第34話 何かいい手はないかなぁ
「ねぇねぇ、鴻島さん。俺らとパーティー組んでよ。そしたらきっと俺らもキミももっとバズれると思うんだわ!」
「え、ヤです。お断りします。ごめんなさい」
先日の騒動から週が明けた月曜日、優奈が登校して自分の席に着いた途端、これまでろくに話したこともない男子生徒が近寄ってきたかと思うとパーティーへの誘いをかけてくる。が、それに対する優奈の対応は秒速でのぶった切り返答の連打だった。
「あはは、和也のやつ一瞬でお断りされてやんのー」
「無理無理、おまえなんかじゃ鴻島さんに釣り合わねぇってば」
「う、うるせぇ!
けどやっぱ無理かぁ……ちぇー、1回くらい組んでくれてもいいと思うのになぁ」
優奈に突然声をかけてきた男子生徒は、いつも彼がつるんでいる他の男子生徒たちに笑われながらあっさりとあきらめた様子で彼らの席に向かって離れていく。どうやら最初からダメ元のつもりで優奈にパーティーの誘いをかけてきたらしい。
(はぁ……せっかく落ち着いてきはじめたかなぁと思ってたのに、また再燃してきちゃったっぽいなぁ)
先日の伊集院たちとの騒動は、相手が有名な探索者だったということや、彼らによる被害者が数十人以上にも居たことが判明していることなどで社会的にも大騒ぎになってしまっていた。
あの騒ぎがきっかけで自分が騙されている被害者であることを知った少女が自殺未遂を働いていた店の中で起こしてしまったり、多くの被害者たちが怒りに駆られて伊集院たちが逮捕・拘禁されている警察署前へと自主的に集まりだし、加害者たちを
おかげで昨夜や今朝のニュース番組でもトップニュースに近い扱いで取り上げられてはいた(さすがに優奈のことについては未成年であることや被害者側であることなどからニュースではかなりボカされて扱われてはいた)。
しかも彼らの罪状は優奈があの場で聞いたことばかりではなかった。その後の警察の捜査や尋問により彼らの余罪が山ほど出てきたのだ。例えば、警察が伊集院たちの拠点を調べにいくと、そこには麻薬や禁止薬物が大量にあって押収される事態となるわ、それらの入手元について尋問すると広域暴力団の名前が供述に出てくるわとあきれ果てる始末である。
そしてそうして彼らへの注目が集まると、それに伴って彼らの罪を暴き警察に突き出すことになった優奈のあの時の配信を見に来る人がまたも一気に増えだす展開となってしまった。
いくらTVのニュースでは優奈について詳しい情報が出されていなくても、ネットを軽く覗いてまわれば、彼らの逮捕に関係していた相手とは優奈であることがすぐに突き止められる状態となっているのである。
そしてあの時の配信が荒川ダンジョン下層終端部行きRTAだったのもある意味で問題だった。なにせ伊集院たちの襲撃という予想外の事態が起きて余計な時間がかかっていた分を加味してもなお、優奈がダンジョン入り口から下層終端部ボス前までたどり着くのにかかった時間というのが、それまでのRTA記録を大幅に時間短縮するものになってしまっていたのだ。そのせいでそのことについてもネット上ではプチバズった話題となっている。
まぁ、いまのネット上の話題のほとんどは、あの伊集院の犯罪批判について一色であるため、優奈のRTAの時間について注目している者というのはかなり少数であるというのがまだ救いではあると思う。
なお、ネット上では優奈が下層終端部ボスをあっさり秒殺してみせていたことや深層モンスター2体を一方的に蹂躙殲滅していたことなども、かなり注目されていたりする。優奈だけがまったく気づいていなかったが。
そんな感じでいろいろな意味で注目を再度浴びる事態となってしまったせいなのだろう。
さっきの彼だけではなく他の男子生徒たちからもけっこうな頻度で視線とそわそわした気配を向けられており、一方でクラスの数少ない女子生徒(優奈は馬が合わないのでこれまでほとんど関わったことがない)からは嫉妬が混じった視線やどうにかして優奈を利用してやろうという気配に満ちた気色の悪い粘ついた視線が送られてきている。さらにはちらっと視線を向けると、クラスの出入り口の辺りに他クラスや他学年の生徒が優奈の様子を見に来ている姿も見受けられた。
まるで優奈があのお昼寝配信をした直後の頃に戻ってしまったかのような状況である。せっかく琴音に協力してもらったおかげで、だんだんと落ち着いてきていたと思ったのになー、と内心で考えてしまい、優奈は周りに気づかれないように意識しながら小さく息を吐き出す。
(あれ、そういえば……今日は琴音ちゃんが来るの遅いなー?)
