第54話 変えられないんですか?
「えっ、Bランク、ですか?」
驚いた優奈がそういうと、新藤副ギルド長が口元を軽く緩ませる。
「うむ。本当はもっと上のランクでも良いのではないかと個人的には思っておるんじゃがの、さすがに探索者ギルドのギルド長や副ギルド長、支部ギルド長による権限で行える特例認定制度をもって上げるにはBランクまでが規則で決まっておる上限でな。それ以上のランク、AやSとするとなれば、3名以上の複数の上級幹部による承認かギルド長や副ギルド長による推薦と、公式試験の実施が必須となるんじゃよ。
それにSランクやAランクともなれば、所属する探索者ギルド内の地域でダンジョンブレイクが起こった際には必ず動員され、現地にて己より下位ランクの者を指揮・指導するためのリーダーとならねばいかんという義務が発生するんじゃ。そのためにはリーダー研修や自衛隊での戦略的指揮に関する研修への参加など、いくつかの講習をAランク以上となった者については受講してもらわなければならないという義務もあるからのぅ……。
ゆーなちゃんの配信はワシも見させてもらっておるからの。ゆーなちゃんがダンジョンに潜る目的は、他の探索者とは違い、のんびり観光したい、というものなんじゃろ?
それにまだ高校にも通っておる身という話じゃたからな。それならば、ランクを無理に上げても講習を受けることなどでゆーなちゃんの自由な時間を取らせてしまうということになるというのは、逆に迷惑をかけることになるかもと思ってBランクまでにしとくんじゃが……どうじゃ、それでもAランクになってみたいと思うかの?
もしゆーなちゃんがそう願うのであれば、Bランクに上げてすぐじゃがAランク認定試験を受けてもらっても良いと思うのでワシからの推薦状を出してあげてもいいんじゃが」
「ええっと……でも、ホントに特例であげてもらったりしても良いんですか?
探索者ギルドの認定試験とかでの私の属性攻撃魔術の威力は……」
「はっ、ワシの立場の者が言うのもなんじゃが、あんなもん探索者ギルドが探索者の能力を把握しやすくするためのもんじゃよ。十把一握りの規格に合う相手であるのならばアレで十分じゃが、こういっちゃなんじゃが、ゆーなちゃんや、ゆーなちゃんが先日関わった
それゆえ、探索者ギルドのギルド長や副ギルド長などには、特例でBランクまでのランク引き上げ権限というものが認められておるんじゃ。
無論、その対象とする者については権限者が好き勝手に認定できるものではなく、人格や実績を十分に審査し、該当ランク地帯で当人が活動しようと死なないであろう実力が十分にあると、客観的にも認められる者に対してのみ行える。など、いくつかの条件がけっこうあるんじゃがな」
引き上げる根拠としては、今日のゆーなちゃんの配信がトドメじゃったぞ、と新藤副ギルド長が笑う。
「深層4層域を一人で『お散歩』なんぞすることができて、複数のワイバーン種に単独行動時に襲われても、それを無傷で撃退し……巨大な魔水晶と思われるものが在る場所を発見した。それらのことを『中間考査の勉強の気分転換で』なんぞというなんとも軽い理由でやってのけたんじゃろ。
これでいったい、どこの誰がBランクに足りぬ実力じゃと思うものか。むしろ文句を言えるヤツが居たら会ってみたいくらいじゃな」
そう新藤副ギルド長が言って、かかかと笑う。同時に優奈の隣でもくすくすという笑いが漏れてくる。
「そうよね。あーんなことされたら、誰だって『これでDランクだなんて無理でしょ』って思いますよね」
「そうじゃそうじゃ。そうでなくてもゆーなちゃんがお主らと関わったことでやった新宿ダンジョン下層お昼寝事件の際にも、『ランク詐欺じゃね?』『あの子がDランクだってのはおかしい』と大量の抗議の電話やメールが探索者ギルドの電話窓口にきておったんじゃぞ。
しかもその後には、あのAランクの伊集院を一方的にアッパーカットで病院送りにしてみせたんじゃ。あれにはスカッとしたが、おかげで電話窓口ではゆーなちゃんのランク認定についての苦情対応は、もはや探索者ギルド電話窓口における毎日の定例業務みたいなもんになっておるんじゃぞ」
