第65話 放送後の優奈の家では……
配信の終了を行った優奈は、まずは魔力を部屋中に噴霧しているダンジョンギア――噴魔機――の動作スイッチを切る。ついでその蓋を開けて中に入れていた魔水晶の欠片も取り出しておいた。
その次に調理に使った包丁やまな板は食器用洗剤で洗ってから水切りカゴに移し、それ以外の味見につかった小皿やワイバーンの肉の置き場に使ったパッドなどについては流水とスポンジで軽く水洗いすると台所に備え付けの食器洗い乾燥機に放り込んで洗剤を投入してからスイッチをオンにして稼働させる。
部屋には噴魔機が充満させた魔力がまだ残っているので、
「優奈ー、庭の方の設置は終わらせたわよー」
ちょうど優奈が食器洗い乾燥機のスイッチを入れたタイミングで、そう言って琴音が廊下からリビングへと入ってくる。実は優奈が料理配信をし始めたあたりから、琴音が庭先に出て作業をしていたのだ。その前は琴音は優奈の家の近所をうろつく者たちを通報するためのドローンたちの制御を別の部屋からしてくれていたのである。
「あ、琴音ちゃん、お疲れさまー。こっちも片づけ終わったよー。ジュースかジンジャエールかでいいなら、ペットボトルがあるけど、飲む?」
「んー、それじゃジンジャエールをもらえる?
それと、そのワイバーンのステーキとチャーシュー、ホントにりんねさんたちにも食べさせるの?」
「ん、まぁホントにいまからあの人たちが本当に来るのなら、かなぁ。
はい、どーぞ」
冷蔵庫から琴音の要望通りにジンジャエールを取り出して手渡すと、琴音がすぐにペットボトルのキャップを回して蓋を開ける。ぷしゅ、という炭酸が抜ける軽快な音がリビングに響いた。さっそく飲み口に唇をつけてごくごくと直飲みする琴音に、優奈は何故りんねや千鶴に食べさせようと思うのかについての説明を行うことにする。
「別に配信用に作った分は食べてもらってもいいかなー、と思ってるんだよね。
ほら、前に師匠たちに会いたいって茜さんたち言ってたでしょ。だったら少しずつだとしても、深層の魔力程度には身体を適応させておかないとあの場所には連れてけないだろうし」
その理由を聞いて、事情を良く知る琴音が消極的ながらも納得したという様子をみせた。
「まぁ、そうねぇ……あそこに連れてくなら、その方がいいわよね。
最初にあんたに連れてってもらった時には、あたしもしばらくダウンしちゃったんだもの。そうなるだろうって予想がつくんだから、先にある程度は慣らさせておいた方がいいってもんかぁ……。
といっても、師匠たちに会わせるとしても、まずはその前にちゃんとあの人たちから会ってもらってもいいかっていうことについて、許可をきちんととってからにしておきなさいよ?」
「それはもちろんだよー。それに許可を得られても、先に茜さんたちがあそこで動ける程度には成長してもらってからになるから、すぐに連れてくっていうのは無理だろうしね。
とはいえ、ガデウスさんの許可を得ること自体はあまり心配してないかなぁ。ワイバーンの尻尾部分のシチューとか、グランドバッファローの胸肉の薄切りを使った肉じゃがだとか、そういう美味しい素材を使った料理を別で用意してあるからね。あの人ならそれを出した上でお願いしたらだいじょうぶだと思うんだよね」
と、自信がありそうな笑みを浮かべる優奈の言葉に、琴音は納得したわ、と苦笑する。
「あー……たしかに師匠たち、とくにガデウス師匠だったら、酒のツマミとして美味しいのを食べて上機嫌になってたら簡単にオーケーしてくれそうよね。
そういえば、ガデウス師匠はお酒好きだけど、その時にはこっちのお酒の方も持って行ったりはするつもりなの?」
「そこなんだよねぇ。まだ20歳じゃないから、私がお酒を買えないからどーしたもんかなー、って悩んでたりするんだ。ほら、前に行った時に、ガデウスさんから『そっちの酒が飲みてぇ、次に来る時こそ持ってこい!』って強く言われてたからさ。
でもあたし、お酒飲んだことないからなぁ。情報通の琴音ちゃんなら、何かいいお酒って知ってたりする?」
腕組みして優奈が考え込む。お正月に祖父母の家で神社の御神酒のお下がりや甘酒くらいは口にしたことがあるが、未成年なので普段はお酒なんて全然飲んだことがないのだ。だからお酒の良し悪しについてはよくわからない。
「んー、あたしもお酒は飲んだことがないからなぁ。調べてみないと何とも。
それに自分が飲むためじゃないなら未成年でもお酒は買えるとはいえ、今の注目されてる優奈が買うとそれだけで変に騒がれることになるだけでしょうから、あんたが購入するのはやめといた方が得策よね。……しょうがない、んじゃあたしがネットで評価が良いヤツを探して購入しといてあげるから、師匠たちのところに行く際にはそれを持っていきなさいな」
「手間を取らせちゃってごめんねー。でも助かるよー」
「いいっての。ガデウス師匠にはあたしもお世話になってるんだし。
あ、師匠たちのとこに行くときには、最近あたしがつくったダンジョンギアも持っていって、師匠たちからの評価を聞いといてもらえるかしら?」
「いいよー。ちなみに今度はどんなの作ったの?」
その優奈の質問に、琴音がにやりと悪い笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました。
さっき庭に配備してきたけど、自動捕獲ネットを作ってみたのよ。
ほら、優奈に前に提供してもらった深淵にいるっていうアルラウネの糸と吸魔石があったでしょ。アルラウネの糸とあの吸魔石を粉末にしたのと空っぽの魔石、それに雷の属性石を合成して作った紐を編んでつくったやつでねー。魔力登録者以外が触れると自動でその相手の全身を包みこんで、相手の魔力を接触点からアルラウネの糸で作った網がその全体で吸収、さらにはその吸収した魔力を使って雷の属性石から電撃をアルラウネの糸を通して流し込んで相手を麻痺させるっていう仕組みにしてあるの!