気づけば、あと1分もすれば朝のSHRが始まりそうな時間となっている。普段の琴音ならばどんなに遅くとも5分前には必ず教室に入ってきているはずなのだ。だというのに、今日はまだ琴音は教室に姿を現さない。
結局、琴音が姿を現したのは珍しいことに朝のホームルームが終わってしばらく経ってからのことであった。
「琴音ちゃんが遅刻してくるなんて珍しいね。何かあったの?」
1限目の授業の教室移動で琴音と一緒に廊下を移動しながら、ふとそう尋ねると、琴音は視線を少し他所の方向へと逸らした。
「あー、うん。……ちょっと昨夜は夜更かししすぎちゃっただけよ。何でもないわ」
「ふーん、そうなんだ。あ、もしかして土曜日だと勘違いしちゃったとか?」
「優奈、あんたねぇ……あたしをどんだけドジだと思ってんのよ」
「え、琴音ちゃんなら、なにもないとこで自分で自分の足を絡ませてこけちゃう程度のドジっ娘だと思ってるよ」
「ぐっ……前の合同探索の時のことは忘れなさいっ。あれはたまたま、たまたまやっちゃっただけなんだから」
「いひゃいいひゃい、ほぉを引っ張らにゃいでよー」
ぐにぐにと優奈の頬を照れ隠しに琴音が左右に引っ張ってくる。その腕をパンパンと叩いて優奈は降参の意を示した。
「うぅ、酷い目にあったぁ」
「あんたのほっぺ、ほんとモチモチしてて触り心地いいわねぇ……139だっけ、その身長の低さといい実は飛び級してる小学生だったりしない?」
「してないしてない。ていうか琴音ちゃんてば、中学から私と一緒だったはずでしょ。……うー、中1の時は背丈もほとんど一緒だったはずなのに、なんで私だけ背が伸びてくれないかなぁ」
優奈が自分の頭頂部の髪の毛を上に引っ張りながら、思わずそう自分のコンプレックス――背丈だけ中1の頃からほとんど伸びていないこと――についてそう愚痴ると、琴音がにしし、と隣から笑って見下ろしてきた。
「実はさっさと第二次成長期が終わっちゃってるとか?……いや、無いか」
途中まで笑って言っていた琴音が、突然、ジトっとした視線を優奈の身体の一部に向けながらそう付け足してくる。そのジトっとした視線は優奈の胸に向いていた。
「ちょっ、琴音ちゃん!私はまだ成長期のはずだからっ!!
って、どこ見て最後付け足してんのさっ」
ババッ、と思わず琴音が視線を向けていた場所――優奈の胸を両腕で抱きしめるようにして隠しながらそう抗議すると、琴音はハァ、とため息を吐き出しぺったんこな彼女自身の胸に手を当てる。
「優奈とちがってあたしはこっちの方だけ成長が始まらないしなぁ……」
「……貧乳は正義!っていう言葉が昔あったって、こないだスカーレットのおりんさんが言ってたよ?」
「優奈、そのセリフはおりんさんみたいな人が言う分には良いけど、持つ者が持たざる者に対して言うのは……
ニコッとした笑顔で琴音が優奈に向けてそう告げるが、二重音声がなにやら聞こえたような気がするし、琴音の背後からはズゴゴゴゴと燃え盛る劫火が浮かび上がっているような威圧感が伝わってくる。
「ひゃい、ごめんなさーい」
「以後、気を付けるように。……それにしてもあんたの方は今朝はだいじょうぶだったの?」
ちらっ、と琴音が周囲を見渡しながらそう小声で尋ねてくる。ふざけあった会話をしながら廊下を歩いていた優奈と琴音であったが、その間も何度も通りすがりの教室の中や廊下でいろいろな生徒たちからの視線が優奈へと向けられていたからだろう。
「あー……最近やっと落ち着いてきてたかと思ってたのに、今朝、またクラスの男子からパーティーへの声掛けしてこられちゃったよ。まぁ即お断りしといたけど」
「はぁ、やっぱりか…………あの足止めはそのためね、あいつら」
「ん、どうかした?」
ボソッと琴音が最後に何か呟いていたが声が小さすぎてよく聞き取れなかった。
「ううん、何でもない。こっちのことよ。……まぁそれはともかくこれからどうするつもりなわけ?
再燃してきかけてるっていうのなら、何か手を打ってみないとこれからどんどん加熱されてく一方になるだけよ」
「そこなんだよねぇ……何かいい手はないかなぁ」
二人で一緒に「ううーん」と頭を悩ませる。けれど特段すぐに良い手なんていうものは浮かび上がらず、そうこうしているうちに次の授業の特別教室まで辿り着いてしまった。なので優奈と琴音は、「昼休みにでも、また話し合いましょ」と約束しあい、この話についてはいったん先延ばしにするのだった。
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