第88話 一枚のカード


「ええ。やっぱり優奈さんみたいにソロでずっとやってる探索者の人ばかりが狙われていたみたいです」


 その千鶴さんの言葉に、その場に居た全員が思わず眉を顰めてしまう。


「ソロで探索し続ける人っていうのは全体として数が少ないですし、そういう人らは大半が優奈ちゃんと違って中層や上層でソロ探索してるだけの人で、性格や人間関係、コミュニケーション能力に問題を抱えてる人が多かったりしたようですし……それに何度か探索しているうちに行方不明になったり事故や戦闘中の怪我ですぐに探索者としては引退したりしちゃう人がほとんどだったようですね。なので問題が表沙汰になったり気づかれたりすることがほとんど無かったみたいで……」

「騒いだ人がいても、人格や人間関係に問題がある人だったりしたと見られてたら、真剣に捉えられるより、その人が身勝手にゴネてる、わがままを受付の人に言ってると思われてたってこと?」

「しかも姑息なことに、そういう横領行為をしていた受付の大半が、ターゲットにした人以外にはかなり誠実に取引をしていたり、むしろ一部の探索者の人らには良心的な価格で取引をしてみせたりしてたそうです。そのため騙されてた人たちが騒いでも、むしろ『なんであんな良い受付に難癖つけてるんだ』って被害者側が周囲の探索者たちから加害者として扱われたりしていた事例もあったようですね」


 うっわ。それはやられた方はたまったもんじゃないことだろう。そんな風に問題を告発しても自分の方が悪く扱われたりしたら、きっとその人たちは人間不信に陥ってしまうことになるだろう。そうなると余計に他の人と組まなくなり、探索時に注意深く行動していなければ、中層や下層でのモンスターとの戦闘やトラップに引っかかったりしてでの怪我での引退や死亡に繋がっていっちゃったりしたんじゃないのだろうか。


「悪質すぎるわよね。けど、ホントこれだけ手口が広範囲かつ類似の形でされてるのが判明したというのなら、個々人の仕業ってことでもないでしょうし闇が深すぎそうな話よね」

「そうなんだよねー。なので新藤副ギルド長さんを中心に、警察とかとも連携して本格的に捜査に乗り出していっているそうです」

「本来は全体を統括する探索者ギルドのギルド長の仕事なんでしょうけど、そのギルド長が経産省からの天下り役人だった上に、ギルド長自身のセクハラやパワハラだとか贈賄だとかって、いろんな問題がでてきた途端にいきなり急病だかいって緊急入院しちゃったんだっけ」

「あれ、だれがどう見ても仮病だよねー。なんでも政治家とか御用達の特別病室に入院しに行ったって話じゃん」

「まぁ元々、実務は新藤副ギルド長がギルド長がやるべき業務についても担ってたっていうネット掲示板でのカキコミもありますし……だから、探索者ギルド全体での業務については、ギルド長が居なくなったところであまり機能不全を起こしてはいないそうですけど」


 それは……新藤副ギルド長、けっこう御歳を召してた感じなのにだいじょうぶなのかな。過労死したりしないよね?


「ただ、やっぱりこういうことがあったことが判明したからか、いまじゃダンジョン素材の取引窓口は不信を持たれてて対応に苦慮している状態のようです」

「真面目に仕事をしてきてた受付の人らにしてみればいい迷惑な話ですよね。だけど、そうなるとやはり探索者ギルドには、いまの時点ではあまり頼れそうにないということでしょうか」

「だから、消去法的にもこれまでの実績的にもまだ信用できそうなのは白の旅団だと思うのよね。

 それにあそこの副団長なら、優奈ちゃんとは顔を会わせたことがあるはずでしょ」


 茜さんの言葉に思い出す。副団長さんっていうと、たしかあの時に出会った細マッチョな列整理してくれてた男の人のことだよね。


「えーと、たしかオヅキさんでしたっけ?」

「そそ。白の旅団の副団長さんの御月おづきさんよ。あの人のところなら、優奈ちゃんも顔は知ってるから任せやすいんじゃない?」


 考えてみる。うん、まぁなんていうかあの時の人心誘導とか場を取りまとめてた時の感じからして、やり手っていう印象の人ではあったし、たしかに頼れそうな気はする。


「白の旅団は、もともとダンジョンで横暴に振舞っていたレイダーズクランとの対立から生まれたクランってこともあってか、ダンジョンでの探索者同士でのマナーや狩場や素材採取場の独占に対する注意や実力行使による排除をしてるからね。そういう点でも熱海ダンジョンの温泉についての事後について、協力を求めていくのは悪くないと思うのよ。それに伊集院の件があったからこそ汚名返上の機会を彼らも求めているはずでしょうし。