こないだの授業で大量に魔力枯渇で倒れた生徒たちの姿を見て思いついたのよねー」
「え、どういうこと?」
「ほら、魔力枯渇状態になっちゃうと、人ってたいてい気分が悪くなりすぎて身動きとれなくなったり気絶したりするじゃない。あれってモンスターも同じなんじゃないかと思ってね。
だから吸魔石で魔力を吸い上げて魔力枯渇状態に無理やりしてやれば、簡単に捕縛したり行動不能に追い込んだりできるかなー、って思いついたのよ。
んで、そのためには魔力伝達効率のいいアルラウネの糸を素材に網を作って吸い取らせればいいかなー、って考えたんだけど……ただアルラウネの糸で網を組んだだけだと、捕まえた相手が魔力枯渇になる前にネットから逃げ出せちゃうかもしれないでしょ?
なので、吸収した魔力を蓄積させるための空っぽの魔石と、その魔石から魔力を使って麻痺させるための電流を流させるために雷の属性石を追加で組み合わさせてみたのよね。
まぁ、モンスター素材を使ったせいか、なぜか半自律行動性能まで付加されちゃってて、狙った相手ができたら自動でアイテム自体が勝手に捕縛しに行くようになったっていうのは、作ったあたしにしてみても意外な結果にはなっちゃったんだけどさ……いやー、それでも自分でも久々に面白いのができたなーって思ってるわよー」
さらに追加で「いまはどうにかして空間圧縮機能を付け加えて、有名なゲームの捕獲玉みたいな感じにして、捕獲後は小さくして持ち歩きができるようにできないかなーって試行錯誤中なのよねー」などと言って、くくくくく……とマッドな笑いを吐き出している琴音が、楽しそうに新たに創り出したダンジョンギアについての性能を優奈へと教えてくれた。
(うわぁ、琴音ちゃんってば、また何か変なの創り出したんだ)
便利なダンジョンギアをいろいろ作ってくれたりもするけど、こういう妙なアイテムを生み出しては面白がっているっていうのも琴音ちゃんらしいなぁ、と優奈は思ってしまう。口にするとなぜか琴音ちゃんに怒られてしまうので言葉にはしないでおくけれども。
ただ、それでも懸念点については、ちゃんと確認をとっておくことにした。
「琴音ちゃん、だいじょうぶ?
自律性があるって言ってたけど、それ、気づいたら街中に勝手にでてって通行人の人を襲ったりとかしないよね??」
「だいじょうぶよ。優奈ん家の庭に配置したヤツには、ちゃんと行動範囲を区切らせるための結界石も用意して、それで庭の範囲外には出てかないように制限かけてあるもの。その結界石についても、見た目はふつうの石っぽいものに見えるよう加工して庭の四隅に埋めてあるから、それだと最初から知っていなければだれにもわかんないものよ」
それに捕獲するだけであって、怪我とかはさせないものだからねー、と琴音があっけらかんと言う。さらには警告のための立て札も用意しておいたとのことだった。
なので、じゃあだいじょうぶかな、と優奈もひとまず納得することにした。
「それじゃ、りんねさんたちが来るっていうのなら、その前に噴魔機の方は片づけておきなさいよ。どうせしばらくはもう使わないでしょ?」
「ん、そうだねー。じゃあ仕舞っておこうかな」
「その間にあたしはもう少しだけこの家への侵入防止装置とかセキュリティ強化とかをしておくから。しばらく騒動を避けるために、あんたの方は明日からはダンジョンで寝泊まりするんでしょ?
その間、この家の警備はそこらのホテルやビルなんかよりもよっぽど強力になるよう仕込んでおいてあげるから」
「ありがとうね。
でもいいの?
