幕間 八王子城跡地ダンジョン(後)

 



「あ、そうそう。あっちの奥に別の子たちがいますので、配信とか案件録画とかしてるのなら、いったん停止してもらってもいいですかー?」


 ふと、思い出したように優奈がアカネたちにそう願い出てくる。


「え。あら、そうなの。

 でも、だいじょうぶな人ら??」


「はい。彼ら彼女らが私たちに危害を加えてくることはありえませんから」


「優奈ちゃんがそんな風に断言するなんて初めてな気がするけど……

 ん、じゃあいったん案件録画の方は停止にしましょうか。あ、でも護身用の録画は念のために別で録り続けるけど良いわよね?」


 特に断る理由もなかったので、アカネはそう返事をして案件録画については停止する。とはいえ、いくら優奈の言でもダンジョンの中なので護身用の録画は別で録り続けるとは断りを入れた。


「事情とかあって案件とかの録画には映りたくないって人はいますからね。

 ――はい、モードを切り替えておきました」


「ありがとうございます。あの子たち、ここで茜さんたちを待ってたらアンデッド系モンスターたちに追われて逃げ込んできたんですよね。なので事情があるらしいので皆さんが来るまでの間、保護してたんです」


「ふぅん……ちなみに、その子らとは私たちが会ってもだいじょうぶなの?」


「ええ、だいじょうぶだと思いますよ。あ、じゃあちょっと呼んできますね。その間、ちょうどシチューができたので食べて待っていてください」


「う、お腹ペコペコな状態で優奈ちゃんが美味しそうなシチューの匂いやサラダとかの料理用意してくれてたのありがたいし、すぐにも手をつけたいところだけど……優奈ちゃんが戻ってくるまでちゃんと待っておくわよ」


「気にしなくてもいいんですが……じゃあとりあえず席について休んでおいてくださいー」


 そう言って優奈が近くの物陰へと向かって歩いていく。それを見送りながらアカネたちも指定された机の回りにある椅子へと腰かけに行った。しばらくして優奈が、大袖付胴丸に身を包んだ日本武者といった格好をした少年2人と、神社の巫女さんといった姿の少女を連れて戻ってくる。少年たちは優奈よりほんの少しだけ背は高いが茜や千鶴よりも背が低く、巫女姿の少女はりんねと同じくらいの背丈だった。なので、茜たちは中学生の探索者なのかな?と思ったのだった。



「ゆーな殿の御友人と聞き申した。拙は大石 氏照と申しまする。此度は郎党らと共に危難に陥ってしまっておったところを、ゆーな殿に助けられました。みな、この方たちに紹介を」


 少年たちのうちのリーダーなのだろう。鎧武者姿の少年がそう言って仲間たちに声をかける。

 鎧武者の少年の口調が時代掛かっているものであったことにアカネは少しびっくりしたが、「あぁ、この年頃だと恰好から入るよねぇ」と気づき、思わず生暖かい目で彼のことを見てしまいそうになる。


「ボクは今川 氏規です。お見知りおきのほど、どうぞよろしくおねがいします」

「わたしは……山中 照です」


 氏規という少年は礼儀正しくも堂々としていた。よほど躾が厳しい家の育ちなのか姿勢や立ち居振る舞いにも品のある所作が随所に見受けられる。

 照という少女はあまり自己主張や前に出るのが苦手なのか、氏照の背中からそっと顔を出してぼそぼそっと名前だけを告げてきたのだった。

 そんな少年たちにアカネたちも自己紹介をする。どうやらスカーレットのことを彼らは知らなかったらしい。そのことに茜は「うぅ、もっと知名度上がるように頑張らないとなー」と思わされたのだった。


「うん、じゃあ顔合わせもできたし、これでいいかな。

 あ、氏照さんたち。お腹はいっぱいになれました?」


 互いの自己紹介が済んだのを見てとってから、優奈が少年たちにそう声をかけた。


「うむ、かような場所であのような馳走をいただけるとは思いもよらなんだ。ゆーな殿には危難を救っていただいただけでなく、あのような力の付く糧まで頂いてしまい、なんと感謝を申し上げればよいものか」


「いえいえ。困ってる時はお互い様ですから。それにあなた方は大変な状況にあるみたいですからねー。あの程度のものしか出せませんでしたがあなた方の一助となったのであれば何よりですよ」


