第81話 想像できそうにないレシピ


 結局、あの後も瀬田氏が事務所の立場としてで少し難色を示したりはしたものの、りんねさんが彼や仲間たちを説得し押し通す形で熱海ダンジョン内の温泉水着配信についてはオーケーが出ることにはなった。ただし瀬田氏からの強い要望で、水着は露出を抑えたモノにすること、セクシー路線やネタ路線には走らないこと、ということが条件として出され、それ自体については優奈もスカーレットのメンバーも別段拒否する理由はひとつもなかったので(むしろその方が全員とも良かったので)了承したのであった。りんねさんがちょっとだけどこか残念そうにはしていたが。


「ところで、たしかコラボの時に料理配信して視聴者たちに抽選でプレゼントするって話にもなってたわよね。優奈ちゃん、そっちの方はどうするつもりなの?」


 ふと、思い出したように茜さんがそのことについて尋ねてくる。そのことについても優奈には秘策があった。


「はい、そのこともちゃんと考えてあります。この熱海ダンジョンには海の階層があって、食用に適したお魚がモンスターとしてでてくる階層があるんですよ。なので、そこで出てくるお魚を確保して調理してみるのはどうかなー、って思ってるんですが、ダメでしょうか?」


 優奈がそう提案すると、「魚料理かぁ~」と茜さんたちが相談し始める。


「普段、家で魚って料理したりする?」

「私はあまりしないですね。たまにスーパーで売っている調味済みのをムニエルにしてみたりするくらいでしょうか。千鶴さんはどうですか?」

「わたしも、かなぁ。自分で作るなら、どうしても手軽に調理できて料理の幅も広いお肉がメインになっちゃいます。りんねちゃんもお魚よりお肉派ですし。

 それに、お魚って家で食べると、どうしても骨とかのゴミの後片付けがでちゃうのが面倒で……」

「あたしはそもそも料理できないからねー。ていうか、そもそもみんな、魚を捌いたりってできるの?」


りんねの一言に、スカーレットの他のメンバー全員が思いっきり顔を横に逸らした。


「あははは……三枚おろしとか、言葉では知ってはいますが、やったことはありませんね」

「そもそも、いまの時代スーパーで切り身になった状態で売ってるものですし……」

「魚を丸ごと一匹、未調理な状態で入手すること自体がめずらしくなってるものねぇ」


 視線を明後日の方向に逸らしながらの、春香・千鶴・茜の各自による言い訳がこれである。


「ふーん。じゃあ、そうなると丸ごと丸焼きにするしかないんじゃない。

 ちなみに優奈ちゃんは、お魚を捌いたりとかはできるの?」


 ふと尋ねられたので、優奈は頷く。


「関西に居た時、おじいちゃんおばあちゃんは肉より魚の方が脂で胃もたれしにくくて食べやすいってことで、おばあちゃんにいろいろお料理を教わりましたから捌けますよ。

 あまりやったことがないなら、2枚おろしを何度かやってみて、それから3枚おろしを練習してみるといいんじゃないでしょうか。初心者には身崩れしにくいサバやアジなんかで練習してみるのがオススメですかね」


 優奈がそう答えると、茜たちが「おぉー」と感心したように驚きの声を挙げる。ふと気になったので優奈は茜たちに尋ねてみた。


「茜さんたちは新宿の探索者学校卒業ですよね。調理実習とかで習ったりはしなかったんですか?」


 その瞬間、サッと茜とりんねが優奈から視線を逸らし、春香が苦笑し、千鶴が乾いた笑い声を吐き出した。


「高校の家庭科で調理実習はありましたが、あの時にしたのはレバーを使った料理でしたね……」

「あの時は、りんねちゃんが『きっとこうしたらもっと美味しくなるんじゃない?』とか言って、レバニラ炒めにチョコレートを混ぜたソースをいきなり注ぎ込んだんですよ……」

「奇跡的に、レバーの臭みをチョコレートの香りと甘さが包み込んでくれたおかげで、悪くない味だったんだよね」

「なによ、美味しかったんだから正義でしょ!」


 レバニラのチョコレートソース炒めというのを想像してみる。……いけるんだろうか、それ?

 優奈にはまったくもって想像できそうにないレシピであった。


「す、すごい料理を作られるんですね……」


 同じく味が想像できなかったのだろう。瀬田氏が若干引いた感想を述べている。そんな瀬田氏はその後、少し顎に右手をあてて考え込んだ後に茜さんたちに向けてとあることを宣告した。


「……決めました。スカーレットの皆さんには、鴻島さんとのコラボ前に料理教室に通っていただくことにしましょう」


「「「「えっ!?」」」」


 その言葉に、スカーレットの面々が驚いた顔をする。


「望月さん、淵東さんは料理ができるとは聞いていますが、それぞれの得意分野が西洋料理と家庭料理だと聞いています。一方で久遠さん、獅童さんはあまり料理が得意でない……いえ、獅童さんにいたっては全然できないと普段から自負していますよね?」


 チラッと瀬田氏が視線を向けると、りんねさんがサッと視線を逸らしてわざとらしい口笛を吹き始める。


「抽選で当たったファンのみなさんに、スカーレットのみなさんの手料理をお届けする企画でもあると聞いています。で、あるからにはFunnyColorとして所属配信者に手抜き料理や、万が一にも不味い・激マズだなどと言われる料理をファンの方々へ贈らせるなどという無様な真似……もとい、暴挙に出させるわけにはいきませんからね。

 なに、魚料理は優奈さん以外、皆さんあまり得意ではないご様子ですし、この機会に勉強されてみるのも悪くないと思いますよ」


 にっこにこ、と微笑みながら茜さんたちにそう言うが、「絶対に逃がしませんよ」というオーラが瀬田氏の背中からは立ち上っている。


「それにさきほど皆さんが話している間に調べてみたところ、FunnyColorへと料理教室からのPR案件があったのを発見しました。ちょうど良いので案件動画としてスカーレットの皆さんが料理を習っているところを録画しておき、後日、コラボ発表の際にでも『実はこういう努力をしてたりもするんです』と配信して視聴者さんたちの興味を引いてみせるというのもネタとしておもしろそうではありませんか?」


 瀬田氏が両手の指を胸の前で組んでそう提案すると、断り切れないと感じ取ったスカーレットのメンバーを代表し、茜さんが絞り出すようにして返事を行った。


「お……おねがい、します」

「はい、ではそのように手配させていただきますので。

 料理教室側からの了承を得られ次第、練習日の日程等は各自にお伝えさせていただきます」


 そう応じながらも、カタタタッとタブレットPCに取り付けたキーボードを打ち込んで案件受領や先方へのメール送信などの操作を手際よく瀬田氏が行っていく。


「ちなみに、鴻島さんはどうされますか?

 なんでしたら鴻島さんについても料理教室で同じ講座を受講できるよう、こちらから手配しておいてもかまいませんが。あぁ、その場合は受講料金など必要経費についてはこちらの事務所で持たせていただきますが」


 そう瀬田氏が優奈にも声をかけてくれるが、それについては優奈は断りを入れておく。


「いえ、案件としてスカーレットの皆さんが受けるとのことのようですし、自分は魚料理は苦手じゃないですから、せっかくのお誘いですが私は辞退させていただきます。お心遣いありがとうございます」



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