第83話 茜の家
「ふぅ。もう出てきてもだいじょうぶよ、優奈ちゃん」
茜からのその言葉と同時に、不安定に微妙な揺れが続く持ち上げられていた状態から、ゆっくりと降ろされて厚手ではあるが頼りがいがあまりない布越しに優奈が入ったボストンバッグが床に着いた感触が伝わってきた。そして一呼吸おいて、外からチャックが開かれる。それまでの真っ暗闇な環境に慣れていた優奈の瞳には、その開いた場所から入ってくる明るさがあまりにも
それでも目をパチパチとさせていれば、すぐに周囲の明るさに優奈の目も慣れてくる。その辺りでボストンバッグの中でごそごそと手や足を動かして姿勢を変えて身を起こすと、マンションの地下駐車場からここまで運んできてくれた茜が住む家の中の風景が目に入ってきた。
「わぁ……すごいですね」
茜の家の内装を目にした優奈は、デザイナーズマンションであろうその部屋のセンスの良さに思わず感嘆の声を挙げてしまう。優奈が招き入れられた茜の住むマンションのその部屋は壁紙は白を基調に配置され、床はガラスコーティングされた大理石が敷き詰められており、天井や柱は黒で統一されている。その天井は段差状に上向きのくぼみがつくられ間接照明型のシーリングライトが配置されて部屋中をさりげに、それでいてオシャレに明るく照らしてきていた。リビングの広さもすごい。軽く20畳以上はありそうなゆったりとした広さがあり、その室内には対面式キッチンとつながるカウンターと4人掛けの黒壇のテーブルセットがあった。壁には60インチはありそうな大きな液晶TVが備え付けられており、四方の角には吊り下げ式のスピーカーが備え付けられている。さらに見回してみるとドアにもなっている大きな折り畳み窓の外側には奥行きが3mほどの広めのテラスが広がっており、簡単なバーベキューなどもテラスで行えそうだ。
「ふふっ、ありがとう。
まぁここはお客さんを招いたり、自宅配信って形でスカーレットとしての配信活動する時のためのスタジオでもあるから、見た目を良くさせてるだけなんだけどね」
そこそこの家賃はするが、そういう利用の仕方もしているためということで、FunnyColorが事務所名義でこのマンションを契約して家賃などもそのほとんどを負担してくれているのだという。
「優奈ちゃんも
と茜から誘われ、ちょっと心が揺らいだが、さすがにそんな理由だけで所属するのはどうかなー、とも思ったので「考えておきますー」とだけ答えることにする。それに優奈には両親が残してくれた家だってちゃんとあるのだし。
「さて、それじゃちょっと優奈ちゃんが寝泊まりするための客室用にしてる部屋の状態確認をしてくるわね。その間に優奈ちゃん、お風呂をすでにリモートで沸かしておいてあるから入ってきなさいな」
タオル類は脱衣所にあるからねー、と言われ、「あれっ」と優奈は思う。
「え、もしかして私、何か匂ったりしてます?」
一応、ダンジョンから地上に戻る前に毎日
「あぁ、そういう意味とかじゃないわよ。
優奈ちゃんがここ数日ダンジョンで寝起きしてたっていうから、それだとお風呂で湯船に浸かってゆっくりしたりとかできてなかったんじゃないかしらって思っただけのことだから。ほら、お風呂って身体を清潔にするだけじゃなくてリラックスしたり気を休めるための場所でもあるでしょ。ここ数日、知らない人らに追いかけまわされたりしてたんなら、それだけでも気づいてないうちに精神的に疲れてたりするかもしれないんだから、湯船に浸かってゆっくりリラックスしてきなさいな、っていうことで勧めてみてあげたっていうだけの話よ」
スッと優奈の髪の一房を持ち上げて自分の顔に近づけ、匂いを嗅ぐことをしてから微笑んでくるという仕草をわざとふざけてしてみせながら、茜がそう優奈に答えを返す。とはいえ、変な匂いがするわけではない、問題がないと言われていても、そんな仕草をされるとそれはそれで気恥ずかしくなってしまう。優奈は思わず、
「じゃ、じゃあお風呂お借りしますっ」
と言って慌ててその場から退散してしまった。そんな優奈の背には茜から、
「お風呂場はそっちのドアから出て玄関の右側にある方の扉だからねー。ゆっくり浸かってらっしゃいー」
との声が投げかけられたのだった。
数日ぶりの入浴は、優奈が思っていたよりもすごく気持ちよく感じる代物だった。
