第64話 ずーるーいー!
「さてさて、それじゃ味見をっと……」
料理をお皿にもりつけた後、優奈はワイバーンのチャーシューとステーキそれぞれを少しだけナイフで切り取って味見をしてみる。
「うん、どっちも上手くできたかな。んー、でもチャーシューはもうちょっと味を染み込ませた方が良さそうかも……よし、もうあとちょっとの間、このまま漬けとこう。
あ、それじゃ料理も一応、無事に完成しました!
ということで、今日の配信はここまでにしますねー」
優奈が配信の終了を宣言すると、コメント欄では<おつかれー>というコメントが少しはあったが、それ以上にその途端に優奈が紹介した魔力を空間に吐き出す機械を売ってくれだとか、優奈が話しをしながら実際に地上の空間でワイバーンの肉を調理してみせたことに料理人たちらしき視聴者たちが、ダンジョンにおける魔力の持つ意味などの話を中心に喧々諤々と学者らしき視聴者たちが、コメント欄で互いに討議している様子があったりしてカオスな状況となってしまっていた。
それらの人々、特に学者や研究者らしき者たちは優奈が配信終了させると言ったことに気づいていないのか、コメント欄で議論をしているが収まる様子を全然見せてくれない。しかも優奈からみてもいろんな論文の題名やら資料らしきものについても引き合いに出しあいながら議論しているので、ここで配信を打ち切っちゃったら熱心に議論してるこの人たちに悪いかなぁ、と思わされてしまった。
さらには、一部の視聴者から<お金を払うからそのワイバーンのステーキやチャーシューを食べてみたい!だからまだ終わらないで!!>といった要望などが大量に優奈に向けて投げかけられてきていた。
優奈としては
なので、まずはいくつかに分けて返答してみることにする。
まずは一番返答しやすい、優奈としては答えが決まっている
「もうっ。あれについては何度言われても非売品でーす!
だからすみませんが、あきらめてください!!
国の研究機関?政府??
んんと、そういうこと言われてもアレは恩人からの貰いものですからね。勝手に引き渡したりなんてできませんし、しませんよ。私が家でダンジョン素材で料理して食費浮かせるためにも必要な機械なんですし。なので、諦めてくださーい」
噴魔機について、欲しいだのなんだの言ってくる人たちに対しては、明確にNoを叩きつける。両腕でバッテンまで作って拒否しておいた。
次は、優奈が作った料理についてである。
「え、このワイバーンのステーキとチャーシューをお金を出すから食べてみたい、ですか?
んんー……あ、でもすみません。私、調理師免許とか持ってないですから、自分で調理した飲食物の売買とか、ふつうにダメなんじゃないですかね?
なのでごめんなさい、無理ですね」
そのくらいなら、まぁ……と、一瞬考えかけたが、調理師免許持ってないし、万が一にも食中毒とか起きたら責任取れないからと考え、優奈はお断りすることに決める。
「それに見知らぬ人にお弁当つくったりとかっていうのも、そういう気にはならないです。だから、ごめんなさい。ああいう調理法があるよ、という紹介だけであきらめてくださいね」
優奈がそう言うと、
<残念>
<無念>
<ゆーなちゃんの手料理食べたかった……>
というコメントがぴこぴこと並んで出てくる。そんな中、ぴこっと新たなコメントが現れた。
<見知らぬ人じゃなかったらお弁当とか食べさせてもらうのはだいじょうぶ? だったらあたし食べてみたいんだけど:おりん@公式>
そのコメントに、優奈は思わずぽかん、と口を開けてしまった。
「……え、おりんさんも食べてみたいんですか?
むむむ……たしかにスカーレットのみなさんなら見知らぬ仲じゃないですけど」
どうしたものかと少し考える。売ったりするんじゃなかったらいいのかな?友達同士でのお菓子とかお弁当の具の交換とかは普通にみんなやってることだよね。
「……じゃあ、この配信の後に食べに来ます?
販売とかになると問題になりそうなので、お代は要りませんから。あくまで知り合いに手料理を振る舞うっていうスタンスでってことで……。
あ。それと、さっき言ってた今度のコラボ!