 どうやら優奈が先ほど料理の完成が遅れていた理由として言っていた、ちょっとしたあること、というのがこの少年たちのことだったらしい。たぶん、この子たちが優奈の下に逃げ込んできた後にお腹を空かせていたのを見かねて、茜たちのために作っていた料理を彼らに振る舞ってあげたのだろう。なので作り直していたから間に合わなかったのかなー、と茜はなんとなくそう思った。


「ふむ……しかし、一方的に恩をいただくという訳にはいかぬな。氏規、何か良い案はないか?」


「そうですね……そうだ、ゆーな殿。これを受け取っては頂けないでしょうか」


 そう言って氏規くんが優奈へと差し出してきたのは、彼が背に負っていた一振りの素鞘に納められた太刀であった。


「この太刀は百足切と申します。退魔の力を持っておりますが、どうにもここの魔物どもには通用せぬようでして……女性にこのような武骨な品でしか返せぬ非礼を、どうぞお許しいただきたい」


「えぇ……いえいえ、私は皆さんのことはアカネさんたちを待ってたついでで保護しただけですし、たいしたことはしてませんよ。その程度のことでそんな高そうなの受け取れませんって」


「いや、しかしあの時にゆーな殿に助けてもらえていなければ、我ら一同はあの死霊共の餌になってしまっていたはずです。それを撃退し救っていただいたばかりか、この後の目的を果たすための活力までいただきました。それは値千金以上の価値が我らにはありまする。それなのに言葉以外の礼をできぬというのであれば我らの立つ瀬がございませぬ」


「いやぁ、でも……」


 どうぞどうぞお受け取りを、いえいえそんな気にしなくていいんですって、と氏規くんと優奈ちゃんとの間でのやりとりが延々と続く。なので、茜は優奈にちょっと助言をしてあげることにした。


「んー、彼らが何か目的があって潜ってるっぽいのはわかるし、優奈ちゃんが彼らのことを救ってあげたのも事実なんでしょ?

 でも、ゆーなちゃんは彼らにこれまでしてあげたことだけじゃそのお礼を受け取るのは気ぐるしい、だけど氏規くんたちもお礼を渡せないのは申し訳ない、と」


 そう横から声を掛けたアカネに、優奈と氏照くんたちからの視線が集中する。


「でも、たぶんここまで来るだけでひぃひぃってなっちゃってた氏照くんたちは、そのままだと目的?ってやつを達成しにいくのは大変なんじゃないの」


 そう茜が氏照くんたちに視線を向けて尋ねると、「それは……」と否定できないのか、彼は悔しそうに俯いてしまう。


「だったらさ、ゆーなちゃんが彼らがこの後の目的が達成できるようにお手伝いしてあげるなり、バフをかけてあげるなりしてみるってのはどう?

 その上で、そのお手伝いの代価なりバフの代価なりとしての分を込みで彼らからそれを一時『預かる』っていうのはどうかな?」


 その茜の提案に、ふむ、と優奈と氏照くんたちが考え込む。


「もちろん、後で彼らが目的を無事に達成出来たら、その時にその太刀をゆーなちゃんが本当に貰うことにするなり、もしくは何か別の報酬と引き換えで『預かって』おくその太刀を彼らに返すことにするとかってのはどうかな?」


 そう茜が提案を追加すると、氏照くんたちは顔を見合わせた後、「おお、それは願ってもない!」「はい、そうしてもらえればすごく助かります!」「わたしも……それでお願いしたいです」と前向きに賛成の意を示す。

 一方で優奈は「んんん……それは……まぁでも、そうですねぇ……」と少し悩む様子を見せはしたが、最終的に


「はぁ、わかりました。じゃあ『預かって』おきます。いいですか、あくまで『預かって』おくだけですからね!」


と彼女も了承したのだった。


「じゃあ、せっかく作ってくれたゆーなちゃんの料理が冷めないうちに食べたら、どうせだから私たちも氏照くんたちを手伝ってあげようか?」


 こうして知り合った縁だし、どうかな?と茜が春香たちに声をかけると、春香たちからも「はい、そうしましょう」「ん、乗り掛かった舟だし、別に良いわよ」「問題ありません」と賛同の声が挙がる。そんな彼女たちに対し、氏照くんたちは改めて深々と頭を下げて「皆の者も……まことにかたじけない」と感謝をしてくれたのだった。


