第2話 優奈と女性パーティーとイレギュラー

 かすかに聞こえた音の方へと優奈が近づいていくにつれて、ダンジョン下層の空気を揺らす大きな爆発音や爆風の余波らしき空気の振動が伝わってくる。さらには金属同士がぶつかったりこすれ合わさる激しい音や硬いものが破壊される時の音、そして高めの女性の声での叫び声やなにやら焦っている様子が伝わってきた。

 なんだろう、だれかがモンスターと戦ってるのかな、と思った優菜は、伝わってくる人の声の中に含まれている焦燥する様子の気配がなんとなく気になってしまったため、少し寄り道する程度の気分でそちらの方へと足を向けてみた。

 離れた通路の角を曲がり優奈がその先にあった広場へと目を向けると、そこでは4人の少女が大きな翼と鈎爪を持ち硬質な鱗をその全身に纏ったワイバーンと決死の戦いを繰り広げているという状況であった。


(たぶん、少女たちは目の前のワイバーンと戦うには圧倒的なまでに戦力不足なんだろうなぁ)


 剣士タイプの探索者のようで肩や胸など要所要所をパーツ状の鎧に身を包んだ赤髪をワイルドさのあるショートカットヘアにした少女は、肩や足の装備を破損させているにもかかわらず懸命に囮となって他の者たちへの攻撃が行かないよう、ワイバーンの意識を自分に向けさせながら戦っている。そこから少し離れた場所ではパーティーでのタンク役なのか全身を隠せるほどの大きな大型盾タワーシールドを持ったすごくボンキュッボンとしたスタイルの良い金髪の少女が居たが、その身を包むドレスアーマーのほとんどがすでに原型を留めていないほどに破損しており、元は純白であっただろう鎧下のドレス部分もそのほとんどの部分がその身から流れ出たであろう血で赤黒く染まってしまっていた。もはや、いつ倒れてもおかしくなさそうなほどにふらついている。

 さらにその二人から大きく離れた壁際では、ワイバーンに勢いよく壁にでも叩きつけられてしまったのだろうか?

 片手と片足が本来曲がり得ない方向へと折れ曲がったまま身動き一つせず壁際に倒れ込んでいる明るめの茶色い髪をポニーテールにしている小柄でスレンダーな少女と、そんな彼女のことを蒼白い顔に脂汗を浮かべながらも懸命に治癒の魔術をかけている青い髪の少女の姿が見て取れた。


(あちゃー……これはどう見ても崩壊しそうな状態だねー。このままだと良くて死人を出しながらの撤退で、それよりもむしろ高確率で全滅しそう。ただなぁ……)


 とはいえ、ダンジョン探索においては、いくら傍目には危なそうに見えていても、勝手な横殴りや横入りは探索者としてのマナー違反行為とされている。無条件でダンジョン探索者のパッと見の苦境に割り込んで助けをしてもトラブルにならないで済むのは、上層や中層のダンジョン探索初心者への時だけだ。

 ダンジョン探索慣れしてるはずの下層序盤地帯から先の場合、なにせ時には善意の助けのつもりで手助けした相手が、実は苦境を演じることで自身の配信を盛り上げながら用意していたアイテムだったりスキルだったりで一発逆転劇を行うことで配信を盛り上げようとする探索者だったりしたために大揉めのトラブルになってしまったとかいう噂は、何度か友人からも聞いたことがある。

 それにそもそも、ダンジョン探索においてはそのすべてが自己責任であり、結果としての死が訪れるのだとしても、それもまた各自の覚悟の上であることが基本だ。


 そういったことを考えると、パッと見、目の前のモンスターとの戦闘については単に力不足な全滅間近の探索者パーティーにしか見えないが、少し離れた場所では探索配信者用ドローンも浮かんでいる様子であることを考えると自分が出張らない方がいいのかもなぁとも悩んでしまう。


(とはいえ……相手にしてる子、アレってたしか下層には居ないはずの突撃飛竜アサルト・ワイバーンだよねぇ)


 そう、優奈の目の前で彼女たちがいま相手にしているのは、下層よりももっと先の深層域にいるはずのモンスターだ。

 その領域にはいないはずの強力なモンスター、通称イレギュラー、と呼ばれる存在とあのパーティーが出会ってしまい、本当に予想外のトラブルであるためにパーティーごと壊滅しそうになっているのかもしれない。

 もしもそうなのだとしたら、ここで助けに入らず通り過ぎてしまったら見捨てたことになってしまう。

 あとで事故だったのに助けなかったせいで彼女たちが全滅してしまったりとかいうことになれば、その後に優奈は後悔してしまうことになるだろう。


(とりあえず……辻支援にすればいいかな。支援だけしてすぐに立ち去っちゃえば、彼女たちが配信のために苦境を演じてたのだとしてもそこまで大きく邪魔したことにはならないだろうし)


 懸命にワイバーンの攻撃を捌いていた赤髪の少女がアサルト・ワイバーンの攻撃を跳んで回避した直後に体勢を崩してしまい、次の右前足による大振りな振り下ろし攻撃を避けられそうになさそうだ、と見て取ったところで優奈はそう判断すると、ぱちん、と指を鳴らして離れた場所から一枚のシールドを赤髪の少女の前に張ってみせる。

 それにより間一髪のところで振り下ろされたアサルト・ワイバーンの攻撃を弾きかえし、戦闘が一瞬停止したところで優奈は窮地に陥っている様子の彼女たちへと声をかける。


「あのー、なんだか大変そうですから辻支援させていただきますねー」


 間一髪のところで現れたシールドに護られたことに驚いてしまったのか、目を大きく見開いて固まっていた赤髪の少女や、仲間を護りに行こうとしたものの足をもつれさせてしまって倒れこんでいた金髪の少女、そして懸命に意識を失っている仲間を治癒していたが魔力が尽きてしまったのか顔色を青白くさせて倒れ込んでしまいそうになっていた黒髪の少女が、広場に響いた優奈の声に反応してこっちに視線を向ける。けれどもその後、特に抗議の声が彼女たちからでてこなかったので優奈は、あ、助けてやっぱ良かったんだ、と判断することができて一安心した。


 だが、優奈の声に反応したのは目の前の少女探索者たちだけではない。当たるのを確信していたである攻撃を邪魔されたことに短い不満の意思を示す声をあげたアサルト・ワイバーンも優奈の姿を認識し、一軒家並みのその巨体と頭を優奈の方へと向けなおす。そしてすぐに大きく上空へと飛び上がると、一拍置いてその名が示す超高速での突撃攻撃を仕掛けてきた。


 けれど優奈は、そんなアサルト・ワイバーンの進路から横にひょいっと大きく跳んで避けてみせ、ついでに「スタン!」とスキル名と同時に赤黒く鈍く光る魔弾を撃ちこんでに無事に回避してみせる。


「グガァ!?」


 タイミングよく撃ちだされた魔弾をカウンター気味にぶつけられたアサルト・ワイバーンは、魔弾が当たった瞬間から全身が麻痺したようで、そのまま身体の動きが止まってしまい、そのまま地面へと墜落してしまう。そうしてダンジョンの地面を大きく削りながらその先の壁まで勢いよく衝突していった。もうもうと地面を削っていった衝撃と壁にぶち当たった時の瓦礫により発生した粉塵でアサルト・ワイバーンの姿が見えなくなってしまう。

 そんな麻痺して身動きがとれなくなったアサルト・ワイバーンのことは優奈にとっては判り切っていたことなので見向きも興味も示さず、そのまままずは距離が近い場所に居た赤髪の少女たちの方へと歩み寄っていくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る