第87話 必要な打ち合わせ


 言われてみると、たしかに必要な打ち合わせではあるようだ。

 当初、橘による優奈への横領行為を告発するための作戦を琴音やスカーレットの面々と優奈たちが練っていた時は、正直その横領行為の問題がここまで世間でも大事な事態になるとは優奈たちは想定していなかったのだ。目算が甘かったといえばその通りではあるのだが、全国規模で探索者ギルドの一斉捜査が行われることになるとまでは、新藤副ギルド長からの説明を受けるまでは思っていなかったというのもある。それでも、スカーレットの面々と知り合ったあの事件から伊集院の件なども有り、週刊雑誌などの一部のマスコミや凸系迷惑配信者などが優奈に絡んでくるだろうとは予想しており、そういった連中が優奈の家に来たら撃退するなどのトラップを用意していたことが状況に上手くハマって対応できてはいる。


 ただ、問題はそこから先のことであった。


 優奈がその撃退トラップ配信(作戦名:『お掃除』)の際に、それだけじゃ視聴者の人たちにサービスが悪いだろうと考え、琴音と勝手に打ち合わせして追加でやってしまった料理回、あれが茜たちが想定していた状況を突き抜けさせてしまっていたのだ。

 ただでさえ橘の横領問題が社会的にも大事になってしまい、中小のメディアだけでなく大手マスコミまで連日注目しだしているというのに、さらにあの噴魔機による、閉鎖環境でとはいえ地上での魔術の実践という特大ネタを優奈がぶち込んでしまったせいで、どうやらマスコミだけでなくいろんなところから優奈が狙われだしてしまった。そのため、事態は茜たちが当初想定していた以上の状況に完全に転がっていってしまっているということだった。


 優奈が中間考査期間中にダンジョンで寝泊まりする方法を取っていたのも、当初はそこまですればマスコミが追いかけてくることはなくなるだろう、という程度のアイデアだった。それが功を奏して噴魔機を巡る様々な者たちから優奈を護る一手になったのは運がいい誤算ではあったものの、いつまでもそうしているわけにもいかない。実際この数日、茜の家でのんびりできたものの、このまま茜の家に居続けたとしてもそのうち優奈の交友関係からということでここもすぐに突き止められてしまうかもしれないし、かといって(優奈個人としては別に問題がなくても)優奈が今後もダンジョンで寝泊まりし続けるという手を取り続けるのは状況を悪化させこそすれ良くはならないことだろうという茜たちからの指摘であった。


 そもそもそんなことをし続けていれば、優奈が以前のような日常を取り戻せなくなってしまう。あくまで当初のマスコミ対策の案は、一部のその時々の時事ネタを追う程度の中小メディア向けの対策でとしか考えていなかったのだ。

 だが、状況が変わり過ぎた今では、もっと大胆な手や立ち回りが必要になってくると茜たちが優奈に力説する。


「さすがに全国規模の大手メディアがここまで連日取り上げる騒動になってたり、マスコミ以外のとこも絡んできてるってなると、受け身的な態度や行動だけじゃダメだと思うのよね」


 なので、ここからは優奈がマスコミ等を相手にして逃げ回ったり拒否したりするばかりではなく、対応するところを優奈の側で選択し、その選んだ相手に対してうまく立ちまわり味方にしていくべきではないかというのが茜たちからのアドバイスとして出されてくる。


「そのためにはコラボ回を利用したり、探索者ギルドや視聴者さんたちを味方にしながら対応してくってのは基本として、それだけでなく、一部のまだまともそうなメディアだけには独占取材させてみるとかも有りだと思うのよ。その辺は優奈ちゃんとしてはどう思う?」


 りんねからのその提案に、優奈は「んー……」と考え込む。


 優奈としては正直、いまの騒がれっぷりにめんどくささを感じているだけであって、それがどうにかなるのであれば取材を受けること自体は実のところ別に構わないと思っている。

 ただ、先日の家まで押しかけてきた連中のようなマスコミだとか、礼儀や常識知らずの人たちとは関わり合いにはなりたくないという気持ちがそれ以上に強いというだけである。この辺は優奈が嫌悪している叔母と、あのダンジョンブレイク事件の直後の頃に両親を亡くした優奈の下へと取材にやってきていたマスコミ連中への嫌悪感が強く残っているからなのだろうということは自覚もしている。