引っかかる人がでてきたら、今度は作った人として琴音ちゃんも注目浴びてくことになっちゃうんじゃない??」
そんな優奈の懸念に対し、琴音が掌をヒラヒラとさせながらあっけらかんと答える。
「どうせあんたと普段からつるんでるってことで、あたしの情報もそのうち世間に出回ることになるでしょ。そうなったらサポーターであるあたしを狙ってくるバカも出てくることになるでしょうからね。……自分から有名になる気はあたしにはないけれど、そういう時のために、そんなことをしそうな連中への警告のひとつとして、あたしはあたしで道具で自衛程度のことができるってことを間接的にでも今のうちから見せつけておく方がいいと思ってるのよ。だから、あんたは別に気にしなくていいことよ」
気にしなくていい、と琴音はそう言うが、優奈としては申し訳なさが先立ってしまう。
「うう、迷惑かけてごめんね」
「だから優奈が気にしなくていいんだってば。それにそんなのが起きたとしても、こっちを狙ってくるバカが悪いってものなんだし。あとね、それにこれはあたし自身への投資にもなってるんだからね!」
「琴音ちゃん自身への投資?
え、でも私の家のセキュリティを向上させてるだけだよね??」
「そうよー。でもね、これでまずは第一に、使ってるアイテムの生の運用データが取れるってものでしょ。それに性能や効果をこういうことで一定以上の実証ができていったりすれば、将来あたしが自分自身で製造開発したダンジョンギアを売るお店を開くって時に、過去の実績として売り込めるようにもなるのよ」
にしし、と琴音が黒い笑いを浮かべる。そのためには、むしろ引っかかる者がでてきてほしい、とすら思っているかのようだ。
「ま、それにどうせ優奈には、そろそろあんたの配信の中であたしがつくったダンジョンギアの使用や紹介とかも頼もうと思ってたしね。庭に仕込んだ捕獲ネットに関してはカプセル型にして投げて使うタイプとかのも用意してあるのよ。あと、グラスピングについてもそろそろ公開してもらいたいところかなぁって思ってたりするし」
「グラスピング……あぁ、もしかして掴めるくん1号ちゃんの改良版のこと?
できあがったの??」
「グ ラ ス ピ ン グ ね!
人の製品に変な名前つけないでよ、ったく。……はぁ、優奈ってば本当にネーミングセンスについてだけは壊滅的よねぇ……」
「むぅ、掴めるくん1号の方がわかりやすくていいと思うのにー。
でもあれ、要望通りのことができるようになったんなら、使い勝手がすごく良くなると思うから期待はしてるんだよー!」
そう言って優奈が新しい探索用のダンジョンギアにわくわくしだすと、琴音がそんな優奈の様子に苦笑を漏らした。
「そうね、たしかに優奈が要望してたみたいに伸ばしてからの短縮機能と接着性能をつけ加えたからいろいろと便利になったとは思うわよ。
特に魔力の供給を切ってからの、構造を維持させたまま長さだけを短縮させていく機能の部分については、特に開発に苦労させられたからねー。
その代わり自信作にはなったと思えるくらいには使い勝手がよくなったと思ってるから、期待してていいわよ。
とりあえず優奈には試作品を使ってもらって動作や性能に問題なさそうだったら、市販品にする方はあんた用とは別で魔石による魔力供給機構型にするつもりだし。
なのでまずは試作品の方をビシバシ使って感想を聞かせてよね」
「りょーかいです。
あ、じゃあどうせなら、私が試作品使ってみて問題なさそうだったら、市販品タイプの試用は茜さんたちにお願いしてみるのはどうかな?
たしか茜さんたちって案件っていうので、そういうダンジョンギアの試用紹介とかをしてたと思うし。コラボの際に使ってみてもらえば、何か不具合とかがあったとしても、私が補助してったりすることができるだろうからさ」
その優奈の提案に、琴音は少し考えてから頷く。
「んー……そうね。もしも茜さんたちが了解してくれるならお願いしてみてもいいかしら。あとはその際にスカーレットの人たちへの依頼料がどの程度になるか次第かな……。まぁ、一般探索者としての視点や使い勝手についての意見をもらえると、あたしとしても助かるしね。その提案は悪くないわね。
さて、ひとまずこの話はここまでにしましょ。あたしはりんねさんたちが来る前に、さっき言ったセキュリティの強化をさっさとし終わらせてくるから、優奈はその間に食卓の準備をしといてよね」
「おっけー。あ、琴音ちゃんはパンとライス、どっちにする?」
「ステーキがあるから、パンね。バターたっぷりでお願い」
その言葉で分かれて、優奈と琴音はそれぞれの作業に移る。しばらくして二人が準備を整え終えてから20分ほどしたところで、りんねと千鶴が優奈の家へと本当にやってきた。さらにその後に続けて5分ほどしてから茜と春香がやってくると、彼女たちは家に入ってすぐにりんねと千鶴を正座させてお説教を行い始める。
優奈と琴音は、そんな茜と春香にも「料理が冷めちゃいますから、もうその辺でいいですよー」と声を掛けた上で、茜たちにも優奈がつくったワイバーン料理を振る舞ったのだった。
なお、料理の味については、りんねと千鶴からだけでなく、茜と春香からも美味しい!という感想をいただくことができました。
優奈としてみても、実際にこの日の料理は特に美味しく調理できていたので大満足となったのです。
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