「あ、えと。すみません、ご迷惑をおかけしちゃってるみたいで……」
「なぁに、ゆーなちゃんは気にしなくていい話じゃ。これは戦闘力一辺倒のランク認定システムを続けさせておる国と探索者ギルドの責任じゃからな。とはいえ、このシステムについては問題もあるということを誰しもがわかっておったとしても、こればかりはすぐには変えられんもんじゃからのぅ……」
そういうと新藤副ギルド長が疲れたようにハァ、とため息を吐き出す。
そんな新藤副ギルド長に、茜さんが質問を投げかけた。
「問題があるとわかっているのに、変えられないんですか?」
その質問に新藤副ギルド長が一度目を瞑ってから答える。
「変えられん。いや、正確には変えるための根拠が足りん、というところじゃろうなぁ。……いまの制度ではたしかにヒーラー役やバッファー役、スカウト役などの所謂『非純戦闘職』の探索者たちが割を食って上のランクには登りづらすぎるということは、ワシも探索者ギルドの幹部連中の大半も理解はしておるんじゃ。
けれど、そもそも探索者ギルドのランクシステムというものが今の形になったのは、探索者がダンジョンで死亡したり探索者を続けられなくなるような重傷を負わないよう、活動域を制限させるための管理用システムという側面がとても強いんじゃよ」
そこまで言ったところで新藤副ギルド長が一旦言葉を切り、苦悩に満ちた遠い目をする。
「……ダンジョンがこの世界に現れた当初は酷いもんじゃったぞ。多くの若者が自身の実力をちゃんと把握することができず、モンスターの凶悪さや難易度がわからぬまま、手探り状態で潜っていっておったんじゃ。
自分たちの実力や戦力を過信したり、モンスターの強さを読み間違えたりして数多くのダンジョン行方不明者や死者、重傷による引退者が生まれてしもうたものじゃった。それらの者たちの死や嘆きと引き換えにした戦訓と、積み重ねられてきた経験によって作られてきたのが今の探索者ランクシステムというものなのじゃよ。
探索者を無事に帰らせる、ただその一点だけで言えばいまの探索者へのランクシステムやそれによる取引制限というモノ自体は、実はかなり合理的に効果を発しておるんじゃ。そしてそのシステムを生み出すために、数多くの犠牲がでてきてしまっていたという過去の事実がある。変えるとなれば犠牲となった者たちのことを持ち出して抵抗することになる者たちというのも多いんじゃよ。
さらに言えば、先ほどゆーなちゃんに対してやったように……あまりにも特別な、言い方は悪いかもしれんが既存のランクシステムにおいてはバグとしか言えぬような者に対してはギルド長や副ギルド長などの権限による特例の上位ランク認定という抜け道を用いて処理する対応策も用意しておる。
もっとも、この抜け道についてはこれまでほぼ説明はしてきておらなんだ上に、対象となった者がおらんかったので、まず大半の探索者がそのような裏制度が在ること自体知っておらんかったであろう話じゃがな。
……まぁ、今回ゆーなちゃんという前例ができたことでこれからしばらくは騒がれ、俺も俺もと言ってくる実力が伴っていないのにプライドだけがある愚か者もでてくることになるんじゃろうがなぁ……考えただけで面倒臭いの」
そう言って肩をすくめた後、新藤副ギルド長は悪戯を仕掛ける子どものような笑みを見せる。
「もっとも『俺も引き上げろ!』とか根拠もなく言ってくるような愚か者に対しては、『ではお主、たった一人だけでダンジョン深層のお散歩ってできるのかの?』とでも言ってやれば、それで大半は黙り込んでしまうことじゃろうがな。
いやはや、そういう意味でも本当に今日のゆーなちゃんの配信は面白かった上に渡りに船という状態じゃったわい」
かっかっかっ、と笑う様子からは本当に面白がっていそうである。そうしてひとしきり笑った後に、新藤副ギルド長は真面目な顔をして話を続ける。
