第85話 茜とお料理


「じゃあ、ちょっと料理してみましょうか」


 近所にあるというスーパーまで買い出しに行ってきた茜が、材料をテーブルの上に広げて腕まくりをする。そんな茜の横に並んで立つ優奈は、茜の家にあった春香のエプロンを借りて装備している。


「材料は言われた通りにスーパーとか魚屋さんで買ってきたけど、魚ってスーパーじゃ切り身でしか、本当にほとんど売ってないわよね……ところで、ホントに捌くところから始めるの?」


 茜さんがちょっと不安そうにそう質問してくるが、なにごとも練習なのだと押し切る。


「はい。じゃあまずは食材となる鯖を三枚におろしていきましょう。三枚おろしは憶えておくと、ダンジョンで川や海があった時に食材となるモンスターを捕獲して調理するための基本の基になりますから憶えておいて損はありませんし」


 そう言って、二人でキッチンに並んで、元から有ったまな板と、これも予備として買ってきてもらったまな板を並べて準備し、まずは丸々一匹の鯖を水洗いしてからドンっとそのまな板の上に乗せる。


「さて、ここからまずは鱗取りをするんですが……やり方は知ってますか?」


 優奈がそう尋ねると、茜がふるふると首を横に振った。


「じゃあ、まずは私と同じようにしてみてくださいね。まずは鱗が飛び散らないように、頭の部分にビニール袋を被せます。ダンジョンとかでやる場合は気にしなくてもいいかもしれませんが、家でやる場合はこうしておくと後の掃除が楽なんですよ」


 そう言って優奈が手本としてやってみせると、茜も真似をして袋を被せた。


「さて、それでは包丁の背の側を尻尾の部分に当てます。その上で尾から頭に向けて、魚の身を押しつぶさないように気をつけながら、包丁の背でそぎ落とすように鱗を取っていきます。この時、お腹の部分は柔らかいので力を入れ過ぎないように気をつけてくださいね」


 優奈がザッザッと滑らすようにしながら鯖の胴体の鱗を取っていくと、それを見よう見まねで茜も真似していく。やり慣れていないからか時折り引っかかったようになりながらも、それでも順調にできていったので優奈は時折り、「そうですよー」「いいですね、その調子です」「あと少しっ」と言ったように声を掛けながら行わせていった。


「背びれのあたりは硬いですから、その辺りを取る時は包丁の柄に近い部分でやるといいですよ」


 そんな風にアドバイスも交えてやっていき、5分もかからないうちに無事に両者とも両面の鱗を取り除くことができた。


「鱗のところには臭みの元になってるぬめりや雑菌が付いてることが多いですからね。それにつけたまま食べちゃうと口の中で硬いのを食んだりしてしまった時の残ねんな気分になる元になっちゃいますから、ここはていねいにやるようにしてください。

 それじゃ、鱗を綺麗に取り除けたところで、まずは軽く流水で身と包丁とまな板を洗ってから、尾を包丁で切って取り除きます。それができたら鰓の脇に包丁を入れて、腹びれに沿って斜めに包丁をいれます。左右両方からやって、まずは頭を落としましょう」

「下から見るとハの字のような形となるように包丁を鰓に入れて、頭を取っちゃうんですよ」と解説すると、茜にも分かりやすかったようだ。

「さて、頭を切り落とせたら、次は内臓を取り除きます。頭の方から尾に向かって入れるんですが、この時深く入れ過ぎると内臓を取り出しにくくなっちゃいますから、なるべく浅ーく、刃先の方だけを入れると良いですよ」


 そう言ってゆっくりと実践しながら腹を裂いてみせると、その手際をみた茜も四苦八苦しながら真似していく。ちょっと力が入りすぎているようで、すこし手先があぶなっかしかったが、それでもどうにか切込みを茜もきちんと入れることができた。

 そこからは腹ワタを取り除き、血合いを綺麗に冷水で洗い落とす。


「余分な血合いを洗い落とせたら、キッチンペーパーで水気を拭きとっておきます。その後に、頭を切り落としたところから中骨の上に包丁をあてて、背びれに沿わせるようにして刃先を尾の方へ持っていきましょう。あ、無理に一回でやろうとすると失敗しやすいので、2~3回に分けて切り落とすといいですよ」


