第43話 大人なんですね


「それにしても、やっぱり茜さんたちは大人なんですね」


「ん、どうしたの突然?」


 イカスミのパエリアの塩味が効いた美味さに舌鼓を打っていた茜が、ふと優奈が抱いた感想をこぼしたことに反応する。


「いえ、その、茜さんも春香さんも、他のお二人もなんだかこういうお店に行き慣れてるなって感じがしまして」


「あぁ、たしかに。あたしや優奈はこういうお店あんまり入ったことがないから、入った時もその後もしばらくの間わりと緊張してたけど、皆さんはなんだか場慣れしてる感じで堂々としてるなー、って感じました」


 うんうん、と琴音ちゃんが同意してくれる。


「あー、なるほどね」


「スペイン料理は初めてだったけど、まぁこういうとこで外食すること自体はたしかに慣れたなぁ」


「わたしたちも高校生の頃はたしかにこういうお店に来ることはなかったですもんねぇ」


「言われてみればいつ頃からでしょう。こういうとこに気兼ねせず入れるようになったのって」


 事務所の仕事の打ち合わせとかで利用すること多かったからかなぁ、と優奈から振られてきた話題をきっかけに、茜たちが思い出を出しあうようにして語り合う。


「やっぱり茜さんたちほどの人気配信者になったら、いろんな人たちと会食したりするもんなんですか?」


「んー、そうでもないわね。探索配信者同士のコラボの打ち合わせでレストランとか居酒屋とかで食事しながらってことはたまにあるけど、だいたいはどっちかの事務所の狭い会議室の中とかでだし」


「たまに案件の打ち合わせやコラボの後の打ち上げだとかいって誘ってくる社長だとか異性のコラボ相手とかいますけど、下心が丸見えだからマネージャーが断ってくれてますよね」


「事務所によってはそういうのに行かせて、そのまま枕をさせたりしてるとこがあるらしいってのは、やっぱ業界にいるとたまに聞きますけど、FunnyColorう ちのとこは社長の方針でそういうの全面禁止にしてくれてますからね」


「日常配信とかで『〇〇に行って食べてみた』系とかはあったりするけど、あたしたちの場合あんまりしないしねー」


 スカーレットのメンバーが案件として請け負うことが多いのは、服の雑誌モデルやASMRの録音、探索で使う道具ダンジョンギアの試用案件とかが多いらしい。


「あたしたちはあくまで探索者としての面の方を重視して売ってるからねー。

 探索者としても配信者としても一発屋で終わるより安全マージンを大きく取りながらきちんと顧客層と需要を把握し、長くしっかりと稼ぐことの方が重要なことなんだと思うんだよね」


 りんねは探索者としてドカンと一気に稼ぎたい気持ちがもちろんあるのだが、それ以上に安全健康で居られなければ、どんなに大金を得ても人生を楽しめないでしょ、と考えており、茜たちもその考えに同意できるのでパーティーとしてはその方針で活動しているのだということだった。


「実は私たちの中では一番、しっかり先行きを見据えてたりするのはりんねだったりするのよね」


「とはいえ、物怖じしないしノリと感情と勢いで行動するから、トラブルを一番巻き起こしてくれるのもりんねちゃんなんですけどねぇ」


「むぅ、でもそれを言うなら茜ちゃんもじゃない?

 そもそもあたしたちが組んだり、事務所に所属するきっかけになったのは茜ちゃんがみんなを引っ張ってったからだし」


「そうですねぇ、茜ちゃんの声掛けでみんなの縁がつながっていきましたし、いまのわたしたちがあるのも、高2の進路調査で話をしてた時に『じゃーん、わたしたちみんな、FunnyColorに受かったよ!』っていきなり茜ちゃんが全員分のオーディション合格通知を持ってきたからですからね」


「あぁ、ありましたね。あの後、家に帰ってからお父様とお兄様たちを説得するのにはホント苦労しました」


「春香ちゃんちは輸入業やってるもんねー。春香ちゃんのお父さんもお兄さんも春香ちゃんが卒業したらてっきり探索者やめて家の会社に入るもんだとばかり思ってたみたいだったし」


「ええ、あの時は大変でした。

 まぁ、最終的には茜ちゃんが家までやってきて『春香ちゃんをあたしたちにください!』って土下座までして家の門の前から動かなかったもんだから、遂にはお父様たちの方が根負けして認めてくれることになったんですが」


「ちょ、春香ぁ、その話はっ」


「うわー、何度聞いても、なんだかプロポーズみたいな話だよねー!」


 顔を真っ赤にした茜さんが慌てて春香さんの口を塞ごうとして暴れ、そんな二人を千鶴さんがさらに煽る。そんなやりとりを気兼ねなく行えるスカーレットのメンバーの仲の良さには優奈も少し憧れるものがあった。


「そういやさ、優奈ちゃんたちは高校を卒業したらどうするつもりなの?」


 そんな中、ふとした疑問といった感じでりんねさんが軽い口調で優奈たちに尋ねてきた。


「高校卒業してからかぁ……」


「んー、あたしはいまのところ、今と変わらず優奈のサポートをしてく予定かなぁ。サポートとしてダンジョンギアの開発とかもしていくつもりだし、その資金稼ぎのために個人でダンジョンギア関係のお店でも開こうかなー、とかくらいは思ってたりしますけど」


「え、琴音ちゃんってばそんなこと考えてたんだ」


 琴音ちゃんとは中学からのけっこう長い付き合いだが、彼女がそんなことを考えていただなんてことは初めて知った。彼女がダンジョンで使うための様々な道具、ダンジョンギアの開発をいろいろしていることは知ってはいたが、てっきり趣味でやっているものだとばかり思っていたのだ。


「優奈の場合はこれからもダンジョン探索続けるの自体は変わんないでしょ?

 あたしは自分がスキル的にも本質的にもダンジョン探索というか戦闘には向いてないことを理解してるからねー。

 あたし自身があんたの探索活動についてくこと自体はできないけど、中3の時みたいな無力感であんたのことを待つだけになるってのは嫌だし、サポート役としてダンジョンギアの開発とかにはこれでも自信持ってるんだから。だから、あたし自身の代わりにあたしの創ったダンジョンギアをあんたの探索に同行させてくことで、これからもずっとあんたのサポートをしてくつもりでいるんだけど?」


 あー、あの時のことを言われると琴音ちゃんには強く出れない。


「おー、琴音ちゃんはダンジョンギアの開発ができるんだ、どんなの作ってるの?」


「いまは優奈の探索装備の一部とか、優奈がダンジョンキャンプする時のキャンプギア関係がメインですかね。優奈の縁から知り合った道具開発の師匠とかにはまだ全然認められてないので、絶賛修行中の身なんですけど」


 あはは、と苦笑いしながら琴音ちゃんが照れたように頬を掻く。んー、あの人たちに琴音ちゃんが認められるようになるってのはかなりハードルが高いんじゃないのかな。

 でも、頑張ってるなら親友として応援してあげなきゃだよね。今度、修練用になりそうな素材をいっぱいダンジョンから持って帰ってきてあげよう。


 そんな風に優奈が考えていると、琴音の話の中で出た話題に興味を持ったのか、りんねさんが優奈と琴音に質問を投げかけてきた。


「優奈ちゃんが中3の時?

 無力感でって何かあったの??」


 あ、しまった。と、その時に思ったが、優奈が止めるよりも先に琴音が茜に答えてしまう。


「あぁ、はい。優奈ってば中3の時にダンジョンで1カ月近く行方不明になってたことがあるんですよ」


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