第22話 仁王のような大男と抜き身の刀のような青年
あの後、配信を終えた優奈は寄り道はせずに新宿ダンジョンの出入り口まで戻ってきた。そうしてダンジョンの出入り口を抜けると……そこには猫の子一匹通さないかのような密度の、探索者らしい装備をした者たちだけでなく、一般人らしき服装の人までもが大量に詰まった人だかりができていた。
(うえっ!? なにこれっ)
ダンジョン内でまた何か異常事態が起きていて
直後――
「おぉぉ、でてきた!」
「マジで一人だけだ!ってことは本当にソロで行ってたってことか?!」
「てことは、あの配信もマジモノってことかよ」
「こうしちゃ居られねぇ! おい、早く声掛けにいくぞ!!」
「待て、抜け駆けすんじゃねぇ! 交渉するのはウチが先だ!!」
「あぁ?! 雑魚は引っ込んでろっ! テメェらなんかにゃもったいねぇんだよ」
「ハァ、なんだとコラ、やんのか?」
――眼前の集団の一部が優奈に向けてそう声をかけてきたかと思うと、そこら中で押し合いへし合いつかみ合いの大騒動が勃発し始めた。さすがに武器を抜いてまで争うものたちはいないようだが、いまの興奮状態が過熱したらいつ刃傷沙汰にまで発展してもおかしくなさそうな状態だ。そしてその全員の目的が、どうにも優奈にある様子である。
状況が理解できず、なんでぇ~~?!と優奈が内心思ったその時のことだった。ダンジョンの入り口前の空間全体を威圧する声が響き渡ってきたのは。
「雑魚どもが騒いでんじゃねぇ!ピーチクパーチク囀ってねぇで道を開けやがれ!!」
声そのものに含まれる強者の威圧が物理的な重圧となり、優奈の周囲を取り囲むようにして争いあっていたものたち全員が恐怖によってビクッと身体を震わせ動きを停めた。そんな身動きが取れなくなった者たちを手で無造作に左右へと押しのけながら、雷門の仁王様かオーガかと思うほどの筋骨隆々な大男が優奈の前までどっしりとした足取りでやってくる。目の前まで来られると、身長139.0㎝という背の低い優奈からしてみると頭5つ分くらいは大男の背が高いせいで首が痛くなりそうな角度で見上げるしかなくなった。
「はぁん、こんなチビがホントにそうなのかよ?」
大男が優奈に向けて言い放った第一声に、優奈のこめかみにビシッと青筋がたってしまいそうになる。
たしかに優奈は背が低い。あまりに背が低いせいで、高校生だっていうのにたまに小学生と間違えられることもあるくらいだ。毎晩牛乳をちゃんと飲んでるっていうのに背が全然伸びないっていうのが悩みではある。けど、この大男からしたら、だれでもチビになるんじゃないの??
――とりあえず、大男の第一印象は優奈にとっては最悪だった。
「ちびで悪かったですね――馬鹿デカ男さん」
思わずケンカ腰で返事をしてしまう。でも仕方ないよね、失礼な相手に礼を返す必要はないと思うし。
そんな大男に対する優奈が示した態度に、彼に威圧されていた周囲の者たちが思わずといった様子で一歩後ずさる。一方で優奈に面と向かってそう言われた大男は何を言われたのかわからない様子で一瞬ぽかんとした表情を見せた後、ぱんっと右手の平で自分の顔を掴んでから頭をのけぞらせて大笑いをしはじめた。
「かっはははははは! いいねいいねぇ、背丈はチビだが威勢と態度はデケェじゃねぇか!!