「ところで、氏照くんたちって、このアンデッドダンジョンにいったい何を目的にやってきたの。手伝うにしてもそれがわからないと手伝いようがないよね?」


 あれから、優奈が「完成でーす」と出してきたシチューと盛り付けられていたサラダ、パンに舌鼓を打ちながら食べていたが、ふと、そうりんねが彼らに目的は何なのかと尋ねる。

 そういえばそれを確認もせず手伝うだなんて言っちゃったなぁ、と茜は反省をしてしまった。けれどそんなぼんやりとした意識と食事は、氏照くんの次の言葉で思わずぶふぅ!と全部勢いよく吐き出しそうになってしまう。


「えっと、はい。

 実はこのダンジョンの奥に拙の大切な人が……閉じ込められておりまして」


「「「「ちょっと待ちなさーーーーーーーーい!!!!」」」」


 思わずスカーレットのメンバー全員が同時にツッコミを入れてしまう。


「なに、人が閉じ込められんの?! 緊急事態じゃない!」

「ちょっと、それこそこんなとこでのんびり食事してる場合じゃないでしょう!?」

「けほっ、けほっ……そ、それはすぐに助けにいかないといけないことじゃないですか!」

「み……水……こほっ……はぁ、はぁ……そ、そんな事態になっているんでしたら、もっと早く言ってください。すぐに助けに行きましょうよ」


 慌てて血相を変える茜たちではあったが、なぜか氏照くんたちの方は逆に落ち着いたものだった。


「いえ、いますぐにこう悪い事態になるというわけではありませんので」

「いまのところは……たぶん、だいじょうぶ」

「事は重要ではありまするが、それ故にこそ慎重に冷静に事に当たらなければならぬものです。故に、心胆を練って向かわねばなりますまい」


「それに腹が減っては戦はできぬものであれば、糧はきちんと取れるべき時に取ることが重要である」と、何か餓えた経験でもあるのかように神妙な態度で氏照くんが語ってくる。とはいえ、そんな話を聞いてスカーレットの面々はゆっくりと食事をし続けることなんてできない。バッと顔をあわせると同時に頷き、急いで食事の残りを片付けた。


「ゆーなちゃん、この食べ終わったあとの食器とかはどうすればいい!?」


「あ、こっちで片づけておきますのでそのままでいいですよー。そうですねー、じゃあその間にアカネさんたちは氏照くんたちと戦闘スタイルの擦り合わせとかでもしておいてくださーい」


「わかった!」


 いつもと変わらぬ優奈の態度にちょっとだけ引っかかったものの、茜は優奈が言う通り氏照くんたちとの戦闘時の立ち振る舞いや得意な戦法などについての擦り合わせも大事と判断し、片付けについては優奈にまかせて彼らと戦闘スタイルの擦り合わせを行った。


 なお、その間にも何度かゴースト系のモンスターが近寄って来てはいたが、その度に優奈が言っていた通り、頭の上の銀の光球から出る光を浴びると、彼らはジュッと音を立てて光に溶けるように消えていっていた。

 そんな光景を見て、思わず、


(……戦闘スタイルの擦り合わせ、これホントに必要かな?)


 とちょっと疑問を抱きはしたものの、すぐに頭を振ってそんな思考を弾き飛ばす。

 そしてスカーレットの面々と氏照くんたちとのすり合わせが終わったところで片づけを終えた優奈がやってきたので、茜たちはそのまま優奈のマップクリエイトと氏照たちの言葉を頼りに彼の大切な人、というダンジョンに囚われた子を助けるために移動を開始した。



 そして1時間後。


 優奈と会った階層から2つ下の階層に茜たちは辿り着いていた。

 いまはその階層の主道からは少し離れた通路の奥に茜たちは辿り着いていた。

 なお、ここまで進んでくるのに茜たちは一度も戦闘をしていない。優奈がモンスターと会わないルートを選んできてくれたという訳ではない。単にモンスターが周囲に現れても、優奈が作ったライトの効果範囲に入ったら数秒も保つことなく片っ端から「ぉぉぉ……」と物悲しい声を上げながら消滅していってしまってただけだ。

