第84話 貧富の差


 あれからしばらくして、茜が脱衣所に持ってきた服に着替えた優奈が風呂場から出てリビングへと入ってくる。


「優奈ちゃん、サイズの方はどう?

 ちょっと大きかったりするかしら」


 リビングの扉が開く音に気がついてそちらを向いた茜の目には、やはり160㎝近い背丈の茜と139㎝の優奈ではさすがに少し身長差などがあるからか、ワイシャツの腕部分やスカートの丈などは長めになっており、ちょっとお仕着せになってしまっている感じがあった。だがその一方で、


「ええっと……その、スカートの方は問題ないんですが、上はもう少しサイズが大きいのってあったりしませんか?

 ちょっと胸の辺りが苦しくて……」


と、第二ボタンどころか第三ボタンまで外しているのに、中から押し上げられて全然収まっていない姿となってしまっている優奈の姿があった。


「くっ……貧富の差がこんなにも顕著にっ!」


 優奈に悪気がまったくないだけに、クリティカルダメージを食らってしまった茜は、内心で血の涙を流しそうになってしまう。


「あ、あたしのじゃちょっとキツかったかしら……」

「そ、その……さすがにちょっと……」

「…………」


 茜は思わず遠い目をしてしまう。


「優奈ちゃん、優奈ちゃんのスリーサイズって上から順にいくつかしら……」

「ええっと、88のE、56、86ですけど……」

「やっぱスタイルいいわね……でも、それなら千鶴が一番サイズが近いからあの子のを持ってくるわ……」

「あ、えと……ありがとうございます」


 茜はそう言って、千鶴が茜の家に置いている着替えを奥の部屋から持ってくる。千鶴の普段の私服は渋谷系と呼ばれるファッションジャンルの中でも、俗に地雷系と呼ばれるタイプの服装なので、優奈ちゃんには似合いそうだなぁ、と茜は思ってしまった。

 実際、優奈に千鶴の服を着せてみると黒の裾広がり型のワンピースに、フリルが大きめの襟の端に付いている少しゆったり気味のピンク色なボウタイブラウスという服装は彼女に良く似合っていた。


持ち主千鶴より似合ってんじゃないかしらね、これ)


 ふと、そう思った茜は、優奈に断った上でカシャっと、そんな優奈の姿を思わず写真に撮り、千鶴へとligneで送信してしまう。果たして、すぐに既読がついた彼女からは、


『うっは、ヤッばい。萌えたー』


という内容の返信がすぐに送られてきた。








 その後、どうせだからと茜が優奈の髪を弄ってツインテールやポニーテールにしてみたり、三つ編みにしてから捻じり上げてのシニヨンにしてみたりと、艶やかな優奈の髪型を変えて遊びながら、二人でのんびりとした時間を過ごしていく。


「優奈ちゃんってば、髪の毛のお手入れちゃんとしてるのねー。

 手触りが良くて上質の絹糸を触ってるみたい」

「えへへ、褒めてくれてありがとうございます。

 でも、特にこれといって大したことはしてませんよ?」

「そんなことないでしょ?

 私なんてけっこう癖っ毛だし剛毛だから、髪の毛を伸ばすとくしゃっくしゃになっちゃうんだよねー。だからこそ癖っ毛が目立ちにくいショートカットにしてるんだけど、優奈ちゃんの髪みたいに癖がなくてサラッサラな髪を維持するのは大変だってことは理解してるつもりよー」

「うーん、でも家で使ってるのは、市販の椿油入りシャンプーとコンディショナーくらいですよ?それ以外は特にこれと言って……」


 そこまで言ったところで心当たりがあったことに気がついたのか、優奈が「あ」と短い声を挙げた。


「ん、なになに。

 なんか思い当たる秘密があったりした?」


 そんな優奈に茜が追及すると、優奈は「ええっとぉ……」と少し視線を明後日の方向へと逸らしてから、答えを口にする。


「もしかしたら、ダンジョンの温泉とか泉の効果の一つかもですねー」

「え?」

「ほら、打ち合わせで伝えたダンジョンの温泉があるじゃないですか。

 あそことか、他にもいくつかのダンジョンにある特定の泉っていうのがですね……」


 優奈が推測混じりに、思いついた心当たりのことを茜へと語る。その内容を聞いた茜は腕組みをして「うーん、そんなことあるのかしら……」と半信半疑な様子ではあった。だが、優奈が語ることなのでということで、どちらかというと信頼の方に天秤が傾いているようではある。


「まぁ、体験してみればわかるわよね。

 その時のためにも、まずは料理教室がんばらないとなぁ……」


 はぁ、と少し憂鬱そうに言う茜に、優奈は苦笑してしまう。


「茜さん、がんばってくださいね」

「うん、まぁ頑張りはするわ。別に料理が苦手っていうわけじゃないし、事務所が費用を出して勉強させてくれるんだもの。私たちのイメージアップのためにもつながると思うから、やって損は全然ないし。ただねぇ……」


 そう言って茜が口にしたのは、りんねについての懸念であった。


「あの子の料理ってば、当たりハズレの差が酷いのよねー。そのくせ、レシピ通りにやるっていうのがどうにも我慢できないらしくって、思いつきや勘、なんとなくでいっつも隙をみては料理を魔改造しようとしだすのよ」


 かといって作った料理を無駄にするのは許せないらしく、どんなに酷い味となっていてもちゃんと完食しようとするから、いつも見かねてスカーレットの他のメンバーたちも加わって食べることになってしまうのだという。


「料理教室でってことだから、マシだとは思うけど……なにかトラブルを引き起こさないかが心配なのよねー」

「あはははは……」


 これにはさすがに優奈も苦笑するしかない。同時に、コラボ配信で料理をする時にはりんねさんの動きをちゃんと監視しておこう、と密かに決意する。


「ちなみに、前にも言ったかもしれないけど、春香と千鶴の料理の腕はすごいわよ。特に春香。あの子ってば割と裕福な家の出だったりするから、幼い頃はいろいろと習い事をしてたらしいのよね。その習い事の中に料理もあったらしくて、西洋料理がメインだけどプロ級の腕は持ってたりするのよ。

 千鶴は千鶴で、りんねと一緒に住んでるせいか家庭料理を得意としてるわね。料理教室で盛り付け方や飾り切りの仕方とかを学んだら、一番成長するんじゃないかしら」


 では、そんなことを言っている茜は?と尋ねると、茜自身については「スーパーで買ってきた肉とか魚を焼いたり、すでに鍋に入れて煮るだけの鍋セットとか炒めるだけの野菜炒めセットを使って料理するくらいのことはできる」と胸を張るのであった。


「だって、いまの時代、配達とか出前がいくらでも選べるし……コンビニのスパゲッティとかレトルトが便利すぎるし……」


とは、茜の言である。そんな茜の言葉にちょっと不安を感じた優奈は、彼女に提案してリビングに備え付けてあるキッチンを使って一緒に料理をしてみることを決めたのだった。


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