俺の威圧にも怯えを見せねぇってところもいい! オメェさん、気に入ったぜ」
そう言ってしゃがみ込むと、げらげらと笑いながらバンバンと大男は自身の足を手で叩いて爆笑する。そうしてひとしきり大笑いをした後、しゃがみこんでもまだ優奈よりほんの少しだけ高い位置から優奈と視線をまっすぐに合わせると、
「おう、俺ぁクラン『レイダーズ』の大槻ってもんだ。てめぇ、悪い扱いにはしねぇからウチのクランに入りやがれ」
と、先ほどまでよりも強い威圧をかけながら優奈に自クランへの加入を促してきたのだった。
「え、ヤです」
けれど、その威圧をものともせず、間髪入れずに優奈はその提案を拒否してみせる。そんな一瞬の躊躇もなく拒否ってみせた優奈からの返事に、大槻はひくっと口元をひくつかせると、不良がメンチを切るように頭を若干斜めに傾かせ、眉を寄せながら目を大きく見開いて「あぁ、いまなんつった?」と優奈のことを再度威嚇してきたのだった。
「嫌です、とお断りしました」
けれどそんな大槻に、優奈は一歩も引くことなくもう一度、拒否の意をはっきりと口にしてみせる。
「テメェ、ホントに良い度胸してんじゃねぇか!」
怒りを顕わにした様子の大槻が地面をその大きな拳で殴りつけると、ドガンッ、と大きな音がして殴りつけられた地面が拳の形に陥没し、そこからひび割れが周囲へと走っていく。一触即発か、と周囲のだれもが思ったその時のことだった。
「はい、そこまでにしてくださいねレイダーズさん。本人の意思を無視して無理やり加入させるとかいうのであれば、ウチとしても問題とさせていただきますよ」
聞く者を落ち着かせるような澄み切った声が人垣の向こうから響いてくる。その声の主が足を進めるのに合わせてだろう、人垣が自然と割れていき、やがて一人の若い男が姿を現した。
「テメェは白の旅団の……」
「ええ、白の旅団、副団長を担わせていただいている
ゆーなさんには当クランからも加入の声掛けをさせていただこうと思っていますのでね。なのにレイダーズさんがもしも強引に力づくで彼女を加入させるつもりだというのであれば、こちらは黙っていませんよ?」
白いコートに身を包んだ、細身だが単に痩せているというのではなく、無駄なぜい肉を引き締めた肉体を持つ、抜き身の刀を思わせる鋭利な雰囲気を纏った青年が優奈と大槻の傍までゆったりとした足取りでやってくる。そんな彼はギラリと睨んでくる大槻のことを横目に、自己紹介をしながら優奈の前までやってくると片手を胸に当てて綺麗な礼を彼女に向けて行ってきた。
「さて、ゆーなさん。先ほど自己紹介ついでに述べさせていただいたように、私の所属するクラン『白の旅団』としましても、貴女の配信を見て当クランへの加入をお声がけさせていただきたいと思っています。
もちろん、貴女が過去に組んだパーティーとの経験などからソロを希望しているということも承知しておりますが、当クランでは絶対にそのようなご迷惑をおかけしたり、させないように努めさせていただく所存です。
どうか我々の活動にご協力をお願いできないでしょうか?」
なんとも丁寧な口調で御月が優奈へとそう述べてくる。それが面白くないのか大槻が座っていた状態から立ち上がると片足を持ち上げ、ドンッと地面を大きく踏み鳴らした。
「白の旅団のぉ……テメぇこっちが交渉中じゃってのに横入りたぁ、どういう了見じゃい」
「おや?