「なにこれー」とおりんがチベットスナギツネみたいな目になっていたのは、良い思い出である。まぁアカネも気づいてないだけで、もしかしたら同じような目をしていたのかもしれないが。


「で、この鳥居の後ろにある壁の向こう……にその人が居るんだよね?」


 茜が優奈と氏照にそう尋ねると、両者が共にこくん、と頷く。


「うーん、壁の向こうかぁ……どうやって助けよう?」


 壁とは表現しているが、実際のところは壁というより無数の糸が十重二十重に重なり合って壁のように道を塞いでしまっている状態である。


「そうですねー。これ見た感じ物理的なものじゃなくて魔力で編まれた糸による壁っぽいですね。とはいえ、聖属性の付与を受けた光を浴びても解ける様子がありませんから、魔力だけでなく物理的な面も持っているみたいな感じですし……」


 うーん、とみんなで頭を悩ませる。


「とりあえず、糸だと熱に弱いでしょうし、アカネさんの炎で燃やし斬ってみませんか?」


 ちづりんのそんな提案で全員の視線が茜に集中する。


「はぁ、まぁそうね。やるだけまずはやってみますか」


 どうしたものか、とは思ったものの特に断る理由もないので、まずはその提案に乗ってみることにする。


「紅炎刃っ」


 茜は自分のスキル名を唱え、魔力の炎を剣に纏わせた。豪っ、という音をあげて茜の持つ剣の刀身が紅の焔に包まれる。


「あ、ちょっと待ってくださいね。念のためにちょっと付与を加えます」


 優奈がそう言ってパチン、と指を鳴らす。すると紅に染まっていた焔に銀の輝きが加わった。


「念のために聖属性を加味しておきました。じゃあそれでやってみてください」


 スキルにまで属性付与とかマジかー、とは思ったものの、もはや今更な気もしたので茜はだまって剣を構えることに集中する。そのまま一度目を閉じて深呼吸をし、スッと上段に構えてから大きく一歩踏み込むと、前に出した右足の膝を曲げる。

 一連の動作を滑らかに行いながら腰を落とすことにより、腕の力ではなく全身の連動とひねりで勢いをつけて剣を滑り降ろした。

 その動きによって剣先が力ではなく技による速さとなり、ブレのない綺麗な一本の軌跡を描きあげた。

 ――ザンッ、と茜の剣が無数の糸の束の一つにも引っかかることなくそれらを斬り落としていく。断たれた糸の壁は茜の剣が通り過ぎた後、あたかも数秒が経過してから斬られたことに気づいたかのようにバラリと解け、分かれていった。


「おお、なんと素晴らしき一振り!」

「お見事!」


 茜の一振りを見た氏照と氏規が揃って喝采をあげる。巫女服の少女、照も言葉こそなかったが興奮している様子だった。そして、バラバラと幕が分かれるように解け地に落ちていった糸壁の向こう側には、半透明な黒い光の球体の中に浮かぶようにして封じ込められていた一人の少女の姿が在った。


比佐ひさ!」


 それを見た氏照が血相を変えて恐らくは彼女の名前なのだろう、そう叫ぶ。

 その声に黒い光球の中に居る少女の身体がぴくん、と反応したことが茜にも見て取れた。


「此度こそ……此度こそ、必ず救ってみせる。待っておれ!」


 そう叫ぶと共に氏照が黒い光球を斬り破ろうと飛び出し、手にした大太刀を一閃する。だが、哀しいかな……威力が足りていないのか、黒い光球を斬り破ることは敵わず、振るった刃は光球の表面を滑り外れてしまった。


「くうぅ!おのれ、もう一度!!」


 けれど、一度失敗しようと諦めたりはせず、氏照が続けて何度も何度も黒い光球へと大太刀を振るい続けた。


「加勢する!」


「一緒に、助ける」


 そんな氏照に加勢しようと氏規や照も手にした刀や魔術を用いて加勢する。また、そんな彼らだけに任せようとは思えやしない茜たちも彼らと一緒になって攻撃を加え続けていった。

 そうして5分か10分か……長い時間をずっと攻撃に費やしつづけていった結果、最後に氏照が吠えながら振るった一撃によって小さなヒビがやっと入ったかと思った途端、ぺき、ぱき、ピシリ、とその一点から連鎖的にひび割れが広がっていく。

 そしてそのヒビが黒い光球の3分の1を超えた時になった時のことだった。パリン、という薄いガラスが割れるかのような音と共に、黒い光球が内から外へと弾けとんでいくと大気に溶けていくように消え去り、その中に囚われていた少女が封印から解放された。

 その少女が地に倒れるより先に、最もその少女の傍に居た氏照が大太刀を投げ捨てて彼女の身体を優しく抱きかかえてみせる。


「おぉ、おぉ!

