きくたわませるとその反動を利用して勢いよく宙へと飛び上がり、優奈に襲い掛かってくる。即座にその場から優奈が飛びのくと、グラットンが振り下ろした腕の一撃の威力により優奈が居た観客席がミサイルでも着弾したかのように大きく破壊され陥没する。


<け、けど深層モンスターって言っても、下層でお昼寝できるゆーなちゃんなら……>

<少なくともあれだけ早く移動できるんだ。まともに戦わなくても一体だけなら走って逃げれば……>

<そいつの遠距離攻撃は纏っている焔を飛ばしてくることだけのはずだよ!一体だけなら逃げまわるのもそんなに難しくないはずだから!!>


 優奈のことを心配する視聴者たちがそうアドバイスを投げかけてくる。だが、その視聴者たちのことを絶望に叩き落すかのように、ダガダガダガ、と重低音を立てボス部屋方面のコロッセウムの出入り口から、もう一体、グラットンが姿を現してきた。


<嘘だろ……イレギュラーがもう一体同時に現れるなんてありえねぇだろ……>

<一体だけでも現れるのがおかしいのがイレギュラーなのに、なんで深層のモンスターがもう一体下層に現れるんだよ>

<たしか荒川ダンジョンの深層入口に潜ってたA級探索者がいたはず!俺、そいつに救援要請だしてくるぜ!!>

<なら、ゆーなちゃん、時間を稼げばすぐに助けがくるはずだから、頑張って時間を稼いで!>


 もう一体のグラットンの姿を見た視聴者たちが優奈にそうコメントを投げかけてくる。一方でそんな視聴者たちのコメント見た優奈は、スッと目を細めた。


「あぁ、なんだ。そういうことなんだ――」


 そんな優奈の声が合図となったのか、2体のグラットンが同時に優奈へと襲い掛かってくる。

 コロッセウムの闘技場を舞台に、2体の深層モンスターと優奈との戦闘が始まった。



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