 コラボ配信前に詳しい場所だとかについて教えたりすることは、さすがにできないけど事前に匂わせておくくらいのことはしておいて、熱海ダンジョン入口あたりに待機しておいてもらうとかはいいんじゃない?」

「熱海ダンジョン自体は、いまのところはただの地方の過疎ダンジョンだもんねー。白の旅団さんたちに配信直前に入口待機しておいてもらえれば、レイダーズとか他のクランによる占有は防ぎやすくなるんじゃないかな?」

「ただ、事前にその場所の情報が洩れて白の旅団とか他のクランとの間でややこしいことになるとダメだから、依頼するとしてもあくまで私たちと優奈ちゃんのコラボ配信の場所ってこととか、そこでちょっとした重大発表をするからその後の混乱防止のために協力してほしい、というふうに話を持っていくようにした方がいいでしょうね」


 うん、たぶんその方が良いと思う。嘘は言ってないことになるし。


「重大発表って理由にしておけば、ふつうは優奈ちゃんがFunnyColorに入るんじゃないかとか、いろいろ勝手に向こうが想像してくれることでしょ。こっちは、そういった想像に対して、それをわざと指摘しないで誤解させておけばいいんじゃないかしら」

「いえ、それでは無理だと思います。さすがに個人の理由だとかでは請け負ってくれないでしょう。詳しい場所などについては教えることはできませんが、どういう効能があって、公開後にどんな問題が想定されるから協力してほしいか、ということくらいは、白の旅団の上層部限定であちらにも伝えるくらいの誠意はこちらも見せておくべきだと思います」


 その後は、どこまで情報公開をするべきか、という話で議論を進める。その結果、まずは情報の守秘義務について契約してもらった上で、場所が熱海ダンジョンであるということ、熱海ダンジョンの中のある特定の場所では探索者としての成長につながる特殊な温泉があること、くらいの情報公開は白の旅団あちら側に公開するということで話が決まった。ただし、それらの詳しい場所や階層、なぜ成長につながることができるのかという仕組みなどについては、優奈たちがコラボ配信で公開するまでは白の旅団側にも教えないことにする。


「でもさー、いっそのことここまでするくらいなら、めんどくさいし温泉の件については情報公開しないっていうのも手じゃないの?」

「それは止めておいた方がいいわね。秘密にしておいて後でバレたら『なんで秘密にするんだ!』とか『ズルだ!』『卑怯だ!』『えこひいきだ』って、あたしたちや優奈ちゃんが他の探索者たちから攻められることにしかならないわ。あたしたちだけで発見したとかなら、パーティーとしての秘密だってことでどうにかなるかもだけど、あたしたちだって優奈ちゃんに教えてもらって体験するわけでしょ。

 さっきも言ったけど、これからは優奈ちゃんへの味方を増やす攻勢に出るものなのよ。探索者の人たちには敵になってもらうんじゃなく、助けになる良い情報を与えたりして味方にしていかなきゃいけないのよ」


 だから、探索者たちにとって成長や助けになる情報は、むしろ積極的に公開し、優奈ちゃんに協力したがるように方向性を持っていかなければダメだ、と茜さんが強く主張する。そんな茜さんに春香さんが実務的な問題点を突き付けた。


「となると、事前に白の旅団さんの上層部の人たちと、ある程度の打合せをしておく必要があると思いますが、そこはどうやって進めますか?さすがにスカーレットわたしたち程度では、白の旅団さんのような超有名クランの上層部とのパイプは持ってたりしませんよ」


 その指摘に、全員が頭を悩ませる。そう言われてみればそうだ。協力を求めるにしても、そのためにはまずは白の旅団のトップの人たちだけと話し合える状況にもっていかないとどうしようもない。


「事務所からってのもなんだし、そもそもコラボ配信実施までは場所についても情報漏洩が起きにくいよう、知ってる人は限定させておいた方がいいでしょうし」


 そうして、白の旅団の人たちに協力してもらうとしたらどうやって話を向こうにもちかけようか、ということについてで、皆で頭をひねらせる。そうして悩み続けていた中で、りんねから優奈に確認の問いかけが投げかけられた。


