特訓をしよう!

「……寒いし眠いよ~」


「はいはい」


「マジで全くやる気が起きないよ~……」


「そうですね、そうですね」


 まだ太陽も寝ぼけ眼の空の下、ルネリアになだめすかされながら“特訓”とやらに連れ出される俺である。


 ……学生寮を出て木々の間を抜けると、“一号館”と呼ばれる校舎の入り口と広大なグラウンドが見えてくる。

 そこを更に左に曲がり、校舎の外れ……草原のような場所まで歩く。

 

 当然だが、他の生徒の姿はない。昨日到着したばかりなので定かではないが、普段から人が寄りつかなそうな場所ではある。


 しかしまあ、特訓、特訓ねえ……。


 昨日、学園長とルネリアが打ち合わせて決まった話みたいだが、そもそもなにゆえ特訓が必要なのかイマイチ分からないんだよな。

 とりあえずルネリアに聞いてみたところ、


「ウィンドライツ様は魔術を打ち消す――となれば必然、体術を強化すべきだからです」


 という返事が普通に返ってきて不安になる。


「……趣旨、分かってるよな? 

 俺、負けるんだよ? 勝つんじゃないんだよ?」


「はい。分かっているからこそ、です。

 拮抗した上で負けなければ、アンブレラ様の思惑通りにはならないでしょう」

 

 ふむ……学園長の思惑ねえ。

 セロ=ウィンドライツくんへの差別行為をエスカレートさせないために、お前がいじめっ子代表になれ的なアレか。


 まあそのために特訓が必要というのはそうかもしれないが、入学式まであと三日である。そこから“決闘”をふっかけて負けるまでに多少日はあるにせよ、猶予はほぼない。


 国の特殊なんちゃらとかいうおっかない組織の人間に、そんな付け焼き刃が通用するとも思えないが……。


「――アルくんに、怪我をしてほしくないんです」


 いますぐ部屋に戻って二度寝したすぎてうだうだしていると、ルネリアがぽつりと心情を零した。

 朝日がわずか、俺たちの立っている草原を照らす。


「アルくんのことは信じています。

 けれど、やっぱりこの話は受けて欲しくなかった……」

 

 伏せられた睫毛が、朝日にきらきらと光っている。風が吹き、長い銀髪が揺れる。


「…………ルネリア」


「アルくんにもしものことがあったら、私はっ……。

 …………私は、いったい誰の奴隷になればいいんですか……?」


「知らねえよ……自由になれよ……」

 

 思わずでっかい舌打ちが出てしまった。「…………ルネリア」とかしんみり言っちゃったじゃねえかよ。返せよ、俺のしんみりをよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る