 そう言って優奈が1回目は浅く包丁を入れ、2回目で中骨の上に包丁をあてて走らせると、綺麗に魚が2枚に切り離される。茜の方はやはりやり慣れていないからか、3回目、4回目と入れてやっと切りはなすことができた。


「最初はそんなものですから気にしないでくださいね。

 さて、この状態が2枚おろしの状態となります。次は中骨が付いてる方を裏っ返しにして、腹側から尾が有った方へと同じように包丁を入れていきます。この時、中骨の感触を感じながら進めていくとやりやすいですよ」


 ササっと手際よくそう言いながら優奈がやってみせると、茜も真似をし始める。

茜の方は、すこし手際が悪かったせいで切り落とした後の部分ががたついている様子があるものの、それでもやや綺麗めな感じに切り落とすことができた。


「はい、これで無事に3枚に切り落とせましたね。

 ただ、これだとまだ細かい骨が身についたままになってたりします。

 なので、ここからはピンセットなんかをつかって細かい小骨を取り除きます」


 そうして目に見える小骨を手早く取り除き、食べた時に支障が出ないようにすると、全体に軽く塩を振ってキッチンペーパーで包み込む。そして冷蔵庫に移してしばらく冷やす。


「こうしておいて、余分な水分を抜き取ります。あまりかけ過ぎると塩辛くなってしまいますから、塩分はほどほどにしておいてくださいね。で、冷蔵庫で冷やしている間に、使った包丁やまな板は洗っておきましょう」


 そうしてササっと使った道具類を洗浄し、綺麗にする。これがダンジョンであればキッチンペーパーなどはないので、魔術で出した氷の上に置いたりするか、この塩による水抜きは飛ばすしかないことを優奈は茜に注意しておく。


「荷物に置くスペースの余裕があれば持っていってもいいんですけどねー。まぁ普通はキッチンペーパーなんてダンジョンに持ってったりしませんし。なのでしょうがないんですよねぇ」


 ただ、その代わりとして、清浄クリーンの魔術で大きめの葉っぱ類を浄化してから、それで包んだりするという手もあったりするということも教えておく。この辺は魔術がダンジョンでは使えるが故の、ダンジョンの中と外での調理方法の一長一短でもあったりするのだ。さらにダンジョンの中で清浄の魔術が使える人であれば、いまやっている調理器具の洗浄などが魔術一発でできちゃったりすることも伝えておく。


「いや、普通は魔術を料理の手抜きそんなのにつかったりしないから。魔力がもったいないでしょうに」


 なぜか茜さんからには呆れられてしまった。便利なのになぁ。解せぬ。


 そうこう作業していて5分くらいしたところで、冷蔵庫に入れておいた、捌いた鯖を取り出す。そうすると身を包んでいるキッチンペーパーには魚から出てきた水分がちゃんと吸い取られていた。


「こうしておくと余分な水分を取り除くと同時に、水分と一緒にでてくる魚の生臭みを取り除くことができるんですよ。ちなみに他にも臭み取りとしては、牛乳に漬け込んでおくとかお酒に漬け込むとかの手はありますが、その辺は自分に合うのを探して試してみるといいですよ」


 取り出した切り身を改めて新しいキッチンペーパーで軽くとんとんと叩くようにして水分を取り除き、準備ができたらここからは調理に入る段階だ。


「とりあえず、今日はムニエルにしてみましょうか。胡椒少々と薄力粉を軽く混ぜてから、それを鯖全体に振りかけます。ハーブ類があればそれらを粉上に刻んだりしたのをこの時に混ぜておいてもいいですね。それらを振りかけている間にフライパンは弱火で熱しておいてください。

 鯖に粉を掛けおえたところでフライパンにバターを投入して溶かします。ちょっと多めにバターを投入しておくのが失敗しにくいコツですね。バターが解けていい匂いがしてきたところで、先ほどの粉をかけて準備し終えた鯖を皮目の方から投入します」


 優奈と茜がバターを溶かしたフライパンに鯖を投入すると、溶けたバターに鯖の身が触れあって焼けるジュワァ!といういい音がキッチンに響き渡る。続けて、鯖の身に振りかけた小麦粉と胡椒が気化したバターに混じって立ち上る、食欲を刺激する香りがフライパンの表面から昇ってくる。