「優奈ちゃん。優奈ちゃんが教えてくれたあそこのこと、優奈ちゃんとあたしたちと瀬田マネ以外じゃ他にだれが知ってたりするかわかる?」


 その質問について、優奈は顎に人差し指をあてながら考えこんでみた。


「えーと、たぶん茜さんたちと瀬田さん以外じゃ……知ってるのは私と琴音ちゃんのお師匠さまたちくらいじゃないかなぁ。ただ、琴音ちゃんについては、ダンジョンにはああいう場所がある、ってことくらいは情報として知ってたりするかもしれませんけど、実際には行ったことがないと思います。なので、そういう点で言えば琴音ちゃんなんかは、あまりよく知らないとも言えると思うんですよねー」

「え、そうなの?」

「はい。琴音ちゃんは私が使うダンジョンギアの開発だとか、私のサポートだとかでダンジョンに関係してたりはしますけど、ダンジョンにはあまり良い思い出がないとか、そもそもダンジョンのモンスターだろうと生き物を自分の手で殺すっていうのがどうしても耐えられない、受け入れられないってことでダンジョンにはほとんど潜ったりしてないんですよね。だから、ああいう場所に実際に行ったりしたことはないはずなんです。それでも、私や師匠たちから話としては聞いているはずですので、そういう場所が在るってことについてだけであれば、情報として知ってたりするんですけどね」


 そんな優奈の言葉に、茜さんたち全員が意外だと言って驚いていた。


「……ふぅん。じゃあ今の時点であれのことが露出するとしたら、瀬田マネが情報漏洩したか、私たちのだれかが口を滑らせるかでないと起きないとみて良いってことだよね」

「そういうことになりますね。あとはまぁ、これから協力を求めるために教えるのなら白の旅団の人たちがあやふやな情報として知ることになるのと……熱海ダンジョンに潜ってる探索者の人の中に、もしかしたら知ってる人がいたりするかもしれないってことくらいでしょうか?」


 けれど、その優奈の後者の見方に関しては、茜が首を横に振って否定する。


「地元の探索者という点に関しては、あまり心配しなくていいと思うわ。もし地元の探索者が知ってたら地域の一大振興にもつながる話だもの。これまでの間にもっと大っぴらにされて大騒ぎになっていたはずでしょう」

「それにしても、こんな情報についても知ってるっていう優奈ちゃんのお師匠さまっていう人たちって、いったいどういう方たちなんでしょう。有名な方々ってわけじゃないんですよね?」


 そう千鶴に尋ねられた優奈は、おもわず明後日の方向へと視線を逸らす。


「ま、まぁ、許可は得られてますので、このコラボ配信の後にでも茜さんたちについては紹介するつもりです。温泉につれてくのもその準備という面もありますし。だから直接顔合わせするその時まで、楽しみにして待っててください」

「……優奈ちゃんがどうみても聞いてほしくなさそうだし答えてくれなさそうだから深く追及したりはしないけど……これまでの優奈ちゃんの実績から考えてマトモそうな人たちじゃないだろうってことだけは、覚悟をキメておいたほうが良さそうね……」

「きっとまた何かトンデモが出てくるんですよ」

「たしか、深層の先である深淵に居らっしゃってるんですよね……?」

「国内で深淵まで行ってるパーティーや探索者って極わずかなはずですよね。いったいそのうちの誰なんでしょう?」


 じーーーー、っと視線が突き刺さってくるが、優奈は目線を逸らして口を噤みつづけることにする。


「気になるわよねぇ。……まぁでも、そのうち会わせてくれるっていうんだから、その話はここまでにしときましょ。

 それより白の旅団よ。話を戻すけどあそこの上層部とすぐに交渉するための取っ掛かりについて、なにか良いアイデアはないかしら?」


「うーん……」と全員で頭を悩ませる。相手は国内最大手クランなのだ。メールなどで問い合わせて応じてくれたとしても、それこそ交渉の場に来てもらうまでの間だけで1週間以上はかかるかもしれない。けれどコラボ配信をするのは今度の土日なのだ。そう考えると日数が足りなさすぎる。


「あ、そういえば……」


 ふと、あることを思い出した優奈は、「少し待っててください」と言い残して自分が寝泊まりさせてもらっている客間へと移動する。そこから戻ってきたとき、優奈の手には一枚のカードが握りしめられていた。


「なんとかなるかもしれません。ここに電話してみてはいかがでしょうか?」


 そう言って差し出してきた優奈の手にあったカードは、あの日に白の旅団の副団長である御月から渡された名刺である。そこには白の旅団の副団長である、御月個人の携帯電話のナンバーがしっかりとメモされていた。



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