少し熱めの湯船に浸かるということだけですごく身体が楽になったということもあるが、茜の家のお風呂は優奈が足を伸ばすだけでなく全身をぷかぁと浮かすことすらできるほどに大きな湯船が備わっていたという点も大きいことなのだろう。全身を丹念に洗った後に湯船に浸かった優奈は、思わず身体の力を抜いて横にして浮かび上がり、そのままお腹の上に両手を置いてぷかぷかと湯船に浮かんでしまったほどである。
「このお風呂、3~4人くらいは余裕で一緒に入れそう……」
さすがにその場合は足を多少折り曲げて入らなければならないことだろうが、それでも数人が一緒に湯船に浸かれそうな広さだ。洗い場も広く、旅館とかにある家族風呂?とここに入った時には最初に思ってしまったほどである。さらに広めのお風呂場の片隅には、さすがに一人用程度の規模のものではあったが、サウナルームまでもが備わっているのだ。
「茜さんって、実はお風呂にすっごいこだわりがあったりするのかなぁ?」
思わずそんなことを思ってしまう。あと、これだけ広いお風呂場だっていうことは、スカーレットのメンバーでお泊り会とかしたら一緒にお風呂に入ってそうだなぁ、とか思ってしまう。そしたらきっとりんねさんが湯船ではしゃぎ、春香さんとか千鶴さんが叱ったりしてそうだな、などということまで自然と連想していってしまった。
そんなことを優奈が思い浮かべていると、廊下と脱衣所の境となっているドアが開く音がして、浴室の扉越しに茜さんが優奈に声をかけてきた。
「優奈ちゃん、ここに置いてある着てた服は洗濯機にかけておくわねー」
「あー、はい。ありがとうございますー」
ぼんやりしていた優奈は、茜から投げかけられた声につい、何も考えずそう生返事をしてしまう。そうしてぼぉーっと湯船に浸かっていた優奈だったが、茜がパタンと脱衣所にあるドラム型洗濯機のドアを閉め、スイッチを入れて洗濯機が動き出す振動音が聞こえてきたところで、ハタ、と重大なある問題点に気がついた。思わず湯船から慌てて飛び出し、脱衣所からにいるはずの茜に向けて声をかけて勢いよく浴室の扉を開ける。
「ちょっと待ってください!
って、あああっ、やっぱりもう洗濯機回っちゃってるぅぅぅ!?」
「ちょっ、優奈ちゃん!なんて格好で飛び出して来てんのよっ!?」
素っ裸で風呂場から飛び出してきて、何も隠さない姿のままで慌てる優奈に、顔を真っ赤に染めた茜がそう注意してくるが、優奈にとってはそれどころではなかった。
「そりゃあ飛び出してきちゃいますよ!?
だって私、着替えなんてここに持ってきていませんよっ!」
思わずそう叫んだ優奈の言葉に茜が「えっ?」とこぼしてキョトンとした顔を見せる。そのまま何を言われたか分からないのか、数秒の間、目をパチパチと瞬かせた後に理解が追いついた茜が「あっ?!」と大きな驚きの声をあげて彼女も動かしたばかりのドラム型洗濯機へと視線を向けた。その視線の先ではすでに無情にも、液体洗剤とお湯がジャババババーと中に納められた優奈のシャツや下着類に対して降り注がれており、続けてゴゥンゴゥンと回転し始めている。
「あー……ごめん、優奈ちゃん。いつものウチのメンバーの時だったら、別室にあの子らの着替えを置いてたりするから問題なかったんで、つい、いつものその感覚で洗濯機かけちゃったわ……」
「ううぅ、ぼぉーっとしてて生返事しちゃった私も失敗しましたから茜さんだけの責任じゃないですけど、これどうしたらいいんですかぁ……」
「乾燥機能付きだから、洗濯が終わったらすぐに乾かせるけど……乾き終わるまで今から1時間半くらいはかかるわよね。……と、とりあえずそれまではわたしの服を代わりに着ておくってのはどうかな?」
その茜からの提案に数秒だけ考えたものの、他に手は無さそうだったので優奈は承諾する。
「それじゃ、わたしの服を持ってきて置いとくから、優奈ちゃんは早くお風呂に戻りなさいな。いくら空調がかかってるって言ったって、その格好でいつまでもわたしの前に居るもんじゃないでしょ?」
顔を真っ赤に染めた茜が口元を片手で抑えながら優奈から横に視線を逸らしながらも、チラッチラッと時折優奈へと視線を向けては気恥ずかしそうにしてそう言ってくる。そんな茜の視線に誘導されるようにゆっくりと真下方向へと自らの視線を下げた優奈は、そこで素っ裸で何ひとつ隠さず、自身の裸身を茜にあけっぴろげに曝け出していたことに新ためて気がつき、バッと慌てて両手で大事な場所をそれぞれ隠した。
「すっ」
「すっ?」
「すみませんでしたーーー!」
直後、そう叫んだ優奈は、慌てて風呂場の中へと駆け戻っていくのだった。
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