 比佐よ、無事か。そなたはまだたしかにここに在るか?」


 そう少女に声を掛ける氏照。その声に反応したかのように、囚われていた少女がうっすらと目を開ける。


「氏照……さま?」


「比佐!そうじゃ、拙じゃ。氏照じゃ!!

 此度こそは、此度こそ拙は其方を救いだすことに間におうたか!」


「あぁ、あぁ……はい、ずっと、ずっとお待ちしておりました……比佐はもう一度あなたさまにお会いできました。ふふっ、相変わらずあなた様は泣き虫ですね」


 横抱きに抱きしめられたまま、比佐と呼ばれた少女がそう言って氏照の顔に手を伸ばす。細くやせ細ったその指で彼女は自らの顔に雫を零れ落としてくる少年の顔に流れる水をぬぐい取った。そんな二人の傍に氏規くんや照ちゃんも駆け寄り、彼らに声をかける。

「やりもうしたな兄上!もう二度と比佐殿を手放してはなりませぬぞ!!」

「比佐かかさま!照も、照も、もう二度と離れませんから!」


 感動の再会、といった場面だった。だが、「ん?」と照ちゃんが言った言葉に茜は引っかかる。


「え、さま?」


 たしかそれは母親を指す類の言葉じゃなかったっけ。どういうこと?と疑問に思った時だった。氏照たちの身体が端から細かな光の玉となって崩れ始める。


「え、え??」


と突然の光景にあっけにとられる茜たちであったが、そんな彼女たちに対して氏照は比佐という少女を抱きしめたまま表情を正すと、


「ゆーな殿。アカネ殿、ハル殿、おりん殿、ちづりん殿……此度は、まことに助力いただき助かり申した。おかげでこのように我が居城の跡に作られしこの場に囚われた我が妻をこうして無事に救い出すことができもうした。真に心より感謝申し上げる」


と、神妙な顔をして告げ、頭を下げる。


「えっ……」


 状況の展開についていけず、混乱する茜たちスカーレットの面々を他所に、氏照たちとゆーなだけが当たり前のように話を続けていた。


「やはり、大願を成就できたことにより形を成り続けることがどうやらこれ以上は難しいようですね。申し訳ありませんが、兄上たちや我らは、再度この場に囚われぬうちに、このまま冥府へと帰ろうと思います。ゆーな殿、『お預け』した百足切はどうぞそのままお受け取りください」


「はぁ……まぁやっぱりこうなりますかー」


ま、そうなると思ってましたー、と了承するゆーなに、氏規が苦笑する。


「ありがとう……」


「いえいえ。無事に助け出せてよかったですね。

 じゃあせめてもの最後のお餞別にもう一つライトを作って皆さんに追尾するようにしておきますので、地上まではみなさんそっちを使っちゃってくださいねー」


 比佐という少女と氏照に抱き着いて嬉しそうにしながら、照という少女がはにかむようにそう感謝の言葉を述べると、優奈がそう言って彼女たちに向けてぱちん、ぱちんと二回指を鳴らす。するとアンデッド系モンスターの天敵となる銀の光球がもう一つ発生し、もうほとんど透けるほどに薄くなり、身体の反対側の景色まで見えるようになっていた氏照たちが苦笑した。


「え、え、え???」


「最後の最後まで、ほんにお世話になり申す。ゆーな殿、そなたに出会えたことに心から感謝を」


「いえいえ、大したことはしてませんのでー。それじゃお気をつけて」


 さようなら、という優奈の言葉と共に、目の前の4人の身体は4つの光の玉へと変化する。そして優奈が新たに作り出した銀の光球に導かれていくかのように速い光の軌跡だけを残してその場から地上へとつながる方向へ飛んでいってしまう。その4つの光のうち2つはしっかりと寄り添い、小さな1つの光はそんな2つの光の周りを巡りながらついていく。残りの一つはそれらの光を後ろから追いかけるようにして消えていったのだった。