「そう、ですね。まともに常識や礼儀を守ってくれるようなところであれば、取材を受けること自体はかまいませんね。私として嫌なのは、変な質問をされたり報道をされることだとか、社会常識がないような行動や言動をとられて絡まれ続けるってことですし……ダメって言ったことはちゃんとやらないでくれる人たちであれば、許容範囲、というところでしょうか」


 優奈のその返事に、茜たちが「なるほど」と頷く。


「じゃあ、マスコミ対策はそっちの線で行きましょう。どこかまともそうなところを選んで、事前にインタビューでの質問内容を確認してOKとNGを伝えた上で、優奈ちゃんとの対談方式で独占取材をさせるということで。

 そうなると……下手にTVの大手マスコミとさせるより、動画サイトのニヨニヨ動画のとことか、ああいうところを選んだ方が良いかもしれないわね」

「あー、ニヨニヨニュースね。あそこだったら探索者クランとか探索配信者との対談や取材も良くしてるもんね」

「あれ。でもそれならFunnyColorうちでもいいのではありませんか?」

「うーん、それも考えはしたんだけど、それだと私たちと優奈ちゃんとの関係が強くなりすぎてあまり効果がでないと思うのよ。ある程度は第三者である立場のメディアを味方にした方が良いと思うわ」


 千鶴の問いに茜が答える。関係性が薄い相手に公平に対応・報道してもらうからこそ、観る人たちに信用や納得もしてもらいやすくなるし、炎上とかもされにくくなるということだった。すでにプライベートで交友のあるスカーレットのメンバーや、コラボ等で関係性があるFunnyColor所属の他の探索配信者などとの対談や質疑応答にするよりも、つながりの無い報道関係者か報道機関との対談やインタビューを受ける方が、まだ「公平・公正」に視聴者たちに印象を与えることだろうとの判断だということだった。


「こういうのはなんらかの利害関係が実際は多少あったとしても、一見して『無い』と思わせられる相手とでないと逆効果になるものよ。逆に最初からつながりがあると思われてる相手とやったところで、視聴者には仲間内でのなぁなぁだと思われてしまったりしたら、叩かれたり炎上したりすることにしかつながらないものなんだし」


 視る人の側にどう印象付けるかが大事だと茜が強調する。さらにそれらの理由に加え、TV局を保有する大手マスコミの場合だと、現在の話題の人だとはいえただの一般人で未成年な優奈のことをどこまで軽視せずに誠実に対応してくれるかがわからない。それに先日、優奈の家に押しかけてきていた者たちは、そんな大手マスコミから依頼を受けて番組制作や取材を請け負っている末端の番組制作請負会社などであった可能性が高いとのりんねによる判断もあった。


「委託取材させてた場合は、その委託先企業とウチは知らぬ存ぜぬですとシラを切られちゃったらこっちはわからないままに利用されることになるだけだからね。それよりは新興のとこだろうとある程度の知名度と認知度合いがあり、ネットニュースという分野でだけ言えば大手でもあるニヨニヨ動画みたいなところの方がまだ良いと思うかな」


ということだ。

 そしてニヨニヨ動画のインタビューを受ける目的についても、そうすることで「まともな取材・報道であれば応じる」「迷惑をかけてくる取材や報道をしてきたら、その後のその局からの取材は受けない」というスタンスを明確にしてみせていけば良いということであった。


「優奈ちゃんってば思い返してみれば、私たちと出会って世間に知られてから、まだ1カ月半くらいしか経ってないっしょ。その間にあったことを考えてみれば、最初のイレギュラー討伐への協力辻支援から始まって、その直後の下層お昼寝配信、A級探索配信者と異能ユニークスキル持ちからの襲撃撃退、深層ソロ探索に巨大魔水晶、でさらに探索者ギルドの不正告発に特例制度によるBランク初昇格があったわけで……そこにさらに地上での魔術使用可能なダンジョンギアとかダンジョンの魔力についての解説とこれまで謎だったダンジョンブレイクの仕組み解説……うん、いまあたし自身で列挙してて思ったんだけどナニコレ。これで話題性が無いとかありえないからマスコミが放っておくわけないわよねー。