ですがレイダーズさんは先ほど明確にお断りされていたじゃないですか。ですのでもう終わりのはずでしょう」
怒りに顔の血管をぴくぴくとさせる大槻と、そんな大槻に鼻と鼻がくっつきそうな距離まで顔を近づけられて威嚇されていてもピクリとも眉一つ動かさず笑顔でそう言い返す白の旅団の御月という青年。
一触即発のその状況に、彼らの背後に居る人々がゴクリ、と唾をのみ込んで緊張をしている。
「はぁぁぁ…………あの、後から来られた方も、それ以外の周りの方々も、再度みなさんに言わせていただきますが……私はソロでやれてるのでいまのところどこにも所属するつもりはありません。ごめんなさい」
そんな空気を霧散させたのは、長いため息の後にそう彼ら全員に声をかけた優奈の一言だった。
「ゆーなさん、本当にどこにも加入されないのですか?」
そう御月が残念そうな顔で優奈に確認を取ってくるが、それに優奈は大きく頷いて返す。
「はい。お声がけしてくださったり、お声がけしようとしてくださってる方がいらっしゃるということは本来ありがたいことなんでしょうけど、配信でも宣言させていただいたように、今のところはソロでやっていこうと思ってますので」
優奈がにへら、と笑ってそう答えると、御月が両手を左右に開いて肩の高さまで上げ、やれやれ、とため息をついた。
「残念ですね。できれば一緒に協力していただきたかったのですが。
とはいえ、レイダーズさんだけでなくウチでも無理だとおっしゃられるのでしたら、さすがに他のところに流れるということもないでしょうし、今日のところは仕方ありませんね」
「ちっ……中々に面白そうなヤツだと思ったが、ここでこれ以上やってもコイツらとの面倒事になるか嬢ちゃんを意固地にさせちまいそうだな。
……まぁいい、どこにも入らねぇってんなら、そのうちまた機会もあるだろう」
お互い振られちゃいましたねー。と御月が言うと、うっせぇ!と大槻が怒鳴り返す。
そして、
「とはいえ、もしもお気が変わりましたら是非ともご連絡を」
と、御月が優奈に名刺を差し出すと、あ、テメェ抜け駆けすんじゃねぇ!と大槻もその巨躯からしてみると玩具のようにしか見えない名刺入れを懐から取り出し、「連絡するならこっちにしやがれ!」と優奈に名刺を投げ渡してくる。
さすがにこれは受け取らないのは失礼だろうと判断した優奈が「はぁ」と素直に受け取ると
「あ、それならウチも名刺くらいは!」「いえいえ、こちらもせめて連絡先くらいは!」
と先ほどまで大槻と御月の両名にビビっていた周りの者たちが一斉に優奈へと名刺を差し出してきた。
「あぁ、有象無象がうぜぇぇぇぇ!
ちっ、おいジャリガキ! 忘れんじゃねぇぞ、最初に声掛けたのは俺たちレイダーズだからな!! そこんとこ絶対に忘れんじゃねぇぞ!!!」
一斉に押し寄せてきた人々に苛立ちを隠さない様子で大槻はそう大声を挙げると、くるっと優奈に背を向けてその場から歩きさっていく。そんな彼が「邪魔だテメェら!ぶっ飛ばすぞ!!」とドシドシと地面を踏みつけながら歩いていくと、進路上の人々はすぐに左右に分かれて道をつくるが、大槻が通り過ぎるとすかさずその空いたスペースを埋めるようにして優奈へと駆け寄ってきた。
その人々が一斉に押し寄せてくる光景に優奈がひくっ、と頬を引き釣らせて一歩足を引くと、そんな彼女と押し寄せてくる彼らの間へと御月が立ちはだかるようにその身体を滑り込ませ――
「はい、皆さん冷静にねー。名刺を渡すにしてもこんなちっちゃな女の子を取り囲んだりせず、まずはちゃんと一列に並びましょうー」
と彼らを落ち着かせるように声をかけながら、彼らに対して一列に並ぶように指示を出し始めた。
ついでにどこに隠れて居たのか、御月と同じ白コートを羽織った集団が一斉にどこからともなく姿を現すと、彼の指示の下で人々をきちんと列に並ばせ、列整理・列誘導を巧みにし始める。
「わたくし、探索者クラン『百合の園』の――」
「わたくしどもは探索配信者事務所『レオパルド』と申しまして――」
「私は――」
そうしてそれから20分か30分くらいの間、優奈はそのままの流れでいろいろなクランや団体からの勧誘と名刺の押し付け攻撃を食らうことになってしまったのだった。
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