「それに、現状では高ランクの探索者が増えることを良しとしておらん大手クランや議員、省庁などもあったりするんじゃ。先に言った現状の探索者ランク制度の制定原則とかとは別に、いまや探索者のランクシステムそのものに関しても、利権や政治というものが深く絡んできておるんでな。
今回のゆーなちゃんへのBランク昇格についてはワシの責任と権限の下での独断によるものじゃ。実のところ、ゆーなちゃんについての正当な評価という面とは別に、ワシにしてみてもこの裏制度の活用による現状のランクシステムへの政治的干渉という目的などもあったりするんじゃよ。そのため、そのことでゆーなちゃんに対しては多くの注目を浴びせることになって迷惑をかけることになるかもしれんが……それ故にこのことは隠さず伝えさせてもらっておくぞ。
じゃが、それでもBランクとなることで優奈ちゃんに対しても、Aランク素材までの探索者ギルドにおける素材取引許可や、各種探索者ギルド所有の施設や公共施設等の利用時の割引や利用許可の拡大、それと何よりゆーなちゃんにとっては魅力的なことになるじゃろうと思っておることじゃが……Bランクに昇格すれば、自由に東京都以外のダンジョンを探索できる権利の獲得が与えられることになる。
それらのメリットでデメリットに関しては、どうか勘弁してもらえんものかのぅ?」
すまぬな、と新藤副ギルド長が両手を合わせて願い出てくる。そんな新藤副ギルド長の提案に茜は苦い顔を優奈の横でしていたが、優奈自身は目をキラキラとさせて喜びの声を上げたのだった。
「えっ、他の都道府県のダンジョンに自由に行ってもよくなるんですか?!」
それは優奈にとって、他のどの条件よりも魅力的だった。そんな優奈の声を聞いて、茜は、あっそう言えば、と気がついた。
「あぁ、そういえば……たしかCランク以下の探索者って、県をまたいだダンジョンに行く……いわゆる遠征をするのには、いちいち許可が必要なんでしたっけ」
そう、Cランク以下の場合、所属している都道府県以外のダンジョンに潜りに行く、通称『遠征』をしに行く場合は、事前に探索者ギルドに申請する事務手続きがあったというのに、それが必要なくなるのだ。そのことはいろんなダンジョンに行ってみたいと願う優奈にとっては朗報である。茜たちスカーレットの場合はすでにBランクパーティーとなってから今の活動をけっこうな期間でしていたため、その辺のことをすっかり忘れてしまっていたとのことだった。
「うむ。国外の場合は変わらず申請が必要になるがの。Bランク以上になれば、国内においては申請が必要なくなるんじゃ。
実をいうとこれも先ほど言った政治が絡んでおってなぁ……探索者高校がそもそも東京・大阪・名古屋・福岡・仙台・北海道の大都市にしかないことからも知られておると思うんじゃが、地方の場合は探索者の成り手自体の絶対数が少ないという実情があるんじゃよ。
かといって、地方のダンジョンでモンスターの間引きが行われなければダンジョンブレイクが起きる危険性がどんどん上がっていくのでの。……それゆえ中~低ランク探索者を地元に縛り付けて各地のダンジョンに潜らせ続けるため、各地の探索者の数を確保するため、という目的のために、戦闘力一辺倒での測定で地域に拘束するという政治的な思惑もあったりするんじゃよ、この探索者ランク制度というものには」
そこまで言ったところで新藤副ギルド長が「あ、やべ」という顔をした。
「……あ、しまった、これは失言じゃったな。
すまん、これについてはオフレコで頼むぞ。こんな政治的な事情が世間一般に知られてもうたら、地方の探索者にストを起こされてしまいかねんからの。そうなると地方でのダンジョンブレイクが起きてしまう可能性が増加してしまうわい」
口が滑ってしまったのぅ、と新藤副ギルド長がぽりぽりと頬を掻くが、そんな裏事情をサラっと聞かされた優奈と茜の方はたまったもんじゃなかった。
うわぁ、大人って汚い、せこい、と二人で思わず引き攣った顔になってしまう。なにせ更に続けて、
「たいていの探索者志望の若者は中学から高校の頃にダンジョンに潜るもんじゃろ?