あれが事務所がオーケーされて実現したなら、美味しい食材が取れるダンジョンに行ってスカーレットの皆さんとお料理を一緒にしてみるってのはどうでしょう?」
<おりん、あんたって子はーーー!……あ、でもその美味しい食材っていうのには心惹かれる。:アカネ@公式>
<おーりーんちゃーん? 後で正座ですよー。……でもわたしも食べてみたいです。わたしも食レポ参加してもOKでしょうか?:ちづりん@公式>
<アカネさんもちづりんさんも、もう……。特におりんちゃん、ちづりんちゃん、二人とも後で説教ですからね。それと、コラボの方はそれではそういう方向でどうかと事務所に話をさらに進めてみます。ゆーなさん、おりんちゃんとちづりんちゃんの二人がどうもすみません:ハル@公式>
<ずーるーいー!ずーるーいー!!>
<なんじゃとー!? スカーレットの面々だけゆーなちゃんの手料理食べれるとか、これは卑怯すぎるじゃろーーー!:糸姫>
<これは許されざる、ゆーなちゃん視聴者仲間たちへの裏切りなう:草蛇>
<悪 即 斬:大ムーン>
<いいなー、うらやましいなー。こっちも食べてみたいぞー:SAN蔵>
優奈が許可したことで、スカーレットの面々(特にこの後、食べることが叶いそうなおりんとちづりん)が視聴者たちによる怒りを買ってしまったようだった。
よほど食べてみたいと思った人が多かったのか、コメント欄で一気にふたりが燃え上がっている。カオスな状況と、このままではスカーレットが悪者になってしまいそうだと考えた優奈は、咄嗟にこう付け足すことにした。
「じゃ、じゃあ、どんなことになっても自己責任!
たとえ万が一、なにか食中毒とか問題が起きたとしても気にしないという人だけ限定!という条件付きで!!……今度、探索者ギルドに確認して法的にも問題がないということと、探索者ギルドが配送の協力依頼についても許可をしてくれたなら、視聴者5名限定でダンジョン料理を探索者ギルド経由で冷凍して私たちからプレゼントとかっていうのはどうでしょう?!
ほら!ちょうど先ほど美味しい食材ダンジョンに行こうって話をしてましたし、そこでスカーレットの皆さんと私が実際に現地で料理して食べて、その上でその料理したものの一部を冷凍のお弁当にして視聴者さんたちにプレゼントするっていう企画で!
なので、料理するのは私とアカネさん!ハルさん、おりんさん、ちづりんさん!!この5名でだから、視聴者プレゼントも5名限定、それぞれの手料理お弁当となるっていうことでどうですか!?」
結論から言おう。優奈のこの思いつきからのとっさに出した提案は――カオスな状況をさらに混沌の渦に叩き込むことになってしまった。
とっさに発言した優奈の提案を、普段まったく料理しないおりんが一瞬ゴネかけはしたのだが、自分たちが
しかもそのスカーレットの面々の発言の直後に、
<詳細を聞いてからの正式判断になると思いますが、法的にも、まぁ問題ないかと思われます。それに新藤副ギルド長からもできる限り前向きに対応させていただきたいとの指示がでましたのでご連絡しておきます:ダンジョン探索者ギルド東京本部@公式>
と、まさかの探索者ギルドの公式アカウントからの受け入れ前向き検討コメントまでもが突如飛び出してきてしまったのだ。
これには優奈もスカーレットの面々も視聴者たちまでもが全員びっくりである。
そうなると事態は優奈の視聴者だけの話では収まらなくなってきてしまった。
優奈のことを見に来ていた視聴者の中にはスカーレットの根強いファンと重なっている者たちも多かったからだ。そんな彼らが、ネット掲示板やTmitterで「速報!」として拡散してしまったのだろう。<Tmitterで見ますた><ハル姉の手料理が食べれると聞いて><おりんちゃん、料理できんの?>などというコメントと共に視聴者がさらにやってきてコメント欄がさらに混迷し始めてしまったのである。
もはや収集がつくはずがない。
気づけば先ほどまで喧々諤々と討論していた学者や研究者を名乗っていたアカウントの視聴者たちも議論そっちのけで<食べたい!>だの<すぐにでもコラボしてくれ!そして食わせてくれ!!>だのと言ってきている始末である。
そして、あぁ、もうこれ完全に収集がつかなくなってきちゃったなぁ、と優奈が思って遠い目をしかけてきた時のことだった、
<ゆーな、これもうコントロール不可能でしょ。さっさと配信切って終わらせなさいな:琴ねぇ>
という琴音からのDMが届いた。なので、それを機に、優奈はそっと視聴者たちに向けて、
「じゃあそういうことで、今日の配信は終わりますね。
この件に関しては、後日正式にコラボ決定か企画がポシャることになりましたら、また改めて報告させていただきますっ」
と一方的に告げて、今度はもうコメント欄を気にはせず、ポチっと配信終了のボタンを押してこの日の配信を終わらせることにしたのだった。
無理にそうして配信を終了させてから、最初からそうしとけばよかった……とは、ちょっとだけ後悔してしまう。まぁ、こうなってしまったからにはしょうがないよなぁ、と思いもしたが。
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