 そこにさらに優奈ちゃん本人のアイドル顔負けの美少女っぷりが加わるんでしょ?」

「その上、これにさらに今後、私たちとのコラボや採取してきたあの巨大魔水晶のオークションがこの後に控えてるんだもの。加えて私たちのコラボでは、の情報公開もするつもりなわけで……あ、これそのことも考えると、今後は大手クランも巻き込んだ方が良いわね……」


 話しているうちにいろいろ思い当たることがあったのか、茜さんがそう言って考え込み始める。


「あー、優奈ちゃんの話にあった今度のコラボ場所でのことかぁ」

「アレはたしかに一般人はともかく探索者たちからの注目をさらに浴びるネタですよね。たぶん、配信で紹介したらすぐに大勢の探索者の人たちが熱海ダンジョンに集結する騒ぎになってしまうと思います」

「きっと一部の悪質クランや自分勝手なパーティーが独占しようとしかねませんし……そう考えると白の旅団みたいなところには事前に協力をお願いしておいた方がいいかもしれませんね」


 茜さんの懸念を聞いたりんねさんや千鶴さん、春香さんも口々に今度のコラボ場所について配信後の探索者たちの反応についての懸念を口にしだす。まぁ、それはそうかもしれない。あそこは、いま下層や深層序盤でくすぶっちゃっている探索者の人らにとって重要スポットになっちゃうことだろうからなぁ。


「えー、でも白の旅団って、優奈ちゃんを襲ったあの伊集院をベタ褒めしてたところでしょ。信用できるの?」


 そんな中、起きうるだろう混乱に対するための協力を求める大手クランとして、あの伊集院クズのことを見抜けなかった白の旅団というのは適切なのか、という懸念をりんねさんが言葉にだした。


「その点はたしかにちょっと信用しづらいところではあるけど、伊集院たち彼らに騙されて評価してたってだけで、彼らは白の旅団の構成員だったわけじゃないですからね。優奈ちゃんに暴露されるまでは誰も彼らの行為を見抜けず、ネットでも探索者界隈でも『正義のヒーロー』扱いだったもの。

 率先して自らの危険を顧みず窮地を救う者たちって見られてた以上、ダンジョンでの探索者同士の助け合いや規律を求めることを主張している白の旅団がベタ褒めしてたというのは、組織の構造上、仕方ないことなんじゃないかしら」

「うーん……」

「それに、ダンジョンで狩場を独占しようとしたり、黒い噂が絶えないレイダーズに話を持っていくのとか、そもそもダンジョンでの規則とか意識してない行動が多い上に拠点が関西の桜花連盟に熱海ダンジョンのことで相談するってわけにもいかないでしょ。かといってレイダーズに対抗することもできなさそうな中小クランじゃ意味がないでしょうし」

「じゃあ、地元である熱海の探索者ギルド支部にってのは?」


 りんねさんがそう提案してみるが、それも千鶴さんに首を横に振られて切り捨てられてしまう。


「たぶん無理でしょうね。探索者ギルドはダンジョン素材の取引が主な業務ですし、ダンジョン内での犯罪行為への懲罰部隊派遣自体はありますが、彼らは狩場の占拠とかでは動いてくれません。だから仮にどこかのクランだとか探索者パーティーだとかがコラボ配信後にあそこを占拠したとしてもそれだけでは動いてはくれないと思いますよ」

「むぅ、使えないなぁ」

「だからこそレイダーズが当初、大規模クランとして色んなダンジョンで良質な狩場を自分たちだけで独占しようとした結果、それに対抗するために中小のクランが連合を組んでできたのが、白の旅団というクランだったりするんです。だから、今回のコラボで紹介することになるあの場所の管理を任せるために協力を求めるとするのであれば、白の旅団とする方が適切だということになります」


 へぇ、白の旅団ってそういう経緯で生まれたクランなんだ。それは初めて知った。


「それに、いまの探索者ギルドはこれまでの全探索者との取引で横領や不正取引がなかったかどうかの調査と関係者の逮捕・拘束や取り締まりで手がいっぱいだと思います。そんな状態でダンジョン内のスポット警備とかに回せる人は少なくともしばらくの間は不可能でしょう」

「あぁ、それもそっか。今日のニュース特集でも出てたけど、やっぱり他にも被害者が各地で居たってことで騒ぎが収まらなくなってきてるそうだよね」


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