その際に登録に利用するのは住んでいる地元の探索者ギルドというのが基本じゃ。日常的にダンジョンに潜ろうとして、わざわざ交通費がかかる遠距離の他県で登録しようとするものなんぞ普通は居らんからの。
となれば、本人に運と実力があればBランク以上へとすぐに駆け登って各地で自由に活動することができるようになるじゃろうが、そうでなければ遠征として面倒な事務手続きを毎度行った上でやることになるか、他地域の支援要請によるものでなければ他の都道府県でのダンジョンでの探索活動はできんという縛りに自然と引っかかることになるからのぅ……。
かといって合理的理由がなければ他の都道府県の探索者ギルドへの異動は簡単には認められることがなく、それでも異動するとなれば数カ月程度の期間の探索者ライセンスの停止が条件として言い渡される仕組みとなっておるんじゃよ。
それによって自然と自分の登録した地元地域のダンジョンに潜ってBランク以上となることを目指させるということで、各地の地方ダンジョンのモンスターの間引きを行わせていく、というのが国としてのダンジョンブレイクを防ぐための策というものなんじゃよなぁ、これは」
と、聞かされたからだ。
「いやぁ、これを定めさせたダンジョン探索庁の女狐は、有能じゃけど陰険官僚じゃと、この内容を制定させた時にはホント思ったもんじゃったわい。
まぁもっとも、そのせいもあってレイダーズなんぞいう全国規模じゃがタチの悪いクランをのさばらせることになっていく遠因を作ったんじゃから、詰めが甘いとおもったりもするんじゃがなぁ……」
かかか、これじゃから頭でっかちで理屈派な官僚は、現場や人間の心というものが見えておらんかったりするもんじゃな。と、なんとも皮肉気に新藤副ギルド長は大笑いする。そんな新藤副ギルド長の姿を見て優奈は、
(たぶん、その女狐さんとは仲が悪いんだろうなぁ)
と密かに思ったのだった。
「――と、話が長くなってしもうたの」
そう言って新藤副ギルドが自然と前に乗り出してきていた上半身を起こし、背筋をまっすぐに伸ばしなおした。
「まぁそういうわけじゃから、今回の一件については先に述べたように公表し、広くしっかりとした捜査を行わせてもらうことを約束する。また、優奈殿がこれまでに受けた不正な損失についても補填はさせてもらうことを確約させてもらおう。
また、今日この時より鴻島 優奈殿については、探索者ギルドにおけるBランク探索者としてこれを認め、定めるものである。
以上のことについて、社会の注目と騒動による迷惑をおかけすることにはなるじゃろうが、どうかそのことについてはご協力のほどをお願いしたい。構わぬかな?」
そう言って新藤副ギルド長が優奈の目を真っすぐに見つめてくる。
その視線には僅かばかりの申し訳なさと深い苦悩、そして強い期待が込められているのを優奈は感じ取れた。なので優奈は深く頷くと、
「はい、承知いたしました。また、Bランク認定についても謹んでお受けいたします。過大なご評価ありがとうございます。
注目だとかそういうのは……正直なところ避けたいなー、来てほしくないなー、とは思いますが、まぁしょうがないと覚悟しときますね」
と彼に対し、はっきりと答えたのだった。
そんな優奈の姿を見て、新藤副ギルド長は無意識にぽつりと言葉をこぼしてしまった。
「……ほんに、優弥と真奈の二人の娘御に迷惑をかけてしもうて、ワシはあの世であやつらに怒られてしまうことじゃろうなぁ…………」
その一言は、無意識に彼の思考からこぼれ落ちて発されたものだったのだろう。聞こえるかどうかといった小さな声での呟きであり、普通なら聞き逃してしまいそうなものである。
だが、その言葉の中にでた二人の名前に、優奈は思わず目を大きく開かせて驚き、思わず問い詰めるように新藤副ギルド長へと声をかけた。
「――――お父さんとお母さんのことを、知ってるんですか?」
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