「こうして後はじっくりと、時折、表裏を裏っ返したりしながら両面をきつね色になるまで焼いていきます。中までしっかり火が通るように焦らずやるといいですよ。ダンジョンで調理する時は外と違って火加減が調整しづらいですから、あまり火に近づけすぎて強火になっちゃうと焦がしてしまったり、表面が焼けても中が半生だったりしちゃうことがあるので、そういう点でも弱火で焼く癖をつけておくと良いと思います」


 この辺、優奈の体験談でもある。慣れるまでは焦がし過ぎたり中まで火が通っていなかったりと何度か失敗はしてしまったのだ。そういった失敗談についても語り、注意を兼ねた雑談をして焼き時間を経過させてから、両面が程よいきつね色になってきたところでフライパンからお皿の上へと調理できた鯖を移し替える。


「琴音ちゃんの場合だと、この最後にちょっとフライパンの上で風味づけに醤油を垂らしておいたりもするみたいなんですけどね。その辺は人それぞれかなー。で、こうして鯖のムニエルが焼けても、ここで終わりじゃないですよ」


 そう言って、買ってきておいてもらった材料からシメジとブロッコリーを取り出すと、ササっと手早く水洗いしてからシメジの石突きの部分を切り落としたりブロッコリーを茎の部分から切りだして一口大にする。それを溶け残ったバターが残っている先ほど鯖のムニエルを焼いたフライパンに投入し、菜箸で転がしながら焼いていく。


「こうして残ったバターと鯖の旨味が溶けあった脂で、キノコ類や野菜を焼いていくと美味しい付け合わせが作れますよ。最初に焼くための必要量より多めにバターをフライパンに入れたのはそのためなんです。あ、でもひとつだけ。キノコを使う場合は地上から持っていってくださいね。ダンジョンに生えているキノコ類もあったりして美味しいのもあると思うんですが、キノコは毒キノコもあったりして当たると怖いですから。……で、きちんと野菜も焼けたところで先ほどのお皿に移して……ん、これで鯖のムニエルの完成です。茜さんの方も上手くできましたね」


 あとは別に買ってきておいてもらったレタスをちぎったりトマトをスライスしたものをサラダとして並べて完成である。カップにお湯を注いでつくるコンソメスープを添えて、ご飯を炊飯器からよそえば料理終了だ。


「どうでした、茜さん。魚を実際に捌いて調理してみた感想は?」

「思ったよりも慣れないとやっぱ大変そうだわ。特に鱗取りが大変ね。三枚に捌く方はやり方さえ憶えればすぐにできるとは思うけど……」

「あはは……まあ、包丁でやるのは慣れないうちは大変ですからね。ダンジョンだとナイフになると思いますし。ただ、それなら鱗取り用の道具とかも1000円いかないくらいで市販されてたりしますから、ひとつ備えておくといいかもしれませんね」

「鱗取りって、そんなのがあるの?」

「ありますよー。けっこう種類がいろいろあって、プロの人だと魚の種類に合わせて使い分けたりもしてるらしいですね。素人だと1つくらいで良いと思いますけど。有るとけっこう便利ですよ」

「ふぅん、今後のために一つくらい購入しとこうかしら……ってホントにいっぱいいろいろ種類があるみたいね」


スマホでササっと検索した茜が、鱗取りの種類の多さにビックリしている。


「茜さーん、食べながらのスマホはお行儀が悪いですよ?」

「あ、ごめん。気になるとすぐに調べたくなる癖が有っちゃって。さて、実際に自分で焼いてみた魚の味は、っと……」


 お箸で一口大にほぐした鯖のムニエルを茜が口にする。若干緊張していた様子の表情が、その途端にパァッとわかりやすく顔が明るくなったので、上手く調理できていたのだろう。


「わ、美味しい。良かった、上手くできたみたい」

「自分で調理して上手くいくと嬉しいですよね。慣れるまでは大変かもしれませんが、調理方法を身につけておくと、ほんとダンジョンの中でも食べるのには困りにくくなりますから憶えておくといいですよ」

「そうねー、これからはいろいろ料理にもチャレンジしてみようかしら」


 そこからは茜とわいわいとダンジョンでの食事や料理あるあるをネタに盛り上がりながら食事を進めていく。FunnyColor所属の探索者たちがマタンゴを食べてしまい、しばらくしてから腹痛を抱えながらボス戦を乗り切ることになった配信のことなど、有名なネタ配信があったことなどを教えてもらい、優奈がその時の状況を想像して一時、笑いすぎて箸が進まなくなることなどがあったりしながら、楽しい食事時は過ぎていったのだった。


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