 その4つの光が完全に視界から消えて見えなくなるまでの間、優奈だけが見送るように光たちに向けて手を振り続け、残りのスカーレットのメンバーたちは呆然とそんな光景を眺めているだけしかできなかった。


「さ、じゃあ氏照さんたちが無事に助け出す目的を達成できたみたいですし、遅くなっちゃいましたが私たちも帰りましょうか」


 彼らを見送り終えたところで、優奈が両手を組んだ腕を頭上で伸ばしてストレッチしながら、そんなセリフを茜たちに投げかけてくる。


「え、あの、えぇ……」

「あ、あの……ゆーなちゃん?」

「えっと……氏照くんたちって……」

「ゆ、ゆーなちゃん。もしかして氏照さんたちって……」


「あれ、もしかして名前を聞いても気づいてませんでした?

 氏照さんたちは、たぶん、この八王子城跡ダンジョンの基になった八王子城の最後の城主だった北条家の北条 氏照さんとその弟の氏規さんの幽霊だったんじゃないかな。私は最初に名前聞いたときから気づいてましたけど……大石って北条氏照さんがちょうど中学生くらいのあの年頃の時に養子入りした奥さんの実家の名前でしたし。氏規さんにしても、あの年頃の時は今川に居た頃で、今川家の寿桂尼さんの実孫でしたから今川氏規って名乗っててもおかしくなかったはずですからねー。

 照ちゃんは、話からすると、たぶん氏照さんと比佐さんの娘さんの霊照院さんの幽霊でしょうか?

 彼らはきっと、ここがダンジョン化した時に元の八王子城内の滝で自刃したっていう北条氏照さんの奥さんである、あの比佐さんの魂がダンジョンに囚われたか何かで、家族で助けに来てたんじゃないでしょうねー」


 それにほら、百足切って戦国大名の北条家に伝わってた宝刀らしいじゃないですか。

 なので、ご飯とちょっと手助けしたりってだけで貰うのなんて、貰いすぎだろうと思ったんですよねー、などと優奈がのんびりと言うが……茜たちスカーレットの面々にとっては百足切だとかそんなことは大したことではないと思えていた。それよりももっと重要視すべきことがあるだろ、と。


「い、いや、幽霊だとか、そんなの……」

「い、いい、い、居るわけないよね?」

「え、えぇ……で、でも、そうじゃないとしたら氏照さんたちが光の球になって消えていったということの説明が……あ、そ、そうです。氏照さんたちのことは優奈さんによるドッキリだったとか?」

「はっ、そ、そうです!その可能性がありますよね!!

 それに、たしか案件用とは別で録画は回してたはずです!

 もし、氏照さんたちがモノホンだったとしても映ってるはずじゃ!」


確認してみよう、と茜たちが言う。そんな茜たちに優奈が声をかけた。


「あー、そういえばそれがありましたね。茜さんたち、録画できてるかどうかは知りませんけど、もし映ってたらちゃんと後で消してあげた方が良いと思いますよー。

 そうじゃないとせっかく八王子城跡から解放された比佐さんとか氏照さんたちが、今度は茜さんたちの録画した動画に囚われることになりかねないでしょうし」


 そう言ってくる優奈の言葉にビクッとしながら茜たちは慎重に先ほどまでの録画を見返す。


「氏照さんたち、会った時には消えかけてて半透明になってましたからねー。なので存在を補強するためにもごはんを食べてもらいましたけど、その際もせっかく彼らが現世に囚われたりしないよう、黄泉竈食ひよもつへぐいの現世版にならないように材料にも気をつけて料理したんですよ。

 逆に茜さんたちについても、彼らと同じ食事をすることでそういう解釈のことになったりしないようにと氏照さんたちとは料理する鍋も別にしたんですよね。なので料理が茜さんたちが来るまでに間に合わなかったんですよ」








 なお、

「で、撮れてたんですか?」

と尋ねた優奈の問いかけに、茜だけでなく春香たちまでもが揃って絶叫を返した。ということだけをここには記載しておく。








 怖くなーい、怖くない。






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